月ぞ知る少女の最後
「ふぅー、何とか目的の物が買えたね」
「そうですね。でもまさか1時間もかかりましたけどね」
「うっ、だ、だって、瑠璃ちゃんが喜びそうなものがいっぱいあったんだもん。そう、これはここに可愛い物がたくさんあることが悪いんだよ」
「どさくさに紛れてここのせいにするのはおかしいと思いますけどね」
雑貨屋店を後にした朝比奈莉羅と星乃零は歩きながら先ほどのことを話していたのだった。今から約1時間ほど前に先の雑貨屋店に着き、そこで水河瑠璃の誕生日に渡す品を探し始めた。零は10分ほど探し回って星の形をした小さなキーホルダーを見つけそれを選んで会計を済まし、その後様子を見に向かうとそこには「う~ん、瑠璃ちゃんはこっちのほうがいいかな…」「いや、こっちの方が可愛いからこっちのほうがいいかな…」「それともこっちかな……」とぬいぐるみからマグカップ、キーホルダーをそれぞれ手に取ってじっくり見定めていたのだった。その様子はまさに真剣そのもので零からなかなか声を掛けにくい状態だった。それからは決まるまで零は適当にぶらつきながら決まるのを待っていたのだが、それから30分が過ぎて、「…やっぱりこっちがいいかも」「いや待って、もしかしたらこっち?」「あえてこっちの方が喜ぶかな…」と30分前と変わらず同じ場所で渡すプレゼントを悩んでいたのだった。そしてそれから30分ほど過ぎてようやく「うん! こっちのほうが瑠璃ちゃんは喜びそう!」とようやく決めたのだった。その時零はというと遠くの方で店内の外にあるソファーに座ってソシャゲをしながらこう思っていた。
女性の買い物はなぜこうも長いのか、と。
「じ、じゃあ、待たせたお詫びに近くのカフェで奢ってあげよう! 何故なら星乃君の先輩だからね!」
と誇らしげに言うのだった。
「へぇ? それじゃあ最近話題のパフェでも頼もうかなぁ。何でもそのパフェは高級な果物をたくさん使っているらしいから一度食べてみたいと思ってたんだよね」
「……安いものでお願いします」
JKたる朝比奈莉羅の所持金は常にピンチなのであった。
そんなこんなでそのパフェのあるカフェへと向かう2人、そこでようやく一息ついてから注文を行うのだった。注文したのは当然高級パフェ……ではなくイチゴとアイスがトッピングされているパフェといういたって普通のものを注文、対して莉羅は様々な果物がトッピングされているパフェを注文するのだった。金額に関しては零が注文したパフェよりも莉羅が注文したパフェのほうが少しだが金額が高い。それからしばらくすると注文した2つのパフェが2人の前に置かれるのだった。そして、
「それじゃあ、さっそく…」
「あっ、ちょっと待って星乃君!」
食べようとした零を制止した莉羅。すると置いていたスマホを操作し何をするのか思っていたら
「はい、チーズ!」
パシャ!
そんなシャター音が零の耳に届くのだった。
「もう星乃君、チーズって言ったんだから笑うかなんかしてよ」
「いや、いきなりそう言われても…というかどうしていきなりこんなことを?」
「えっ? 折角パフェに来たんだから記念に写真を撮るのは当たり前だよ」
「初耳なんだけど…」
「全く、星乃君は最近の若者ブームに遅れてるんじゃないの?」
「そんなブーム、聞いたことないんだけど……」
「それじゃあ、折角だから最近のブームについて教えるからちゃんと聞いて、今後に生かしてね」
「生かすってどういう……っていうか聞いてないし」
零を置いてけぼりに莉羅は最近の若者ブームについてパフェを食べながら話し始めるのだった。この時零が思っていたことは、
(…なんで俺の周りの人たちってこちらの話を聞いてくれないのだろうか…)
それから長々と最近のブームについて話す莉羅の話を半分聞いて半分聞き流すのだった……。
デパート店を出たときにはすでに夕方になっていた。後数時間もすれば辺りが暗くなるためこの場で解散しようと
「それじゃあ、今日はここで
「ねぇ、星乃君」
その一言を告げる前に朝比奈莉羅に遮られたのだった。そして
「最後にもう一か所だけ付き合ってくれないかな?」
その表情は先ほどまでの明るい様子とは異なりどこか悲しげな様子だった。その様子を見たのか零は
「……分かりました。とことん付き合いますよ」
