S級エネミー
「…これは一体どういうことだ」
警備隊をまとめる部隊長がそう呟いたのだった。
彼らはデパート店【DREAM・HAPPINESS】が突如襲撃されたとの報告を受け急いで部隊をまとめて急行したのだが、現場に着いてみたら出入口全てが強固な扉で阻まれており、先程扉を破壊し店内に突入したら、人質であっただろうお客たちが全員眠りに落ちていたのだった。対して武装者ら人物がどういうわけか各階に1人もいなかった。
だが部隊長はすぐさま状況を把握し
「急いで人質の安全を確保に取り掛かれ。武装者もいる可能性もある。各自警戒しながら作業に取り掛かれ」
そう指示すると、「了解!」と応答するのだった。
「いや~、何かえらいことになりましたね」
部隊長の隣にそう呟く者がやって来たのだった。
「斎藤か、状況は」
「状況も何も、今のところ誰も目を覚ましていませんよ。恐らく、何かしらの強力な術の効果が働いているみたいですよ。でも人に害があるような症状は出ていないそうですね」
斎藤と呼ばれる者は溜口で状況を報告するのだった。
「そうか、では俺は上に向かう。もしかしたらまだ取り残された者たちがいるかもしれないからな」
「じゃあ、俺も同行しますよ。もしかしたらまだ襲撃者がいるかもしれませんからね」
そう言って部隊長に付いていくのだった。
それから2階3階へと上がり、その間に取り残されたお客の捜索をしたのだが、どの階もそれらしき人の気配が全くなく静まり返っていたのだった。本当に誰もいないのかと思いながら今度は別館へと向かうのだった。だが、
ズゥゥゥゥゥンンン…‥‥
突如デパート全体を揺らすほどの大地震が起きたのだった。
その揺れは警備隊たちがいるデパートではなく、海に面する地方全体を揺らす震動であった。
ただしその震動は地面が揺れるのではなく目に見えない魔力から発せられるものだった。
突然の震動に別館へ捜索を行っている部隊長も状況をすぐさま確認するのだった。
「ッ! 一体何が起きた!」
「今、本部に確認を取りますよ」
隣にいた斎藤は本部に繋がる小型連絡無線を使用し、情報を聞くのだった。そして
「隊長。悪いニュースです。エネミー、しかもA級よりも格上のS級が先ほどの震動発生源で確認されました」
「なっ! 何だと!」
「そのエネミーは後数分もしたらこの町に上陸するという予測時間も出ました」
S級エネミー。それはB級、A級と異なりその大きさはA級の数十倍以上の大きさで並大抵の攻撃では全く傷を与えることが出来ず、街中を歩けばその周辺の建物は一瞬で壊され、放たれた攻撃は大量の生物を殺戮する最凶の厄災である。かつて数十年前に別の地方でS級エネミーが確認されたがその時は数百の部隊が協力して何とか撃退に成功した事例があるが、今は数百の部隊を揃えている時間がない。
「本部から連絡です。直ちにS級エネミーの元に向かいこれを撃破せよ。との事です」
「なっ!」
その内容は、その場で足止めではなくたった少数の部隊で最凶の厄災を倒せという意味であった。いくら何でも無茶苦茶である。だが、さらなる連絡を受けて、今動ける部隊は自分たちの部隊を入れれば僅か数部隊だけとのことである。他の部隊は現在市民の避難を行っている。市民を避難させることも一つの仕事と頭の中では理解はしている。だから取るべき行動は‥‥
「斎藤、俺たちはS級エネミーを倒しに行くぞ。お前は避難所へ引き継ぎの連絡、そして本部に他の地方からの応援要請を申請しろ」
「……はい、分かりました。後で避難完了次第合流しますんで、それまで死なないでくださいよ」
そう決めて、2人は急いで引き返して部隊の者たちに状況共有を行い、その後S級エネミー討伐に向かうよう指示したのだった。
「今度は一体何が起きたの!」
いきなり起きた地震に千尋は動揺するのだった。そして辺りを見渡すと先ほどまでいたはずの仮面の少女が地震が起きたと同時にいつの間にかいなくなっていることに気付きどこに行ったのか探そうにもこの揺れでは身動きが取れなかった。立花豪志と四季有紗も同様にあまりの揺れにその場で思わず尻もちをつくのだった。そうして数十秒後にようやく揺れ続け震動が収まった後、
「はっ、黄菜子ちゃんっ!」
揺れが収まったと同時に千尋は黄菜子の元へと向かう。
「ち、ちひろ、さん…」
横になっていた黄菜子は目を覚まし、
「こわい、こわいよぉ…」
駆け寄ってきた千尋に抱き着くのだった。その表情は獣人だろうとどこにでもいる幼い子供のように泣いており、
