本能のままに…
喫茶四季の前では現在5人の男女が本能のままに互いの体を激しくぶつけ合っていた。1人は自身が汗だくだというのに腰を動かすことを止めず、1人は相手の唇を奪い同時に音を立て貪りながら快楽を満たし続け、1人は冷めることのない体を冷ますためただひたすら相手と行為を続ける。…といった獣のような行為が行われていた。
「お、お前たち、何、醜いことをして、いる…。早く『大聖女の加護』を、奪、え……」
零の傍で倒れている黒狼がそう言うも、彼らの耳に届いていなかった。
「無駄だ、あれはもう誰の声も届かない獣となった。こうなったら俺でも止められない」
「な、なんだと…。我らは『黒狼』。地獄のような訓練に耐え抜き選抜された特別な者たちだ。先ほどの液体ごときで奴らが屈することはない……」
「まだ理解出来ていないのか? 今お前の目の前で起きていることは現実、そしてあいつらはそんな液体ごときであんな獣へと変り果てた、違うか?」
「……お前は一体何をした。何故奴らはあんな獣ごときへと変わった……」
「そうだな…。その質問に答えてもいいが…」
ポンッ。そう音を立てて試験管の蓋をしていたコルクを外し、
「俺の質問に先に答えてもらおうか」
「質問、だと?」
「なに、簡単な質問だ。お前らは日ノ本直属の部隊なら世に出ていない情報をいくつか知っているだろうしな」
零がそう言うと黒狼は何故か「…フッ」と笑い、次のように答えた。
「言ったはずだ、我らは黒狼。日ノ本直属の部隊としてこの国の平和を守る影の部隊。死を恐れない我らがその程度の脅しでお前如き子供に話すとでも思っているのか」
彼らは日ノ本現当主である朝比奈海斗が編成した部隊、そしてその部隊が出来るまでに数々の訓練に耐え抜いた者たち全員いつ死んでもおかしくない地獄の訓練に耐え抜いた精神力、大量の毒薬を飲んではそれに耐え抜く肉体といくつものの訓練を乗り越えて選ばれた強者である。零の行ったことに比べれば訓練のほうがまだ地獄と言える。だから例え零が持っている試験管の中身がかけられた5人と同じようなものならば余裕で耐え抜けると自負している。
だからこそ気付けなかった。星乃零が持っているもう1本の液体が先程の5人とは別のものだとは思いもしていなかったのだった…。
「だろうね、お前のような奴がペラペラ答えてしまったら面白くないし」
そう言いながら躊躇いもなく試験管の中の液体を倒れている黒狼にかけるのだった。その量的には試験管丸々1本分ということもあり頭から足のほうまで少量の水がかけられた程度で済むのだった。
「…これは、甘い匂い…特に、体の異変はない…。どうやら先ほどの液体はただのハッタリだったようだな……」
「せっかちだな。もう少し待っていろ」
そうしてその効果はすぐに表れるのだった。黒狼の男はふと、未だに座り込んでいる水河瑠璃を見た時だった。それこそチラ見程度だ、恋愛対象どころか女として見ていない。……そのはずだというのに、
ドクンっ!!
自身でも分かるほどの心臓の音がした。次に少女を見ただけで徐々にだが思考が回らなくなくなってき顔が熱くなってきた、まるでアルコールに酔っているかのように。そして、
「……綺麗だ」
ふと自身でもそう呟いてしまった理由が分からなかった。だがそんなことはもうどうでも良かった。目の前にいる少女の髪を、顔を、体を、その少女を隅々まで触れたい。ということでもう頭がいっぱいだった。そう思いゆっくりと立ち上がり、
「綺麗、だ、綺麗だ、綺麗だ綺麗だ綺麗だ綺麗だ……」
そう呟きながら、
「綺麗だ綺麗だk………ガァアアアアアアア!!!!!!」
ふと立ち止まったと思ったら、今度は叫び声をあげながら水河瑠璃に襲い掛かるのだった。その姿は獣の様で口から大量の涎をたらしており、第三者が見れば思わず奇声を上げてしまうほどの顔をしていた。
「【止まれ】」
瑠璃に襲い掛かる寸前、零の発した言葉により黒狼の男はピタッと止まるのだった。だがそれでも目の前にいる彼女に対する執着が強いためか徐々にだが前に前にと進んでいた。
「いいから止まれ」
前に進んでいく黒狼に対して零は後ろから首を掴んではそのまま地面にドォン! とクレーターが出来るほどの勢いで地に叩きつけたのだった。並の術者ならそのまま気を失うほどの一撃のはずだがあろうことか黒狼は「がぁ……き、ぎれい、だ…」と顔を上げて呟きながら目の前にいる瑠璃を見るのだった。当然ながら瑠璃は初めて見るバケモノを見たかのように表情を引きつっており、零に関しては「…この液体の配合量、間違えていないか?」と黒狼の成れの果てを見てそう呟くのだった。
「……まぁ、いいや。【悪夢ノ導き手】」
