きっかけ
『青少年少女収容』には術者用に用意された訓練場がある。大きさは第3術科学校にある実技訓練場よりも少し大きいくらいである。本来ここに収容されている術者の少年少女用に授業や訓練で用いたり、術者同士で競い合ったりする場所である。そしてその周りにはどこかで聞きつけたのか何人者の収容者が今から行われる模擬試合の様子を見ているのであった。すでに零と長男である生島一樹が対面するように立っているのであった。
「それじゃあ、ルールは簡単。どちらかが降参宣言もしく戦闘継続不能した瞬間試合終了。制限時間は無制限。でいいな」
「あぁ、それで良いよ」
一樹がそうルールを伝え、零も特に質問することはなかった。そして試合開始の合図が鳴るのであった。
「いくぜ! 我が肉体よ・何も通さない・強靭な力となれ【ビルド・アップ】!」
拳闘術の初級術である身体強化を唱えそのまま零に突っ込んだ。その勢いは並みの術者にも負けない速度であり、そのまま
「我が拳・炎を纏い・敵を打ち砕け【フレイム・ナックル】!」
そう唱えると振りかぶっていた右腕が炎を纏い始めた。その炎は付け根の所まで広がり右腕全体が勢い良く燃えていた。そしてそのまま零に振りかぶった。生島一樹の魔力量は学生内でもそれなりに多い。以前第3術科学校にて揉め事でこの術を放った際生徒は防御障壁を張ったのだがその障壁をいとも容易く破壊したのであった。体内にある魔力量が多ければその分、術は強くなる。そんな当たり前の世界で星乃零の魔力量は学内、そして全国にある術科の学校、学園では下の下つまり最下位に当たる‥‥だというのに、
そんな弱々しい魔力しか持っていないはずの星乃零は一体何故一樹の振りかぶった炎を纏った拳を片手1本で止めれたのだろうか‥‥
星乃零についてはあらかじめ聞いていた。全国の術科学校、学園でも今まで前例のない魔力量が僅か1%しか満たないと言われている最弱の中の最弱、と。だから一撃さえ当てれば絶対に勝てる。そんな自信満々で模擬試合を提案した。そしてもう2度と会うことはないだろう。そう思っていた、そう思っていたはずなのに、何なんだ、目の前の光景は、俺たちは今夢でも見ているのだろうか‥‥
「くそっ、何で防がれた!」
そう吐きながら一樹は後ろへ下がった。対する零は何事もなかったかのように平然な様子であった。
「まぁいい、次はもう少し本気を出してやる! 雷鳴よ・我が拳を纏い・敵を撃ち滅ぼせ【プラズマ・スマッシュ】!」
今度は先ほどよりも強力な拳闘術を繰り出してきた。拳に強力な電気を纏い攻撃を行うこの術は上級扱いとされている。もしもこの一撃が命中すれば痛いだけでは済まない。纏った電気が相手の体に流れ込みそのまま悶絶するような痛みを与えるからである。そんな一撃と継続的なダメージを同時に与えられるこの術でなら零も無事では済まない。と誰もがそう思うなか、零はどうしたかというと再び先程と同じく片手1本でつまり手のひらだけで止めるつもりでその構えを取るのであった。そしてそのまま雷を纏った拳が零の手のひらとぶつかった。たとえ先程と同じく大したダメージが入らなくても零の体内に悶絶するような電流が流れ込み、そして今現在苦しんでいることだろう。一樹の【プラズマ・スマッシュ】の威力は学生レベルだと指折りである。何故なら魔力量が平均よりも多いからである。魔力量と攻撃力は比例する。つまり魔力量が高ければ高いほど繰り出す術が強くなりその効果も跳ね上がる。だから今起きている光景を見て思った。
どうして悶絶しているのが零ではなく一樹なのか全く理解できなかった。
(な、なんで、俺がこんな目に‥‥)
一樹の放った攻撃【プラズマ・スマッシュ】は命中した。この術は上級で直撃すれば立つことすら困難で仮に耐えたとしても体中に強力な電流が流れその痛みは悶絶するほどだ。だが結果はどうだ、零は無傷どころか悶絶するような電流が体内に流れている様子すらなく、一樹の方が術の痛みと流れる電流に悶絶しているではないか…
「て、テメェ、一体何しやがった、なんで俺の攻撃を受けても平然としていやがる、それにどうしてこの痛みと苦しみがお前じゃなく俺が受けてんだよ‥‥」
痛みと苦しみに耐えながら、歯を食いしばりながら問いただしてきた。そして返ってきた答えは
「? 別に大したことじゃないよ。手に触れた瞬間、繰り出した攻撃術をそのまま返しただけだよ」
