守るためなら··
「···いたい」
「さっきのは兄さんが悪いんですからね。無防備な私にあんな、あんなことを······〜〜〜〜ッ!!」
先程のことを思い出したのか再び顔を真っ赤にする愛花。対して兄である零は
「えぇ~、いいじゃん。可愛い妹を起こすのは兄の役目って決まってんじゃぁん」
「いつの話ですか。私はもう子どもじゃないんですよ」
「俺にとっては今も子どものようなものだけど?」
「······はぁ~、もう、いいです」
これ以上言ってもきりがないので愛花からこの話を切るのであった。
「それにしても、どうして私はこんなところで寝ていたのでしょうか? さっきまで鳳星桜学園にいたはずなのに···。そういえば、誰かと何かを話していたような·····」
鳳星桜学園にいたことは覚えていた。だが、そこから先はどうやっても思い出すことができなかった。まるで···
「寝ぼけているだけじゃないのか?」
「兄さんじゃあるまいし、そんな事ありません」
「えぇ〜、でもさっきまで寝ぼけてk」
「わー! わー!! 知りませーん! そんなの知りませーん!」
先程のことをよほど思い出したくないのか零の言葉を遮る愛花であった。
「···コホン。まぁ、こうして兄さんがいるだけで安心しました。私がここで目を覚まして1人だと不安になりますから」
その言葉には説得力があった。愛花は入院生活していた頃、朝になって目を覚まし、辺りを見渡すと誰もいない静かな朝を迎える毎日だった。だけど、今では無事に退院し目を覚ましたときには必ず誰かの声がしていた。下の階で朝食の準備をしている声やその朝食の匂い、汗を流すためのシャワーで体を洗う音、そして誰かの悲鳴声(ラッキー的なハプニング)がするたびに私が今居るところは病院にいた頃よりも騒がしいけど、とても賑やかで不安になることなんてないと思えるのだった。
そして、今の愛花が一番幸せだと思えるのはやはり
「何言ってんだよ。愛花がとこにいようが俺がすぐ駆けつけてやるさ。それこそどれだけ遠く離れていようともね」
兄である零の存在である。愛花にとって零は唯一の家族で、異性の中で最も信頼できる人、そして······
「も、もう。頭を撫でないでくださいよ。せっかくセットした髪がくしゃくしゃになっちゃうじゃないですか」
「えぇ~、そう言われてもなぁ、実は今、愛花が可愛いせいで頭を撫でたくなる呪いにかかってるからさ、この手を離せないんだよ」
「どんな呪いですか! もう! いい加減離してくれないと怒りますよ!」
「は〜い」
愛花の言葉に零はすんなり愛花の頭から手を離すのだった。
「やっぱり呪いにかかってないじゃないですか! うぅ~、これじゃあ学園に戻れないじゃないですか」
そう言いながらくしゃくしゃになっている髪を再び整えるためデパート内にあるお手洗い場へと向かっていくのだった。
その際、愛花は僅かばかりの微笑みをしていたのだが、零から見えない角度だったため気づかれることはなかった。
「·········さて」
愛花がお手洗いへと向かったことを確認すると瞬時に1枚の札を取り出しすぐさま展開。その効果は先程男性が施していた人払いの効果があるのだった。そして今度は手を下にかざすとその下から何かがズズズッと浮かんできたのだった。それは首と胴体が真っ二つとなっている生き物だった。その生き物の表情は恐怖から解放されて安堵の表情をしていたのだった。当然ながらピクリともうごく気配はない。なぜならすでに死んでいるのだから··。
「本当なら愛花を誘拐した時点で死刑は確定。だが、あろうことか違法で作られた睡眠薬を体内に投与、そして挙句の果てには愛花の大切な純血を奪おうとした。これは最早死刑では済まなくなった」
零の言葉は死人に届くことはない。だがそれでもお構いなしに続ける。
「よって貴様は死刑以上の苦しみを···地獄が生ぬるいと思わせるほどの恐怖と痛みをその残滓と化した魂に刻ませてやる」
そしてこう唱えるのだった。
「『死霊疑似蘇生』」
そして数分後······
「全く、髪をセットし直すのに十分以上かかっちゃったじゃないですか」
「悪かったって。途中で最近話題になっているパフェ奢るから許してください」
「パフェ······。ま、まぁ、今日は特別に許してあげなくもないですけど?」
「よっ! さすが自慢の妹。器が広い!」
女の子は可愛い物と甘い食べ物には弱いのだなと改めて思う零であった。そうして「兄さん、早く行きますよ」とパフェが食べられることにウキウキな愛花の背中を追うのだった。
(あんなにウキウキな愛花は久々に見たなぁ)
と微笑ましく見ていると
(主様、ご報告があります)
水を差すかのように思念共有が零の脳内に届くのだった。
私は強くなりたい。そう思う理由は2ヶ月前に起きた誘拐事件がきっかけである。私はいつも姉と一緒に学園から下校しているのだがこの日に限って学園からの呼び出しで姉と合流するのが遅くなってしまった。そして、ようやく学園から開放され姉と一緒に帰ろうというところでいつもいる学園前の入口にいなかったのだった。どこへ行ったのかと思い連絡したのだが、何故か繋がらなかった。いつもならすぐに連絡をくれる姉がいつまで経っても出ないということは初めてなこと。一体どうしたのだろうと不安な状況に陥っていたとき、ふと遠くから教師たちの声がしたのだった。何があったのか近くまで向かい、盗み聞きのようにしてこう聞こえたのだった。
