強化合宿 ~一転~
山のような巨体となった魔族と、ただの学生術者、どちらが勝つなんて一目瞭然である。だが、大きさだけで戦いの優劣が決まるなんて誰が決めた? その言葉通り2者の戦いは互角、いや、互角ではなくかの者が圧倒をしていた。
「くそっ、くそっ! どうして私の攻撃が当たらない!?」
その言葉は魔族から発せられた声だった。今の状態は1つの山のような巨体でその存在だけで圧倒し相手を怖気づけさせるには十分だった。だが、相手は違った。怖気づくどころか何の躊躇いもなく攻めていき、握っている細剣で着実に攻撃を当ていっている。それを阻止しようと巨体な腕を振り下ろしたり、口から魔力砲を放射したりしている。これらの攻撃は広範囲に影響を及ぼすため1度でも当たればどんな術者でも無傷では済まない。だが、その術者は難なく躱していた。まるで、どこに攻撃が来て、どこまで周囲に影響を及ぼすか分かっているようであった。
「そんな単純な攻撃が当たるわけないだろ」
その術者—―星乃零がそう言いいながら、再び攻撃を与えるのだった。攻撃場所は足部が中心だが、彼にはそれで十分だった。
『くっ、ちょこまかと躱しおって憎たらしい奴だ。だったら躱せないほどの一撃でここ一帯全て焼き尽くしてやる』
そう言い口を開け、魔力を溜め始めた。だが、
『‥‥おかしい、魔力をいくら溜めても十分な量にならない、それにこの体から少しずつだが魔力が抜けていく感覚がする‥‥』
魔力は普通の人の目では見ることが出来ない。何故なら魔力は空気と同じで気体となっているからである。だが精神生命体である幽霊や妖といった魂だけの存在、そして幻陽術者の素質がある者には魔力を目で見ることが出来る。そしてこの魔族はこれらの魂だけの存在に当てはまる魔族が魔力が抜けている場所である両足部に目を向けると黒い魔力が四方に拡散していた。そしてそれをやり遂げたのは、
「今頃気付いたか、だが気付くのが数分遅かったな」
そう言いながら細剣でさらに6突きすると足部に小さな穴を開けられ、体内の魔力が拡散したのだった。
「無駄だ、そんな小さな穴などすぐに再生するわ」
魔族には【高速再生】を備えていた。これならばどんな傷でもすぐさま回復するだろう、だがいくら魔力を込めてもその場所だけは傷の再生が遅くなっていた。
「【高速再生】を持っていることはもう知っている。だったら、再生速度より早く、重い一撃を突けばいいだけだ」
「なっ! そんな、そんなことが人間に出来るわけないだろ!!」
そんな叫びと共に拳を振り降ろした。だがそれを難なく躱しそのまま魔族まで腕を足場にして駆けあがって来た。魔族はもう片方の手を使って進撃を拒もうとするも、
「【ライトニング・ランス】」
雷で出来た魔力の槍を迫り来る手に打ち込んだ。本来この程度の術では痛みは感じない巨体の姿をしている魔族だが、動きが僅かばかり止まってしまった。それは何故か? それは零が魔術を放った手には黒い手袋を着けており、その効果は魔術の威力を弱める代わりに速度を大きく上げる効果が付与されているからである。これにより放った【ライトニング・ランス】は威力が弱まるが、速度を強化したおかげで迫り来る巨大な手を僅かばかりその場で止めることが出来たのだった。そして魔族との距離が近づくと零は速度を上げて大きく跳躍するとついに魔族と同じ目線となり
「【シューティング・スター】!!」
渾身の一撃を魔族の顔面に打ち込んだのだった。
あまりの衝撃に後ろにドスンッッッと音を立てて倒れたのだった。
「これで仕舞だ」
「ば、馬鹿な、人間如きに私が負けるなど…‥」
