似た者同士
突如現れたその青年は見た感じでは20代後半、着ている服装はスーツ姿で身だしなみも整えられており、ズボンの方も白と一式整えられていた。その青年のほかに現れた2人の人物はその青年とは違い上下とも黒い服装をしておりその姿はまさに暗殺者のような姿をしていた。そんな2人は現在、星乃零と水河瑠璃の首元にナイフを突きつけており、『動けば痛い目に遭うぞ』と脅しているのだった。
「まったく、貴方のやり方でしばらく様子を見ていましたが、なんて様なのでしょうか。これでは日ノ本の人間として恥ずかしい限りです」
その言葉に瑠璃は只々黙るしか…
「…おや? 何ですか、その表情は?」
「私は、貴方たちのやり方じゃ誰1人として心を開いてくれるとは思わない。だから私のやり方でやっただけ…」
「……そうですか」
そう言いながら手を上にあげて
「じつに、甘い考えですね!」
そう言いながら取り出したナイフを瞬時に瑠璃めがけて投擲したのだった。幸いか、それともわざとか、そのナイフは瑠璃の頬をかすめるような形で壁に突き刺さるのだった。
「そんなんだから貴方はいつまで経っても日ノ本の落第者と呼ばれるのですよ。かつての幼き貴方は当時の大人顔負けの実力を持っていたというのに今の実力はせいぜい中の下なのですよ。…これも全部あの欠陥品と関わったせいなのでしょうけどね」
「ッ! あの子のことをひどく言うなら私は貴方のことを許さないわよ」
「では、試してみましょうか? 私の実力とあなたの実力、どちらが上なのかを。まぁ、どうせ私にかすり傷を与えることさえもできないでしょうけどね」
日ノ本同士の戦いが始まろうとする矢先、
「……なぁ、この茶番にいつまで付き合えばいいんだ?」
紅茶(睡眠薬入り)を飲み干した零が2人の話に割り込むように告げるのだった。
「…失礼。私としたことがこの落第者と戯言に戯れるとは何とも情けない」
自身を落ち着かせようとスーツを改めてビシッと整えるのだった。
「では単刀直入にお伝えします。私たちに貴方の持つ【大聖女の加護】を私に提供していただけないでしょうか?」
「…何回も言っていると思うが、そんなものは知らないし、持ってなんかいない」
「そんなに隠さなくてもいいのですよ。貴方がその力を持っていることはご当主様はすでにご存じなのですから」
「だったらその当主にでも言うんだな。そんな確証もなしで俺の前に現れるなって」
「残念ですが、それは出来ない相談です」
「……理由は?」
「当主様はこう仰られていました。もし拒み続くようなら殺しても構わない。と」
その青年の虚偽のない一言に瑠璃は黙るしかなかった。…が、
「…………」
「そういうわけですので、これ以上拒み続けるようなら我々は貴方を殺すしかありません。もしそれでも断るというなら今日から貴方は永遠と続く不安の中で生活をしてもらわなければいけないのですが、それでもよろしいでしょうか?」
「…………」
「おや? 震えておりますが、もしかして怯えているのですか?」
そう言いながら零に近づこうとしている青年だったが、
「…………ふ、ふふふ」
「?」
「あははははははは!!!!!」
「…な、何故笑うのですか!? 私はどこかおかしなことを言ったのですか!?」
「あーっ、笑った笑った。今年に入って初めて笑ったわ」
そう言いながらおかわりで注いだ紅茶(睡眠薬入り)を一気に飲み干し、
「お前たちのようなたかだか人間に、お前たちのようなちょっと術が使えるってだけの人間に、お前たちのような他人の気持ちを踏みにじるような人間が、俺を殺すって? あははは!! 冗談はその顔だけにしてくれよ。さっきから笑うのを我慢してたけどもう限界なんだわ~」
あははは……と笑う零を見てこの場にいる全員がキョトンとしているわけで、
「…なっ! たかが市民風情がこの私を、日ノ本十二大族を馬鹿にするのか!? それに、貴方は今の状況を忘れているのか?」
その青年の言う通り、零の首元にはナイフが突きつけられている。青年の合図1つで零の首は一瞬にして貫通し、そのまま死に至るという状況、だというのにどういうわけか彼は一切ナイフを突きつけられているというのに全く恐怖を感じていない。
「状況? …あぁ、このナイフのことか? 別にこんなの、そこらへんに転がっている石っころと同じくらいとしか思ってないけど?」
その一言を聞いて青年らは呆れたを通り越して恐怖をほんの僅かだが抱いてしまった。本来人間誰もが命の危機を感じると恐怖や命乞いと生命維持のための行動をとるのが当たり前である。だが、目の前にいるこの少年はそんな素振りなぞ一切なく、それどころかどこか楽しそうと言わんばかりと面白がっているのだった。
「…まぁ、でも、時折首元がチクチクするのもなんかいやだなぁ。というわけで【ナイフを下ろせ】」
当たり前だが、そんなことを言っても零に突きつけられているナイフを下ろされることはない。だというのに突きつけているその人物はどういうわけかゆっくりとナイフを下ろすのだった。それを見た青年は
「おい、お前! 何勝手に下ろしている! 私は下ろせと命令してないぞ!」
青年のその言葉は届かず、ナイフを持っている人物はどころ心あらずの様子だった。そうして
「【そのまま室内を出ろ】」
その告げた言葉通りその人物はそのままこの室内を出ていこうとするが、
「待て! 私の声が聞こえないのか! 今すぐ足を止めろ! これは命令だぞ!」
その青年の言葉は届くことなくその人物はそのまま室内を出るのだった。