「大丈夫、大丈夫だよ。黄菜子ちゃんは私が守るから…」
そう安心させるように何度も何度も語り掛けるのだった。
「あ、あれは一体なんですぞ!」
と豪志が海の方を見ながらその方角を指で指すとそこには、何か得体のしれない巨大な生物がいた。その大きさは巨大タワー並みの大きさで途中止まることなく町に向かって進んでいた。あの大きさの生物が上陸すれば町に住む人々は無事では済まないだろう。
「ね、ねぇ! これ見て!」
有紗が手にしたスマホを2人に見せるのだった。そこには赤い文字でこう書かれていた。
《S級エネミーが後数分ほどで上陸します。今すぐ指定された避難場所まで移動をお願いします》
それは地域ごとに発信させられるアラーム着信だった。つまりこのアラームが鳴ったということはこの地域に住んでいる有紗たちが当てはまるということを意味しており……
「ね、ねぇ、零って今どこにいるの?」
有紗がふと思い出したかのように尋ねるのだった。
「えっ、星乃君? そういえばあの時別れてから1度も見ていない‥‥」
「拙者も、同志とはあの連絡以降行方を知りませんぞ…」
2人とも行方を知らなかった。
デパドリ付近にあるリゾートエリア。そこに多くの術者たちが海面を見据えていた。そして
「っ! 隊長! 来ます!! この観測される魔力量からしてS級で間違いありません!!」
そうして数十メートル先の海面からエネミーが現れた。日本一高いタワー並みの大きさでその姿はこれまで見てきた動物や虫のようなエネミーと異なり、例えるならそのエネミーは要塞のようだった。
「各員、何としてでもあのエネミーを撃破せよ!! 決してこの街に踏み入れさせるな!!」
一斉に術が繰り出され、多数の攻撃がエネミーに直撃するのだった。だが、
「……やはり、効かない、かっ!」
要塞のようなエネミーに術者の繰り出す攻撃は全く通してないのかエネミーは徐々に術者たちとの距離を詰めていく。
「っ!? 攻撃が来ます!!」
そう叫ぶと同時に要塞のエネミーは口を開いた瞬間、高熱のブレスを放つのだった。
「待って有紗ちゃん! そんなに急いでどこに行くの!」
三階まで下りたところで千尋が有紗に声を掛けたのだった。
「零はきっとまだどこかで身を隠しているかもしれない。だから早く探してあげないと‥‥」
「有紗ちゃんの気持ちは分かるけど、彼だって子供じゃない。自分の身は自分で守れるはずじゃないの? だって彼は…」
「術者だから」と言うとしたところで
「分かっています! 分かっています、けど、もう…誰かと離れ離れになるのは……」
「有紗ちゃん‥‥」
千尋は彼女の過去に何かあったかもしれない、だからといって知ろうとはしなかった。もし、知ってしまえばこの関係が壊れるかもしれないという恐怖を感じているからである。でも、そもそも友達だからといって何でも知りたいと思うことは違うと理由もある。そこへようやく豪志が追い付き、現在は海がよく見える大きな窓の所に四人はいたのだった。今窓の外では巨大なエネミーに一歩も引かずに戦っている術者が何人もいた。きっと、いや、攻撃が通用せず防戦一方の展開だろう。途中で大きな音や光がここまで届いていた。有紗はそんな光景を見ており、千尋は彼女に近づき…
「私の父さんはプロの術者なの。例えどんな危険な仕事でも市民のために戦い、ちゃんと家族が待つ家にちゃんと帰ってきた。その姿に私は自分のように誇らしかった。私は術者じゃない。でも、術者じゃなくてもこうして手を握って寄り添う事は出来ると思うの。だから…」
そう言いながら有紗の手をギュッと握ったのだった。
「千尋さん…」
彼女は自分の勝手な行動を怒るのではなく、ただ寄り添い安心させようとしていた。だが、それでも今の状況が怖いのか手の震えが小刻みに続いていたのだった。だが、それは絶対に言わない。
「ありがとう千尋さん。零は私にとって初めてできた弟…のような存在だからもし彼の身に何かあったら居ても立って居られなくて…」
「ふふっ、有紗ちゃんは零君思いの優しいお姉さんなのね」
そう言うと千尋は彼女の頭を撫でるのだった。
「っ、そ、そんなんじゃない! 零は弟のような奴だけど結局は私の助手に過ぎない! うん、そうに違いない! あと、この事言ったら怒るから!!」
「分かってるわよ。ここだけの秘密ね。…きっと星乃君も有紗ちゃんに何かあったら居ても立っても居られないかもね」
「……まぁ、こんな可愛い私に何かあったらどこにいても駆けつけて欲しいって思ってますけど?」
