結託
「…さて、ジュダルから話は聞いてますよ。保護している獣人族を元の居場所に帰したい、ですよね。その件でしたらこちらですぐに手配できます。…が、現在それを行う事は難しい、です。それが何故かというのが先ほど2人が見たこの精霊の町へと入口となっている空洞、その空洞までの山道に邪な心を持った人間が何人も潜んでいるからです」
大樹の根元にてシエルからそう聞かされたのだった。確かにシエルの言う通りここに来るまで精霊獣や幼い精霊を連れ去ろうとしている現場をこの目で見ていた。本来ならばそれで万事解決になるのだろうがそうはいかなかった。何故なら先ほどの洞窟に入る途中始末した人間たちと同じような邪なる気配を肌で感じ取った。その数はおおよそだが十数個ほどくらいだろう。
「まぁ、邪な心を持った人間の対処は特に問題はありませんが、その人間の他にもう1つの種族がその山道にて人間と一緒にいることが確認されています。その種族は魔族の1つである妖魔族です。そしてその妖魔族は人間に対してキマイラを与えていました」
「…シエルの考えはその妖魔族がどういう訳か人間と結託し、そして魔族の国にしか生息していないキマイラを人間に献上することで信用性を高めている。という事か?」
「はい、そうです。‥‥‥ですが、どうして妖魔族は人間と結託をしているのでしょうか? 妖魔族とはプライドが高く自分たち以外の種族は見下すのは当たり前だというのに‥‥‥。それにキマイラと一緒に渡しているのは魔晶石でしょうか? 一体どうしてあんな大量に…」
確かにそこがどうしても府に落ちない。妖魔族は自分たちの事を最強の種族だー! 他種族など我が妖魔族の敵ではない! …とか相手を見下すような言葉で挑発をかけるような奴らだったのに、それが今では人間と結託してその証として大量のキマイラを献上している。…妖魔族は対象を洗脳や幻覚を見せるといった精神に関与するようなやり方が得意な種族だ。確かに妖魔族の中にはキマイラすらも洗脳し意のままに操ることが出来る者もいるだろう。でも1点だけどうしても気になることがある。それは魔晶石である。魔晶石は魔族の国にも鉱山のような場所がありそこで採取し、専用の道具で何度も何度も削り続け、そしてようやく1つの実践で使えるような魔晶石が完成するのである。…がそれは昔の話だ。今では魔族の国で魔晶石の原石が採取できるという事は聞いたことがない。例えできたとしても精々小石程度で実戦用には向いていない。だというのにあの地下で男性が持っていた、そしてキマイラを操っていたあの女性が持っていたのは間違いなく魔晶石である。それもかなりの上等な物であった。
「結局それは本人から聞いた方が早いという事だな」
現段階ではそう結論付けるしかないのだが
『ふむ。恐らくじゃが魔晶石はお主たちの知る方法とは異なったやり方で生成されているかもしれないのぉ』
どこからか聞き覚えのある声がしたため辺りを見渡すと『ここじゃ、ここじゃ』と声のした方を向くとその出所はシエルからであった。いや、正確にはシエルが嵌めている指輪からだった。その指輪は一見どこにであるただの指輪だが実は通信連絡の機能が備わっておりこの指輪を所持している者がお互いどこにいようが、電波の接続関係なく連絡を取ることが可能である。ちなみに零もこの連絡用指輪を持っているのだがある事情で壊れているため現在ある人物の修理待ちであった…。
「…何でジュダルがこの話し合いに参加したんだ?」
『なに、この件は元々童も関わっておるからのぉ。この話し合いに参加することは何もおかしなことではなかろう。…それにちょいっとばっかお主たちに伝えることがあってのぉ』
…まぁ、確かに? そもそもこの件はジュダルから始まったことなので彼女がいなければ始まらないの…か?
