迫る魔の手 Ⅱ
それは今から零達が実技試験を開始する時間である正午へと遡る‥‥
「まさか今日の講義が急に休みになるなんてね」
「なんと、千尋殿もですか。拙者の所も何故か今日は休みになってたのですぞ」
立花豪志と成宮千尋は同じ大学に通う友人であった。そして今日は10時から大学で講義の予定だったがどちらの講師も何故か今日は大学に来ておらずその日は結局講義が無くなったのであった。
「でも…おかげで今日は黄菜子ちゃんとこうして一緒にいられるからいいんだけどね」
2人の傍には未だにキャスケットを深くかぶっている幼い少女がいるのであった。彼女は辺りをキョロキョロ見渡しながらも千尋のシフォンスカートにギュッと手を掴んでいるのであった。その姿に(可愛い…)とひっそりと思う千尋であった。
「大丈夫だよ黄菜子ちゃん、人がいきなり襲ってくることなんてないんだよ」
「う、うん、で、でも…やっぱり…まだ千尋さんたち以外の人はまだ怖い、です」
彼女は未だに心の傷が癒えていない。だが無理もない。人間に、しかも自身の願望のためにドリハピで受けたひどい扱いを受ければ幼い子供は嫌でも人に対して強い恐怖心を植え付けられてしまうだろう。だがそれでも千尋や、その周りの人のような優しい人たちのおかげで最近は少しずつだが笑顔を見せてくれるようになった。これからもあの笑顔がいっぱい見せてくれればそれで十分だと思う千尋であった。
「じゃあ、これからこの前行った美味しいものが食べれるところに行こうか」
「えっと‥・それって、優しそうなお姉さんたちがいる所ですか」
「うん、そうだよ。それにあそこにはお姉さんだけじゃなくて優しいお兄さんだっているんだよ。どう、かな? 行ってみない?」
黄菜子はしばらく考え「‥‥うん」と首を縦に振りながらそう言うのであった。
そしてもう少しで目的地である喫茶四季に辿り着く所で‥‥
「千尋!」
その声に後ろを振り返るとそこにいたのは、
「えっ、お父さん! どうしてここに‥‥」
千尋がその名を言うと父親と呼ばれた人物は急いで駆けつけて‥‥
「聞いたぞ! 千尋あの少年に操られているんだろ! 今すぐあんな素行の悪い人物と関わるんじゃない! もし脅されているようなら俺が力ずくでも引き剝がすから! な!」
突然の事で理解が追い付かなかった。
「えっ、えっ! ちょ、ちっと待ってお父さん! 操る? 素行が悪い? 脅される? どういうことか分からないよ」
「昨日聞いたんだ。お前が素行の悪い少年と何度も何度も一緒にいるという事を。そしてその度にホテルに強引に連れて行かれて朝までそのホテルから出てこなかったことを!」
「お、お父さん、いったん落ち着こう、ね」
「これが落ち着いていられるか! 私が育てた可愛い娘がどこぞの馬の骨に奪われてたまるものか!」
「い、痛い、痛いよ! 肩をそんなに強く握らないで!」
その光景に黄菜子はその場から後ずさりした。そして感じ取ったのであった。
このままじゃ、千尋さんが危ない。そう思ったのか
「や、やめて、千尋さんを放して!」
咄嗟に声をあげて掴みかかる大人に立ち向かったが…
「関係ない奴は引っ込んでろ!」
そう言い足で払いのけたのであった。だが最悪の事にその衝撃でキャスケットが頭から離れて決して他の人には見せていけないものを見せてしまったのであった。
「そ、その頭は‥‥まさかお前は獣人族! 千尋! どういうことだ! 何でここに獣人族がここにいる!」
突然の獣人族の出現にその父親は怒りを露わにし、その矛先を黄菜子に向けるのであった。
「やめてお父さん! 黄菜子ちゃんは何も悪くないの! だから!」
「黙れ! お前をこんな獣人族や亜人族と一緒に暮らすことを教えたつもりはない! この子は今すぐ平和のために殺処分しなければいけない!」
