特別体験入学 Ⅳ
その男子は言ったのだった。オムライスを作ると。そんなの出来るわけがないと思った。何故なら男なんてどうせ嘘ばかり言いふらす野蛮で危険な猛獣なのだから…。そのせいで家族は壊れ、母は倒れ、そしてあんな目に遭ったのだから。だからせめて母と姉は何としてでも守らないと…。そのためならば私はどんなことでもやってやる……。
「…お、美味しい…」
その少女は思わずその一言が発せられたのだった。少女の目の前には出来たばかりのオムライスがあった。それをスプーンで一口分すくって口の中へと運びそして咀嚼するとまるで今まで食べたことのないような味が全身に広がるのだった。使った材料は先ほど少女たちが使っていたのと全く同じ、だというのに見た目、味が180度違った。まるでその人が使っていた物だけ全くの別物と疑うほどである。
「…それで、貴方は食べないのか?」
「…ふん、どうせ大したことなんてないでしょ」
そう言いながらも目の前のオムライスをすくい口へと運ぶ。そして咀嚼をし…
「で、お味は?」
「…………ふん、まぁまぁね。私が作ったオムライスのほうが美味しいわ」
そう言いながらもスプーンの動きは一向に止まらなかった。「…そっ」そう言いながら後片付けを行う零。
「今更なんだけど、貴方ここの生徒じゃないでしょ。どこからどう見ても他校の生徒でしょ」
ほんと今更である。確かにその人の制服はここの学園とは全く違うデザインをしており、まるでこの学園には何かしらの事情でいるかのようであった。
「なんだ知らないのか? 俺は今日からこの学園で特別体験入学で来ている者だ」
「特別体験入学? ……あぁ、そんなこと誰か言ってたっけ?」
しばらく考え「…まぁ、良いか」と結論付けて
「それで、貴方名前は?」
「星乃零。2人は?」
「私は風音涼音、そしてもう1人は風音鈴奈。まぁ、短い期間だと思うけどね」
「そっか。まぁ、一応よろしく」
「えぇ、一応、よろしく」
『一応』という言葉を強く主張しそう告げるのであった。
そして3日目へと戻り…。
「今更だけど、2人はどうしていつも家庭科室にいるんだ?」
今更ながら思っていたことを告げる零であった。
「……何? 私たちがここに居たら何か都合が悪いの?」
「いや、そんなつもりで言ってないし。ふと思っていたことを口にしただけだし。…で、答えてくれるのか?」
この日もオムライスを作っていたのだが火力が強すぎて大半が焦げてしまったが、卵の方はかろうじてだが形となって食べれるのであった。まぁ、スクランブルエッグだが…。
「ふん、他校である貴方に答える理由がないわね」
零の問いを容易く跳ね返し回答を拒否したのだった。「涼音ちゃん、そんなこと言わなくても…」と鈴奈がそう言うも「良いでしょ別に」とそっけない対応をとるのだった。
「…じゃあ、質問を変える。どうして苦手なはずなのにそこまでして料理を作っているんだ?」
「……貴方には関係ない。それ以上質問を続けるならこの教室から出て行って」
どうやら触れたくない内容であった。これ以上2人、特に涼音との関係を悪化したくないためか「…分かった。もう質問しない」そう告げるのだった。その後涼音はただただ料理作りに明け暮れていたのだった。その様子は零から見れば苦しんでいるようだった。
「風音涼音さんと、風音鈴奈さんについてですか?」
体験入学4日目の教室にて零は朝のホームルーム後同じクラスにいた鳳凰慈麗奈に聞いたのだった。
「…そうですね。…まぁ、2人は姉妹で仲が良いですね。それに2人はどこに行こうがいつもいっしょに行動をとっていますね」
「それは見れば分かる。俺が聞きたいのはその先だ」
2人が姉妹だってことは初めて会ったあの日の時点で分かっていた。まぁ名字聞いた時点で誰だって分かることだが…。
「その先…うーん、そうですねぇ…」
しばらく考え「…じゃあ、こうしましょうか」とそう言い
「昼休み、私の所に来てください」
そう微笑むのだった。その意味に零は「?」と頭をかしげるのだった。「星乃さん、1時間目は体育なので着替えたほうがよろしいのではないでしょうか」そう言い体操服らしき着替えの入っている袋をもって女子更衣室へと向かうのだった…。
