光の当たらない場所にて Ⅻ
少年と女性との距離は間もなく約10メートルを切ろうとしていた。そして少年は未だに手に持っている拳銃を女性に照準を定めており、対して使役命令を出したキマイラがいとも容易く始末され打つ手がないと思われる女性は未だに余裕の笑みを浮かべていた。そして2人の距離が10メートルを切ったところで少年の後頭部めがけて1人の人物が回し蹴りが繰り出された。その速度は人間が繰り出せるほどの速度を超えており目視することはほぼ不可能だった。…だというのに、少年がまるでそれが来ることを既に予想していたかのように頭を体ごと下に下げたのだった。そしてそのまま今まで女性に向けていた拳銃を下げると同時にすぐさま持っている拳銃をくるっと回し銃口が下に来るように持ち替えたと思ったらノールックで発砲をしたのだった。打った銃弾はまっすぐ心臓のある所に向かいそのまま命を絶とうとした。が次の瞬間、撃った銃弾は肉を貫通したような音ではなくキィンンン! と硬い何かにぶつかったような音がしたのだった。そしてそれが合図となり少年の左右から新たに2人の人物がどこからともなく現れ、そのまま少年めがけて襲い掛かったのだった。その2つも強力かつ速い一撃が込められた攻撃…だというのにそれすらも少年は軽々と躱すのだった。躱しながらもその者たちにも銃弾を撃ち込むのだが先ほどと同じように銃弾が金属に当たったような大きな音が鳴るだけだった…。
「……やっぱり、貴方、ただの子供じゃないようね」
いつの間にか女性の背後には3人の男性がいたのだった。先ほどまでこの室内には少年と女性の2人しかいなかったというのに一体どこに潜んでいたのかと思うほどだった。そんな3人の男性の注目する所は心臓部辺りに僅かばかりの凹みがあることである。この後は間違いなく銃弾によるものであり、生身の人間ならばこのような痕は決して残るはずがない。ではなぜ彼らが何事もないように立っていられるのか、それは…
「でも、そんな貴方もここまでね。何故ならとある会社から提供されたこの戦闘用で作られたアンドロイドの3体が貴方をここで始末するのだから」
そうして女性の命令の元で動く3体のアンドロイドが少年めがけて一斉に襲い掛かったのだった……。
突如として炎は巨大となりまるで一種の怪物のような姿へと変わりそして安藤小夜を見るや否すぐさま襲い掛かり飲み込み始めたのだった。まるで大きな顎で獲物を飲み込むかのような光景であった…。
「い、いやぁぁぁあああ!! やめろ! なんで所有者である私を…! ぐっ、がぁぁああああ! やめろ、やめろやめろやめろ! 私の心の中に入り込むな! 私の大切な思いを、優美との、たった1つの思い出をその忌々しい炎で燃やすなぁああああああ!!!!」
悲痛な叫びで自身を飲み込む炎に問いかけるが全く聞こえていないどころか炎の威力はますます強くなる一方だった。このままでは間違いなく数分後には取り返しのつかない姿へと果ててしまうだろう。そんな彼女に
「さーちゃんから離れて! 【エアリアル・ストライク】!」
優美の持つ剣から放たれた荒れ狂う風が一直線に進んでいき小夜にまとわりついている炎を吹き飛ばそうと試みたが変わらず炎は燃え続けておりそれどころか炎はまるで水を得た魚のようにみるみる大きくなっていくのだった。そして炎がやがてこの室内の半分ほどを飲み込み始めたところで小夜は持っている剣を掲げてそのまま優美めがけて…
「よ、避けて! 優美!」
精一杯の声を上げてそう伝えたと同時に剣を振り下ろすと優美の方へあらゆるものを燃やすであろう巨大な炎が襲い掛かったのだった。対して優美はその声を聞いてすぐさま躱したが向かってきた炎があまりにも広範囲すぎて右足首にその炎が直撃してしまい呻き声を出しながらも何とか躱したのだった。この攻撃により優美の右足首は大やけど状態となり足は真っ赤に腫れており少しでも動かせばズキンズキンと痛みは全身に響くのだった。今は何とか立ってはいるものの次同じ攻撃がこちらに向かってくれば間違いなく躱すことが出来ないだろう。それまでに何とか対策を立てないといけないと思っていたが、そんな時間は空いては当然ながら与えてくれるわけなく……
