2度目の魔族襲来 Ⅵ
襲撃している魔族を指揮しているタイロスとオリーナの傍にいきなり降ってきたのはすでに戦闘不能となっている竜族、そして、
「この周辺でもっとも強い生命反応の近くに蹴り飛ばしたのだが、なるほど! どうやら当たったようだな!」
軍服を着ているグレンだった。彼女は先程竜族に一撃必殺と言わんばかりの蹴りを入れたのだが、その際、ここ一帯で最も強力な反応を示している存在が2つほど確認していたためそこまで着かせるように的確なコントロールを行ったのだった。
「お下がりください、タイロス様。この不届き者はこのハイ・オーガである私めが始末してご覧に入れましょう」
そう言い、数名のハイ・オーガと呼ばれている者たちがグレンの前に立ちはだかるのだった。その者たちは先程までのオーガよりもさらに体格が大きく、身につけている鎧も上質の鉄で出来ているためか並大抵の攻撃では決して壊れることがなさそうであった。
「人間。この私が直々に相手をするのだ、せいぜい楽しませることだな」
人間とあまり変わらない背丈のグレンとハイ・オーガの身長の差はおよそ3倍ほど違う。それこそ一撃を受ければまず無事では済まないほどである。そしてハイ・オーガの数は1体だけではなく複数おり、目の前に大きな壁が複数も存在しているようなこの状況下の中、
「ほう! 貴様たちがこの私を満足させられると言うならば楽しみだな!」
余裕の笑みを浮かべているのだった。そんなグレンの言葉が挑発と受け取ったのか、
「人間風情がなめられたものだな。では、ここでくたばれ!!」
ハイ・オーガはグレンを殺すつもりで拳を振り下ろし······
「全くだらしないわね。そんな体たらくじゃ、ミザリーに顔向けできないんじゃないの?」
倒れている竜族を見下ろしているのはハーピィー族の中でも最も強者と言われているオリーナ。彼女は足を地面につけることなく常に宙を浮いているため見下ろすような状態となる。
「まぁ、どうでもいいか。ハイ・オーガはオークと同じで品がないけど戦闘においてはオークなんかよりも圧倒的だから······あの人間、死んだわね」
結果が分かっているのか呑気に欠伸をするのであった。そんな彼女の欠伸を妨げるかのように「ゴホッ! ゴホッ!!」と咳込み、
「······お、お前たちは、あの者と戦っていないから、分からないだけだ···」
「はぁ? 意味分からないんですけど? もっと分かりやすく言ってくれる?」
「そのまま、の、意味だ。あの者は人間じゃない」
「ますます意味分からないんですけど? あんな貧弱そうな人間、私だったら一瞬で始末できるんですけど?」
「確かに、姿そのものは人間と変わらない。だが、その中身が人間と全く異なる。分かりやすく言えば······
その続きを聞こうとした瞬間、
ゴォオオオオオオオ!!!!
