女の子の名前
「はむはむ、はぐはぐ」
「たくさん食べるね。よっぽどお腹が空いていたのかな?」
「はふはふ、んぐんぐ」
「しかしこの子はどこから来たのでしょうか。同志、何か知っているのですか?」
「ばくばく……っ!! けほっ! けほっ!」
「そんなに焦らなくても誰も取らないよ…。さぁ? この子とは初めて会ったから分からないなぁ」
グッズの会計後、お昼御飯のためにコラボカフェへと零と幼女は向かい、2人と合流すると、「同志? その子は…」と聞いてきたため詳しくは中で話すと伝え、席に着くと出会った経緯を話しながらコラボカフェメニューの食事を選び、その後は今へと至る。
「しかし、気になるのはやはりボロボロの服装ですね。どこが遠いところから来たのでしょうか?」
「いや、この子は幻陽術が使えるし、多分この町の子じゃないか?」
「それが本当ならどうしてこの子はこんなボロボロの服を着ているのかな?」
術が使える子供を持つ家庭は申請すれば毎年それなりの補助金を国から支給されるため生活にはそこまでは困らないはずである。すると、千尋はあることに気付く。
「そういえば、この子どうして頭のフードを被りっぱなしかしら? ここは室内だから取ればいいのに」
そう言うと、少女の頭のフードに手を伸ばし取ろうとした。しかしそれに気付くと、
「いや! やめて!」
いきなり大きな声で言い、頭のフードを脱がせられないように両手で頭を押さえて抵抗した。その大声に他の客や店員がこちらに反応をした。それに気付き、3人は、「すみません。何でもありません」と謝罪をした。どうやらこの子は何があっても頭のフードを脱ぎたくないらしい。そのことに気付き、
「ご、ごめんね。そんなに取りたくなかったなんて知らなくて」
そう謝ると、女の子は首を横に振り、
「っ! 私、こそ、いきなり大声出して、ごめん、なさい」
と千尋に謝り返すのだった。
食事後はこのまま解散でも良かったが流石にこの子の服装をどうにかしないといけないと思い、3人はとある洋服屋へと向かった。そこでは男性や女性用の洋服の他に子供用サイズの洋服が売っており、そのためここで洋服選びにはうってつけだと思いこうして来たわけである。
「へぇ、ここって来たことがないけど、好みの服装とかありそう」
「ふむ。確かに、拙者にも似合いそうな服がありそうな気がするですなぁ」
「ふふん、そうでしょう。ここは国内でも人気のブランドがたくさん揃うし、それに洋服の生地も売っているから、ここには週に何回か立ち寄っているの」
そうして幼い女の子と同じ目線を合わせ
「ねぇ、もしよかったらなんだけど、私と一緒に可愛いお洋服探して欲しいんだけど、いいかな?」
そう優しく尋ねると
「………(コクっ)」
その子は首を縦に振るのだった。
『…そういえば、千尋さんのコーディネートって結構レベル高いよな…だったら、ここは彼女に任せとけば大丈夫だな』
それまではコーナーを見回っていようと思い、後の事は千尋に託すのであった。
そして零と豪志は店内の洋服を見て回ること20分、二人の携帯に『終わったよ』というメールが来たのだった。どうやらあの子の着る洋服が決まったらしい。というわけで今まで様々な洋服を見ていた男2人は指定された試着室へと向かうのであった。
「あっ、来たね。それじゃあ…ご覧あれ!」
というと試着室のカーテンを開けた。するとそこには、先ほどのボロボロの服装を着ていた女の子とは見違えるほど変わっていた。これには男2人「おぉ!」と思わず声を上げた。まずあちこち跳ねていた髪をサイドテールにしてシュシュでまとめ、服装を黄色のフード付きロングパーカーを着用し、下は花柄のレギンスを履いていた。頭はフードで隠すことで、ストリートファッションっぽくなることで、第三者から見ても違和感がない。
「おぉ! 似合う! 可愛い!」
「流石は千尋殿。まるでアニメの世界に出てくるキャラがそのまま飛び出して来たようですな」
「ふふん、そうでしょう。今回のテーマはピクニックコーデにしてみました」
と、ドヤ顔を決めていた。その一方で、幼女の方はというと、試着室の鏡に映っている今の自分の姿を見ており、時折頬を緩めて鏡の自分に向かって笑みを浮かべていた。
「あっ、ねぇ、どうかな。気に入ってもらえたかな?」
「(ビクッ!)」
いきなり声を掛けられて驚いたためか背筋がビクッとなり、慌てて鏡に映っていた自身の姿から目を逸らした。そして声を掛けた女性に振り向き首を縦に振るのだった。つまり気に入ってくれたようだ。その反応に3人とも『良かった…』と安堵したのであった。
その後会計を済ませ、外に出るのだった。現在の時刻はいつの間にか午後五時になっており、そろそろ解散するには丁度いい頃合いである。が、もう1つ問題が残っていた。
「そういえば、この子な名前ってなんていうのかな?」
そう、名前である。これまで出会った中で一度も名前を聞いていない。もし、名前が分かれば近くの警備隊に引き取ってもらい、やがて親御さんの所まで帰ることが出来るだろう。が、
1、何故ボロボロの洋服を着ていたのか。
2、何故幻陽術を使って自身の存在を隠していたのか。
3、何故フードで頭を隠し続けるのか。
