戦場にてⅢ
「ば、馬鹿な…この儂がこんな小娘如きに……」
七魔眷属の1人であるサタルドはその場で倒れるのだった…。サタルドの体には無数の短剣が刺さっており全身毒々しい色に変わり果てていた。
「貴方は殺しません。いや、正確には殺せば新たな分身体が現れますから、そうさせないようにしただけですが……」
そう言いながら周辺を見る。すでに全ての魔族、ほとんどの術者たちは全員その場で倒れている。彼らも体中に無数の短剣が刺さっておりその場で死んでいるかのように倒れていた。
「……な、何故、何故貴様はこんなことを、する……」
ティアの傍に倒れている術者が彼女を見上げる。
「こんなこと、ですか? 強いて言えば主様から命じられただけに過ぎません。本来なら貴方たちが魔族兵に殺されようが我ら、そして主様にとってはどうでもいいことなのです。ですが、主様は極力殺すなと言われておりますので、我らはそれに従い本来の2割程度で対処したに過ぎません」
その姿はまさに強者の余裕だった……。
「くそっ、黙って聞いていれば好き勝手なこと言いやがってっ!! お前たちは俺たち術者を雑魚扱いするのかよ!」
「そうですね。我ら、そして主様から見れば貴方たちなんてそこらへんに転がっている小石程度に過ぎません」
「な、舐めやがってぇえええええ!!!!」
1人の術者が激怒しティアめがけて術を放とうとする。
「よ、よせっ! お前じゃあ……
「そうそう。そこの人間の言う通りお前のような雑魚にティアに傷1つ付けられないよ」
その言葉を聞いた途端部隊長である彼の全身が震えた。その震えは危険、脅威といった生命に関わる危険信号を伝えるものだった。そしてもう1人の術者も危険を伝える震えを起こすも「あぁああああ!!!!」と恐怖を隠すように叫びながら術を放つ。が、
「ゼルの言う通り、そうしたら貴方の頑張りは無駄死にとなるわよ」
術を放とうとする寸前、腕を1人の女性が触れる。すると「~~~~~!!!!」と電流が全身が走ったかのようにビクビク震わせそのまま意識を失うのだった……。
「久しぶりですね、セレスシア」
「そっちも変わってないわね、ティア」
セレスシアと呼ばれた青い長髪の女性に対してティアは挨拶をする。そしてこの場にいるのは2人だけではない
「あっ、セレスだ」
「セ、セレスねぇ様、お久しぶり、です」
「相変わらず如何わしい格好だなセレスシア」
「ゼル、ベル、それにジルも! わぁ~~皆久しぶりぃ! 相変わらずちっこくて可愛いままだね!」
「セレスねぇも相変わらず女遊びしてるのか?」
「お、大人、です……」
「この痴女め…」
「なんかひどくないっ⁉」
幼い3人に女遊びや痴女と言われショックを受けるセレスシアであった。
「……こうなったらグレンに慰めて……あれ? そういえばグレンは?」
辺りを見渡すが本来いるべきはずのもう1人がこの場にいなかった。
「……グレンならまだ七魔眷属と戦闘中ですよ」
事情を知っているティアがそう伝える。
「相変わらずグレンは戦闘狂だね~~。よし、ここは皆でグレンの所に行こうよ! そこでもしも苦戦してたら手伝おうよ!」
「加勢の意味はないと思いますが、まぁ、見に行くくらいはいいでしょう」
「よぉし、それじゃあ、行こうか!」
そうして5人はこの場から消えるのだった……。
「………な、何なんだ、あいつらは……。一見我らと変わらない人の姿をしていたが、あれは紛れもなく怪物、いや、もしかすればS級エネミー以上の存在かもしれない……」
取り残された部隊長の男性は今まで呼吸することをこらえ、そして吐き出すように呟く。
「それに、あの者たちを従える主様とはいったい何者なのだ……?」
その疑問に答えられる者は少なくともこの場にいなかった……。
軍服の女性の後ろから巨大な斧が振り下ろされた。そしてその影響で立っていた箇所にクレーターが出来ていた。
「これは戦争だ。一瞬の油断や隙を見せればこのように容易く死ぬんだよ」
