執着
2月といえば思いつくもの、強いて言えばバレンタインだろうか。周りの生徒達はやけにソワソワしていた。まだ2月に入ったというのに······。バレンタインといえばやはり学園ものには欠かせないビッグイベントであり、そしてそれはここ第三術科学校も例外ではなかった。自分のクラスに向かう際時折「チョコ貰えないかなぁ」「せめて義理でもいいから欲しいよなぁ」といった会話が聞こえてくるのだった。「まぁ、どうせ俺らのような陰キャか貰えるわけないよなぁ」「どうせチョコもらえるのなんて陸斗や光一のようなイケメンの奴らだけだよなぁ···」とネガティブ発言も聞こえるのだが、こちらはというとそういうものには興味なんてなかった。何故なら···
「やっぱり3次元よりも2次元だよなぁ」
昼休み、誰も来ない(人払いの結界を展開済み)屋上でノートパソコンを開いてPCゲーム(18禁)をプレイするのだった。そう、2次元こそ正義! 2次元は絶対に裏切らない! 2次元美少女は可愛い! という名言をとあるイベントで聞いて当時人気のゲームを購入、そして実際にプレイし、それ以降どっぷりハマってしまったのだった。
「フフフ……あともう少しで全ヒロインを攻略できる。そうすれば完全クリア達成だ」
いつも時間があるときには欠かさずプレイしていたのだが、最近になってとある邪魔者が現れあまり時間が取れなくなっていたのだった。だからこそ昼休みを使って少しでも進めたいと思っていたのだが、
「では、早速プレイを
『1ーG星乃零。至急生徒会室に来るように』
「···············」
邪魔が入ってしまい、思わず伸ばしていた足を少し上に上げてそのままダァン! と音がなるほど勢いよく下ろすとヒビが入ったことはここだけの話しである。
その邪魔者が現れたのは鳳星桜学園の特別体験が終わった次の日であった。最初はいきなり呼び出されるものだから仕方なく行ったのだが、その場所には生徒だけでなく複数の大人がいたのだった。そして呼び出された内容は実にくだらなく、実にしょうもない内容であった。こっちは昨日の疲れがまだ残っているというのにこんなくだらない理由で呼ばないで欲しいと思ったものだ。そして彼らはこう言うのだった。
ぜひとも我ら日ノ本十二大族の傘下に加わるように。と。
本当にくだらなく、しょうもない内容だった。その話については12月に決着済みだ。そもそも俺は組織や誰かの下につくつもりは毛頭もない。何故なら向こうの思想と俺の思想が全く違うからだ、それこそ平行線のように。だが彼らからこんな言葉を聞くのだった。
君の持っているであろう【大聖女の加護】を我らに譲ってくれないか。
その単語を聞いて少し気が変わった。その単語を知っているのは基本的にジュダルやアリス、そしてマリーといった面々しか知らないはず。ではなぜ知っているのか。答えは簡単、日ノ本十二大族の背後には奴らがいるからだ。そうでないと辻妻が合わないのだから。そういえばティナからの報告で上空のドローンのようなものが飛んでいたという報告が上がっていた。ということはあのドローンは日ノ本が放ったものとなる。何故奴らが日ノ本の背後にいるのかについてはまだ分からないが、おそらくそう遠くないうちに仕掛けてくる可能性があるだろう…。
…さてこの話は置いといて、まずは目の前のことについて考えるとしよう。まぁ、出す答えなんて初めから決まっているけど。
「何度も言わせるな。そんなもの、無能の俺が知るはずないだろ」
「知らないわけがないだろう。君には他の術者が持ちえないような力があるはず。それを野放しにしておいとくだなんて実にもったいないことだ」
「仮にそんなすごい力を秘めていたとしても使うかどうかは自分次第だ。それを強制的に使わせるだなんて馬鹿が考えることだ」
「強制的? いいや。その力はこの国に大いに役立つ力だ。それを使う使わないで片付けられては我々も困るのだよ」