2人の背後で突如として竜巻が発生した。その竜巻は生命を無差別で刈り取るような黒い竜巻で、触れた瞬間、死の結末しかないと思わせるほどであった。
竜巻の影響で最後まで聞き取ることはできなかったが、その竜族が告げたのはこうである。
『人の皮を被った化け物だ』
ハイ・オーガが振り下ろした拳は一撃必殺と言っても過言ではない。何せこれまで多くの魔族たちはこの一撃で大半は重症、あるいは絶命しており、その強さはまさに魔族内でも上位の強さを誇っていた。そんな一撃が人間が受ければどうなるか? それは当然ながら一撃で死に至ることだろう。人間と魔族の基本的な違い、それは外見は最もだが体内にある魔力の扱い方である。人間の場合は術を使うことで初めて体内の魔力を自在に酷使できるが、魔族の場合は術など使わずとも自在に魔力を操ることが可能なことである。それにより魔族たちは人間の放つ攻撃に対して瞬時に肉体強化や魔力障壁を自在に使うことが出来るのである。(ただし、自在に使えない者、そもそも魔力を持たない魔族も例外にいる)
故に振り下ろした拳がグレンをそのまま直撃し、肉の塊になるのが当たり前……
「グァアアアアアア!!!!」
だったはず。なのにハイ・オーガはこれまで感じたことのなかった痛みを受けてしまっていたのだった。
「なんだ! 折角この私が防御をせずに受けてやったというのに、全然痛くも痒くもないぞ!」
対するグレンは拳が直撃したというのに体のどこにも血どころか傷の1つすらもなかった。
「お、俺の、俺の腕がぁああああ!!!」
グレンに拳を振り下ろしたハイ・オーガの腕は第1関節から下が45度ほど曲がっていたのだった。
「貴様!! 俺たちの仲間に何をした!!」
「貴様!! ただで済むと思うな!!」
そう言いながら他のハイ・オーガもグレンめがけて拳を振り下ろしたが、結果は先ほどと同じで「ガァアアア!!!」「グガァアアアアアア!!!」と腕を抑えながらその場で激痛の叫び声をあげるのだった。
「どうしたお前たち! 私はまだここから1歩も動いていないというのに、なんだその体たらくは!! 私を楽しませてくれるのではないのか!!」
腕を組み、仁王立ちするその姿はまさに絶対強者の貫禄であった。その姿から発せられる威圧感を受けたのかハイ・オーガたちは思わず後ろに後ずさりをするのであった。
これまでハイ・オーガは戦いで後ずさりをしたことなど1度もなかった。それは何故か? それは自分たちよりも強い者たちを知らなかったからだ。魔族たちには力の上下関係があり、数多くある種族の中オーガ族は常に上位に入っており、ほかの魔族と戦えば大半がオーガが勝つのは当然であった。だがこの瞬間だけは全くの反対だった。自分たちよりも貧弱で、大した力すら持っていないはずの人間に手も足も出ず、それどころか自慢の攻撃が全く通用しなかった……。
それではここで問題だが、手も足も出ず、自慢の攻撃が全く通用しない相手が現れたらどうするか? その答えは逃げるの一択である。だが、
「貴様ら!! 逃げるだと!! この私を前に逃げるという選択肢をするということは死を意味すると思え!!」
ゲレンはその行為を決して許さなかった。そして彼女の叫ぶ怒りの声に応じるかのようにその周囲に突如として黒い竜巻が発生したのだった。その竜巻は逃げるハイ・オーガを飲み込み、さらにはその近くにいたであろう他の魔族すらも飲み込みながら天に向かうように回り続けるのだった。竜巻の中では魔族たちの阿鼻叫喚が何十も聞こえ、そしてその声がやがて途絶えるのだった……。
この竜巻の名は【憤怒の竜巻】。唯々暴力的に、唯々理不尽的に相手の命を刈り取る死の竜巻である。
竜巻はやがて消滅し、その場の中心にいたのはグレンだけであった。竜巻に飲み込まれた者はこの場に姿はなくおそらくせずとも肉も骨も塵1つ残ることなく、暴力の風に切り刻まれたのだろうと考える他なかった。
「…ふむ。先ほどまでいた指揮官たちはどうやら逃げたようだな。全く、指揮官ならばこの程度対処できるだろうに」
グレンの周囲には魔族1人すらいなくなっていた。そして手持無沙汰となったグレンは「さて、この後はどうするか…」と考えていると、
何かが風を切り、グレンに襲い掛かってきた。
だがグレンは何事もないように片腕で止め、そのままその何かの腕を掴みそのまま投げ飛ばした。だが瞬時に宙で態勢を整え、そのまま地面に着地したのだった。そして再びグレンに襲い掛かったが、何事もないように躱し、そのまま拳による一撃を入れ校舎の壁まで吹き飛ばしたのだった。だが、
「ほぉ! 私のほんの少しによる攻撃を受けて立ち上がるとは、なかなかタフなのだな! 魔族よりかは楽しませてくれそうだな!」
グレンと対峙しているその何か。それは魔族とは異なり体中の全てが黒く染まっており、獣ような姿をしていたのだった……。




