面会が終わって・・・
「ふぅ、ようやく兄さんから解放されました…。全く、兄さんにはご友人はいないのでしょうか…妹としてそこが心配な点です」
星乃零がこの病院を出てから小1時間が経過していた。零がこの病院を出てから愛花は零が持ってきた大量の本を読んでいたのであった。最初はラノベを読むことにあまり気が進まなかったが零が「愛花が好きそうなものを厳選したから読んでみて」と言われたため少しのページだけなんとなく読んでいたのだが気付けばその厳選していた本を読み終えた頃にはすでに日が暮れていたのであった。それほどまでこのラノベに夢中で読んでいたことに気付き、その日以降愛花にとってのラノベに対しての偏見が少し変わったのであった。兄さんの事だからきっとラッキースケベと呼ばれるシーンがきっと多いものだろうなと思いきやそんなシーンはほんの僅かしかなくほとんどが熱い展開やシリアスなシーンが多く、まるで今まで見てきた小説と異なった書き方をしているなと思ったのであった。そうして今では零がどんなラノベを持ってくるのか内心ではそれが1つの楽しみになったが当然零本人にはこの事を伝えていない。もしそれがバレればきっとニヤニヤするに違いないからだ…。
「…小腹でも空きましたから、売店で軽食用の物でも買いに行きましょうか」
そう言いながら愛花は3階の病室から1回の売店へと向かうんであった。
そうして売店でおにぎり数個を買いどこかで食べようか場所を探すのだが、今日に限って一息つける場所には他の患者やその患者の家族が使っておりどこもほとんど空いていなかった。自分の部屋でも食べることは可能だけど折角なら部屋以外でも食べたいなと思い1階のフロアで食べられる場所を探すもなかなか見つけることが出来なかった。
「…仕方ありませんね。屋上で食べましょうか…でも、外はきっと寒いでしょうし‥‥‥はぁ、自分の部屋で食べますかね」
結局1階で食べられるスペースは見つけることが出来ずやむを得なく自分の部屋へと戻るのであった。
そうして3階へと戻り自身の部屋へと向かうのだが、そこの際通りかかる3階休憩スペースには1階と比べてあまり人がいなかったので
「あれ? ここには人があまりいないのですね。…部屋まで少しですが、ここで食べましょうか」
そして休憩スペースにある椅子に座り、売店で買ったおにぎり数個、それとペットボトルのお茶をテーブルに置くのであった。そうしてようやく一息つくことが出来るため思わず‥‥‥
「「はぁーーーー‥‥‥‥」」
盛大な溜息をつくのであった。だがその溜め息は愛花だけではなく愛花の後ろの席にいる者と偶然にも重なってしまうのであった。そのため「「‥‥‥ん?」」と2人はお互いに溜め息が重なったことからふと後ろを振り、そして‥‥‥
「…それで兄さんときたら私の事をいつまでも病人扱いするんですよ。そのため毎回毎回食事の時に食べさせようか? っていつもいつも言うんですよ。私はもう子供じゃありませんって何度も何度も言っても聞き入れてくれないんですよ。…全く、兄さんには困ったものです」
「…その割には困っていなさそうだけど…」
「そ、そんなことありません! 兄さんは毎日毎日私と電話でやり取りをしないと眠れないっていっっっつも言っているんです! 私が毎日やり取りしなくて結構です。って言った際にはショックのあまりに3日は寝込んだそうですし…全く、いつになったら妹離れが出来るのでしょうか…」
「妹離れって言っているのに、どうしてそんなニヤニヤしているの?」
「へへへ……はっ! す、すみません! つい、癖で…」
(癖って、何かしら…?)