そう七魔眷属にしてミノタウロス族のタイロスがそう語る。振り下ろした斧に女性を当てた感触はあった。つまり間違いなく体は両断され――
「確かに! 貴様の言う通りだ!! だが生憎! そんな斧ではこの私の体に傷つけるなんて不可能だぞ!」
クレーターから発生した土煙が晴れるとそこには巨大な斧を片手で掴む軍服の女性がいた。
「そして! 今の貴様は隙だらけだ!!」
巨大な斧をグン! と引き寄せるとタイロスも思わず女性側に引き寄せられそのまま溝に拳が入り込み、タイロスを吹き飛ばすのだった。
「これは本来の2割ほどだが、それでも吹き飛ばされるとは何とも脆弱な…」
そう思っていたのだが、
「フンッ! そんな拳でこの俺様を倒せるとでも思っていたのか? だが残念だったな!! 今の俺には魔王様の加護がある。このおかげでさっきみたいな一撃は大したダメージも入らなければ傷も数秒で癒えていく。つまり、この俺は最強の武人となったのだ!!」
そうして巨大な斧を女性めがけて振り下ろすとタイロスの倍はあるであろう衝撃波が飛んでいくのだった。そのスピードは速く今から回避しようとしても間に合うことはない。故に軍服の女性がとった行動は、
ドォォォォンンンンン!!!!!
大きな音ともに巨大な衝撃波を受けるのだった。
「この魔王様の加護があれば人間どもを全て皆殺しに出来る。そうすれば魔王様から更なる力を授けてくれるに違いねぇ!!」
体の内側から溢れる力に対して喜び、期待が隠せていなかった。
「……なるほど、貴様のその力は己が培ってきたものではない、と…」
衝撃波をまともに受けたというのに軍服の女性は傷1つ付いていなかった。
「……何故、我が君が七魔眷属を始末しろと言われた理由が分かった気がする」
そうして1歩前に出る。たったそれだけで
ズンッ!!
クレーターだけでなくその周辺の地面の亀裂が割れる。
「貴様のような偽りの力に慢心する者は遠くないうちに力に溺れ、やがては醜い化け物へと変わるだろう……。ならば! そうなる前にこの私が貴様に制裁を与えてやろう!!」
更に地面の亀裂が広がっていく…。
「制裁、だと? はっ、笑わせてくれる! そんな女らしい非力そうな腕でこの俺にどうやって傷をつける? 今の俺には魔王様の加護を合わせればちょっと派手な一撃でさえも難なく防ぐこと
「では、そんな非力そうな腕を持つこの私が今持っているものは何だ?」
軍服の女性はタイロスの背後に回っていた。それもいつ移動したのか気付けないほどの速さで…。
「…………は?」
そう言われてようやく斧を持つ反対の腕に違和感を覚え、その箇所にゆっくり首を向けると、
片腕が肩ごとなくなっており、そしてその腕は今、軍服の女性が手にしていた。
「さて、セレスシアの言う通りグレンのいるところまで来ましたが、もう終わるようですね」
ティアたち5人は【瞬間転移】でグレンの担当している場所まで移動し、今の状況を見てそう確信するのだった。そしてその言葉通り決着がつくのだった……。
「く、くそっ!! よくも俺の腕を……! だが!」
タイロスが念じると切断されたであろう腕が瞬時に再生するのだった。
「この魔王の加護は再生能力が備わっている。故に、お前がどんなに攻撃しようが瞬時に再生することが出来る! この力さえあれば俺は無敵だ!!」
それは勝利を確信したかのような絶対的な宣言。だが、軍服の女性、グレンは、
「ならば簡単な話だ、その再生能力が追い付けないほどの速度に、再生を妨害するほどの一撃を何発も与えればいいだけだ」
「はっ! 言葉だけ言うのは容易いが、実際そんなことをするのは不可能だ、何故ならお前は人間。人間がその言葉通りの速度と攻撃を出せば間違いなく体が悲鳴を上げる。対して俺はそれに耐えるだけで十分だ!」
それはタイロスにとって挑発だっただろう。
「さぁ! どこからでもかかってk
ドォオオオンンンン!!!
