幸せの道のり
学校からの帰宅後、喫茶四季に意外な人物が来店していた。
「おぉ、ようやく戻って来たか、待ちくたびれたぞい」
桃色の髪にキャミソールの様な服を着ている少女——ジュダルがいたのであった。
「来てたのか」
「つれないのぉ、折角童が顔を見せに来たというのに」
「‥‥あれ、いつもの2人は?」
「童の頼みごとで今は離れている。なに、じきに終わるじゃろう」
「‥‥また何か変な事でも頼んでんじゃないだろうな」
「別にやましいことを頼んだわけではない。ちょっとしたお使いじゃよ」
「ふぅん、ならいいけど‥‥」
注文したであろう紅茶を飲んでいるジュダルの前に座り持っていたカバンを下ろすのであった。
「‥‥で、要件は? あんたが用もなしにここに来るとは思えないんだけど」
「相変わらず察しが良いのやら、悪いのやら、せっかちな奴は嫌われるぞい」
「別にせっかちのつもりで言ったわけじゃあ‥‥」
「冗談じゃ。昔馴染みの仲でちょっとからかってみただけじゃ。ほれ、これを渡そうと思ってな」
そして渡されたのは数枚のチケットだった。そして書かれた内容は‥‥
「これは‥‥アイドルとの握手会?」
「そうじゃ、このアイドルからお前さんに会いたいと言い出してな。それで童はその仲介人じゃ」
「会いたい? 一体どこの誰がこんな俺に会いたいなんて‥‥」
その会いたいと言ってきたアイドルの名前を見ると‥‥
「…‥‥‥あっ」
「どうやら察したようじゃな。お主、この者に頼みだけで頼んでおいて後の事はすっかり忘れていたようじゃな」
「仕方ないだろ。あの後俺は何日も寝込んでいたんだから。それにまだ完全回復の状態じゃないし‥‥」
「じゃが、結構怒っておっておったぞ」
「うっ‥‥」
「じゃから明日にでも会いに行ってやったらどうじゃ。丁度休日で開催される場所があの場所じゃからな」
「あぁ、そういえば明日からだっけ【ドリハピ】が営業再開されるのって」
「そうじゃ。そこで、ほれ、これをやろう」
渡されたのは【ドリハピ】の中で行われるそのアイドルのライブチケットであり零と同じく渡されたプラチナチケットだった。
「……なんで7枚あるんだ?」
「なに、ただの偶然じゃよ」
「‥‥偶然、ねぇ…」
そして紅茶を1口飲み‥‥
「そうじゃ、シエルからあれは届いたのか?」
「あぁ、昨日届いたよ。2つだけだけど‥‥」
「ふむ、ならば丁度よい。あの姉妹を連れて行ってはどうじゃ」
「姉妹って‥‥‥あぁ…」
「姉の方には童が伝えるから。お主は千尋という者にこの事を伝えておいとくのじゃ。妹はあの者と一緒にいるはずじゃろうし」
「まぁ伝えるには伝えてみるけど‥‥もし断られたらどうするんだよ」
「大丈夫じゃよ。その先の事に関しては童はもう見えておる」
ジュダルが店を出た後、零はすぐに成宮千尋に連絡を取った。彼女は明日は偶然にもやることがなく、どうしようと考えていたそうだ。そこで明日営業再開される【ドリハピ】に行かないかと誘ったところ『えっ! じゃあ黄菜子ちゃんと一緒に行こうよ。あっ、どうせなら立花さんと有紗ちゃんも誘おうよ』とあっさりと決まったのであった‥‥
そして翌日となり零、有紗、千尋、豪志、黄菜子は【ドリハピ】の入り口の前にいたのであった。すでに営業再開されており家族連れ、恋人、友達同士等々の人々は吸い込まれるように入っていくのであった。もうすぐ夏本番という6月になっており人々は半袖がほとんどであった。