先ほどの重なった溜め息の後、2人は折角という事もあって一緒に軽食を食べるのであった。愛花はおにぎり数個に対してもう1人の少女はサンドイッチ2つと、コーヒーの入ったペットボトルをテーブルに置くのだった。そうして少しずつ自分の事について話すにつれてやがて愛花の兄に対する話が始まり、気付けばすでに30分は話しているのであった…。
「そ、そういえば! 安藤さんっていつ頃からこの病院にいるのですか? 私は3年ほどですが安藤さんってここ最近入院していますよね? 今まで安藤さんのお姿を見たことがありませんでしたので…」
今度は愛花が対面している年上の少女に質問するのであった。
「ご、強引ね……まぁ、良いわ。私がこの病院に入院したのは約1か月前で今までは集中治療室にいたの? でも今ではほとんど治っているため今は貴方と同じような一般療養室で安静にしているわ」
「集中治療室って4階ですよね? 安藤さんって重症の状態で搬送されたのですか?」
「…まぁ、重症と言えば重症ね、それも死んでいてもおかしくなかった状態だった。でも、それでも生きている‥‥‥私はあのまま死んだほうが良かったというのに‥‥‥」
「そんな…死んでほうが良かったって一体何があったんですか?」
「悪いけどここからは赤の他人である貴方には話せないわ。これ以上この事について話せば間違いなく貴方は私の事を軽蔑するはずだから…」
赤の他人…それは間違いなくそうである。2人が出会ってまだ30分程度でお互いの事については殆ど知らないのである。そんな状態で相手の心に深く踏み込めば自分も相手も聞かなければ、言わなければと後悔で傷ついてしまうのがオチである。だからこそこれ以上踏み込まれないように警告するのだが
「軽蔑だなんて…私はしません。例え兄さんが私の、し、下着の匂いを嗅ごうが兄さんの事を嫌いになるつもりは絶対にありません!!!」
(…‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥な、何を言ってんだこの子は‥‥‥‥)
その爆弾発言は小夜の思考を一瞬でも放棄させるほどの内容であった。そしてこの場にいた者たちはその発言を聞いて飲んでいた飲み物をブフォ! と吹き出したり、唖然としていたり、別の意味での突然死を迎えた者で溢れかえっていたのだった。
「と、とにかく! 私もそうですが、兄さんも安藤さんの事を軽蔑しないはずです! もし仮に兄さんが安藤さんの事を軽蔑したら兄妹の縁を切りますから!」
兄さん。愛花のその発言を聞いて
「…もしかして貴方の言う兄さんって、星乃零という名かしら?」
「えっ? えぇ、はい、そうですが…」
「…‥‥‥そう」
彼女は最初の自己紹介で星乃愛花と言っていた。小夜はその名字を聞いてもしかしてと思ったが、案の定であった。星乃零。彼の持つあの桁違いな実力はもしかしたら妹というかけがえのない存在を守るためと関係するのだろうか…。それが正解かどうかなんて本人に聞かなければ分かるはずがない。だが、1つだけ分かるとするならば…
「‥‥‥強いね」
「えっ? 今なんて…」
「何でもないし、気にしなくていい」
ボソッと呟いた小夜の言葉に愛花は聞き取ることが出来なかった。
「それじゃあ、私はそろそろ自分の部屋に戻るよ」
食べ終わった包み紙をゴミ箱に入れて小夜はこの場から立ち去ろうとしていた。その際「あぁ、そうそう…」と愛花の方を見ずに
「私はよくこの休憩スペースにいるからもし都合が良ければもしかしたら会えるかもね」
そう告げて小夜はこの場から立ち去るのだった。安藤小夜は自分でも認めるほどだが不器用で素直になれない性格をしている。だから素直になれず出会って間もない愛花に対しても遠回しの言葉でしか伝えることが出来なかった。だがそれでも愛花は「それじゃあ、明日来ますね!」と小夜を見送るのであった。
そうして小夜は自分の部屋に戻るのだが後ろから、正確には先ほどの休憩スペースから「おや、愛花ちゃんじゃないか。こんなところで何をしているんだい?」という声がしたため後ろを振り向くとそこには2人の医師がいた。1人は男性でもう1人は女性だった。2人は笑顔で星乃愛花に接しており愛花も親しい関係なのか彼女も笑顔で対応していたのだった。一見あの場には穏やかな雰囲気が流れ出ており誰もがそう感じ取れる。だが小夜だけは他の者には見えない別の何かが見えたのだった。それが一体何かは分からない。だが分かることは…
(な、何なの…あの医師の背後にある黒い靄は…)
それは、この国立大病院全体を巻き込む事件の幕開けのきっかけに過ぎなかった‥‥‥。