それを唱えることにより、未だ本能のままに互いの体を重ね合わせ、あるいは腰を振っている5人の黒狼の影からそれぞれ数本の黒い腕が伸びてきてそのまま体の箇所を掴むと5人を影へと引き込み始めたのだった。引き込まれないよう抵抗するはずなのだが5人はすでに廃人とかしたのか行為にしか目にくれず自身が影に引き込まれていることに気付いていないようだった。
そうして5人は抵抗することなく影の中へと消えていくのだった……。
「は、放、せっ! わ、私は、あの少女に、触れたい、だけ、だっ! なのに、何故! 私の邪魔をするっ⁉」
地に伏せている黒狼は先ほどの5人とは異なり廃人とかせず、影から伸びてきた数本の腕に捕まれてもなお抵抗し続けていた。
「へぇ。あの液体をかけられてもなお完全には廃人とかしていないようだな」
「お前っ⁉ そ、そこをどけ!! 私は何としてでもその少女に触れなければいけないのだ!!」
「ふぅん。…で? 水河さんの所に行ったらお前は何をするつもりだ?」
「そんなの、決まっているだろ!! あの綺麗な肌を舐めまわし、そして最終的にはあの体を私色に染め上げコレクションとして永遠に置いておくのだ!」
「いや引くわ普通」
汚物を見るかのような目で零は【悪夢ノ導き手】の腕の数を増やし男を影へとズズズ…と引き込むのだった。影から出てきて黒い腕は人のような腕をしている。その腕は対象を影へと引き込むまでどこまでも追いかけ、その力は1本だけでも並の人間とは思えないほどの腕力を持っている。そしてそれが何十本もあれば例え『黒狼』という日ノ本最強の暗殺部隊だろうと逃げ切ることは勿論、退けることはほぼ不可能である。
そして男が完全に影へと引き込まれる寸前、
「…そういえば、もし水河さんに惚れるようなことがあれば自害するってことを言ってた気がするんだけど、結局出来なかったね?」
「……あ、ああ、あああ、あああぁああああああああ!!!!!」
零がそう告げると自身が言った過ちのことを思い出してしまったのだった。男にとって自身の言ったことに二言はない。だからこそ自身の舌を切って自害しようとした。だがそれを見越していたのか数本の黒い腕は男が自害しないようすでに自害対策として何本かの指を入れて自害を防いでいたのだった。そうして自害することが叶わずこの世の絶望のような叫び声をあげながら出口のない影の中へと消えていくのだった…。
翌日の朝、私は星乃零と一緒にとあるホテルにいるのだった。何でも彼の知り合いがこのホテルにいるとのことで、どういうわけか私も連れてきてとその知り合いが言っていたとのことで同行しているのだが…
「…星乃君、そろそろ私を連れてきた理由を話してくれないかしら?」
「あぁ~、それが俺も詳しくは聞いてないんだ。昨日いきなり連れてきて欲しいっていうからさ、申し訳ないけど来てもらったんだけど…。あっ、もしかして、何か用事とかありましたか? だったら俺だけで行きますけど…」
「別に。私はしばらく日ノ本の元には帰らないつもりだし、学校ももうほとんど行く必要がないから時間はほとんど空いているから気にしなくてもいいわよ」
そう言うと「あっ、そうですか」と言うだけでそのまま目的地の部屋へと向かうのだった。
……星乃零。彼は昨日襲撃してきた『黒狼』に対してまるで何事もないかのように圧倒していた。いや、そもそも『黒狼』という存在に対して脅威どころか敵とすら認識していなかったような気がした。『黒狼』は日ノ本が誇る最強の暗殺部隊で、部隊全員がB級~A級の術者で過酷すぎる訓練を得てようやく部隊の1人として選ばれると言われている。私のもとに現れたあの黒狼はおそらくA級だろうか、それだけの実力があったことは間違いないだろう。だが結果はどうだ。その黒狼は星乃君に対して一度も攻撃を入れることなく完全なる敗北をしてあの影の中へと消えて行った。……あの黒い腕は幻陽術でも見たことがない分類だ。もしかしたらあれは私の知らない幻陽術なのか、あるいは他の術なのだろうか…。それに星乃君はもしかしなくても何か隠しているものがあることはまず間違いないだろう。それこそ『大聖女の加護』『虹色ノ剣』といった聞いたこともない単語を始め、学校から『無能』と言われているにもかかわらず無能とは程遠いような実力を秘めていたりとおそらく他にもあるだろう。
……だが、だからといって私から踏み込むようなことではない。仮にそれら全てが真実だとしても正直どうでもよかった。何せ興味を持つつもりがなければ知るつもりもない。それがこの関係を維持するために私個人が結論付けた一番の最善だからだ。
そうしてしばらくすると目的地の部屋の前へと着き、星乃君が「おーい、来たぞー」とノックをせずに扉を開けt
――バタン。
扉を開けた途端すぐに閉めたのだった。
「……星乃君? どうして閉めたの?」
私が何故扉を閉めたのか聞いたら、
「……あぁ~、あれだ。右手の運動していたところだったみたい」
その意味に対して何かの暗号なのかと思うのだった。




