妹と謎の女の子
「……で、そんなことがあって兄さんは面会時間残り数十分の時にようやく来た。ということでよろしいですか」
「………はい。おっしゃる通りです」
今、零がいるのは都内にある大きな国立病院である。そこの病室で現在目の前にいる人物と面会していた。
星乃愛花。零の1つ年下の妹で兄思いのしっかり者である。昔から体が弱く入退院を繰り返していることからこれまで友人と一緒に遊んだことがほとんどない。零は寂しい思いをしないようにこうして週に5回は必ず会いに行っている。ここでの面会時間は約1時間で、それまでに病室から出て外で一緒に散歩をしたり、お見舞い用のリンゴを蓮が剥いて食べさせたりしている。昔は愛花が寝こんでいる時は零が代わりに御飯を食べさせたりしていたが、今では年頃のためなのか「1人で食べられます! 子ども扱いしないで下さい!」と恥ずかしながら御飯を食べるのが当たり前となっていた。しかし怒る姿が可愛いため零は心を痛めるどころかむしろ癒しになっていることは愛花には内緒である。
零はいつも決められた日にちと時間に面会に行くのだが今日は病院に行く前にとある場所に寄っていたからである。その場所は、
「でもぉ、ここに来る途中愛花が好きそうなお菓子を買ってきたり、時間を潰せそうな本を買ってきたりと、いろいろ見回っていたら気付いた時には…」
「とっくに面会時間が過ぎてしまったと」
「…仰る通りです。はい」
途中で立ち寄ったデパートで色々見回ったのが失敗と反省したのであった。そう思いながらも買ってきたお菓子と数冊の本を渡したのだった。
「いいですか兄さん。私のお見舞いに来るのは良いですけど週に5回は多すぎます。これからはせめて週に1回にしてください。私ももう子供ではありません。それから兄さんは今学校に友人はいるのですか? もしかして友人がいるのに第一優先を私にしていませんか。もしそうなら余計なお世話です。その空いた日を友人と遊ぶ日にでもしてください。私の体調を心配してくれるのは嬉しいですけど私はもう以前のように体は弱くありません。それと‥‥‥」
唐突に説教をし始めたのだった。説教の途中、病室の傍を通りかかった人からは「あらあら、ふふっ」「相変わらず仲がいいねぇ」「可愛い妹に叱られるなんてなんというご褒美だ!」等の声が聞こえてきた。ちなみに最後の言葉に関しては無視をした。
こうしてようやく言いたいことを言えたためか愛花はふぅと一息ついた。
「しかし、兄さんが高校生ですか。なんだかあっという間ですね」
と言うと窓に立てている写真に顔を向けた。そこには大人の男性と女性、その傍には2人の子供が一緒に写っていた。
「父さんと母さんは兄さんが高校生になって喜んでいるでしょうか」
と写真立てを見ながら悲しい表情をしていた。
「…さぁね。まぁ、愛花も病気を治して元気に過ごすことが出来ればもっと喜ぶと思うよ」
「……そう、ですね。そうだと、私も嬉しいです」
そう励ますも、愛花は悲しい表情のままである。理由は数年前に起きたとある事件の傷がまだ完全に癒えてはいないからである。それでも今では笑顔をたくさん見せてくれることが多くなった。この病院の入院当時は食事を摂らずほとんど暗い表情をしていた。しかし零がどんなに忙しくてもほとんど毎日面会に来てくれたおかげで今のように説教できるような状態までに回復してきた。この調子なら退院の日も近いだろう。
「あれ? 星乃君? 君も来てたんだ」
と片手にお見舞い用のお菓子が入った袋を手に持って2人がいる病室へとある人物がやって来た。
「あっ、こんにちは朝比奈さん」
「ふふっ、愛花ちゃんは元気そうだね。近くまで愛花ちゃんの声が聞こえてたよ」
「うっ、すみません。うちの兄さんが迷惑をかけて…」
「…ええ~、俺のせいなの?」