そして1時間目の体育が始まるのだった。今日は冬ということもあって持久走を行うとのことらしい。持久走とはただただグラウンドを決められた周まで走りスタートからゴールまでのタイムを測定するという体育の中で最も嫌がるであろう内容である。何故嫌がる内容なのか、それは学校の広さにもよるが敷地内が広ければ広いほどそれだけ走る距離が大きく変わるのである。そしてこの学園の敷地内は広いため走る距離も当然ながら大きくなるわけで…。そのため大半の生徒は魂が口から抜けたような状態にもなるのも無理はなかった。ちなみに男子と女子では走る距離はそれぞれ違う。例えば男子の走る距離が5000メートルとすれば女子はその半分の2500メートルとなる。その中にスポーツをして体力がかなりある女子から見ればかなり楽なものだろう。
さて、話は逸れたが持久走が始まるのだった。男子と女子一斉にスタートしそれぞれのペースで指定された周まで走るのだった。今回は男子は5周、女子は3周走るとのことであった。先頭集団はどうやらスポーツ経験者たちが先陣を切っており後方で走っている生徒との距離を少しずつ開けていくのだった。そして後方、それも一番後ろにいるのは持久走が嫌いで、体力があまりない生徒たちであった。走り始めてまだ20分ほどなのにもう息切れを起こすほどの体力の少なさではあるが、それでも何とか食らい付いているのでそれは褒められたことである。そして当然ながら零も他のクラスメイトと同じく走っており現在は…
「そ、それ、で、星乃君と鳳凰慈さんってどんな、関係なんだ?」
一番後ろ(小走り集団)にいたのだった。その者たちはすでに息切れしており走ると過呼吸でも起こしそうな状態だがせめてと思い小走りで何とか最後まで走っていたのだった。本来なら零はもう少し先へと進めるのだが更衣室で着替えている途中何名かが零の元へと来ては「なぁなぁ、俺たちとちょっと話そうぜ」と体育館裏へと誘うようなシチュエーションで話しかけてきたのだった。一体なんだろうと思いながらもその男子たちのペースに合わせて話を切り出してくるのを待っていたのだが、まさか息切れをしてすでに話せるような状態ではないのに話しかけてくるとは思っていなかった。
「そ、そうだよ。何で、あの鳳凰慈さんと、あんな、仲良さそうに話しているんだ?」
「俺たちに、とって、鳳凰慈さんは、高嶺の花、つまり、お近づきになれないっていうのに…」
「初めて見たときはてっきり俺たちと同じ非モテ者だと思っていたのに…」
最後の言葉に若干イラっとしたことは内緒である。
「いや、別に仲良さそうに話しているつもりはないんだけど…」
「いやいや、そんなわけ、ないだろ。鳳凰慈さんって、大抵は、いつも1人でいるんだぜ」
「そう、そう。さっきも言ったけど鳳凰慈さんは男子にとって高値の花、つまり、手の届かない存在なんだ」
「その、証拠に、これまで、上級生から、何回も告白されたけど、全部断ったらしいし…」
そんな話を聞いて零は「へぇー」と言うしかなかった。零にとって鳳凰慈麗奈はミステリアスな雰囲気を出している鳳凰寺家のお嬢様らしいだが、その本質はどこにでもいる女子とあまり変わらないがただ生まれた場所がちょっと違う普通の女子としか見ていない。
「くっ、もし俺が星乃君のような術者だったら鳳凰慈さん、こっちを振り向いてくれるかなぁ…」
そんなことをふと誰かが言うのだった。
(…俺は別に術者じゃないんだけどな)
自身が術者であって実際は術者ではないことはいちいち口にする必要がないのであえて心の内でそう言うのだった。
「…はぁ、春、来ないかなぁ…」
「俺、来期になったら彼女、作るよ…」
「女友達、欲しいな…」
「モテたい…」
(…この場から、離れたいな)
急にモテたいモテたいとぼそぼそ言う男子から一刻も離れたいと願う零であった。
結局この集団から離れられる機会が叶うことなく授業終了ぎりぎりで何とか完走し終えるのであった。
零が持久走の授業を受けている同時刻…
とある場所に1人の人物がいるのだった。その場所は空き教室で当然ながら生徒1人としていない。そんな机と椅子しかない場所でその人物は外の景色を見ながら誰かと連絡を取っていたのだった。
「…はい、はい、分かっています。明日起きるであろう混乱に乗じてそれを必ずそちらに提供することは可能です。…はい、分かっています。来る脅威はもう間近ということも重々承知済みです。そのための準備は万全です。…はい、では」
そうして通話を切るのだった。
「…ようやくだ、ようやく私に幸運が舞い降りた。明日来る奴らと合流、そしてそのまま暴れ回っている隙に何かと理由を言いこの場を離れる、そして機会を見てそのまま指定された場所へと連れて行く…。そうすれば私はこの国を救った1人として名誉を授けられる……」
鍵のかかっている空き教室でその人物は勝ち誇ったような表情を浮かべていた…。
その人物が言っていた出来事が起きるまであと24間ほど……。




