店長はある理由でジムに通い始めました
―通り魔事件から一週間がたったある日、咲夜はセレナたちに話をした。
「お兄ちゃん、最近、何処かに出かけるんだ」
「元春さんがですか?」
「毎日朝から出かけて、それ以来ずっと」
元春の事で、何やら彼の様子がおかしかったのだ。
「一体どこに出かけたのですか、あの人は?」
「…………」
すると、キャロルは何やら黙っていた。
「キャロル、どうしたの?」
キャロルを尋ねるエルザ。
「実は、皆に話があるの」
「話とは?」
「元春、最近『じむ』というところに通い始めたんだ」
「じむ?」
キャロルは語った。
「一週間前、あの事件以来、何やら知り合いの人に電話して、そのあと何処かに行った。元春本人に聞いたら『じむ』というところに通ってるらしい」
「それは一体、どこなんですか?」
「分からない、ただ分かるのはグローブを持っていた」
「グローブ、ですか?」
すると咲夜は気付いた。
「もしかしてお兄ちゃん、ボクシング、始めたんじゃ……?」
「何ですか、それは?」
「格闘技の一つのスポーツなんだけど、拳を鍛えるスポーツなの」
「どうして元春さんが……?」
この時、エリーゼは思った。
「…………、強くするためだと思う」
「それは分かりますか……」
「いいえ、違うんですよ。あの男、あの時兄様を倒した。けど、それでも自分が未熟だったと思っていたはず」
「…………」
あの時、オルグスの攻撃に元春は素手で止め、反撃の拳で殴ったのだ。
しかし、彼は火傷していた。その悔しさに気にしていたのだ。
「元春さん……」
その頃、元春は……。
「すまないな、こんな事を頼んでしまって。俺のわがままに付き合ってくれて」
「いいよ別に。同級生である、お前の頼みならな」
彼の相手していたのは、剛力万太郎という男だった。
「しかし、村上から聞いたんだけど、本当にボクシングジムを設立するとはな」
「ハハハ! そうだろ?」
「だが、俺も男だし、頑張らないとな」
「…………」
万太郎は、元春の拳に気付いた。
「なぁ、御子柴。その拳、火傷しているんじゃないのか?」
「こんなの大丈夫さ」
「ならいいけどよ……」
こうして、日が暮れるまでボクシングをした。
その頃……。
「やれやれ、あの男……。なかなかやるな」
オルグスはビルの屋上にてベンチに座っていた。
するとそこへ……。
「ここに居ましたか」
「やっと来たか、この私を見る目があるとは思いませんでしたよ」
「いいえ、いつかの好都合ですから。のちに、あいつにはまた今度に伺うとしましょう」
謎の黒いコートを着た男は、元春を見た。
「そうだろ、我が弟よ」
そして翌日……。
「店長、大丈夫ですか?」
「手が火傷してますやん!」
心配する皆に、元春は言った。
「大丈夫だよ。さ、今日も仕事するぞ」
「…………」
この時、セレナは元春を見て思った。
(あの人は、かなり苦労している。けど、それでも……、支えないといけない。その時は、私もいつかは……!)
こうしてその誓いを立ちながら、今日も仕事が始まろうとしたのだった。