強化合宿 ~推測~
「じゃあ今日は実際に無詠唱術で術を使っていこうか」
合宿3日目、近くにあった大きめの広場で零はそう言うのだった。
そこには、様々な的があった。藁人形、岩人形、鉄人形がいくつも用意されていた。軽く運動しているためすでに体は温まっており、そのためすぐにでも始められる。そして的に向かって様々な術が放たれるのだった。
この世界には7つの属性がある。炎、水、風、土、雷そして光と闇がある。術者の素質がある者は剣術や魔術などの術は必ず1つは備わっている。そして、その術にあった属性を最低でも2つは持っている。中でも2つの術が使える者は数名に1人と言われておりその者は将来を期待された有能者と言われている。ちなみに4つや5つの術を持つ者に関してはほとんど情報がなく、6つ全ての術が使える者に関しては全く情報はない。何故なら6つ使える者はこれまで誰1人もいないからである。そして1-Gに関しては小笠原陽彩は魔術、大和里見は剣術、柳寧音は召喚術、柏木理沙は拳闘術を持っている。だが、星乃零と星宮香蓮、特に星乃零に関しては術の情報が一切ない‥‥
「魔力を心臓から手全体に渡すように流し込んで…」
小笠原陽彩はそう言いながら集中していた。そして手に魔力が集まったら‥‥
「そのまま手のひらで水を出すようにイメージして」
そう零が言うと小笠原の手のひらから水が出てきた。だが、いつも出していた【アクア・ボール】よりも弱くチョロチョロ…としか出なかった。
「また失敗した‥‥これで10回目か」
無詠唱術の訓練を初めてすでに1時間経っていた。未だに1人も術らしい術を出していないこのままでは時間が過ぎる一方である。
「小笠原、【アクア・ボール】を放つときどんなことを考えていた?」
と零が聞いてきたため
「どんなことって‥‥それは手から水を出すことを考えていたけど‥‥」
「‥‥なるほど」
何を思ったのか零は手のひらから水魔術を出したり戻したり…を繰り返していた。そして「あぁ、そうか…」と何かを思ったのか、
「術を出す時の構想とか考えている?」
「構想…はあまり考えたことないかな。今まで詠唱していたからそれで今まで術を放っていたから‥‥」
と言っている途中で何かに気付いたのか
「もしかして、無詠唱術って構想を練らないと発動しないのか?」
「無意識に使っていたから、多分そうかもしれない‥‥」
これまでの術は主題・仕組み・思想内容・表現といったあらゆる思考を構成することを全て詠唱で行ってきた。だが、無詠唱術はそれらをすべて1から全て構成しないといけない。だから【アクア・ボール】を起動言葉を使うようにイメージしても大した威力が出せないのである‥‥と推測される。だが、理解すれば、
「この手のひらをまずは流れが緩やかな川とイメージして…」
この手のひらには見えないが少量の川が流れている。そしてその川から流れる水を丸い球体に練り直し、そしてそのまま一気に放出する。すると、小笠原の手のひらから【アクア・ボール】が放たれた。的には命中しなかったものの
「出来た! これが、無詠唱術か」
主題を水、仕組みは緩やかに流れる川、思想内容は球体、表現は【アクア・ボール】といった構想を頭の中でまとめれば今のように放つことが出来たのだった。これに感化されたのか他の者たちも頭の中で術を発動するための構想を練るのだった。
「フッ!」
大和里見は木刀の剣で【ソニック・スラッシュ】を放ったのだった。
主題は風、仕組みは剣から振る際に出る僅かな風、思想内容は刃、表現は【ソニック・スラッシュ】を練ることで岩人形の的を粉砕したのだった。小笠原もあの後以降的に【アクア・ボール】を何度も命中させていた。柏木理沙は鉄人形に【フレイム・スマッシュ】を打ち込んだ。主題は炎、仕組みは体温から発せられる熱、思想内容は炎を纏った拳、表現は【フレイム・スマッシュ】と構想を練り、そして鉄人形は打ち込まれた炎の拳でこちらも粉砕したのだった。そして一番驚いたのが