そうして室内にある椅子に腰かけて――朝比奈莉羅がそう言うのだった。愛花と莉羅は知り合ったきっかけは半年前からで莉羅がこの病院にある用事を終えた帰りにたまたま零と出会い、故合って愛花に会わせてそれ以降月に数回程度だが、こうして面会に来ている。
「そういえば今日は見かけなかったけど今まで何かの用事を済ませていたのか?」
「あぁー、えっと、今日は家の用事があったんだよ」
「ふーん」と零は返すのだった。そして莉羅は愛花の近くに座り、
「あっ、そうそう。お見舞いとして近くのデパート店で買ったお菓子だよ」
「えっ、この袋ってすごく高いところの洋菓子屋さんじゃないですか! 確かこの前テレビ番組で特集されてましたよ!?」
「そうみたい。私はテレビとかはあんまり見ないからよく分からないけど。気に入ってくれたようで嬉しいなぁ」
袋に中を開けてみると、そこにはいかにも高級感を感じるクッキーが3箱入っていた。それを愛花が目をキラキラした目で見ていた。
「わぁ! ありがとうございます朝比奈さん」
と言うと莉羅に抱き着いたのだった。その瞬間莉羅は零に勝利の微笑みを見せつけた。零も本当は高いお菓子をお見舞いとして渡したかった。そしたら『わー! こんな高そうなクッキーを買ってきてくれるなんて、お兄ちゃん大好き!』ときっと言ってくれるだろう。が、あんな高級お菓子今の零の所持金では全く手が出せない。それはそうとやはり愛花のような可愛い女の子は大抵美味しいお菓子が大好きなのである。それが愛花だと間違いなく映るだろう。
「ねぇ愛花ちゃん。私と星乃君どちらが頼りになると思う?」
何故か莉羅は愛花に対して唐突な質問をしたのだった。対して愛花は何の躊躇いもなく
「えっ、勿論朝比奈さんですよ。約束を守らないし、今でも私に御飯を「あ~ん」って食べさせようと迫る重度のシスコンで、いつまで経っても1人も友人が出来ないどこかの誰かさんじゃなくて、優しくて気品に溢れてこんなおいしいお菓子を買ってきてくれる朝比奈さんが私のお姉さんになってくれた方が良かったなぁ」
これでもかと悪いところを言われ続け零の心は折れた。オーバーキルである。
「うんうん。じゃあ私を莉羅お姉ちゃんって呼んで欲しいなぁ。私末っ子だから、もしも弟や妹がいたらお姉ちゃんって呼ばれることが夢だったの」
「うん! 莉羅お姉ちゃん!」
何の躊躇いもなく莉羅をお姉ちゃんと呼びそのまま抱き着いたのだった。
「よしよし、今日も愛花ちゃんは可愛いなぁ♡」
「えへへ…」眩しいくらいの笑顔を見せる愛花であった。
一方の零は魂ここにあらず。な状態であった。ちなみに零は愛花から「お兄ちゃん」と呼ばれたことが1度もない。何でだ? と内心思う零であった。
その後、「あっ、兄さんはもう時間だから帰ってください」と突き放すような物言いで退出させそのまま愛花と莉羅のプチ女子会が始まったのだった。
その後零は近くのコンビニ食品で昼食を済ませたが、先ほどのショックが大きかったのか何を買って何を食べたか全く覚えていないのだった。
時間は午後1時。このまま帰っても先ほどの傷ついた傷は癒えないので近くにあるデパート店に立ち寄ることにした。そこでふと思い出した。今日はいつも読んでいるラノベの新刊が出ていると。
その新刊は9階建ての大きなビルの中にあり、目的地は8階にある。途中のフードコーナーや洋服ショップ、化粧品も見かけたがそこには一切興味がない。そして目的地へと到着した。そこには、様々なグッズが並べてあった。他にも本、CD、DVD、玩具等と言ったものが数千以上も並べていた。そう。そこは多くの人が愛し、老若男女関係なく集まる神秘の場所【アニメイク】である。さっそく新刊の元へ向かうと、
「おや、同志ではありませんか?」