これらのことから、この子は何か事情があると推測されると思っていると
「ねぇ。君の名前は何て言うの?」
と千尋が名前を聞いていた。が、返答は首を横に振っただけであった。考えられるのは自身の名前がないのか、もしくは名前を言いたくないのかという選択肢が浮かび上がった。しかし、名前がないと困るのは自分たちだけでなくこの子自身も困るであろう。
「う~ん、困ったなぁ。…あっ、じゃあ、しばらくの間だけでもいいからこの子に名前を付けてあげようよ。そしたら、お互い困らずに済むし、ねぇ、それでいいかな?」
と、目線を合わせて聞いてみると、しばらく間を開けてからコクンと首を縦に振った。それに「ありがとうね」と返したのだった。
それから数十分後…
「う~ん。名前、ねぇ…いざ考えるとなかなか思い浮かばないなぁ」
「そうですなぁ。一花、美玖、紫音、加奈、瑞樹…なかなか浮かびませんなぁ」
「…それって今放送されているアニメのキャラクターだよね」
「えぇ、拙者三次元の女性との関わりはほとんどないため、ついアニメに出て来る美少女キャラに頼ってしまうのですぞ」
「……その気持ち分かる」
謎のシンパシーを感じた。ちなみに先程豪志が挙げた名前は現在放送中のアニメに出て来る美少女キャラクターである。
その後も名前を決めるためにあれこれ考え始めてさらに数分が経過していた。が、この子に似合いそうな名前が全然出てこない。この調子で行けば辺りが暗くなり、帰るのが危なくなってくる。今日はここまでにして、また明日にでもこの子の名前を決めようと誰かが言おうとした際、ぐるるぅぅぅ~と先ほど聞いたような音が聞こえた。音がした方に顔を振り返ると音を鳴らした本人は顔を赤くしていた。
「ふふっ、仕方ないよ。いっぱい食べていいからね」
と千尋は笑いかけるのだった。
「じゃあ、帰る前に何か食べて行こうよ。私もなんか小腹が空いてきたし」
最近の女子ってそこまで食べるのか? 男2人はそう思うのだった。そんなことを考えている2人に目もくれず千尋と幼女はどこで何を食べようかなぁと思い辺りを見回たしていると、幼女の目線があるところで止まっていた。そこにはどこにでも売っているような饅頭屋があった。そしてその入り口に食品サンプルの小さな箱に四つのお餅が入っていた。そのお餅にかかっているのは黄色い粉っぽいもの、つまり、黄粉餅である。どうやら黄粉餅に興味を持ったようだ。そんな時、千尋の脳内である名前がふと思いついた。
「きな粉餅、きなこ…そうだ。この子の名前は黄菜子にしようよ!」
「「えっ」」
「黄色の黄に、菜の花の菜、そして子で、黄菜子。ねぇ、どうかな?」
いい名前が思いつき、男性二人にグイグイ迫る。その目はキラキラと輝いていた。まぁ良い名前だし、なんか可愛らしくてこの少女に付けても悪くないと思い、
「あぁ、うん、とても可愛らしい名前でいいと思いますよ」
「拙者も右に同じですぞ」
「じゃあそれで決まりだね。ねぇ、君の名前だけど、黄菜子って名前で良いかな?」
「………(コクッ)」
と自身の呼び名を聞いて、良かったのか首を縦に振ったのであった。
その後、名前が決まったという事で、女の子——黄菜子が見ていた黄粉餅一箱六個入りを買ったのであった。
「じゃあ、今日はもう遅いから、黄菜子ちゃんは私の家に泊まらせて、また明日から皆でご両親を探しましょう」
時刻は午後六時を過ぎていた。本格的に暗くなってきたためこれ以上の出歩きは危ない。そこで今日1日黄菜子は千尋の自宅で泊まることとなった。一人暮らしだが、防犯機能もしっかりしているため安心して任せられる。
「そうですな。では2人ともまた明日」
こうして、千尋と黄菜子、豪志はそれぞれの自宅へ帰っていった。そうして零も帰ろうと思っていたら、ポケットに入れていた携帯の着信音が聞こえたため取り出して内容を確認した。そこには、
『いつになったら帰ってくるの(泣)』
と四季有紗からのメールだった。それも数時間前から同じようなメールが何件も受信BOXに届いていた。それは一言だったが、どうやら午前中には帰って来るだろうと思っていたが、いつまで経っても帰ってこないのでこうしてメールをしたようだ。零の姉(仮)として心配したのだろう。それにしても最後の(泣)を付けるとは随分と心配性だなぁと思いながら
「『心配してくれてありがとうございます。今から帰ってきます』っと」
そう返信したらすぐに既読が付き、再び有紗からの着信メールが来てそこには……
『あっ、じゃあ、帰ってくる前に春ねぇから頼まれた食材買ってきて。本当は午前中に買ってこようかと思ったけど、買いに行くことをすっかり忘れちゃって(てへっ)
可愛い美少女のためと思って、ね。お願い♡』
前言撤回。心配性ではなかったようだ。おそらく今日は自分が買いに行く日なのだが急に面倒になったため零に買い出しを押し付けようとしたがこちらからの返信がなかなか来ないのでこうして何十回もメールを今まで送り付けていた…と思う。
こうして、3人と別れた後メールに送られた食材を買うために近くのマーケットに寄るのであった。この時零は後で有紗に請求書でも突き出してやろうかと思っていたのだった。