ダリア
彼女に出会ったのは、まだ肌寒い四月の上旬だった。高校生活にも慣れ一年が経ち、新クラスへのどきどきと何とも言えない不安を抱きながら教室へと向かった。桜は一部散り始めている。一年間過ごした元のクラスへと足を運ぶ。一年間の間にかなり仲良くなった友達と馬鹿な話をしながら先生が来るのを待っている。友達と話しているが頭の中では新しいクラスのことがしつこい油汚れのようにこびりついていてそわそわしている。担任の先生が教室に入るなり笑顔で言い放った。
新クラスのメンバーが発表され、親友と呼べる人たちはみんな散り散りになってしまった。正直、悲しい気持ちを覚えた。必死に積み上げた10段のトランプタワーを崩される感覚だ。笑顔で言い放った担任の顔がやけにムカついてくる。親友たちとバイバイをし、うつむきがちで新クラスへと向かい扉を開けてみると、そこにはあの子がいた。出会ってしまった。薄暗い海底のそこに光る真珠のように。いったい何時間かかるんだろうと誰もが考えてしまうほど整えられた前髪、そこから薄ら見える眉毛、長いまつ毛、ぱっちり二重の大きな瞳。どれをとっても一級品だった。昔テレビでよく食レポをしていたおばさんに人気の芸人さんもお決まりのセリフを言うだろう。今まで自分の見ていた女性たちには申し訳ないが、次元が違いすぎる。少年野球とメジャーリーグ、おままごとと劇団四季、かにかまと蟹。なんでもいい。形容しがたい存在がそこにはいたのだ。体感10分はその場に佇んでしまった気がするが、やっと歩を進めてみる。横を通り過ぎるときに女性特有の良いにおいが香ってきて、すこしドキッとする。自分の席は彼女の3個後ろだ。授業中に彼女の後姿をずっと見えると思い、少しうれしくなる。あぁ、神様ありがとう。自分のこれまでのチャップリンの映画のような人生が急に色鮮やかに輝きだした。
新しい担任の先生の自己紹介が終わり、クラスメイトの自己紹介が始まった。廊下側の一番前の子から自己紹介をし始める。正直、ほかの子の自己紹介は全くと言っていいほど覚えていない。早く彼女の自己紹介にならないかとテストの返却のようなドキドキと似た感覚で待っていた。長い。他の子の自己紹介がすごく長く感じる。面白くない授業の残り5分のように。ようやく彼女の番が回ってきた。
「私は、天野百合香です。バスケ部に所属しています。よろしくおねがいします。」
桜の花が完全に散り、葉桜になり始めたころ、クラス親睦オリエンテーションと称して1泊2日の校外学習があった。この時には新しいクラスメイトとも次第に仲良くなりはじめ、クラスにはグループがぽつぽつと確立されてきていた。百合香とは違うグループではあったが、授業中に眺めているだけで十分だった。肩くらいの高さまでのつややかな髪の毛を後ろから見ているだけで十分だった。
オリエンテーションの班決めがあり、いつものグループの人たちと行くんだろうなと諦めと確信が入り混じった思いでいたが、くじ引きで班を決めることになった。百合香と一緒になりたい気持ちといつものクラスメイトと一緒になりたい気持ちで天秤が揺れている。担任の鶴の一声で8グループに分かれることに決まった。40人クラスだから5人班だ。百合香と一緒になれる確率は1/8だ。地元の駄菓子屋だったら行列ができているだろう確率だ。百合香は4班になったらしい。今のところ4班は百合香含めて3人だ。席替えはいまだに行っていないので自分は三つあとである。これまでの人生でこれほど4を願ったことは無いだろう。体が大きいという理由だけで小学生の野球チームで4番をやらされていた時はあんなに嫌だったのに。同じ4でもこんなに違うものか。心の中で何度も唱えた。
「4班がいい。4班がいい。4班がいい。」