「無駄だよ。貴方がどれだけ声を出そうがその人に声が届くことはない」
「……一体、何をしたんだ…」
「何って? ただ声を掛けただけだよ。そう、このように……【ナイフを下ろせ】」
今度は瑠璃にナイフを突きつけている人物がゆっくりとナイフを下ろすのだった。
「【そのまま室内から出ろ】」
その人物はやはり心あらずの様子でゆっくりとこの生徒会室から出ていくのだった。
「…な、なんだ、何なのだ! 君のその力は!?」
「だから言ったはずだ。ただ声を掛けただけだって」
「そんなわけないだろ! では何故掛け声だけで私の部下が勝手にナイフを下ろす! なぜ私の言葉が届かないのだ!」
「そんなの知るわけないだろ?」
「そんな、そんな理由で私が納得するわけないだろぉ!」
そう言いながら取り出した短剣のような形をした魔武器を取り出し、
「ならば少々痛い目に遭ってもらわなければいけないようだな! 幻影z
「【動くな】」
幻陽術を繰り出そうとしたが、それより先に零がそう声を掛けたことで先ほどの2人同様心あらずの状態となり行動もピタッと止まるのだった。
「【そのまま外にいる2人を連れてさっさと立ち去れ】」
そう告げると青年は声を一言も発することなくこの場から立ち去るのだった…。
「はぁ~、ようやく邪魔者がいなくなった」
「…星乃君、さっきのは一体…」
一部始終を見ていた水河瑠璃はそう零に問いかけ、
「だから、ただ声を掛けただけですけど…」
「いや、私の知る限りじゃあ、さっきのアレは幻陽術のような術の類、だけど、声だけであそこまで人を操れるなんて聞いたことも見たこともない……それに、刃物を突き付けられているというのにどうしてあそこまで余裕でいられたの? それも笑うほど…」
先ほどまでの零の様子を浮かべながら
「……星乃君、君は一体、何者なの?」
その一言が口から出てくるのだった。そしてその問いに
「…俺が何者かなんて、今はどうでもいいでしょ? 今はどうしてあなたが睡眠薬入りの紅茶を飲ませたか。先にこの質問に答えてください」
「…それ、は……」
「……まぁ、おおよその見当は付きますけどね。これまでしつこく関わってきた日ノ本十二大族の連中、朝比奈先輩の音信不通、水河先輩が普段とは違う行動……。これを合わせると近いうちに日ノ本が秘密裏に進めている計画が起きるということでよろしいですね?」
「……えぇ、そうよ」
「ですけど、貴方はそれを止めようとしている。それは何故ですか? …それに,貴方は今まで見てきたどの日ノ本の連中とはどこか違うような気がするのですけど、俺の勘違いでしょうか?」
「……勘違いなんかじゃないわ。私は確かに日ノ本十二大族の1人。だけど、私は……」
「その様子だと、日ノ本十二大族ではあるも、そうではない……半々というところの立ち位置でしょうか?」
「半々、ね。そう言われればそうね。私はあの子と、莉羅と出会って過ごしていくうちに考え方が変わった……いや、変えられたのよ」
その表情はどこか懐かしい思い出に浸っているかのようだった。
「だから、私はどんな手を使ってでも莉羅を助けたい。そう思っていた矢先に貴方が【大聖女の加護】を所持していると聞いたの。その力はなんでも莉羅の心臓に宿っている【天使の魔力】と同等の力があると聞いて、もしかしたらそれを使えば莉羅は犠牲になる必要がなくなると思って、この計画を立てたのよ」
水河瑠璃のその表情は覚悟を決めた、自身の命なんて惜しくない。そんな眼差しをしていた。
「……そしていざ計画の実行の前日になってあの人に感づかれて、『貴方のやり方はぬるすぎる。もし駄目なようなら私が介入させてもらいます』そう言われたのよ。そうして見事失敗。そして失敗どころか日ノ本に盾突いた者としてそのまま殺される…そう思っていたわ。でも、貴方にとっては助けたつもりはないと思っているけど、私はこうして生きている。……それでも聞かせて。どうして私を助けたの?」
水河瑠璃から見て星乃零は他人には興味を持っていないような人物と見ている。そんな彼がどうして自身に利益もないのに助けるような行動をとったのか分からないでいた。
「……確かに助けたつもりは俺にはありません。正直に言えば他人が殺されようが、犯されようがどうでもいいことです。……でも、他人じゃない人が殺されそうに、犯されそうになったのなら話は変わります。俺だってその人たちがそんな場面に出くわしたら助けますよ。……例えどんな手を使ってでも」
その言葉を聞いて瑠璃は思った。彼も自身と似ていると。水河瑠璃は他人のことなんて興味なんてない。それこそクラスメイトすらさえどうなっても良かった。かつて起きた魔族襲来で生徒たちが自身以外1人残らず捕らわれた際、莉羅以外助けるという選択は入っていなかった。だがそれでも助けた理由はそうしたら莉羅が悲しむと思ったからだ。もし生徒を助けずに莉羅だけを助ければきっと泣いて怒っていたことだろう。そして捕らわれた生徒をたった1人で助けに行ったかもしれない。
「……もしかしたら、私と星乃君って似た者同士、かもね」
「……そう言われれば、そうかもですね」
星乃零と水河瑠璃、この2人は特定の人物のためならどんな手を使ってでも、どんな手段を用いてでも助けるような自身の命すら顧みないような人物なのかもしれない…。
「さて、紅茶の中も空になったことですし、場所を変えて話の続きをしましょうか?」
「……結局、睡眠薬の入った紅茶を全部飲み干したのね…」
そうして2人は今いる生徒会室を出てとある場所へと向かうのだった。