タイロスはグレンの放った拳で上空に上げられる。そして2発、3発、と拳の連打が続いていく。その速度は並の人間や並の魔族でも視認することは不可能の速度…。
(…なっ、一体、何が起きた、それに、コイツの拳の一撃一撃が重く速い、いや、速すぎて口を開く暇さえねぇ!! それに!! こいつは人間のはずだというのに、なんで平気そうなんだ!?)
タイロスの思っていることは目の前のグレンが人間だとしたらまずこの速度かつ重い一撃を出すのは不可能である。仮にこれらが術による効果だとしても、まずこの負荷に耐えることは出来ず、すぐさま四肢が悲鳴を上げるだろう。だが一向にグレンからそんな様子は見られなかった……。拳を連打し始めてすでに十数秒だがこの時点ですでにグレンはタイロスに数百発の拳は撃ちこんでおり……
そして、グレンは最後の拳に全力を込めてタイロスを地面に叩き落とす。タイロスを叩き落とした瞬間地面が割れ、その割れた地面にタイロスはそのまま落ちていくのだった……。
「………ふぅ」
戦いに区切りがついたのかグレンは息を整えるのだった。
「お疲れー!! グレン!」
「…む? おぉ!! セレスシア! 相変わらず私には似合わないような服を着ているな!」
「それって、褒めてるの? 貶してるの?」
出会って早々何とも言えないようなコメントで険しい顔をするセレスシアだった。
「遅かったですねグレン。いつもの貴方なら私と同じくらいには終わっていたと思うのですが?」
「むっ? そうか? 実は我が君にとって不利益となる人間を1人始末したのだ! だから時間が少しかかったかもしれんな!」
「……そうですか」
ティアが見渡せばここから近くに胴体と首が分かれている人間を確認するのだった。
「……まぁ、良いでしょう。それでは次についてですが…」
そう言葉を続けようとすると、ここから少し離れた森付近から大きな爆発音とともに煙が上がっていくのだった……。
少し遡る…。
「……何だよ、これ……」
術者と魔族の戦いは常にリアルタイムで配信されている。故に後方にいる他の術者や学生たちでも状況を確認することが出来、そうすることで次にどのような対応を行うのか全員に行き渡る。
「嘘、だろ、こんなことって、あるのかよ…?」
「術者が全滅した…。それに敵である魔族さえも……」
「ど、どうなってんだよ! あいつらは何者なんだよ!! もしあんなのがこっちに来たら俺たち殺されるに違いない!!」
その発言が周囲にいる学生たちに感染し、一斉にパニックを起こす。
「学生諸君! 落ち着きたまえ! 我々術者は君たち学生をこの命に代えて守る! だから落ち着きたまえ!」
そう言うが、それで落ち着ければどれだけいいことか、
「落ち着いていられるか!! 俺は帰る!! 俺はまだ死にたくない!!」
「待ちたまえ! 勝手な行動は許されんぞ!」
そう叫ぶように止めるも一部の学生はこの場から一斉に逃げ出し始める。彼らは日ノ本十二大族が開発した【多重転移術式】を使用し本来住んでいるところからこの魔族の国に転移という常識外れのような奇跡でここにいる。そして帰る方法だがここから少し離れたところに転移の魔術陣が設置されたままで、そこに乗れば元の場所に帰れるという設定をしている。そしてそれは他の部隊も同じで、それぞれの部隊ごとに転移の魔術陣が設置されており、その設置場所も部隊ごとに異なる。そしてこの部隊の転移設置場所はここから少し離れたところにある数千人入っても余裕があるほどの岩場のある広い所である。
そして学生たちはそこまで全力疾走で向かう。が、途中で先頭を走る生徒が誰かとぶつかる。
「いてぇな!! おい! どこを見てやがる!!」
尻もちをつき一体誰とぶつかったのか顔を上げると、そこにいたのは、
「……ほぅ。なかなか威勢の人の子だな。貴様らはこの儂を満たせるほどの魔の源を持っておるのか?」
そうしてその人物は1人の学生に手を伸ばす……。