そして零は躊躇いもなく巨体な魔族の頭部にとどめとして細剣を刺すのだった。
この時その魔族はニヤリと笑みを浮かべていることに気付けなかった。
「音が止んだけど、どっちが勝ったのだろう‥‥」
ログハウスの前では1-Gの5人は先ほど行われていた遠くでの戦いを見ていた。初めはあの魔族と零は近くで戦っていた。そして魔族が巨大化になった途端零が何かを唱えると一瞬で消えたかと思ったらここから離れた所に現れたのだった。そこは人や住居などないため心気兼ねなく戦うことが出来る場所であった。それからいくつものの衝撃音が5人のいる所まで響き、そして白い光が魔族の顔に直撃しそれ以降音が完全に止んだのだった。
「…れーくん」
星宮香蓮は数日前に四季春奈からもらったお守りを握りながらそう呟くと前方数メートル先に誰かが現われこちらに向かってきた。その者は黒い姿をしていた。黒い姿、つまり顔も体も何もかもが黒かった。まるで誰かの影のようだった。
「…全くあの人間さえいなければ私の計画は完遂できた。そして私の肉体は奴に完全に滅ぼされた。こうなってしまっては新たな代用品が必要だな」
黒い者は5人に向かっていた。
「せっかくだ。私の新たな依り代はお前達から選ぼう、そうだな‥‥」
品定めをし、そして、
「では、貴様にしよう。貴様の精神はとても脆い、本来ならば強者を選びたかったがあの人間が絶望する瞬間を目にすることが出来るのは貴様が丁度いいだろう」
選んだ1人に迫っていくのだった。
「逃げて! 星宮さん!」
「黙れ、【ダークネス・バレット】」
放たれた4つの黒い弾丸が直撃し呻き声をあげながら地に伏せたのだった。
「い、いや、来ないで…」
「そう怯えなくてもよい、痛みを感じずに貴様の魂は死ぬのだからな」
星宮香蓮は逃げようとするが魔族が【影縫い】で身動きを取れないようにしたため手も足も動かせなかった。そして魔族は香蓮の頭に手を置き
「私を拒むか、なら一度貴様の精神を粉々にしよう」
精神だけを殺す術を唱えようとした瞬間、頭に置いていた手が綺麗に切断されたのだった。そしてそれをやったのは
「ふん、随分早かったな、あともう少しでこの者の肉体を手に入れられたというのに」
「それをさせるとでも思ったか」
星乃零だった。
「どうやらその剣には精神生命体に攻撃を当てる何かを持っているようだな、一体先ほどといい貴様は人間なのか、実に興味深いな」
「それを教える理由も義理もない」
そのまま一閃した。今度はもう片腕を斬り落としたが魔族は平然としていた。
「無駄だ。私はいくら斬られても痛みはない」
その言葉通り斬られたはずの腕はすぐさま再生し何事もなかった状態へと戻ったのだった。その後何度も何度も斬り続けるも結果は先ほどと同じだった。
「今の私は精神生命体の妖魔族。魔力の制限のないこの私に敗北の2文字は存在しない!」
肉体を持つ人間や魔族と違い妖魔族には肉体がなく、魔力量の制限が存在しない。つまり術をいくら使用しても魔力は枯渇せず階級の高い術を何発でも使用できるというわけである。
「【アイシクル・ランス】【フレア・レイン】【ゲイル・バースト】!!」
氷の槍、炎の雨、風の砲撃が辺り一帯に襲い掛かった。零は倒れているクラスメイトを守りながらそれらの攻撃を捌いていたが、規格外の術者と言われた彼でもやはりすべてを捌けずに顔や体に凍傷や火傷、出血等が出来ていた。
「もう、やめて、お願いだから、じゃないとれーくんが‥‥」