「んっ」
その一言でいくつものの人形たちが次々と壊されていったのだった。そんなことを行った人物は…
「んにゃ~~、眠い‥‥」
柳寧音である。
彼女は召喚術が使える。そして無詠唱術で召喚術によってさまざまな下級精霊を出してそのまま的を次々壊すように命令したのだった。
召喚術は様々な精霊と契約し、その力を自在に使うことが出来る。主題は属性放出、仕組みは精霊、思想内容は契約、表現は【攻撃】と練ったわけである。そして、彼女はこれでいいだろとこちらを見るとすぐさま眠りに落ちたのだった‥‥
そんな中、星宮香蓮は未だに無詠唱術を成功していなかった。星乃零から構想内容について教えてもらったのに手のひらから1度も術を放つことが出来なかった。
「どうして、私だけ出来ないの‥‥」
そう悩んでいると
「どう星宮さん、上手くいってる?」
「あっ、星乃君‥‥ううん、全然」
「まぁ、初日で出来るなんて思っていなかったけど、まさかこんなに早くコツを掴むなんて思っていなかったな。特に柳なんてあえて放置してたのにどうやって無詠唱術を成功させたんだろうな」
「ほ、本当だね…」
あはは‥‥と苦笑いするしかなかった。そんな表情を見ていた零は
「…‥怖いか? 術を使うのが」
「えっ」
「なんかそんな表情をしていたから」
そう聞いてきたのだった。
「…‥‥うん。怖い‥‥術者なのにおかしいよね」
「? そんなにおかしいことか?」
きょとんとする零であった。
「えっ、だってどんな術者だって堂々としているし‥‥」
「それは買いかぶり過ぎだ。誰だって怖いものは怖い、だから皆怖さに打ち勝つように強くなりたいんだ」
「そ、そうなんだ。えっと、星乃君に怖いものとかあるの? ‥‥あっ、いや、星乃君は何でも出来そうだから怖いものなんてないかもしれないけど‥‥」
そう訂正する香蓮だが、
「…‥あるよ」
「えっ‥‥」
その言葉に顔を上げるのだった。
「それは————」
その後も1日かけて無詠唱術の訓練をひたすら体に覚えさせるのだった…
そして時刻は21時半を過ぎログハウスにて‥‥
「いよいよ明日から森の中で実践か‥‥」
「早く明日にならないかな」
「そのために早く寝らないとね」
とある寝室で5人の女子がそんなことを話していたのだった。彼女たちは杉山彩香、田中美織、船倉貴織、椎葉美恵、山下真奈美。彼女達は第3術科学校高等部のバスケ部に所属している。彼女たちは学校内でもそれなりの有名人である。美少女で、とても活気的で周りからとても頼りにされている頼もしいグループと学校内で通っている。彼女は陸翔と同じBクラスである。
「あぁ~明日からあんなゴミクラスと訓練しないといけないなんて、気分下がるわぁ~」
「まぁまぁ、そう言わない」
「でも彩香だって実際そう思っているでしょ」
「それはそうだけど‥‥誰かに聞こえていたらどうするの」
「えぇ~別にいいでしょ。みんなそう思っているわけだし」
山下真奈美の言う通り、今もどこかで零達のクラスと訓練することを嫌がっている者たちは多いのだった。
「まぁ、さっさと終わってらまたあんなのとは別々になるんだから、少しの辛抱だよ」
そう船倉貴織は場を収めるのだった。
一方、別の寝室には南里和希と言った野球部を始めた佐藤光一、斎藤銀次郎、二田伊吹、西幸太郎、原久二がいたのだった。彼らはA組で術や座学の成績は上位に入るぐらい高い。そして野球部としては強豪校として名を馳せている。
