魔王は何処に
「…ね、ねぇ和也、本当にここが魔王がいるところなの?」
「そのはずだ…。でも、なんでだ? 確かに魔王様はこの戦いが始まるまであの玉座に居たはず……一体、どこに行かれたんだ…?」
和也の目線の先には1つの玉座があった。それはまさしく王にふさわしいと思わせるようなもの、黄金に輝きこの国に唯一無二と思わせるようなまさに最高級のものだと一目瞭然である。そして和也の言うことが本当なら魔王はこの戦いが始まる時まではこの玉座に座り、この戦いに挑む配下たちを見ていたということになる。だが、今となってはもぬけの殻のようで誰1人としていない。当然魔力反応を確認するが何も引っかかることはなかった…。
「…も、もしかして…、魔王は逃げた……とかは?」
「…優美、それはさすがにないわよ。まぁ、貴方の気持ちは分からなくはないけど…」
「じょ、冗談だよ……。さすがの私でもこの状況はおかしいと思うし…。だからせめて気を紛らわせようかと………えっと、ごめん」
冗談を言ったことに反省する優美であった…。
「……それで、星乃はこの状況をどう見る?」
「…なんで俺に聞くんだよ…」
「そりゃあ、まぁ、この中でお前だけが唯一冷静でいるっていうか……。…さっき見て思ったけど、お前って魔族と戦ったことあるのか? さっきのミザリーとの戦いで見たあの動き、あれはただの学生どころかプロ術者だってマネできるような動きじゃないぞ」
和也は零の動きが一般的な術者学生、ましてはプロ術者でも先ほどの零の動きを再現することはまず出来ないと断言するのだった。対して零は「そうなのか?」とまるで他人事のように返す。
「…まぁ、いいや。それで、ここに魔王がいないということだったな」
「あぁそうだ。零は何か分かるか?」
そう和也は聞く。そして「…そうだな…」と周囲を見渡す。
「…確かにここに魔王がいたな。それもついさっきまで。…つまり魔王がいなくなったのは俺が使った【瞬間座標転移】を使った時にそれをまるで読んでいたかのように何らかの方法を使ってこの闇の間からいなくなっている」
「…分かるのか?」
「…まぁ、な。僅かだけだが何らかの術のようなものを使った痕跡が感じ取れる」
「痕跡が分かるのか?」
「術のような異能を使った際、微量だけど大気中に魔力の粒子が浮く。それはどんな術を使おうとも例外ではない。俺はそれを肌で感じ取れるんだ」
そうして瞬時に片手に拳銃を手にし、それをとある方向へと向ける。
「そんな中俺の肌は敏感でな、敏感過ぎて魔力の粒子が分かる以外にも他者からの視線、そして殺気といった俺に対して害をなすもの全て感じ取れるんだ。
……そこに隠れてこちらを見ている奴の存在とかな」
パァン!!
銃口から銃弾が放たれる。そしてそのまま零が感じ取った方向めがけて飛んでいく、だが、その銃弾は途中何かに遮られるかのようにその場でピタリと停止する。すると突如として銃弾が止まっている箇所の空間がぐにゃりと歪む。
「ほっほっほ。まさかこの私が貴様のような人間に居場所を見抜かれるとはのぉ。これでも気配や殺気は隠せていたつもりじゃったのに」
そう言いながら手にしている銃弾をぐしゃりと握りつぶす。
零たちの前に現れたのは妖魔族にして七魔眷属の1人であるサタルドであった。だが彼は本来ここにいないはずだった。何故なら、
「サタルド、何故生きている…? お前は確か星乃によって殺されたはずじゃあ……」
「殺された? シン殿は何を言うかと思えばそんなことですか? 魔族である貴方は妖魔族について何も知らないのですね……。少しばかり残念でたまりません。私たち妖魔族は他の種族とは違い、唯一生という概念から外れた特別な種族だというのに、まさか知らないとは……」
そう言いながら手のひらを零たちに向ける。
「生という概念から外れたことにより我ら妖魔族は永遠ともいえる時間を生きている。つまり我々はハーピィー族、ミノタウロス族、餓狼族、そして蛇族のような有限ある命ある種族とは異なり、人間どもが術を使うために必要な魔力、そして我々が使う魔法の研究が数百、数千、いや、それ以上の時間をかけて研究することが出来るのだ!