自分は運がよかった。なんと、4を引き当てたのである。ここ数か月でさえ最高な高校生活だと思っていたのにさらに上の喜びがあるとは思いもしなかった。神様とハイタッチして胴上げしてほしい気分だった。これから毎週、班でオリエンテーションに向けた出し物の作戦会議があるらしい。百合香はバスケ部があるので1時間ほどしかいれないらしいが、それだけで幸せだった。出し物は劇をすることに決まった。この時気づいたことがある。百合香は自分と違って積極的に発言するし、みんなの意見をまとめられるし、目を見て話を聞くことができる。自分はどっちかというと物静かで、受け身な性格なのでそんな百合香がすごく素敵にまぶしく見えた。劇のテーマは学園恋愛ものであった。今までの自分だったら、こんなテーマ絶対に死んでもやりたくないと思っただろうが、今回はヒロイン役の百合香を見てみたいと強く願った。受験の合格祈願くらい強く願った。どれだけ運がいいのだろう。主役は自分。ヒロインは百合香となった。本当に運がいい人生だ。あぁ、神様ありがとう。お父さん、お母さん、私を産んでくれてありがとう。毎週、彼女と劇の練習ができるなんて。その頃はすごく充実していたと今でも思う。彼女と交わした何気ない会話、彼女の髪をかけるしぐさ、息遣い、真剣な瞳、歩く姿、どのシーンをとっても絵になると常に思っていた。
出し物は、毎週真剣に練習した甲斐あって、優秀賞を取ることができた。彼女は優秀賞が発表される際、感情が高まって自分に抱き着いてきたのはいい思い出とともに、百合香を好きと確信した瞬間でもあった。
クラスのほぼ全員が夏服になり始めたころ、テスト勉強に追われていた。百合香とはオリエンテーション以来、グループは違うが普通にしゃべる中になっていた。よっ友以上親友未満というやつだろうか。ただ、気持ちは日に日に大きくなっていたが、なかなか伝えられずにはいた。こんな時自分の消極的な性格を恨む。テスト勉強を一緒にしてみたいが、誘えない。誘ったら気持ち悪いと思われてしまうんじゃないか、誘って断られたら立ち直れないからやめよう、そんな気持ちが右往左往している。世の中の俗にいうカップルは本当にすごいなと思う。どうして自分の気持ちを素直に伝えられるのだろう。自分の気持ちを表現するということは裸以上の裸を相手に見せているようではないか。それを拒否された暁にはこの身をどこに隠せば恥ずかしくないのだろうか。例え南極探検隊くらいの服を重ねていても恥ずかしくて生きていける気がしない。そんな思いをするくらいならこの気持ちはとどめておいたほうが生きていける。自分は強くそう思っている。相手の気持ちを見透かせる青いネコ型ロボットの秘密道具でもないだろうか。もし両想いだとしたらこの気持ちを伝えられるのに。
テスト勉強をしていても募り続けるこの思いは体育の時間になると忘れられた。小学生の時野球チームに入っていたこともあり、得意ではないが体を動かすことが好きな自分はスポーツをしているときは自分の世界に入り込める。この時期は水泳の授業が主である。みんなと着替えをし、プールサイドへ向かっていると水着姿の百合香がいた。直視しているとバレてしまいそうで、あまり見れないが視界の隅に常に彼女を置いておく。水着姿の女子は別に初めてなわけなく、ほかの女子なら話しかけられるのに、百合香には緊張してしまい話しかけられない。ここでも消極的な自分を恨んでいたら、彼女から話しかけてくれた。
急激に背筋がピンと伸びるような、緊張感が走った。
「水着姿すごくにあっているよ!」
こんな言葉産まれて初めて言われた。やばい。うれしい。どうしよう。次の言葉が出てこない。せめて、感謝の言葉くらい言わないと。自分が声を発する前に彼女は別の友達に呼ばれてどこかに行ってしまった。
好きな人に褒められるのってこんなにうれしいのか。胸が締め付けられ、呼吸の仕方がわからなくなる。
それと同時に不安にもかられた。他の人にも同じこと言っているのかな。遊ばれてるのかな。百合香が分からなくなってきた。ただ一つ確かなことがある。百合香が好きだ。
校庭に植えてある金木犀が香り始め、長期休みボケが完全にぬぐいきれていない時期に学園祭があるこの学校はどうかしていると思う。この学園祭のために長期休みにわざわざ学校に来て準備をするのである。これじゃあ休みの意味がないじゃないか。と去年は思っていたが今年は違う。学校に行く意味があるのだ。このころは数か月前からしたらかなり進展があった。何気ない会話から判明したのだが、好きなJ-POPアーティストが一緒だったのである。自分はこのアーティストに関してはオタクと言っていいほど好きであり、学校の行き帰りは必ずと言って良いほど聞いている。自分のこの熱量で話せる相手がいなかったのであまり公にはしてなかったのだが、百合香は自分と同じ熱量でそのアーティストが好きだったのである。初めて発売した100枚限定の手売りのCDだったり、メジャーデビューの年、シングルのカップリング曲まで、全然私より詳しい箇所もあってうれしくなった。