『生徒と教師が突然姿を消した』
その内容を聞いていてもたってもいられなかった。気付けば周りの生徒たちは突然いなくなった生徒を探すため走り回っている中を私は駆け抜けた。手がかりはない、どこへ行ったのか分からない、どこに連れて行かれたのかも分からない……、分からないことだらけだがそれでも走り回った。何時間も、何日も、日が暮れようが永遠と探し回った……。
そして姉が失踪して一週間ほどたった。今日も日が暮れるまで探し回ったのだが突然1本の連絡が届いた。それは学園からの一斉メールである。そしてその内容は
『失踪していた生徒、教師たちを保護しました』
そのメールを見てすぐさま学園に向かった。そして1週間ぶりに見た姉は不安と恐怖で蹲っており、まるで別人のようであった。以前の姉は優しく、周りからも慕われており絵にかいたかのような優等生であった。それが今では私の顔を見ただけで怯えてしまう。一体何があったのか想像もつかなかった…。
そんな姉を見て私は決めたのだ。今以上に強くなって大切な姉を守れるだけの力を手に入れると…。
そしてそれからだ。1月に入ってあの人と出会ったのは……。
「…あれが魔族」
その人物は屋上から運動場を見下ろしていたのだった。彼女は魔族襲来時、運が良かったのかここまで来るまで魔族の1人と鉢合わせすることがなかった。そして状況がよく見えるだろう屋上へと向かい、屋上への扉を開けると同時に突如として黒い竜巻が吹き荒れたのだった。やがて竜巻が消滅すると竜巻の中心にいたであろう人らしき人物以外は誰1人としていなくなっていた。
「あいつのせいで、おねぇは今も苦しんでいるんだ。誰かじゃなくて、私がやらないといつまで経っても昔のようなおねぇは帰ってこないんだ…」
そう言いながらポケットの中を探り…
「先生からもらったあの薬であいつをぶっ殺してやる…」
そして行動に移そうとしたのだが、ここであることに気付いた。
「……あ、あれ!? な、ない。もらった薬が、ない!?」
取り出そうとしていたとある薬があるはずのポケットに入っていなかった。そんなはずはないと着ている制服を上から下まで探すもその薬はどこにも入っていなかった。
「そ、そんな…あれがないと私は、あの魔族を殺せない…」
このままだとあの魔族を逃がしてしまう。もしここで逃げしてしまえばもう二度と昔のように笑い合える日々は帰ってこないのに…。
「ごめんなさい。先生、おねぇ…。駄目な生徒で、おねぇを守れない役立たずの妹で…」
そう泣きながら呟くのだった……。
「そんなことないよ。涼音」
その声を聴いて涼音は声の下後ろへと振り返った。そしてそこには先ほどまでいなかったはずの風音鈴奈が、風音涼音の姉がいたのだった。
「今まで私のためにいろんなことをしてくれてありがとう。たくさん助けてもらって心配かけたよね。でも、もう大丈夫だよ。今度は私が涼音を守るから」
そう言う鈴奈の手にはとある薬が入っている注射器を所持していることに気付くのだった。
「駄目だよおねぇ! それは私がやるんだ! 私はいつもおねぇに心配かけてきた。だからせめてその役目だけは私がやるんだ!」
「涼音がどうしてこの薬にこだわるのかは分からない。でもきっと、私のことを…ううん。この学園を守りたいからだよね」
「違う…違うの! 私はこの学園なんてどうだっていい! 私はおねぇが昔みたいに笑顔でいてくれれば何もいらない! 家庭科室で料理を一緒に作ったのだって昔みたいに笑顔でいてほしかっただけ! また昔みたいに一緒に買い物が出来るくらい元気になって欲しかった……ただの、身勝手な我儘なの!」
風音涼音は姉に、風音鈴奈に対する思いの丈を叫んだ。笑顔になって欲しい、元気になって欲しい…ただそれだけ。風音涼音をそこまでして突き動かす理由は姉である風音鈴奈が昔のような姿に戻って欲しい。たったそれだけの理由でこれまでずっと家庭科室に閉じこもり姉である風音鈴奈と1日を過ごしてきた。そんなことをすれば間違いなくこの学園に今後もいられるかなんて絶望的である。だがそんなこと初めから承知済み。何故なら姉さえ元気に、笑顔になれるのなら学園なんてどうでも良かった。そしてその叫びが鈴奈に伝わったのか…
「…うん。ありがとう。涼音」
「おねぇ…それじゃ……」
このまま涼音に返してくれる。そう思った……
「でもね? 私だって同じくらい、ううん。それ以上に涼音が大切で、これからもずっと元気で、笑顔に過ごして欲しいの。だからこの役目は私しかいないの。涼音を守るためになら私は」
あろうことか首筋にプスッと注射器を刺すのだった…
「だ、駄目っ!! やめて! おねぇ!!」
だが止めることはない。そして最後の一滴まで体内に薬を投与し…
「…ッ⁉ あ、ああ、ああああああ………!!!!」
突如、鈴奈の体に異変が起きたのだった。華奢な体が急激に膨張、それに伴い着ていた制服がビリビリ破れ、そのまま背丈も先ほどよりも数倍ほど高くなっていき……
「あぁああ、アアアア!!!……ウァ■■■■■■■■■■!!!!」
そして薬の副作用か黒い靄のようなものが巨体となった体を包み込み、その姿は術者たちから見ればこう言うだろうか。
まるで、人型のエネミーのようだ。と。
そうしてその生き物は屋上からグラウンドへ向かうため一気に飛び降りた。当然目的地は、先ほどの竜巻を発生させた軍服を着ている赤い髪の人物へと向かうのだった。




