休校期間が明けて Ⅳ
試合が始まってすでに数十分が経過していた。結論から言えばそれは最早試合といえなかった。陸翔は自身が持つありとあらゆる魔術を使用し零に攻撃を放ったのだがその全ても片手で受け止めそのまま握りつぶしていた。そして零はというと何故か1度も攻撃をしていない。それに対して陸翔は馬鹿にされたと受け止め初級魔術だけでなく中級魔術をも使い始めたのだが、それでも結果が変わることなく同じような動作を零は繰り返し続けたのだった。術者が術を使うには魔力が必要である。魔力量は使う術に比例して減る量が変わる。初級術の減る量は使い方次第だが、そこまで減ることはない。だが中級以降は減る量が大きくなり、プロでも何度も使用すればとある症状を起こすことがある。それは‥‥
「はぁ、はぁ、はぁ‥‥」
「魔力欠乏症か…」
陸翔は中級魔術をすでに数発放っており、息切れを起こしていた。
魔力欠乏症。術者は術を使用し続け魔力量が残り少なくなると息切れを起こし始める。それでも術を使用し続けると立つことが困難になりやがてはその場で倒れ込み最悪の場合死に至る術者ならではの症状である。そして陸翔はすでに息切れを起こしていた。無理もない。何故なら学生のうちに中級を使えることは珍しい。だが、中級は初級と比べて魔力量の減る量が大きく今の術科学校ではあまり教えないようにしている。それは生徒の将来の命を守るためであるからだ
「お前は中級を使えるようだけど、どうやら肉体はまだ中級術をそう何度も使えるような基盤が出来ていない。もう降参しろ。それ以上術を使用すれば最悪の場合‥‥死ぬぞ」
「だ、黙れ、誰が無能の言い分を聞くか‥‥集え風、その身を強き風に変え、敵を吹き飛ばせ 【エアロ・バスター】!」
手のひらから強い風を放った。これで零を吹き飛ばすつもりだろうが、零はその風に吹き飛ばされることなくその場に立ったままであった。何故なら…
「! ゴホッ、ゴホッ、ゴホッ‥‥ゴフッ」
その風は途中で消え、代わりに陸翔の口から赤いものが出てきた。それは当然血で、そのことから魔力欠乏症が起きたのである。普通ならここで試合が終わるはずなのだがなぜか試合が終わらなかった。何故なら、その試合の審判をしているのは陸翔が絶対に勝つと信じている生徒であるからだ。だからであろうか、陸翔が魔力欠乏症を起こしたことに今でも信じられないでその場で立ち尽くしていたのだった。その生徒に
「おい審判、陸翔が魔力欠乏症を起こしたぞ。これでも試合を続けるのか」
と言ってきた。だがその生徒はまるで聞いておらず血を吐いている陸翔の姿を見て頭が真っ白となっていた。これではこちらの声が届かない。
「ふ、ざ、けるな‥‥だ、誰が、降参、するか‥‥俺は『撃墜の風』だぞ、お前のような無能とは違う存在だ、だから‥‥」
その勇ましい言葉を受け、あろうことか生徒は
「が、頑張れ! 陸翔!」
「負けるな! 陸翔!」
「『撃墜の風』の力を見せてくれよ!」
1人、また1人と陸翔に声援を送るのだった‥‥
(こいつら、馬鹿なのか‥‥)
零は最早呆れていた。何故ここの生徒たちは魔力欠乏症を起こしている陸翔に再び立たせるような声を掛けるのか理解できずにいた。そして陸翔はその声援に応えるかのように再び立ち上がったのだった。その姿に「わぁぁぁぁぁ!!!!」と歓喜の声を出して「陸翔! 陸翔! 陸翔! ‥‥」と陸翔コールを生徒一同で叫ぶのだった‥‥陸翔の目はまだ諦めないようだった。そしてゆっくり手を零に向けて魔術を再び放とうとした。そして‥‥
ものすごい速度で訓練場の壁まで吹き飛ばされ、先程まで陸翔がいたその場には星乃零がいたのだった‥‥
では零は一体何をしたのか。それは簡単で陸翔を右手で押し出しただけである。勿論それだけでは場外…壁まで吹き飛ばすことなど出来ない。片手を相手に接触させ、自身の魔力を相手に流し込み、一気に魔力を爆発させることで先ほどの事が可能である。だが、零のしたことはこのような手順ではない。零がしたのは陸翔が手を向けた瞬間、一瞬で距離を詰め腹部に手を添えてとん。と押しただけである。魔力を込めたとか、何かしらの術を使ったようなことは一切していない。そんなことが出来るのだからクラスメイトから『規格外の術者』と言われるのである。
観客席にいた生徒たちは何が起きたのか未だに理解が追い付けていなかった。先ほどまで陸翔が立ち始めて術を放とうとしたまでは覚えている。だが問題は零が一体何をしてのかが未だに理解できないでいた。そして数秒後、ようやく理解が追い付いた瞬間、
「あ、あり得ない、陸翔が無能に負けるなんて…」
「こ、これは、そう、何かの間違いだ‥‥」
「あ、あぁ、そうだな、俺たちはきっと悪い夢を見ているの違いない…」
「そ、そうだよな、『撃墜の風』が無能に手足も出ずに負けるなんて‥‥全く、質の悪い夢だよな」
現実逃避をしているのだった。
零はそんな言葉に聞く耳を持たずにその場を後にするのだった‥‥‥
そして訓練場を後にしてそのまま下校し校門の前まで来たのだが、そこに、
「待って! 星乃君」
朝比奈莉羅と水河瑠璃だった。彼女たちは零が訓練場を後にしたため急いで追いかけてきたのだった。
「どうしましたか2人揃って? あっ、何か忘れものとかしていたとか…」
「いや、そうじゃなくて‥‥星乃君、貴方は何者なの? さっきの試合見ていたけど、あんな戦い方並みの術者には出来ない、いや、出来るわけがない。術を握りつぶしたりするなんて‥‥」
「う~~ん、そう言われましても‥‥まぁ強いて言えば企業秘密?」
「企業秘密って‥‥はぁ、まぁ良いわ、星乃さんには莉羅を助けてくれた恩があるからこれ以上追及はしないわ」
「それは助かります。それで朝比奈さんはどのような用件で?」
瑠璃の後ろに隠れていた莉羅は顔を出して…
「えっと、その、ありがとう。私の代わりにあの場を収めてくれて。情けないよね、私はこの学校の生徒会長なのに1生徒である星乃君に対して何もしてあげられなくて‥‥」
朝比奈莉羅はこの学校の生徒会長である。そんな彼女は未だに生徒からの信頼をあまり得られていない。そのため今でも他の生徒からは不満があるようで‥‥だが零だけは違った。
「何言っているんですか。俺がこの学校に編入出来たり、未だに登校し続けられるのは朝比奈さんのおかげでもあるんですよ。俺はその優しさに応えたい。だから魔族に捕らわれたと聞いて必ず助けようと思ったんです。俺にとって朝比奈さんはとても大事な方ですから‥‥」
そう語る零だがこの時気付いていなかった。莉羅の顔が真っ赤になっており、その証拠に「~~~~ッ!?」と言葉にならないような声をあげているのだった。その様子に瑠璃は「…星乃君」と呆れていたのだった‥‥
「あっ、そうだ、今度の休みに近くにあるショッピングモールに知り合いたちと遊びに行こうと計画しているんですけど、良かったら一緒に遊びに行きませんか?」