そしてこれが研究の成果ともいえる1つ 【黒式魔陣:漆黒ノ太陽】だ!!」
サタルドの手のひら巨大な黒い炎の球体が展開された。その大きさはこの室内全てを飲み込むような大きさで当然ながらまともに喰らえば一瞬で灰も残らずそのまま焼き尽くされる絶対的な一撃である。
「灰も残らず貴様ら全員焼け死ねぇ!!」
サタルドから黒い炎の球体が放たれる。
迫りくる炎に和也は全力の一撃を、小夜は魔武器に黒い瘴気を纏わせ対抗しようとするが差は歴然で2人ではサタルドの攻撃を防ぐ確率は絶望的だった。
……そんな中、
「その程度の攻撃…」
零は手にしている拳銃の銃口を迫りくる炎の球体に向ける。そして
「まぁ、大したことないな」
銃弾が放たれる。そしてその銃弾が炎の球体に当たった瞬間、まるで風船がはじけるように炎の球体は音を立て爆発するのだった…。
「……ほぉ。人間の中にはそれなりにやる者もおるようじゃ。じゃが、儂が数年、数万年以上も研究を続けてきた【黒式魔陣】の敵ではないのぉ」
今度は黒い氷で出来た氷柱を瞬時に展開、そのまま零たちめがけて放つ。無数の氷柱はこの場にいる人間たちを確実に殺すために降り注ぎ、次視界が晴れた時には零は無数の氷に全身を貫かれ死体は氷漬けとなる。そんな結末はサタルドには見えていた。だからこそ、
「この程度なのか、その黒式魔陣というのは?」
いきなり現れた虹色の障壁により零たちは全くの無傷だったということに
「な、何じゃと…」
と無意識に言ったことに気付いていなかった…。
「そこから1歩も動かず私たちに勝つ? 何を馬鹿なことを言っている、貴様は」
その場所にはミザリー、サタルドがおり2人の目の前には同じ魔族にして七魔眷属であるナタリータがいるのだった。ではなぜ2人は同じ魔族にして七魔眷属でもあるナタリータと対峙しているのか、それは先ほどナタリータはミザリーの首を斬り落とし、憎むべきである人間の味方をした。そして先ほども同じ七魔眷属でもあるシンも憎き人間に対してあろうことか助けたためナタリータ同様に始末しなければならない。だからこそ同じ七魔眷属のものとして2人を早急に始末しなければならないのだが、
「別に、馬鹿も何も貴方たち程度ならここから1歩を動く必要がないって思っただけ。…あぁ、それとも私の言っていることがハッタリだと思ってる? まぁ、別にそれでもいいんだけどね。そうしてくれた方がこっちとしてはありがたいからさ」
そう言いながら足で自身の周りに体が収まるように丸い円を描く。「それじゃあ、もし私がここから出たら私の負けでいいよ」と挑発をしてくるものなので
「ほっほっほ。ナタリータ殿、そうしますと我々が有利ではありませんか。…ですが、貴方の七魔眷属での活躍ぶりは私の耳に届いていなくてですなぁ、中でもシンよりも弱く、もしかすると七魔眷属内であなたが一番最弱なのではないのかよく耳にするのですが、それについてはどうなのでしょうか? 折角ですからこの際教えてもらえないでしょうか? 何せ貴方はここで死ぬ運命なのですからなぁ」
一見すると興味本位で聞くのだが、聞く人によってはその言葉が挑発、あるいは煽りに聞き取れないこともない。
「それに、今頃あの人間どもは私の本体が相手にしております。私の本体はこの分身体よりも遥かに強いためもしかすると今頃防戦一方、あるいはもうすでに死んでいるかもしれませんねぇ…」
サタルドは人間たちが向かったであろう魔王の間に目を向ける。
「…死んでいる? あのお方が?」
「えぇ、そうです。だからこんな戦いは無意味。今すぐ道を開けるというなら痛みがないように始末してあげますが……」
「………ぷ」
「ぷ?」
「ぷぷぷ、ははははは!! 死んでいる? あの方が? そんなの天地がひっくり返ってももあり得ないよ? だって相手は貴方たち魔族、魔族如きがディア様を殺すだなんて一生無理な話だもん」
サタルドが言った言葉をナタリータはゲラゲラと笑う。
「一生無理とは? そう言える証拠は? それに、ディア様とはあの人間のことですかな?」
「ははは……まぁ、確かにあの一件以降実力は、そうだなぁ……。私の見立てでは7割程落ちていると思うけどそれでも魔族如き、七魔眷属相手なら90秒ほどで始末できるんじゃないかな?」