と当たり前のように言うのであった。そしてそれを聞いて
「ふ、ふざけるな! 放った術をそっくりそのまま…術の威力や触れる瞬間のタイミングを1秒のずれもなく使用者に返すことが出来る奴なんてこの世にいる分けねぇだろ! 嘘でももう少しまともなことを言え!」
「お前こそ何言ってんだよ。それが出来る奴なんて今お前の目の前にいただろ、何? お前の目は節穴なのか?」
「ふ、ふざけるなぁぁぁ!!」
現実を受け入れられないのか、それともこんなバカげてことが出来る奴が目の前にいることが納得できないのか叫びながら【フレイム・ナックル】を再び繰り出した。
「今度こそ、もらったぁぁぁぁぁ!!」
「ほい」
零は手のひらで攻撃を防いだ。そして結果は先ほどと同じく燃え盛る炎が一樹の体を燃やしていた。
「ぐぎゃああああ!!!」
燃え盛る炎に苦しみ、その後何とか自力で火を消したのであった。すでに洋服は焦げた部分や素肌が何か所も見えておりすでに満身創痍であった。
「もう、降参で良いんじゃない?」
そう言いながら一樹に歩み寄っていた零に左右から前後から4つの術が襲い掛かりそのまま零に直撃した。
「あははは! 馬鹿が! 引っ掛かりやがったな! 俺は一度も1対1で模擬試合をするなんて言ってねぇぞ! 1対5、どこからどう見ても不利じゃねぇか! そっちこそもう降参した方が良いんじゃねぇのか、結局大口吐いてこの様! 俺たち兄弟の勝てる奴なんていねぇんだよ!」
高笑いをする一樹と左右前後から攻撃を仕掛けた他の4兄妹であった。先程攻撃したのは4つとも中級術で零にバレないようにひっそりと術の詠唱を終えておりいつでも攻撃を仕掛ける用意を行っていた。彼らは始めから5人で零を倒そうと計画をこの模擬試合が始まる少し前に行っていた。そして結果は見事成功したのであった。
「ははははは‥‥‥は?」
攻撃により煙が舞っていたがやがて晴れると、一樹が見たのは
「? どうした、何かしたか?」
相変わらず平然と立っている星乃零であった。しかも無傷のまま…
「な、何でぇ‥‥」
「はぁ? 何でって‥‥今何かしたか? なんか変なものがこっちに向かってきたと思うけど…あぁ、もしかして前後左右から飛んできたものって何かの攻撃術だったのか?」
首を傾げてそんな他愛もないことを言うのであった。
「まぁ、どうでも良いけど‥‥じゃあ、お礼にさっきの術を返すね。【魔水晶鏡ノ反射板】」
そう唱えた瞬間先ほど零に攻撃した4人に向かって放たれた攻撃術をそのまま返すのであった。まるで壁打ちのようにそのまま跳ね返ってくるように‥‥攻撃した術がそのまま返されるとは誰1人思っていなかったであろう。そのため反応に遅れ防御結界を張る暇もなく魔術、剣術、幻陽術、占星術が直撃しそのまま吹き飛ばされるのであった。4人とも意識はかろうじてあるが立つことは困難な状態であった。そして一樹に再び歩み寄り‥‥
「あ、そうそう、いまさら言うけど‥‥お前と模擬試合を行っている際中に他の4人が不意打ちで攻撃を仕掛けてくることは始めから分かってたよ。むしろいつ攻撃仕掛けてくるのかと思ってたぐらい…で、結局この様。何? お前たちは何がしたかったの? こんなことになるなら始めから5人同時で挑んだ方が良かったんじゃないの? まぁそれでも結果は変わらないけどね」
この場はすでに星乃零の独壇場であった。圧倒的強者感を漂わせるその雰囲気は誰もが固唾を飲んでいた。そして一樹はというとそんな雰囲気に完全に飲まれており体が動かず、心が完全に折れ‥‥
「……お、俺の、俺たちの、負け…だ」
その一言でこの模擬試合が終わるのであった‥‥
そして試合後、零と一樹は5人が今暮らしている収容所用の部屋にいた。他の4人は未だに目を覚まさずにいるのであった。だからといって重症ではないのでしばらくしたら目を覚ますであろう‥‥
「それで俺は何をすればいい、全裸でこの収容所を走り回るのか、夕飯を逆立ちしながら食べればいいのか、それとも‥‥」
「いつの時代だよ、そんな命令内容」
呆れる零であった。
「はぁ…じゃあ命令を言うよ。お前ら5人は‥‥」
一樹はどんな命令でも受けるつもりであった。例えそれが死ねと言われようが何の躊躇いもなくするであろう。それだけ多くの人に迷惑をかけた、多くの人を殺めた。だからこの詩で少しでも罪滅ぼしにでもなるなら喜んで受けよう‥‥そう覚悟を決め