「で、どう思う。1-Gについて」
「あぁ~、特にないな。どうせ、エネミーもどきに何も出来ずに只々逃げ回る光景しか見えないね」
「だよなぁ~、何であんなのが俺達と同じ空気を吸っているんだろうな」
「確かに」
「あははは‥‥笑える」
「じゃあ、明日に備えてそろそろ寝るか」
「そうするか」
こうして3日目の合宿が終わるのだった。
だが、このログハウスにいる者は誰も知らなかった。零が本当は術が使えることを、1-Gが不完全だが無詠唱術を使えることに…‥
4日目‥‥ログハウス前の広場にて、
「ではこれより、森の中での実践を始める」
そう学年主任が開始合図を宣言するのだった。それからルールの説明が行われた。
1.森の中に入ったらポイントのところまで向かい、しばらくして開始合図の魔術を打ち上げる。
2.複数のグループに分かれて行動を行う。その際、他のグループの妨害を禁止する。
3.エネミーもどきは一定の攻撃を行うとしばらく動けなくなるが、時間が経てば再び行動を開始する。そして、エネミーから攻撃を受けると、生徒たちが着ているジャージに備わっている特殊電波から信号が流れ、教師陣に伝わる。
4.今日から最終日から3日間行72時間行い、合計得点次第で今後の成績に影響する。
5.体調を崩した場合はすぐさま渡した緊急魔術を上空に向かって放つこと。その場合はそこまでの点数結果となる。
と、以上が説明となる。簡単に言えば一度この森に入ったら3日間は出ることが出来ない。途中で体調を崩せばその時点で訓練終了。エネミーもどきは一度倒してもしばらくすると再び動き出し襲い掛かってくる。そして、ポイント形式に判定され、エネミーを倒すと1ポイント、逆に攻撃を受けるとマイナス1ポイントとなる。
そして説明が終わり、森の中に行こうとした矢先、
「おやおや、星乃君ではありませんか」
と嫌味を含んだ言葉で名前を言ってきたのは土谷陸翔だった。それだけではない。他にも見知った何人者の顔がこちらを見ていた。
「よくこの場にのこのこ戻って来れましたねぇ。私は感激しました。あんな醜態をさらしてもそれにくじけずに前向きに物事に取り組むその姿はまさに感無量。これからも無様に這いつくばって私を楽しませてください」
そう上から目線で偉そうな態度で言いたいことを言うと森の中へと向かったのだった。そして今度は
「あぁ~、無能がいるから私たち調子崩すかも。そうなったら責任取ってね」
女子バスケ組も森へと向かい、
「さっさといなくなればいいのに‥‥」
ボソッとそう野球部の佐藤光一が呟き同じく向かったのだった。
「星乃君、よくあんな嫌味に耐えられるよね。私だったら1分も持たないよ」
「まぁ、慣れだよ、慣れ」
森の中に入り指定ポイントまで移動する途中大和里見が言うのであった。
「でも、どうして、自分が術を使えることを言わないんだい? そうしたらあんなこと言ってこなくなるのに‥‥」
小笠原の言う事も最もだった。この2日間で術の構想を1から練り直し、使える数は少ないものの無詠唱術がようやく形になってきた。これが出来たのは星乃零が今まで知らなかった常識を教えてくれたおかげだ。だが、
「まぁ、なんだ、俺は目立つのは好きじゃないんだ」
と言うが、今は逆の意味で目立っているためあまり説得力がない。「あぁ、そうそう」と言うと
「無詠唱術に関してだけど、他の人の前でも使ってもいいけど何のために術を使うのかしっかり考えてから使ってね。間違えて誰かを傷つけるために使わないようにね」
そうきつく注意したのだった。
そして配られた地図を見ながらポイントに到着し、しばらく待っていると上空にボンッと音が鳴った。つまり、3日間の泊まり込み訓練が始まった合図である。