「に、逃げて…優美…」
先ほどと同じ動きをしながらも小夜は涙を浮かべながら優美にそう伝えた。だが優美はもう満足に足を動かせないため今いる場所から回避することが出来ないでいた。だから小夜の剣が振り下ろされる瞬間まで優美はその光景を見ることしかできることが思いつかなかった…。そして振り下ろされて剣から放たれた巨大な炎はまるで生きているかのように優美めがけて一直線に向かっていき、そして巨大な顎で影山優美という1人の少女を喰らうのだった……
だが、それはこの場に第3者が現れれば話は変わってくるわけで……
「【ジャガー・スクラッチ】」
その一言が聞こえたと思えば優美を喰らおうとしていた巨大な炎はまるで何かに切り裂かれそのまま霧散していくのだった。そして優美の前には1人の女性が立っていたのだった。その女性の名は、
「…貴方はアリス、さん?」
「…感謝してほしいにゃあ。ディアが貴方を助けてやれってとお願いを聞かなければ私は貴方なんか助けなかったにゃあ」
そう棘のような一言を優美に告げるのだった。「…それで」とアリスは構えて小夜を見据え
「あいつは殺してもいいやつなのかにゃ?」
「だ、駄目です! サーちゃんは大切な友達なんです。だから絶対に助けて一緒に帰りたいんです! だから…」
「ふぅーん。あいつは貴方のことを殺そうと剣を向けてきたんじゃないのかにゃあ? そんなやつを助けて何か徳でもあるのかにゃ?」
「……徳とか、そんなことは考えていません。確かにさーちゃんは私を殺そうと剣を向けました。でもそんなことは私にとって些細な事、むしろどうでもいいんです。もう一度友達と一緒に笑いあって、一緒に生活して、大人になってもずっと仲良しでいられさえいれば、それだけで私はとても幸せなんです。だから私はさーちゃんを助けたい、そして抱えている苦しみを一緒に分かち合いたいんです」
優美の話を聞いてアリスはその言葉には嘘偽りはない。と感じていた。アリスは人の述べる言葉に対して敏感である。自身でも理由は分からないがなんとなくこの話は本心、この話は出鱈目、と分かるのである。もともとアリスがこの場にいる理由は零から伝言で「万が一の場合は影山優美を助けてやれ」と告げられているだけに過ぎない。だがこの伝言には続きがあり「もし影山優美自身が譲れない思いがあれば何が何でも支えてやれ」と受けている。そしてその譲れない思いというのが目の前で炎によって蝕まれ続けている友人を助けたい。ということというわけで…
「……分かったにゃあ。私も貴方の友達を助けるのを手伝うにゃ」
優美の思いが届いたのか、あるいは零のためか、はたまたその両方か、アリスは小夜を助けることを決めたのだった。
「あ、ありが
お礼を言おうというところで巨大な炎が今度はアリスめがけて襲い掛かってきたのだった。優美は思わず「ッ! 危ない!」と声を掛けたのだがそれは杞憂に終わるのだった…。
ヒュン。
その風を切るような音としたと思いきや次の瞬間にはアリスめがけて向かってきた巨大な炎は瞬く間に切り裂かれそのまま消えていくのだった。巨大な炎が切り裂かれるまでの瞬間アリスは目立った動きを一切行っていない。しかも向かってくる炎に一切見向きすらもしておらず、まるで先ほどの攻撃は彼女にとっては火の粉程度としか感じ取っていないのだろうか……。
「? 何が危ないのかにゃ?」
対するアリスは何気ない顔で優美を見るのだった。
「……あ、い、いえ、何もないです…」
この時優美は思った。もしかしたらこのアリスという女性は星乃君と同等の強さがあるのではないのか、と…。




