零の目的
「…この我の腕を斬り落とすとは…。女、何者だ?」
腕が斬り落とされたというのに動じることなく魔王アステロッドは仮面の少女に顔を向ける。対して少女の返答は
「【聖光・破】」
虹色の剣を槍のように魔王に突き出すと剣先から人一人を飲み込むほどの眩い光が魔王に向かっていく。
「…ふむ。とんだ挨拶だな」
魔王をそう言いながら片手を少女に突き出して
「【漆黒・破】」
黒い雷と黒い炎を合わせた巨大な黒が少女に向かっていく。そうして2つの一撃は衝突しそのまま大きな音を立てて爆発する。その威力は周囲にあった草や木々、術者たちが簡易的に設立した多くのテントや倒れている術者たちを巻き込み、そのまま吹き飛ばしていく……。
「……ほう。この我と互角とは…。貴様、ただの女ではないな」
そう言いながら目の前の煙が晴れるのを待つ。そして煙が明けた時には、
「……? いない、だと?」
先ほどまでいた場所に仮面の少女はいなかった。
「………む?」
何か気配を感じたのか、魔王が背後を向くとそこにはすでに剣を振り下ろしている少女がいた。そんな回避不能の状況だが、
ガキィィィィンンンンン!!!!!
「この我の背後をとったつもりだが、そんな不意打ちごときでこの我を倒すことは不可能だ」
いつの間にか手にしている黒い剣で振り下ろしてきた虹色の剣を防ぐのだった。
「それと女、いつまでも我を見ていると…」
2人のいる上空に無数の剣や槍といった多種類の武器が音もなく現れ、
「串刺しになるぞ」
そのまま少女めがけて雨のように降り注ぐ…。
「……チッ」
鍔迫り合い状態から少女は魔王から距離をとる。だが降り注ぐ無数の武器は少女のいた場所まで降り注ぐ寸前、突如軌道を変え距離をとった少女めがけて襲い掛かる。
「その無数の武器は我の思うがままに動かせる。故に貴様がいくら躱し続けようとも永遠に追いかけやがては串刺しにするだろう」
迫りくる無数の武器に対して少女は剣で薙ぎ払うことで強力な風を起こし武器の軌道を変える。だが魔王の言う通りバラバラに散った武器が再び少女めがけて襲い掛かる。
「武器を止める方法は1つだけだ。大人しく串刺しにされ貴様の持つ魔力を我に提供するがよい。貴様ほどの実力ならば他の人間どもとは比べ物にならないほどの魔力を持っているはずだ。その魔力で我は力を取り戻し貴様ら人間どもの国を蹂躙しつくしてやろう!」
無数の武器たちは少女を串刺しにしようと一直線上に襲い掛かる。それでも少女は剣で捌き続ける。だがそれでも量が多すぎるためか襲い掛かる武器を捌き切れず体や顔が刃先によって切り裂かれ所々に傷が出来ていく。そうして捌いていくうちに気付けば……
「……どうやら勝負は決したようだな」
魔王の目の前にはすでに全身がボロボロで立つのがやっとの少女がいるのだった…。
「誉めてやろう。貴様は我にとっていい余興を見せてくれた。褒美に魔力ともども貴様の存在を我の糧として生かしてやろう」
そうして宙に浮いている1本の槍を操り満身創痍の少女めがけて放つ。
そしてその槍は少女の心臓へ吸い込まれるように突き刺さるのだった………。
十数分前……。
「奴の本体は魔王アステロッドの体内だ」
星乃零はそう告げるのだった。零の言う奴とは七魔眷属の1人である妖魔族のサタルドのことである。
「…………じょ、冗談、だよな、星乃? いくら奴が妖魔族だからといってもそんな、まるで自身の魂を他人の体内に移す、しかも魔王という魔族を統べる王の体内に許可もなしに移すだなんて……。そんなことをすればどうなるか分かっているはずだろ?」
和也の言う通り、もし七魔眷属の1人だとしても魔王の体内に自身の魂があると知れればサタルドは間違いなく消滅するだろう。1つの体内に2つの魂が共存することは生物的に不可能と言われている。その場合、弱者の魂が強者の魂に喰われるのが当たり前である。そんなことは黒が白を塗りつぶすのと同じである。
「確かに和也の言う通り、本来であればサタルドの魂は目覚めた魔王の魂により塗りつぶされそのまま消滅する…。
それじゃあ、魔王の魂が今日に至るまでない、つまり、空の容器と同じ状態だったら?」
零の言っていることは和也が前者で言っていたことをひっくり返すような一言となる。
「………ど、どういうことだ? それじゃあ、星乃は魔王様は目覚めた時点ですでにサタルドによって主導権を握られているというのか? それじゃあ、本物の魔王様の魂は何処にあるんだよ?」
「……魔王の魂、魔王アステロッドの魂なんて、とうの昔に消滅しているよ」
まるで知っているかのように告げるのだった……。
