第10話_一人ぼっち
カムイとの実践の後、何度か実戦で森の中を二人で
探索したが熊と出会うことはなかった
そしてあの熊以上に強い魔物もまた現われは
しなかった
それもそのはず、もう秋も過ぎて季節は冬へと差し
掛かり雪が振り始めていた
熊は冬眠に入ったのだろう
魔物と言えど冬眠する魔物は冬眠するのだ
そのため、森の中はさらに一層静けさが増していく
一方であった
彼らは致し方なく冬場の実戦は最小限にした
ステラは修行が終わり、汗を流そうとお風呂場へ
向かった
「お師匠様、上がったー?」
だがしかし、中からの返事はない
「寝ちゃったのかなー」
風呂を覗き込むとそこには老人がぐったりと倒れて
いた
「お師匠様!!」
急いで駆け寄るステラ
息はしている
マクスウェルは風呂場でのぼせてしまったらしい
彼女は体をタオルで拭いてやり、部屋まで運んで
やった
着替えさせてやると、気が付いたのか
「おやおや、すまんのぉ」
と老人は答えた
「いいから寝てて」
そういって、ベッドに寝かせるのだった
翌日、朝のトレーニングを終えて家に戻ってきた
ステラであったがリビングには誰もいない
マクスウェルはまだ起きていないようだった
昨晩のぼせて倒れたのが年よりには効いているの
だろうか
ステラは汗だくの状態で部屋を訪れた
だが、彼は起きていた
ベッドに横たわったまま、目を開き起きてはいた
「お師匠様?」
「おお、ステラか、なんじゃろうな、起き上がれない
のじゃ
体がいうことを聞いてくれんのじゃ」
彼は体をぴくぴくさせてはいるが起き上がる気配は
ない
「しばらくしたら良くなるよ
朝ご飯もってくるね」
そういうとステラは部屋から出ていった
しかし、マクスウェルは悟っていた
実際ここ最近、森に実戦で出かける時もいつも以上に
体が重かったりしていた
動きが鈍っていたのも分かっていた
その原因が何なのかも
それは単純に老化だった
今年で彼は70歳となる
この世界の平均寿命は65歳
とっくに死んでいてもおかしくはない年齢だった
ステラのこともあってかまだ死ねないという意識が
あったのだろう
しかし、ここ最近彼女はどんどん成長してしっかりと
してきた
それが心の底で安心に変わっていたのか、体に
溜まっていたものがどっと押し寄せたのだ
「もうすぐ死んでもおかしくはないのー」
ここまでいろんなことがあった
多くの実験を積み重ね、ステラと出会うこともできた
そんな娘の晴れ姿も見ることができた
彼の人生の最後としては悪くなかったんじゃない
だろうかと思い始める
だが、ステラはまだ7歳、もう少しだけ、後一年だけ
でも・・・
彼女にはまだまだ教えていないことがたくさんある
せめて教えることができないなら、残せるだけ
残したい
そう思い、自分に残された最後の時間を使って、
ステラへの贈り物を作ろうと決意した
数日が立って、マクスウェルはだんだんと動けるよう
にはなってきた
しかし、おそらく風前の灯という奴だろう、先は
長くない
そう思うマクスウェルは本を描き始めた
大賢者がこれまで培ってきた全ての知識、学んできた
魔法の全て
実験の記録、結果の全てを残すために
そう、全てはステラのために
ステラもマクスウェルの体調がここ最近ずっと悪い
ことはなんとなく悟っていた
眠る時間が長くなり、起きている間は本を描いている
時間が長くなっていた
外に出て一緒に修行することもここ最近では全くない
「お師匠様、大丈夫かなー」
素振りをしながら、そう思いつつもマクスウェルが
長くないことを考えてしまうのだった
それからもマクスウェルは体に鞭打って、ステラに
残せるものは残すように務めるようにした
無事ステラ8歳の誕生日を迎えられたことで彼は安堵
した
まだまだ成長期であるステラは身長も伸び最近では
本当に可愛らしい女の子になってきている
このまま外に出してしまったら、危ない虫がよって
きてもおかしくはない
そんなことを考えると今後の心配事が増える一方で
あった
しかし、人間というものは脆いものである
その時はあっという間に訪れた
冬も開け春になるころ、ついにマクスウェルは部屋
から出ることすらできなくなった
ステラはそんな彼をみて、修行することを止め、
なるべく彼のそばで過ごすようになっていた
「お師匠様、朝ご飯ですよー」
毎日心配になり甲斐甲斐しく世話するそんな娘に、
彼は毎日涙が溢れた
「すまんのぉ、すまんのぉ」
最近では良く謝れるようになった
そして
ステラはぴくりとも動かない老人の手をずっと握って
いた
「ステラよ、すまんのぉ、最後まで面倒を見てやれな
くて」
「何を言ってるの、私はお師匠様がいたからここに
いるんだよ」
その声は聞こえているのだろうか
彼の目はずっと宙をさまよっている
「すまんのぉ、こんな不甲斐ない師匠で」
「いやだ、行かないで!」
ステラは泣き始める
「もっと、見たかった、これからのお主を」
「いやだよぉ・・・・」
ステラはぎゅっとマクスウェルの手を握る
そして彼はにこやかにこちらを向いた
握る手に少し力を感じる
「ステラ・・・ありがとう」
彼の瞼は徐々に閉じていく
「いやだ、嫌だよ!行かないで!私を一人に
しないで!!」
彼は最後の力をふり絞ってありったけの魔力をステラ
へと流し込む
「お主は一人ではない、ずっとずっと一緒に
いるからの」
魔力越しにそんな声が聞こえた気がした
「いや、いやぁああああ」
部屋の中に叫び声がこだますが、その声は誰にも
聞こえてはいなかった
この時マクスウェル享年71歳、世界で唯一無二の
大賢者はこの世を去った
~~~~~~~~この世の果てで~~~~~~~~~
「あー、最後にいっぱい泣かせてしまったのぉ
大丈夫かのぉあの子は」
最後の死ぬ間際魂が集う場所がここにある
マクスウェルはステラとの分かれ際のことを思い
出していた
『大丈夫よ、あの子ならきっと
私のことも助けてくれるでしょ?』
そんな声が彼方から聞こえてくる
「おお、こんなところにおったのか
もし、ステラと出会うことがあったなら伝え
といてくれ
お主のおかげでわしは幸せじゃったと」
『わかったわ、必ず・・・ね』
そして、老人はどんどん薄れいてく
「頼んだぞ」
ついには魂をも消えてなくなり、本当の意味でこの世
を去ったのだった
『助けてね、絶対、助けて』
その声は誰にも聞こえない
誰にも
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