と、途中で馴染みのある声が聞こえるとそこにいたのは二人の男女であった。男性は眼鏡をかけており、両手にはここで買ったのであろう大きな袋を両手に持っていた。服装は白い長シャツに薄水色のジーパンを穿いていた。女性の方は、片手に小さな袋を持っており、すでに会計を済ましたと思われる。こちらは男性と違いリボンが付いたショルダーバックを肩にかけ、可愛らしいピンクの花柄のフリルワンピースを着ていた。
男性の方を立花豪志、女性の方を成宮千尋という。
「新刊発売日に買いに来るとはさすがは同志。分かっていらっしゃる。あの新刊は早期購入特典の特典が豪華でしかも在庫限りですからなぁ。早く購入しなければ2度手に入れることは困難となりますぞ」
「マジか!」
言っていないのに豪志はすぐに零が新刊を買いに来たという事が分かったらしい。
「そうだ星乃さん。せっかく会ったからすぐそこで今放送中のアニメとコラボしたカフェでお茶にしませんか? もちろん立花さんも一緒にどうですか?」
「そうですね。せっかくですからご一緒してもよろしいですか? ‥‥ん? でもさっき食べたような、食べてないような……」
「? ふむ、拙者は女性向けのアニメはあまり見ませんが、しかし、コラボメニューの食事はどれも美味しそうですなぁ。拙者もお昼はまだなので食べてみたいものですな」
こうして3人はコラボカフェでお昼ご飯を食べる事になったのだった。だがその前に
「あっ、ちょっと店内をもう少し見てくるから」
と二人に伝え零は昼御飯の前にアニメイクの店内を軽く見回ることにしたのだった。新刊だけではなんか物足りないという事で何か良さそうなものがないか探すためである。その間二人は先にコラボカフェに入ってもらっていた。兄メイクにはライトノベル(通称ラノベ)や漫画、クリアファイル、ぬいぐるみ、更にはコスプレ衣装コーナー等があり、更に見回ると今放送中のアニメのPVが流れているテレビ画面があったため、最初から最後まで見ることにした。
『やっぱり、このアニメのPVは何度見返してもいいなぁ』
と、現在絶賛放送中の人気アニメの2分以上のプロモーション・ビデオを見ながらそう思い浸っていると、膝下に何かがぶつかった感覚がしたため「あっ、すみません」と謝るため見下ろすとそこには何もないどころか商品が入っている段ボール箱すらなかった。確かに何かとぶつかったと思いその場をじっと見てみると、うっすらだが何か見えた。それは小刻みに動いており、見慣れ始めるとそれが幼い人のような形をしていた。うっすらと見えたが、しばらくすると再び見えなくなった。
「……気のせい、かな」
その場を後にしたのだった。
その後——
「ふぅ~けっこう良い物が見つかったなぁ」
目当ての新刊の他に可愛いキャラがプリントアウトされているクリアファイル三枚、キャラクターのデザインがモチーフされたボールペン、そして漫画本5冊でカゴの中がいっぱいになっていた。手持ちの所持金と相談して、今日はここまででしようと思い会計にいこうとしたら、途中あるコーナーに目が留まった。それはアニメキャラクターがデザインされたレトルトカレー売り場である。キャラクターが可愛かったから目に入ったから立ち止まったわけでもあるが、その売り場近くに目をやりそこは特に何もなかった。が、それは普通の人から見た場合である。零はそこに強い気配を感じるところに指をツンと軽くつつくと、シャボン玉が弾けたかのように一気に姿が露わになった。その正体はやはりというべきか先ほどぶつかってきた人の姿で、見た目からして6~7歳の幼女であった。
レトルトカレーを見ていたその子は後ろの違和感を覚えふと思い後ろを振り向くと自分と完全に目があっていたことに気付いた。そして
ぐるるるるぅぅぅぅぅぅ~ きゅう~
という大きなお腹の虫を同時に鳴らしたのだった。
「……あ~、えっと、……一緒にご飯でも食べる?」
何故か思わず少女に声を掛けたのであった。