ああ言えばこう言う。こう言えばああ言う。まさに平行線一直線だった。邪魔者である日ノ本十二大族の者がこの第3術科学校に来てからすでに2週間半が経過していた。今日までに耳の穴がかっぽじるまで聞いてきて様な気がした。昼休みの1時間、放課後の2時間はこうして散々話しておりいよいよ精神的に参っていたのだった。ではなぜめんどくさいというのに断らないのかというと、こいつらはあろうことかもし来なければ俺が居候している喫茶四季に無理やり突撃してくるつもりでいるのだった。喫茶四季はこちらが昼休みでも放課後の時間でも絶賛営業中だ。そんな中こいつらが喫茶四季に入店すればどうなるか、おそらくせずとも俺を説得させるようお願いするつもりだろう。そんなことをすれば間違いなくお客さんが入店できないことだろう。何故なら目の前にいる奴らの服装は黒スーツなのだ。もしそんな奴らが複数もいれば営業妨害もいいところだ。だから俺はそれを防ぐためにわざわざこうして無駄な時間を過ごしているのだから。
「…なぁ、いつになったらこの話が終わるんだよ」
「君がその加護を我々に譲ってくれれば終わることだよ」
それにこいつらはとてつもない勘違いをしている。俺の持つ【大聖女の加護】は誰もが使えるようなものではない。使えるのは前の持ち主が認めた人物しか使用することが出来ないようになっており、それ以外の者が使いでもすれば拒絶反応が起こり、そのまま最悪死に至る可能性がある。だがそれを教える義理もなければ理由もない。何故なら俺は目の前にいる奴らがどうなろうと、この国がどうなろうと知ったことではないからだ。
「ではこうしようではないか。もし君がその加護を我々に渡してくれれば君の退学を取り消そうではないか。このままだと君はこの学校を強制的に退学させられるのだろう? 術者である君のとってそれは非常にまずいことだ。君のような有能な生徒がここで退学してしまっては我々だけでなく術者協会も困ることだろうし」
「……それは取引と受け取ってもいいのか」
「あぁ、勿論。何なら退学を取り消すだけでなく我ら日ノ本の傘下に入ることを認めようではないか。きっと皆の者も大変喜ぶはずだ。何故なら君は
その人物は俺に対してこう言うのだった。
「この国の英雄なのだから」
その言葉を聞いた途端、
「………今、なんて言った」
瞬時に取り出した黒い剣を目の前にいる人物に突き出した。
「ッ!? い、いや、君のことを英雄だと…」
「これは宣告だ。その言葉をもう一度俺の前で口にしてみろ。一瞬で首と胴体が分かれるぞ」
周りの奴らも動こうとはしたがそうはさせなかった。剣を突き出すと同時にある力を込めた睨みによって1歩も動かすことも、声を発することも出来なかった。その様子はまるで蛇に睨まれた蛙のようであった。
「……もう、終わりでいいよな。俺はもう帰る」
剣を収め、椅子から立ち上がると俺はそのまま生徒会室を出るのだった。
「な、なんだったのだ、やつは」
星乃零が生徒会室を出るとようやく体が自由になったのか言葉を発することが出来たのだった。他の者も同様、星乃零が去るのと同時に体の自由が利くのかこちらへ駆けつけるのだった。
「赤城さん! お怪我はありませんか」
「今すぐあの者を捕らえますか?」
「いや、いい。今日は時間だ。また明日にでも来るように水河次男に手配をしろ」
そう言いながら赤城と呼ばれる者も椅子から立ち上がるのだった。
(一体、さっきのは何だ。一体どこから魔武器を取り出した。いや、そもそもあれは魔武器なのか、あれは魔武器というよりも…それに彼は何故あのような表情をしたのか)
あの時、僅かだが赤城は見たのだった。あの目は今にでも殺しにかかりそうな目をしていた。先ほどのことを思い浮かべると悪寒がしたのは気のせいだろうか。だが、
(まぁ、どうでもいいことだ。所詮は子供、先ほどのことは気のせいに過ぎないことだ)
そう言い聞かせ生徒会室を出るのだった。
だが、その考えが甘かった。ということを後程知ることになるのだが、この時は当然ながら気づくことはなかった……。