ボロボロになっている零を見て香蓮が泣きながらそう言うのだった。彼女から見れば相手は不死身ともいえるほどの化け物に対して勝てる方法など存在しない。だが、零は相手の攻撃を裁きながらこう言った。
「この戦いは必ず勝つ。だから俺を信じろ」
そう言い香蓮に振り返り笑みを見せたのだった。
だがこの時意識を僅かに香蓮に向けたことにより零の剣を持つ腕が肩ごと斬り落とされたのだった…
「この私を無視するとはなんと愚かだ」
妖魔族の傍に2本の剣が浮いていた。その剣はどちらも魔力で作られており零が意識を香蓮に向けた瞬間に瞬時に作り上げ零の片腕を斬り落としたのだった。そして先ほどの攻撃で動きが止まった零にもう1本の剣で左肩から右脇腹にかけて斬り刻むのだった。
「これで仕舞だ。【シャイニング・バスター】!!」
A級魔術が零に直撃するとそのまま森の深い所まで吹き飛ばされた。だがそれで終わらなかった。
「【重力結界】発動」
森全体を覆うほどの結界を発動させた。その結界内では強力な重力の効果で誰1人として自由に体を動かすことが出来ない。これで先ほど吹き飛ばされた零は仮に生きていても体を動かすことが出来なくなった。そして
「業火に焼かれて、そのまま永遠に消え失せろ! 【エクス・プローション】!!」
結界内で覆われている森全てを焼き滅ぼすほどの超効威力の炎魔術が発動した。その炎はありとあらゆるものを骨も灰も残さない一撃必殺の魔術である。その様はまるで天に向かって浄化されていくかのようであった…‥
「あ、あぁ、あああぁぁぁ…‥」
星宮香蓮にとってその光景は絶望の光景だった。先ほどまで目の前で戦っていた彼はあの森の中で燃え続けていた。そして燃え尽きるとそこは、木も川も生物も何もないただの果てた山へと変わっていた。そしてその絶望を引き起こした妖魔族は香蓮へと迫っていた。
「これで私を邪魔する者はいなくなった。そして貴様の体を私の新たな依り代として生きていこうとしよう、何そんなに心配しなくてもいい、貴様の友人とは何も関係が変わらないように上手く立ち回って見せよう。だから安心して死ぬが良い」
後ろから頭を掴まれるも香蓮はもう抵抗する気力がなかった。周りには気を失った4人のクラスメイト、そして森であった場所のどこかにきっと彼の死体があるだろう。これから香蓮は妖魔族に体を乗っ取られると同時に香蓮自身の魂は完全に消滅し、もう2度と何も感じることが出来なくなる真っ暗な世界へと旅立つだろう。そしてもう2度と好きな人の声を聞くことが出来なくなるだろう。でも、もし死んだら死んだ彼に会えるのかなともそう思ってもいた。だから、こんな声を届けてももう聞こえないのだろうと思いながら今でもお守りを持っている手をギュッと握りしめながら…‥
「助けて‥‥」
その言葉を発した瞬間、その周囲一帯に強力な魔力を感じ取った気がした。もしかした私の体を乗っ取られたのかと思ったがどうやら違ったようだ。何故なら頭を掴んでいた死霊族がおぞましい何かを見たような顔になりこう言うのだった。
「ば、馬鹿な、何故、何故貴様がここにおる!!?」
その目線の先には仮面を着けた白髪の少女がいたのだった。
その仮面の少女は妖魔族に向かって歩き始めた。その姿は何事にも恐れないよう強者のようだった。
「【アシッド・バインド】!!」
妖魔族が毒の拘束で少女を捕らえようとした寸前その毒は突如霧散したのだった。
「ッッ! ならば、【影縫い】!!」
自身の影で少女の動きを止めようとしたがその寸前1本の剣を向かってくる影に刺したのだった。そんなことしても何も起こらない、そのはずに、
「ぐっ、ぎゃあああぁぁぁ!!」