そして黄菜子に襲い掛かりこの場で殺そうと上に持ち上げてその小さな首に両手で絞めるのであった‥‥
「~~~~~‥‥」
そしてもう少しで殺せるところで
「ッ!!?」
いきなりの衝撃で父親を名乗るその者は思わず黄菜子を下に落とすのであった‥‥その人物が後ろを振り返ると千尋の手には何かを持っていた。それは防犯用として持っていたスタンガンで‥‥
「もうやめて! お父さん! これ以上黄菜子ちゃんを傷つけるならいくら家族でも容赦しないよ!」
そしてスタンガンを再び構えるのだった。だがこの時、目の前で起きていることに今になって気付くのであった。
それは父親と名乗ったその人物の体がジジジ…と電子音のような音を立ててやがてその体が霧散するのだった…
そして偽りの体が消えて1人の人物が姿を見せたのであった。その人物は肥えた体に、無駄に多い宝石を付けており、そしてその顔は2か月ほど前に見た人物と一致しており‥‥
「す、須藤健司‥‥」
「はぁ、もう少しでこの汚い獣人のガキを殺せたというのに‥‥どう責任を取ってくれるのでしょうね」
千尋の父親を名乗った人物の正体は須藤健司であった。彼は自身に幻陽術をかけて千尋の父親である成宮航大に姿を変えていたのであった。
「全く…この幻陽術【マジック・コピー】で対象者に変化できるのに少しの衝撃ですぐに解けるのが最大の欠点ですね。だが、まぁ良いでしょう。こうして再び会えたわけですから‥‥」
「ど、どうして貴方はこんなことをするの! どうしてそこまでして黄菜子ちゃんにひどいことをするの!」
「ひどいこと? 何を馬鹿なことを言っているのでしょうか。ひどいことも何もこのガキは私が初めに手に入れたただの所有物です。だから‥‥」
「うっ!」
「こうして何度も踏んでも誰からも文句は言えません。だってこれはただの道具ですから。道具にこう踏みつけるのは犯罪なのでしょうか?」
そう言いながら何度も、何度も黄菜子のお腹を足で踏み続けるのであった。
「やめて! やめて下さい! お願いします! 何でもしますから‥‥」
「ほう…何でも、ですか…思い切りましたね」
「何でも」という言葉に黄菜子を踏み続ける足を止めて
「良いでしょう。私は獣人、亜人の願いなど聞くつもりはありませんが、人からのお願いには耳を傾けると決めていますので‥‥」
「じゃ、じゃあ‥‥」
「なんていうと思ったか! 薄汚いメスめ!」
須藤の放った裏拳が千尋の顔に直撃し、そのまま吹き飛ばされたのであった。
「貴様、如き、ただの庶民風情の言葉など、私の耳が腐るだけで、なんの価値すらもない、それが分かったのならば、2度と、その口を開くな!」
須藤が言うたびに黄菜子のお腹を強く、何度も、何度も踏み続けるのであった‥‥
「だが、そうだなぁ…貴様には私が今日開催するパーティに参加してもらおう。そしてそのパーティが終わった瞬間お前は今後奴隷になってもらう。それも卑猥な‥‥何でもする。のだろ?」
「ち、ちが…そういう事じゃ…」
否定するがその前に後ろからの強い衝撃で千尋は気を失うのであった‥‥
「その女は車に乗せろ、そしてその男はその場に捨てておけ。私のパーティに庶民の男を入れるつもりは毛頭もないからな」
待機させていた部下にそう指示し、1人は千尋を車に乗せ、もう1人はすでに身動きが取れなくなっていた豪志をロープで拘束させ人通りから離れた狭い通路にごみを捨てるように捨てるのであった。そして須藤は手袋をしてから黄菜子を抱えるのだった。
「これで、私の願いに1歩近づく。これもあの者のおかげよ…」
そうして須藤は迎えの車に乗るとすぐさま他の車と共にその場を離れるのだった。




