殺してでも
天使ヴァレンティアが顕現する儀式を行う30分ほど前…。
水河瑠璃は朝比奈莉羅に無断接触、朝比奈家にある神聖といわれている泉がある祠に勝手に入ったことの罰として朝比奈家にある地下牢へと入れられたのだった。そこは何もなく、冷たい風や湿っぽくカビが生えているのが当たり前な昔の監獄のような場所だった。提供されたであろう食事は冷たいスープに固いパンというアニメで時折見かけるようなメニューだった。
(……まるでただの水、ね)
一口だけ冷えたスープを飲んでみたが、味はなくただの水と変わらず、パンの方は固すぎるため食べることすら出来なかった。
(……結局、私は何がしたかったのかしら…)
冷たい床に寝込み、只々檻の方を見て考えていた。
(私の力では何も出来なかった。…いや、きっと心のどこかでは1人だけでは何も出来るはずがないって初めから分かっていたかもしれない。その証拠に朝比奈彰人には攻撃が通じなかった、日ノ本という権力に為す術がなかった、そして、莉羅を説得できなかった……。)
あの時のことを振り返り、もっと上手く立ち回れていたかもしれない、もっと声を掛け続ければきっと助けられてかもしれない…。だがもうすでに後の祭りだ。今悔やんだってそれらももう帰ってこない、帰ってくるのは只々後悔と過ぎ去った過去だけだ。
「…ははは、もう、いっそのことあの子との関わり全てを夢だと思い込むしかないわね…」
1人では何もできない、1人では強者に勝つことなんて出来ない、1人では同い年の少女を助けることすら出来ない。そう理解してゆっくりと瞼を閉じて時間が経つのを待つ……
「なんだよここ、寒すぎじゃねぇ? 暖房とかないのここ?」
だが彼はそうさせてくれなかった。
「……何の用、星乃君」
水河瑠璃は目の前に誰か来たことで顔を上げるとそこには星乃零がいたのだった。
「別に。ただ貴方の様子を見に来ただけだけど?」
「ならさっさと帰りなさい。ここは面会の場じゃないのよ」
「あぁ、知ってるさ。さっきも言った通り貴方の無様な顔を見に来ただけだから」
「…無様、ね。えぇそうね。今の私は誰からどう見たって無様よ。莉羅を助けるためにやった行動が全部拒絶され、朝比奈彰人には何も出来ず完敗、……おそらくしなくても私は近いうちにこの日ノ本家から追放、最悪の場合は処刑されるかもね。…でも、いいの。私のような平凡な人間は何にも出来ない弱者だって死ぬ前に理解できたんだから」
自暴自棄になったのか、今思っていることをただの知り合いである星乃零に話すのだった。
「笑いなさいよ。無様だって、滑稽だって、弱者だって。思っていることがあれば今言いなさいよ」
声が嗄れそうになるまで言いたいことを言う。
「……ねぇ、なんで黙っているのよ。本当は自分勝手に行動した挙句無様な醜態をさらした私を笑いに来たんでしょ。…ねぇ、なんか言ってよ!!」
檻に掴みかかり星乃零を睨み付けるように見るのだった。
「なんで、なんで何も言ってくれないのよ!! あぁ、それともあれなの? こんな無様な私を見ることがそんなに楽しいのね? だったらこんな汚く醜い私をせいぜいその眼で見なさい! そして水河瑠璃という人間は無様な醜態をさらした挙句同族に殺されたって世間に言いふらしなさい。そうすれば今まで私が貴方に対してしてきた言動や行動に少しはk
パチンっ。
零が指を鳴らした瞬間、檻が真っ二つになった。それから、
パンッ!
零が何かを叩いたような音がした。そしてこう言うのだった。
「…少しは落ち着け」
……私は何をされたか一瞬理解できなかった。
莉羅を救えないことが分かってしまい目の前にいる星乃君に八つ当たり、それも自暴自棄だと自分でも理解できるほどの状態で…。彼に何を言おうともう二度と友達は帰ってくるわけがない、もう2度と顔を見ることも声を聴くことなんて叶わない。だから今までのことは全部夢だと勝手に決めつけて次に目が覚めれば、あぁ、夢だったんだ。と片付く。夢で見た光景なんてすぐに忘れる。人間とはそういう生き物だ、私だって例外じゃない。寝て起きればすぐに忘れる、この仕組みを使えば朝比奈莉羅という存在は夢で出来た都合のいい人物だったとそれで終わりとなる。だから自暴自棄になっても寝て起きればすぐにそんなことは忘れる。だから思うように彼が私に対して思うであろうことを全部言った。
だけど、返ってきたのがまさかの頬に平手打ちだなんて予想もしてなかった………。
「……それで? 少しは落ち着いたか?」
零が顔を下に向けた状態で意気消沈とかした水河瑠璃に声を掛けるのだが、言葉を一言も発さずに只々黙っていた。
「まさかと思うけど、平手打ちされた程度でそこまで落ち込むことなのか? それとも、自暴自棄に対する返答が平手打ちだったなんて思ってなかったのか? てっきり何か言い返してくると勘違いしていたのか?」
「…………ほっといて」
それだけ告げて再び黙るのだった。大してて零は「……はぁ~~」と溜息をついて