そう言い今日一日は朝比奈莉羅にとことん付き合おうと決めるのだった。
そして、それから数十分後……、
「きゃあああああああああああああ!!!!」
「………………………………」
零と莉羅はとある乗り物に乗っていた。それは絶叫系の中で上位に入る乗り物、それは敷かれたレールを高速で進んでいく乗り物、それは上昇から一気に急降下する乗り物、そしてそのスリルがたまらない乗り物……。そう、その正体はジェットコースターである。数分かけて上昇していくその間のワクワク感を高め、そして急降下で一気にそのワクワク感を解き放つ。これこそジェットコースターの醍醐味と言えるだろう。莉羅を楽しそうに叫び声をあげる一方、零はというとただただ無表情で急降下の際に受ける風を顔で受け続けたのだった……。
「はぁー! 楽しかったぁ♪」
「…………」
「ね、星乃君も楽しかったよね!」
「……………」
「星乃君?」
「…一言、言ってもいいですか」
「うん、いいけど?」
「いや何で遊園地にいるの! というかさっきまでの悲しげな表情は何! 思わず何か重要なことがあるのかなぁって内心思っていたけど蓋を開ければまさかの遊園地っていうまさかの展開に未だについていけてないんですけど! そして何故か知らず知らずにジェットコースターに乗っているのは何故!?」
ようやく口を開けば現在の状況にツッコミを入れる他ない星乃零であった。
「えっ…だって夜の遊園地に来たかった、から?」
「なるほど! じゃあ何で悲しげそうな表情で誘ったんだよ! もっと楽しそうに誘ってくれた方がよかったぁ!!」
「だ、だって、こうでもして誘わないと星乃君来てくれないでしょ? 折角の機会だから少しでも長く一緒に居たいと思って……駄目?」
首を少し傾げ、上目遣いで問いただすその姿はまさに
(くそう! 反論できねぇ!)
どんな男が見ても可愛いと思えるような悩殺ポーズであった。
「……だ、駄目じゃ、ないです。…でも次はちゃんといつもの先輩で誘ってくださいね」
「……うん、分かった」
零は見ていなかったが莉羅のその表情は先ほど見たような悲しげな表情であった。
それから2人は夜遅くまで遊園地にある様々なアトラクションに乗るのだった。メリーゴーランドからコーヒーカップ、ウォーターライド、フリーフォールといった定番から人気のアトラクションに時間の許す限り乗り、途中お化け屋敷に入っては出てくるお化けに対してキャーと叫んでは零の服を掴んでは密着するのだった。その際、女性特有のアレが零に当たるわけだが零は特に表情を表に出さず、当てている本人に関しては出てくるお化けに対して叫んでいるためそれどころではなかった。ちなみに莉羅が零に当てているそれは決して小さいわけでも大きいわけでもなくどちらかと言えば中間点である。
夕飯は遊園地内にあるフードコーナーでファストフードからここだけの限定料理を歩きながら食べるのだった。途中莉羅が零が食べているものを食べたいということで食べさせたわけだが一口が大きかったためその料理を零はたった2,3口でなくなることや零が食べようとしていたものを途中でカラスにかっさられてしまったり(一度ではなく何度も)と莉羅よりも所持金が減ることは目に見えているのだった…。
言うまでもないが2人は学生で未成年である。もしこの場に教師陣や警察官がいれば間違いなく補導される。が、そこは零がある施しをしているためこの時間の間は2人の傍に教師陣や警察官が近づいてくるということは決してなかった。
そして時間というものは過ぎるのが早く、気づけばあっという間に閉園の時間となるのだった……。
「あー、楽しかったぁー!」
「…それは何よりですね」
「もう、そんなに気を落とさなくてもいいじゃん。私が途中でご飯奢ったんだからさ」
「それはありがたかったんですけど、なんで俺のところだけカラスが寄ってきては搔っ攫うんですかね?」
「それは、まぁ、あれだよ。星乃君の持っているご飯がカラスさんにとっては美味しそうだった、とか?」
「気遣い、ありがとうございます……」
莉羅の気遣いに零は,何とも言えない気持ちになるのだった…。
2人は今遊園地から少し離れたところにあるベンチに座っていた。そこは日中は人通りがあるが夜である今の時間帯にここを通る人はほとんどいないといっても過言ではない。