と顔を赤くしていると外で異変が起きたのだった。
「な、何でござるか! あれは!」
豪志の驚いたような声を聞き、窓の外を見てみるとそこには今までの比にならないほどの火の一撃がエネミーの口から放たれようとしていた。あの大きさからしてもし放たれば術者だけでなくまだ避難している人々に多大な被害が及ぶだろう。それほど広範囲の一撃だと3人が見ても分かるのだった。
何とかしたい。この光景を見ている三人はそう思っただろう。だが、仮に3人が術者だとして一体何が出来る? 足手まといになるだけで、そして無駄死にするのは確定だろう。だから、
何も出来ない自分がこれほど悔しい。と思った。
だが、相手は感情を持たない生物だ。三人がそんなことを思っていようが、どうでも良いと思っていることだろう。そしてそんな考えを一蹴するように今でも術者たちが戦っている場所で窓が振動するほどの一撃が放たれたのだった……。
「はぁ、はぁ…くそっ! どうすればあの化け物を倒せる!」
浜辺にて部隊長はS級エネミーを睨みつけるのだった。彼は数十分前、他の部隊と合流し共に迎撃していたのだが、やはりと言うべきなのかS級エネミーはあらゆる攻撃を受けても全く止まることなく徐々に浜辺との距離を縮めていた。このままでは残り数分で浜辺に辿り着き、為すすべもなく町を蹂躙するだろう。何とか阻止しようと【魔力接合】や【二連続詠唱】などあらゆる手を使ったが全く歯が立たなかった。敵の1つ1つの攻撃がどれも災害級並の攻撃力で、今いる術者の防御結界では紙くず同然であった。攻撃の種類は、口と思われる個所からレーザーのような範囲攻撃、胴体にある砲撃のようなものから放たれる砲撃攻撃、そしてありとあらゆる属性を持った光弾をそこら中から乱れ撃ちで放つのであった。
そして今は浜辺に立っているのは部隊長と、先ほど合流した部下の斎藤、ごく僅かの術者たちだけであった。
「隊長、どうやらここまでですね」
「いや、まだだ。俺は生きている限りはプロとして最後まで仕事を全うすると決めている。だから最後まで諦めない」
「ひゅー、かっこいいですね。それって誰かの名言か何かですか」
「知らん。この仕事を長くやっている者しか言えない名言だ」
「じゃあ、その台詞は俺への冥途の土産ってことでもらいますかね」
「…勝手にしろ」
そう言い合いながらも互いに笑っていた。そして、巨大エネミーは抵抗してくる者たちにとどめを刺すためか先程以上よりも巨大な魔力量を溜め込み始めたのだった。恐らく、いや、確実に防御結界を何重に張ろうが一瞬で破られてそのまま全滅するだろう。それでも抗うように彼らは残りの魔力をすべて防御結界へと注ぎ込むのだった。そして、すべての魔力を出し切ると同時に全ての属性を込められた一撃必殺ともいえる巨大な砲撃が放たれたのだった。その時彼の脳裏に様々な記憶が蘇ってきた。それと同時に確信したのだった。あぁ、これが走馬灯というやつなのか。と…
その走馬灯の中には、自身の妻や2人の娘と息子がいたのだった。
しっかり者でこれまで支えてくれた妻
様々な服を作るのが好きな娘
昔は可愛かったが今では思春期なのか反抗期となった息子
その3人を残すことが唯一の心残りで、自分はちゃんとお前たちにとって立派な父親でいられたのだろうか…それを聞きたかったのだが、もう聞けることは未来永劫ないだろう。だが、
『もし、奇跡が起きるのならばもっと家族と一緒に過ごしたかった…』
その願いを踏み潰すように放たれた砲撃は結界にぶつかり、そのまま威力が落ちることなく浜辺に立っている術者に向かっていき、そして爆発したのだった……。
(……何故だ、何故私は生きている? あの一撃で確実に死んだと思っていたのに…)
部隊長の彼は不思議に思っていた。先ほどの一撃で間違いなくこの場にいる誰もが死んだと思っていた。だというのに、こうして生きている感覚があるのか、どうしてこれから来るであろう痛みが来ないのか、そう思いながら恐る恐る目を開けると、目の前に1人の少女がいたのだった。その人物は純白の長い髪に、汚れ1つもない真っ白なドレスを着ていた。そして何より目立つのはその少女に似合わない禍々しいほどの黒い剣を握っていたのだった。もしこの黒い剣を持っていなければ絶世の美少女と誰もがそう口にするだろう…。
そして分かってしまった。今の状況からして目の前にいるこの少女が先ほどの巨大な一撃を、全てを燃やし尽くすであろう巨大な炎の砲撃を手にしている黒い剣で斬ったのだと……。