「どうせ貴方のことだから何も考えず朝比奈先輩の所に行って説得したけど、横やりが入って何も出来ずにこんなかび臭いところに閉じ込められたってところかな」
「…………」
「黙秘は肯定って受け取るから」
「………」
何も声を発さない水河瑠璃。そんな彼女に
「もし、貴方が望むなら最後にもう一度だけ先輩と話せる機会を用意するけど?」
星乃零の言う先輩は朝比奈莉羅のこと。その単語を聞いた瑠璃は
「……………え?」
ほんの僅かだが顔を上げた。だが、
「……無理よ。あの子とはもう会えることなんて出来ない。仮に今から行ったとしてもここから最低でも1時間はかかる場所にいる。それに周囲はプロの術者、会場内にも数十人のプロ術者がいるのよ…。一体どうやってその機会を用意するのよ……」
すぐに顔を伏せて蹲る。どうせ無理、行ったとしてもこちらの話なんて聞かない、周りには自身よりも実力のある術者がいる……。と嫌な方向へと思考を進める。そんな彼女に
「もし、貴方がここにずっといるというなら勝手にどうぞ。だけど、貴方が来ないというなら俺は俺の目的のために先輩をこの手で殺すから」
零のそんな一言に思わずビクッとなるがそれでも顔を蹲ったまま
「……何で殺すの」
「単純だよ。俺も先輩の持つ『天使の魔力』が欲しいから」
「………貴方、最低ね。あの子に恩じゃなくて仇を返すなんて」
「俺がどうしようもなく最低な奴だなんて初めから知ってる」
「……もし、私がもう一度あの子と、莉羅と話す機会を用意して欲しいって言ったら?」
「その場合は順番を譲るさ。殺すことなんていつでも出来るわけだし」
「……何それ、自信満々じゃない」
「自信も何も、出来るから言っただけだよ」
それから少し瑠璃は考えて、こう結論を出した。
「……決めた。私を連れて行って。貴方が莉羅を殺すってなら、私がその前に力ずくで引っ張って、それでも断られるならぶん殴ってでも、殺してでも連れ戻すわ」
そう決意し、顔を上げるのだった。その表情を見て零は
「…まさか貴方、いや、水河先輩がそんな表情するなんてな」
「引いたかしら?」
「まさか。良い表情だ」
莉羅を殺す星乃零、莉羅を殺してでも連れ戻す水河瑠璃という何とも物騒な2人が互いに顔を見合わせるのだった。
天使を顕現する儀式が始まるまで残り数分となった。その会場の場から少し離れた場所に星乃零、水河瑠璃の2人がいたのだった。先ほどまで2人は朝比奈家にある地下牢にいたというのにどうやってこの場所まで来たのかというと
「…信じられないわね。本当に地下牢からあの会場まで一瞬、それも1秒足らずで移動できるだなんて…。これが【座標移動】なのね」
「これくらいだったら術者も使えるんじゃないのか?」
「いや、無理よ。だって2つの座標を1本のトンネルのようにつなぎ合わせるだなんて現代の魔力量では成立出来るわけないじゃない。それこそ数百年かかっても出来るかどうかよ」
「…そんなものなのか」
「そんなものよ。……多分」
そう言いながら今いる芝生から会場がよく見える場所へと向かう。道中零は瑠璃に「とりあえずこれでも食べとけ。先輩に会うなら最低限の体力は回復しとった方がいい」と言い、コンビニで買ったであろうサンドイッチ数個を取り出して渡すのだった。「後、その傷も治すためににこれも飲んどけ」と言い液体の入っている1本の試験官を渡すのだった。さすがに瑠璃はこの液体について尋ねると「簡単に言えば傷関連の痕を瞬時に治す薬だ」と言うのだった。瑠璃は疑心暗鬼になりながらもその液体を一気に飲み干すと不思議なことに今まであった顔や体に出来ていた傷や、全身の痛みが一瞬にしてきれいさっぱりなくなったことに気付き「この液体は何のの?」と聞くと、「言ってしまえばどんな病気やけがを治す薬だよ」と言うのだった。
「正直な話、先輩がついてくるとは思っていませんでした」
2人の視線の先には儀式が行われる会場が見えているのだった。2人は会場前にある木々、その真ん中あたりにしゃがみ隠れることで警備している術者たちから逃れている状態だった。
「…確かに。私はあの時莉羅ともう話すことが出来ないと理解できた途端何もかもあきらめたわ。いっそのことこのまま死にたいって。…でも、貴方から莉羅を殺すって言った途端、こう思ったの。貴方に莉羅を殺させない、殺すのは私だって」
「…それ他の人が聞いたら絶対やばい人だって思われるぞ」
「勝手に思っていればいいわ。それくらい私は莉羅を独占したいってことだし」
水河瑠璃にとって朝比奈莉羅を殺すことは単なる人を殺すとは違っていた。その意味は独占、独り占めという他人の都合なんかどうでもよく、只々自分の物にしたい……それこそ邪魔な存在を殺してでも…。
「まるで強欲だな」
「えぇ、そうよ。私は強欲なの。欲しい物は何としてでも手に入れる。そのためなら私は家族や日ノ本、そしてこの世界なんてどうでもいいの」
「…いかれてるな」
「軽蔑したかしら?」
「いいや?」
零は胸ポケットから何かを取り出して
「面白い」
ニヤリと笑いそれを自身の顔に装着したのだった。