好きな人と趣味が同じであることがこんなにうれしいなんて。前世にどんな徳を積んだんだ自分は。しかし、悲しい経験もした。彼女が別のアーティストを好きになり始めてしまったのだ。人生で唯一出会えた同じ価値観だと勝手に自分が思い込んでいた人が別の道に進むのを受け止められるほどこの時の自分は子供だったのだ。ましてや好きな人である。熱量の差を会話の節々に感じながらもようやくできた繋がりを断ち切れないでいた。いつの日かのテレビで趣味の合う人と結婚するのが良いと言っていたあの女性タレントは嘘を言っていたのだろうか。自分がずっと好きでい続けるであろうものが相手に当てはまるなんて誰も保証なんかしてくれない。ただ、あいてが別の物を好きになっただけなのにこのバツの悪い気持ちはなんなんだろう。若干16歳にしてこの世に永遠なんてないのだろうかなんて少し背伸びした考えさえも始まってしまう。裏切られたわけでも自分のことを嫌いになったわけでもないのに存在を否定されているかのような悲しい気もちに押しつぶされそうだった。
自分のクラスはメイド喫茶をやるらしい。日本中の高校生がやりそうなテーマである。全く捻りがなくありきたりでつまらないことをするなぁと考えていたらいつの間にか自分がメイド服を着て接客をする係になってしまっていた。周りのクラスメイトから自分なら似合うと思うと言われたが全くうれしくない。何でやりたくもないのにこんな恥ずかしい恰好をしなくてはならないのか。他人からの評価なんかよりも自分がやりたくないからやりたくないのだ。しかし、クラスの雰囲気を壊すと思い、なかなか言い出せずしぶしぶ了解した。みんなに迷惑はかけたくはないのでメイド喫茶に友人と三回ほど行き、一人でも2回行った。行ってみると意外と面白かった。お客様を楽しませようとする姿勢、マインド、笑顔にすごく感心した。やりたくない、つまらないものだと思っていたことを少し反省した。世の中やってみないとわからないことが多いのだろう。これからは食わず嫌いせずに何でもやってみようと思えた。
意外と自分のクラスは人気で、現地調査してきた自分が役に立てたかは定かではないが、一生懸命やりきれたと思う。合間の時間を見つけてはほかのクラスのお化け屋敷だったり、バンドの演奏だったりを見に行き充実した一日だった。しかも百合香と写真もとれたのである。彼女から普通に写真を誘ってきて感情が高ぶった。メイドの格好をしているのが少し残念ではあったが教室の後ろの扉のまえで百合香と取った写真は一生の宝物にすると誓った。百合香にもメイドの格好を褒められ自分はまた有頂天になった。何でほかの人たちと百合香の言葉ではこんなにも違うのだろうか。心を振るわされる百合香の言葉はまさに特別そのものであった。この時間がずっと続いてほしい。
炬燵に入りながら迷っていた。自分は迷っていた。友人とカフェに行ってどのデザートを食べるかよりも、受験の時に自分の学力的と雰囲気を鑑みて高校をどれにするかよりもずっとずっと迷っていた。冬期休暇も終盤に差し掛かり、そろそろ新学期の準備を始めなければいけないが、いつこの気持ちを伝えようか否か決めあぐねていた。どうしてそう思い始めたかというと、最近周りの友人たちに恋人ができ始めたのだ。いつも一緒に帰ってコンビニに寄って西日が傾き暗くなるまでしゃべっていた友人が今となっては恋人と校門で待ち合わせをして一緒に帰っているのである。幸い、百合香にはまだ恋人はいないらしい。ただこれまで自分から告白というものをしたことがないからどうやってやればいいのかわからない。小学生のころあるテレビ番組で見た校舎の屋上から全校生徒の前で告白をしている中学生たちが大きな存在に思えてくる。もちろん当時自分は小学生でテレビに出ていた人たちは中学生だから大きな存在なのには変わりないが、そんな物理的な話ではなく。肝っ玉の大きさとでもいうんだろうか。度胸の大きさというんだろうか。高校生になった今でもできる気が全くしない。一度だけ偶然告白をしている現場を目撃したことがあるが、自分がするわけでもないのにひどく緊張したのを覚えている。当事者が自分だと思うと破裂でもしてしまうんだろうか。よく、やらない後悔よりやる後悔が良いと言われているけど、やらなくて残るものなんてないのではないか。それまでの過去が直線で延長され、日常の続きが更新されるだけのように思う。いや、そう思おうとすることで自分の優柔不断さを肯定したいだけなのである。自分で選択するのが苦手だから流れに身を任せているだけなのである。思えば、今まで親に自分の意思を伝えたことがなかった。親に言われるがままに習い事をし、勉強をし、高校に行き、生きている。一体誰の人生を生きているんだろう。親とはいえ他人が敷いたレールの上の電車に揺られてぼーっとして生きてきた。いつかくる停車駅で降りて自分の足で歩いて目的地に行きたいと思えた。