「……そろそろ話してもらえないかしら? どうしてアンタがそこの一条和也と手を組んで魔王復活に加担したのかを、そして、アンタの目的を」
黙っていた安藤小夜が腰に携えている魔武器を抜きそのまま零に向ける。
「さ、さーちゃん⁉ ど、どういうこと? 星乃君が一条君と手を組んでいるだなんて……?」
「いや、ここまで来るとさすがに分かるわよ。魔王城なんて普通来れるわけがない、だというのにアンタはまるで来たことでもあるかのように城内を進んで行っていた。そして、私たちを治療するときにそこの一条和也も治療していた。つまり、目的を達するまで死なせるわけにはいかないような存在だったということでしょ?」
小夜の言うことは零は魔王城についてまるで知っているかのように目的地まで進んで行っていた。そしてミザリーとサタルドによって重症状態の小夜たちを治療すると同時に和也も同じように治療をしていた。これでは小夜の言う通り零は初めから魔王復活の計画について知っており、和也は何かしらの方法で城内の全体図を提供していたと見えなくもなかった……。だが、
「……はぁ~~、茶番だな」
小夜の言い分を聞いていたた零は溜息をついた。
「……どういうことよ?」
「どうもなにも、俺は和也の提供がなくてもこの城内について初めから知っている。まぁ、以前来た時と何も変わっていない時は驚いたけど。そして俺は別に和也と手を組んでいるわけじゃない。俺は魔王復活のついでで和也の依頼を引き受けただけに過ぎない」
「だろ?」と零は和也の方を見る。
「……あぁ、俺はどうしても助けたい人たちがいるんだ。その人たちはサタルドによって幽閉されていて解放したければ魔王復活計画協力しろと脅されていた。もし断ればその人たちは即座に殺すと…
………ぶっちゃけ言うと、俺は魔王復活を望んでなんかない。魔王という存在がいる限りこの国、いや、ありとあらゆる世界が魔王によって侵略される。そしてそれはお前たち人間の世界も当てはまるんだ」
「……ますます分からないわ。魔族復活を拒む一条和也、たいして魔王復活を望んでいるアンタがどうして手を組むようなことになったの?」
「……簡単に言ってしまえば、俺が和也が魔族だって気付いたら和也が俺がサタルドの手先の者だって勘違いされてそのまま襲われた」
懐かしむように零は告げる。
「…そ、それで、どうなったの?」
三条絵里奈は続きを訊ねる。
「あぁ、俺が和也を返り討ちにした。そして、どうして襲ったか問いただしたら幽閉されていることを話して、その時にちょっとした取引をして今日まで手を組んでいたわけ」
「……そ、そんなことが……知らなかった……」
「いや、知るわけないでしょ」
影山優美の一言に小夜はツッコむ。
「それで? あんたはどうして魔王復活にそこまで執着するの? もしかして魔王の力が目的なの?」
「馬鹿言うな。俺は魔王なんかに興味なんてない。それに、人間が魔王の力を手にすればどうなることか」
「人が魔王の力を手にすれば間違いなく人として生きられなくなり怪物になる」ということは敢えて言わなかった。
「俺の目的は魔王アステロッド・リーズの娘であるクロエ・リーズの魂を解放させることだ」
「………魔王の娘クロエ・リーズ? そんな名前、聞いたことないぞ? 星乃、その人は一体誰なんだ?」
零が魔王復活の目的を話すとまず返ってきたのはクロエ・リーズという名の人物である。和也は魔族であるが今まで生きてきた中でその名の人物の名前を聞いたことがない様子だった。
「この国の歴史でもそんな名前の人物は見たことも聞いたこともない。それに、魔王の名がアステロッド・リーズだなんて七魔眷属の誰も言っているのを聞いたことないぞ?」
「そりゃあ聞いたことないだろうな。だって、魔王アステロッド・リーズは人間に恋をし、やがて子を産んだ。そしてクロエ・リーズはその1人娘で同じように人と魔族の血を持っていて、当時の魔族の汚名を塗った唯一の一族だからな。それが来世に残らないようにリーズ家は国から消され、そして歴史上からも消された一族。クロエ・リーズはその生き残りだ」
そんな重大なことを聞かされ零以外は黙るしかなかった……。
「…これで、納得したか?」
「…………じゃあ、アンタはどうしてその魔族を助けようとするの。人と魔族は相いれない存在、だというのにアンタはどうして……
「人や魔族を助けるのに、理由がいるのか?」
そう言い残し、零はこの場から消えるのだった。
それと同時に外、後方支援部隊がいるであろう場所から爆発音がしたのだった……。