「この収容所を出るまでの数年、1度もサボることなく毎日授業に出て、そして収容所を出た後は必ず喫茶四季に来い」
と思っていた内容と完全に異なった言葉が飛んできたのであった。そんなポカンとしている一樹に零は
「確かにお前たちのしてきたことは決して許されることじゃない。でも、だからといって自分勝手に死ぬことは例え誰かが許してもこの俺が許さない。だからここで行われている授業に出て社会に出ても恥ずかしくない人間となり、迷惑をかけた人々に誠心誠意謝り続けろ‥‥これが俺がお前たち5人に出す絶対命令だ。この命令に拒否権はない、期限は俺が良いという許可が下りるまでだ」
そう言い零は両手を一樹と寝ている4人に向け出した。そして何かブツブツと何かを唱え‥‥何かを握るような動きをすると
「お前達の心臓に【絶対的拘束】を付与した鎖を施した。これで命令に逆らうような行動をとった瞬間死より苦痛な痛みを味わうようになった」
そう言いながら零は半透明な5本の鎖を一樹に見せるのであった。その鎖は一樹だけでなく4人の心臓当たりの部分を拘束していたのであった。そしてさらにブツブツと唱えるとその鎖が5人の心臓に向かって吸い込まれていくのであった。
「これで施しは完了。あとは自動で死ぬような行動をとった瞬間死よりも苦痛な痛みが発動する。あぁそれと勝手に施した鎖をとるような真似をすれば永久的に苦痛を受けるからあまりお勧めしないよ。そうなった場合痛みを止める方法はないから」
そう言い終えるともう何も言う事はないのか部屋を出ようとした。それを一樹が止めた。
「ど、どうして俺たちにここまでしてくれる? 俺たちは許されないことをたくさんしてきた、だから死ぬことは当たり前と思っていた。なのにどうして‥‥」
一樹は聞きたかった。どうして社会のゴミとなった俺たちに死ねといわず、行われる授業に出てそして迷惑かけて人々に謝り続ける。たったそれだけだなんて何か理由があるはず‥‥そう思っていたのに返ってきた答えは‥‥
「どうしてって‥‥死ぬのが当たり前だなんて、そんなの一体誰が決めたの? どんな奴だって生きる権利はあるはずだよ」
その時脳裏に浮かぶのは、かつてある同級生に言われたことだ。それは何度も模擬試合に負け続けていくうちにこう言われた。
弱者はこの学園に必要はない。ならば死んだほうがいっその事ましだな。
そこからだ。そこから俺の人生の歯車が狂い始めたのだった‥‥その者はこの星乃零と同じくらい強くても足も出なかった。その圧倒的強者から言われたそんな一言が、ゴミを見るような目蔑まされて涙を流すほど、握った拳から血が出るほど、そしてこの社会を恨むきっかけとなった。だがこの者はどうだ、あの者と同じく強いはずなのに、その一言は凍り付いていた心に確かに届いた。そしていつの間にか流れる涙はまるで今まで凍り付いた心を溶かすほどであった。だから思わず口が勝手に動き‥‥
「……ありがとう‥‥」
「? お礼を言われるようなことは言っていませんが、まぁ、受け取っておきます」
そうして星乃零は部屋を出たのであった。そして面会時間は終了しそのまま帰路に就くのであった。
「そういえば春奈さんに日用品を帰りに買いに行って欲しいって頼まれたんだっけ」
帰り道、そんなことを言われたのを思い出して急いで近くのスーパーで買い物をするのであった。時刻はすでに夕方を過ぎており早くしなければ日が沈む時間帯となっていた。そうして近くのスーパーに、
「……ん?」
零がある光景に気付いた。スーパーがある近くのコンビニに数名の素行の悪そうな男が4人ほどいた。その男たちの目線には零と同い年と思われる少女がいるのであった。その少女は嫌がっており何とか逃げようとしているのだが男たちはそれを許してくれない。あれやこれやと様々な手を使い少女をどこかへ連れて行こうとしていた。周りの人もその光景を見ているのだが誰も助けに行こうとしなかった。まぁ実際にこのような光景を目にして動ける者などほんの一握りなのだろう‥‥だから早く誰か助けてあげて、早く術者か警察、誰でも良いから助けてあげて。と辺りを見渡している人がチラチラと見えるのだった。
「‥‥はぁ~~、最近こんな役目ばっか‥‥」
結局、零が動くしかなかったのであった‥‥