スマートフォンで「告白 仕方」と調べてみる。すぐネットで調べてしまうのが現代人の悪い癖なのかもしれない。一番上に出てきたサイトをタップしてみる。数分読んでみて我に返った。どこの馬の骨かもわからない人が書いた恋愛指南サイトなんかあてにしてどうする。めちゃくちゃ頭の薄い恰幅の良いおじさんかもしれないではないか。そんな人が書いていると思うと笑えてきた。ここはやはり一番信用できるお母さんに聞いてみよう。これまで両親のなれそめとか聞いたことがなかったし、自分も好きな人ができたときはなかなか言い出せずにいた。両親のなれそめを聞くのは言いづらかったのでお母さんの高校時代の彼氏について聞いてみた。なんと、お母さんから告白をしたらしい。お母さん曰はく、気づいたら言葉に出ていたというのだ。どういうことだろう。昭和と令和では技術だけでなく生体の構造も違うんだろうか。そんな馬鹿げたことを思った。話を聞いてみると公衆電話で話したり駅で掲示板を使用していたり、今では考えられないことを喋っていて、全く参考にならないなと思った。やっぱり恋人がいる友人に聞いてみるのが一番手っ取り早いだろうと思い、自室に戻り連絡をとってみた。恋人のほうから告白されたらしいので告白の仕方についてはわからなかったが、恋人がいるメリットは分かった。朝起きるのが楽しい。。疲れない。むしろ癒される。寝る前の電話が楽しい。他にもいっぱい言っていた気がするがのろけ話ばかりだったので予定があると言って切った。人の自慢話を聞くのは堪えがたいものがある。
これといった作戦を立てることはできなかったが、大きな一歩を進めた気がして満足だった。窓に付いた結露にハートマークを書いてみた。
最後の学期が始まり、久々に百合香に会えると思いわくわくしながら教室に向かった。百合香の机の周りに人が集まっている。どうしたものかと自分も向かってみる。うれしそうな顔の百合香がそこにはいた。話を聞いてみると、
「私、彼氏できたんだ!しかも他校の!」
「へぇ!おめでと!」
精一杯取り繕った。実際は胸が押しつぶされそうで、涙が出てきそうで、過呼吸になりそうなそんな感覚だった。遅かったんだ。優柔不断のだった自分が悪い。それと同時に告白しなくてよかったとさえ思えた。どうせ告白したところで自分は振られていただろう。振られるくらいならこれまでの日常が続いてよかった。いや、また肯定したいだけの自分が出てきた。結局自分は何も変わっていなかった。変わりたいと願っているだけの人任せの自分が奥底にいて離れてくれないのだ。
とりあえず以前までと同じように変わらず接することを意識した。でも、できなかった。どうしても気になってしまう。日課になっていた彼女のSNSを覗くことをやめることもできなかった。見たくないのにどうしても見てしまう。やめようと思えば思うほど気になってしまう。それからは彼女と話すことができなくなってしまった。教室でも廊下でも。避けてしまう自分がいる。何も悪いことなんかしていないのに避けてしまう。
いつの間にか修了式になっていた。この頃は百合香との会話は全くと言っていいほどないが、何とか学校生活を続けていた。
一学期の始業式以来であろうか正装をしている担任の先生に違和感を覚えながらもやっと百合香と離れることができ、恥ずかしい思いをしなくて済むとぼんやりと考えていた。
「皆さん、一年間お疲れさまでした。受験本番まで一年を切っていますね。皆さんが希望の進路に進めるように我々教師は精一杯サポートしていくつもりです。加登見女学園の生徒である自覚をもって高校三年生を過ごしてください。」
初めまして。牡丹と申します。これは自分の処女作です。拙い文章を読んでいただき誠にありがとうございます。小説書くのってこんなに難しいんですね。