「……いまさら聞くんですけど、どうして俺を誘ったんですか? 誕生日プレゼントに関しては、まぁ、良いですけど、その後はカフェでデザート食べたり、こんな遅くまで遊園地で遊ぶだなんて…」
零は今日1日を振り返ってどうして彼女がこのようなことを行ったのか疑問に思っていたのだった。そもそも誕生日プレゼントからおかしいとは思っていた。正直、零と瑠璃はそこまで仲が良いとは思ってはいない、なのにあれこれ理由を言っては零をデパート店へ一緒に行き、その後は遊園地に向かう。本来は誕生日プレゼントを購入するだけだったはずなのに、気づけば夜の遊園地というこのプランはまるで……
「………そうだね。しいて言えば…」
「言えば?」
「…私の我儘、かな?」
そう言いベンチから立ち上がり、そして零と向かい合うように対面し、
「………ねぇ、星乃君、お願いがあるの」
「? お願い、ですか?」
「うん。……目を、瞑ってくれるかな。私がいいよって言うまで絶対に開けないで欲しいの」
「? はぁ、良いですけど…」
そう言われるがまま零は目を瞑り、それを確認した彼女は零の元へ近づき…
この時零はどうして目を瞑るよう言われたのか分からないでいた。おそらく何かをされるかもしれないと当然ながら思っているのだが、特に警戒することはなかった。何故なら、彼女から殺気を感じないからだ。もし殺気が感じられるようなら例え目を瞑っていようが難なく対処できるくらいどうとでもなる。そう、零は思っていたのだが、
…チュ。
何か柔らかいものが零の額に当たる感触がした。それは痛くもなければ痒くもないもので、かといって零の体に何かが入り込んだようなものではなかった…。
「………うん、目を開けていいよ」
そうして零が目を開けるとそこにはほんのり顔を赤くした朝比奈莉羅が立っていただけだった。
「……えっと、何かしましたか? 額の方に柔らかいものが当たったような気がしたのですが…」
「………おでこの所にゴミがついていたから取っただけだよ」
「………そう、ですか。ありがとうございます。…でも、いつゴミがついていたんですか? 早く言ってくれればよかったのですが…」
「ごめんごめん、おでこにゴミがついていることに無自覚な星乃君を見ていたかったから」
「…いや、こっちが恥ずかしい目に遭っているのに放置って、どんな羞恥プレイですか…」
いつも通りの対応をしてくる零を見て莉羅は「ふふふっ」と笑うのだった。
「……あっ、もうこんな時間だから、そろそろ帰らないと…」
「あっ、そうですね。それじゃあ、先輩を家まで送りますよ」
「ううん、私は大丈夫だから星乃君は先に帰っていていいよ」
「でも、こんな夜に女性一人で歩くのは危ないって言いますし……」
「…優しいんだね。でもこう見えても私身を守れるくらいは強いんだから」
「…そう、ですか。分かりました。ですが、もし何かあったらいつでも呼んでください。その時はいつでも駆けつけますから」
「ありがとう星乃君。……君に会えてよかった」
「? 今、最後何か言いましたか?」
「あっ、ううん、ただの独り言だよ」
「そうですか。それじゃあ、さっきの言葉忘れないでくださいよ」
「うん。ちゃんと私の心にとどめておくよ」
そして星乃零は朝比奈莉羅とは反対の道で帰路につくのだった…。
それから朝比奈莉羅は星乃零の姿が完全に見えなくなるまで見送るのだった。そうしてようやく安堵したのか、こう呟くのだった…。
「ありがとう。星乃君…。残り少ない時間の中、君と一緒にデートが出来てよかった。これで、私の心残りはもう、ないかな」
この時、偶然にも月の光が朝比奈莉羅を照らしていた。その映る姿は何か大きな決意を固めたかのような表情を、
「……そしてごめんね、星乃君。その約束は出来ないよ」
同時に約束を破るようなことをしてしまい、悔やむ表情をしながら零とは反対の道で帰路につき
「さようなら、星乃君」
そう誰にも聞こえるはずのない言葉を呟き帰路の途中にある大通りへと出ると、そこにいたのは
「それでは、行きましょうか。日ノ本十二大族としての役目を果たしてもらうために」
複数の黒いスーツを着ている大人と、その真ん中にいる白い着物を着ている一人の女性がいたのだった…。