突然苦しみだしたのだった。影が刺された剣は普通の黒よりももっと深い黒、禍々しい黒色をしていた。まるですべての厄災がその剣に詰まっているかのようだった。
「お、おのれ、おのれぇぇぇぇぇ!!!!」
妖魔族は使えるすべての術を1人の少女に向けて攻撃を行うために数十、数百の魔術陣を地上に、空中に展開した。だが、少女が剣を払いのけるように振るだけでそのすべての魔術陣が1つも残さず消えたのだった。
「あ、あり得ない、こんなことあってはならない! 私は最強の妖魔族なのだぞ! こんなところで負けることなどあってはならない!」
そして何を思ったのか【アイシクル・ライス】を仮面の少女ではなく星宮香蓮に放ったのだった。恐らく肉体を急いで手に入れこの場を立ち去ろうとしたのだろう。だが、少女が【アイシクル・ランス】を目で睨んだ瞬間突如氷の槍が崩壊したのだった。その現象に「ひ、ひぃぃぃぃぃ・‥‥」と怯えながら後ろに下がっていた。そして少女もゆっくりと近づいていた。
「ま、待て、落ち着け、先程は申し訳なかった。ここは話し合いで解決しようではないか、私はとある軍の最強の一角だ。も、もし、このまま立ち去ってくれるならば私は今すぐにでもここから引こうではないか。そ、そうだ、貴様は強い。どうだ、私たちと共に人間どもを滅ぼさないか? そうすれば、ここにいる者たちの安全は保障しようではないか。ど、どうだ、悪い話ではないだろ!?」
頭をフル回転させ、この場を切り抜ける方法を考え、提案したのだった。だが、
「……呆れた」
「なっ!?」
妖魔族の提案を一蹴するかのように溜め息をついたのだった。
「貴方、私の肉体を奪うためにそんな流暢な長台詞に精神を殺す術を付与していることに気付いてないとでも思ったの、残念だけど私にはそんな小細工を通じない。それに…」
黒い剣の先を死霊族に向けて
「私は初めから貴方のような害悪をここで始末するためにいるのだけど、最後に何か言い残すことがあるのならば一応聞くけど」
仮面を着けて表情は見えないが、おそらく少女は激怒しているだろう‥‥
「み、認めぬ、認めぬぞ! この私がこんなところで負けるなどぉぉぉぉ!!」
死霊族の周辺に魔力が集まりだした。その魔力量はここ一帯を吹き飛ばすほどの力を持っていた。
「死ねぇぇぇぇぇ!!!! 【ドラゴン・ブラスター】!!!!」
竜の姿を模した光の砲撃は少女だけでなくここにいる全てを破壊しようとしていた。だが、
「…‥‥‥何それ」
迫り来る光の砲撃にそんな一言を言うと剣を先ほどと同じように振り払うと一瞬で霧散したのだった。
「そ、そんな、たったひと振りで私の最高傑作の殲滅魔術が消されただとぉぉぉぉ!!!?」
その表情は絶望に染まっていた。
「代わりに見せてあげる。本物を、ね」
少女は妖魔族に一瞬で近づきそのまま首を掴むと上空へと投げ飛ばした。本来妖魔族は肉体がないため掴もうとしてもそのまますり抜けるが、少女にとっては関係のない事だった。そして
「その精神ごとこの世から消え去れ、【ドラゴ・デストロイヤー】」
先ほどの【ドラゴン・ブラスター】の強化版【ドラゴ・デストロイヤー】を放つのだった。先ほどは1匹の竜だけだったが、少女がその術を放てば1匹ではなく数体の巨大な光の竜が現われ。そして放たれた竜の顎は肉体だけでなく精神も嚙み殺す…‥・精神生命体の種族には効果絶大であった。
「こ、こんなことがぁぁぁ!!! 申し訳ありません、魔王様ぁぁぁ・‥‥!!」
精神体の姿は眩い光により体は崩壊していき、最後には魂すらもこの世に留まることが出来ずに完全に消え去ったのだった‥・・・