有紗の着ている服は半袖フリルブラウスに猫の刺繡入りのフレアパンツを組み合わせた動きやすいコーデ。千尋はフレアスリーブにリボンタイを加え淡い黄色のロングスカートで組み合わせた品のあるコーデ。黄菜子は千尋が着ているコーデに少し手を加えたもので上と下にそれぞれ可愛らしいキャラクターの刺繍を入れたりなど大人っぽさを控えたような服を着ていた。3人ともそれぞれ目を惹かれる可愛らしいお出かけコーデのため案の定、「あの人達可愛い。何かのモデルさんかな?」「ヤバい‥‥このまま見続けると惚れてしまいそ‥‥」「あぁ~、尊い…」「いやあれは‥‥尊死だ…」等など周りにいる人はそう言い合っていた。ちなみに男2人はなんてことないただの半袖に生地薄めの長ズボンを履いているのであった。
そしてしばらくすると
「あっ、皆さん。おはようございます‥‥‥」
その声とともに現れたのは黄菜子の姉である緑、それと後ろには執事の服を纏ったクランがいたのであった。緑が着ているのは以前黄菜子と再会した時に来ていた白いワンピース、それと頭には大きめの白い帽子を被っていた。その帽子の目的は頭に生えているであろう猫耳を隠すためである。黄菜子も同様に大きめの黄色い帽子をかぶっていた。2人とも帽子が取れないように深くかぶっているため顔の表情があまり見えていないが恐らく未だに怯えているのであろう。何せ2人は人間によって理不尽にも切り離され危うく死にかけてしまったのだから‥‥
だがそんな苦しみもきっと今日で終わりである‥‥そう思っていた零であった。
「じゃあ、みんな揃ったという事で、2人の指にこれを嵌めてもらおうかな」
そうして取り出したのは2つの指輪だった。一見特別な形や模様はしていないどこにでもあるような安めの指輪であった。2人は疑問に思いながらも好きな指にその指輪を嵌めるのであった。
「……よし、上手く起動しているな」
「あのぉ‥‥これは一体‥‥」
「あぁ、まぁ一言でいえばその指輪をしている限り周りから見える物が別の物に見えるという誤認操作が自動で発動するようになっている。例えばそうだな‥‥この指輪を付けた眼鏡をかけていない男子に対して100人にこの男性は眼鏡をかけていますか? という質問に全員かけていると答えるような事かな」
「それって‥‥つまり」
「この指輪を付けている亜人族に対して、こちらの亜人族は人間ですかと100人に質問したら全員が人間です。と答えるはずですよ」
「「「「「「!!!!」」」」」」
それを聞いた4人は度肝を抜かれたのだった。もしも零の言うことが本当ならばこの2つの指輪にはどんな亜人族でもいとも容易く人間と認識してしまう強力な術が施されていることになる。そして付けた指輪はいつの間にか消えているのであった‥‥
「ちなみに指輪は消えたわけじゃないですよ。着けてはいるけど見えなくなっただけですよ。あっ、それと俺からは2つの指輪とも見えていますから」
その指輪には制作者以外の者は認識することが出来ない。という強力な術をかけている。つまりこの指輪を作った本人からはどこに付けているのか見えているという状態である。
そんなすごいという言葉で片付けられない指輪を身に着けた黄菜子と緑であったがそれでもやはり深くかぶっていた帽子を取ることが出来なかった。先の【株式会社薬品コンポレーション】の一件以来、そして数か月前の【ドリハピ襲撃事件】、それ以前にこれまで要望や願望に塗れた人間の手によって真っ暗な世界で躾や教育という名で亜人族をひどく痛めつけ、最悪の場合は殺されていた。それをなかったことになど出来ない、出来るはずがなかった‥‥
だからこそ、2人には辛い事苦しかったことを全部ひっくり返してでも幸せになってもらわなければいけなかった。
「……そういえば、もうすぐしたらあのアイドルのミニライブがあるみたいなのでそこから行きましょうか」
そう零が言いそのライブ場所まで連れて行くのであった。