「それでジュダル、伝えたいことって何?」
『お主らのいる所には人間と妖魔族が現在進行形でおる。じゃがそれと合わせて何かが設置されておる。‥‥‥ふむ、これはまるでその場所だけ空間が捻じれておるのぉ』
「空間が、捻じれてる? それってどういう意味?」
『意味も何もそのままの意味じゃ。空間がその場所だけまるで物理的な何かで捻じられ、その中からキマイラが出てきておる』
「キマイラが? それってその捻じれたその場所の中は魔族の国か何かで繋がっているのか?」
『さぁのぉ。童はその場所を衛星機で拡大して見ている程度じゃから、詳しい事は分からぬ』
‥‥‥なんかすごい単語が出てきた気がしたけど、気のせいか?
「それで? その捻じれた空間はいつからあるんだ?」
『恐らく先ほどじゃろうのぉ。もしこれが数日前からできておればこの辺り一帯はキマイラで埋め尽くされ、当然ながら登山で来ている人間どもに甚大な被害が出ておるはずじゃ。それも死者が大量に出るほどにのぉ』
「‥‥‥もしかして、そのキマイラを魔晶石で従わせるつもりかしら?」
『ふむ‥‥‥本来キマイラには危険魔獣のため強どんな強者でも魔族の誰も従わせることは出来ないはずじゃ。じゃが、その魔晶石があれば従えることも不可能ではないかもしれぬ』
「そういえばさっき魔晶石は俺達の知る異なったやり方で作られているとか何とか言ってたけど、あれってどういう意味だ?」
『…時にディアよ。お主の持つ結晶石はどのように作ったのじゃ?』
「どうって‥‥‥そうだなぁ…昔ある洞窟に行ってたまたま見つけた大きなクリスタルがあったんだけど、そのクリスタルには魔力のような異能の力を中に取り込むことが出来るかつ一度取り込めばクリスタルが壊れない限りは永久的に使えるってことだからそれを俺なりの改良を経て作り上げたものだ」
『それは魔晶石と同じようなものかのぉ? この中で結晶石に一番触れたことのあるのはお主じゃからな、個人的な意見を聞きたくてのぉ』
結晶石と魔晶石、その2つの見た目は基本的に似ている。結晶石と魔晶石の元の姿は大きなクリスタルである。それを専門の職人が何時間も丁寧に磨き上げることで初めて宝石のような形となる。勿論使い方は個人それぞれである。自身の部屋に飾ったり、首輪やネックレスに加工しておしゃれとして使っても良し、そして俺のように魔力のような異能の力をこの結晶に取り込んでもいい。ただしこのやり方をするためにはある加工がいくつか必要で、そしてその方法を知るものは俺を入れてごく僅かしか知らないはずである。‥‥‥もしかして
「…魔晶石も結晶石も、もとは大きなクリスタルの結晶で作られたもの。そして俺のようなその中に異能の力を取り込む奴は俺が今まで出会った中で教えたことのある奴はほんの一握り。もしかしてそいつがこの件に関わっているのか? いや、まさか、そんなわけ…だって…」
『ディア』
「っ! ‥‥‥あぁ、悪い、ちょっと取り乱した」
『…仮にお主の考えが合ったとしても実物の魔晶石を手にして確認しなければそれが本物か偽物かなぞ知ることなかろう』
この場に静寂な空気で包まれていた‥‥‥のだが、
「‥‥‥ところで、何でその人間と妖魔族は精霊族を狙っているのかにゃあ?」
アリスのその何気ない発言がこの静寂な場で発せられるのだった。
「…‥‥‥ねぇ、アリス、どうして私たち精霊族が外となるべく関わらないようにしているのかって理由を昔話したと思うんだけど、もしかして忘れたの?」
「うん! だってよく分からなかったから!」
アリスは何の躊躇いもなくそう発言するのであった。
「…その正直さには呆れたと同時にアリスらしさを感じるわ」
「うん! ありがとうにゃあ!」
‥‥‥多分それ褒めてないと思う。
「‥‥‥それじゃあ改めて言うわよ。まぁ今は人間と妖魔族の結託、そして捻じれた空間から現れるキマイラの対処を優先しないといけないし、それに獣人族を元の場所に帰す手配もしないといけないから今日は話せないけど」
「うん! じゃあその日まで待ってるね!」
‥‥‥時折、アリスのあの無邪気な表情が羨ましく思えるのは気のせいだろうか…。
そうして4人の話し合いは終わるのであった。




