泣いて、泣いて、泣いて・・・・
「う、ん‥‥」
私は揺られる感覚を感じてゆっくり目を開けたのだった。その場所は、正確に言うと男の子の背中だった。
「あっ、目覚めたか。どう? 自分で歩けそう?」
その男の子はそう声を掛けてきた。
「う、うん。もう、大丈夫…」
私がそう言うと、男の子はゆっくり私を下ろしたのだった。その男の子は、私と同じ制服を着ていた。名前は星乃零君だったと思う。
「いやーびっくりしたよ。誰もいない所に倒れていたんだから、思わず心配してしまったよ」
・‥‥星乃君は何言っているんだろう? 確かあの場には、と思い出すと
「っ!!!!」
記憶がフラッシュバックしたのか突如震えが起こり始めた。あの場には3人の男がいた。そして私は‥‥
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、あぁぁぁぁぁぁ‥‥‥」
怖い、怖い、怖い、怖い怖い怖い怖い、助けて助けて助けて助けて助けて助けて、たす、け、て…‥そんな恐怖心が頭から、体中から、心から離れなかった。
でも、次の瞬間何故か震えが止まった。どうしてか。それは…
「大丈夫、大丈夫だからな、俺がいる。だから、安心しろ」
そう優しく語りかけてきて気付いた時には私の意識は真っ暗になった‥‥
そして零は再び星宮香蓮を背負い、ある場所へと向かった。
なお、零の数十メートル後ろには体中ボロボロになった3人の男どもが裏路地に眠るように気絶していたのだった‥‥
「‥‥ここ、は?」
星宮香蓮が次に目を覚ました場所はソファーだった。周りにはテレビや日用品があるがこの場に香蓮以外は誰もいなかった。ふと、下の方から人の声がしたためゆっくり立ち上がり1階へと降りるとそこには
「オーダー入ります。ミートソースパスタとオムライス1つずつ」
「はーい」
そこは喫茶店の様だった。店内には数十人のお客さんに、注文を1つずつ捌いていく二人の店員。1人は星乃零君、もう1人はモデルのような女性だった。店内を見ていたら
「あっ、どうかな? 体調はもう大丈夫?」
ポニーテールの美しい女性が声を掛けてきた。
「えッと、はい、もう大丈夫です」
「そう、良かった。零君がいきなり女の子を背負ってきたときはびっくりしちゃったよ」
「えっと、ごめんなさい」
「ううん、気にしないで。あっ、そうだ、せっかくだから晩御飯ここで食べていったら? 丁度席が空いたし…」
「え、でも…」
私が迷っていると、
「折角だから食べていきなよ。春奈さんが作り料理は絶品だからさ」
星乃君がそう声を掛けてきた。そして、再びフロアへと戻るのだった…
「はい、オムライスです。ごゆっくりどうぞ」
結局私はこの喫茶店で晩御飯を食べていくことにした。運ばれたオムライスは見ただけでおいしそうだと分かった。そして、一口食べる。と、
「…おいしい、です」
「ふふっ、良かった」
とポニーテールの女性は笑顔を見せたのだった。
「あっ、私は四季春奈と言います」
「えっと、星宮香蓮、です」
「香蓮ちゃんって言うのね。可愛らしい名前だね」
「あ、ありがとうございます」
それからは会話ということはなくただ、オムライスを食べるだけの時間となった。そしてもうすぐ食べ終わるところで、
「わたしはね、この喫茶店が好き。元々この喫茶店は閉店危機になったことがあるの」
驚きの台詞だった。だってこの店は今多くのお客さんで溢れている。それなのに昔は今よりもお客さんが少なかったなんて思いもよらない。そう思っていると春奈さんが話の続きをするのだった。
「今から2年ぐらい前かな。星乃君、実は2年半前の大事故で両親を亡くしているの。妹さんもいるけど今は病院に入院しているから、住む場所がないの。そんな時に向こうにいる有紗がいきなり零君を連れてきて「今日から助手になってもらう」って言った時私たち姉妹みんな驚いちゃったよ」
春奈さんは苦笑いをしていた。有紗という女性は恐らく星乃君と一緒に注文のオーダーをしている人だろう。モデルのような体型をしており、同性の私でも羨ましいと思ってしまう。
「でもね、零君が来てしばらく経ったある日、今まで来なかったお客さんが、1人、また1人って来店するようになったの。しかも今でもリピーター続出しているの。そこで零君にどうしてこんなにお客さんが来てくれたのって聞いてみたらこう答えたの。「この店は潰すにはとても惜しいので、知り合いに手伝ってもらってこのお店をSNSで紹介してもらっただけです」って言ったの。まぁ、正直なところ私としては隠れ名店にしたかったんだけどね」
「あっ、これは零君には内緒ね」と人差し指を唇に当てるのだった。そして最後に春奈さんはこう言った。
「でも私はこの店がこんなに賑やかになってすごく嬉しいのは本当だよ。2年前の私が見たらきっとびっくりするだろうね。これも全部零君のおかげかもしれない。きっと零君は私たちが苦しんでいるのを見たから思わず助けたんだと思う」
言い終えると、春奈さんはエプロンのポケットからある物を取り出した。それを見せると「手を出して」と言ったため手を出すとそれを私の手に置いたのだった。
「だから香蓮ちゃんも自分じゃどうしようもなくなった時には信用出来る誰かに助けてって言って欲しい。これはその勇気が出る私が作ったお守りだよ」
そして、春奈さんは両手で私の手を優しくギュッと握らせるのだった。たったそれだけ、それだけの動作だけなのに、私は、
「…‥‥あ、あれ、私、どうして」
気付いたら目から涙が溢れていた。何とか止めようと制服の袖で涙を拭き取るもとるも一向に涙が止まらなかった。それを見た春奈さんはキッチン台から急いで出てきて私を強く抱きしめたのだった。そして、
「よしよし、今まで辛かったんだね。誰にも頼ることが出来ずによく1人で頑張りました‥‥‥」
「う、うぅ、うぅぅぅぅ‥‥‥わー--ん、怖かった、怖かったよー--」
その日、四季春奈による抱擁でフロア一帯に星宮香蓮の積もりに積もった恐怖心を一つも残さないように数十分かけてすべて吐き出させたのだった。
そしてその場にいたすべての人たちは星宮香蓮の泣いている姿を見てもらい泣きをしたのだった‥‥
この光景を見た人たちは生涯忘れないようにこの出来事を【春の陽だまり抱擁】と名付けたのだった。




