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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

もう一度

作者: 白波 蓮華

人は2度の生を歩むことができる。

そんなことに気づいたのがもう何十年も前の話になる。きっかけは情報社会だ。誰でも自由に自分のことを世界に発信できる時代になり、誰も信じないような与太話でもネットに書き込むことで多くの人の目に晒されるようになる。

そんな中こんな話がネットに上がるようになった。

「私は今日死んだはずなのに時間が巻き戻り生きている」と…

もちろんこんなの誰も信じない…はずだった。ところがあまりにも頻繁にこのようなことが書き込まれるようになったのだ。最初は誰もが信じず、社会全体に広がったチェーンメールのようになっていたのだが、あるYoutuberが実験を行うことでこれが証明された。実験は実にバカらしいのだがソシャゲを引きその結果を確認した後、死に戻り結果を当てると言うものだ。全く実にバカらしい。だが多くの人間がそれを試し証明されたのである。そう、人間は死した後、もう一度生を謳歌することができるとわかったのである。だが3回目を試した人間はいなかった。


この力がいつから人間に備わったのかわからない。だが多くの人間が奇跡だ、神からの祝福だと囃し立てた。その中でわかったのは天寿を全うした人間はもう一度タイムリープして戻ることはないこと。病気による死亡でも同様だ。また生き返る人間の多くは生の執着が強い人間であることがわかった。

そんな中世界全体がお祭りムードで、少し死を軽く考えるようになっていく。一度死んでも生き返ることができるとわかったからである。

危険なことをする人間が増えていく中で社会に変化が生じ始める。

人口が増加していないのだ。これは単に出生率が減ったとかではない。最初にこのことを提唱した学者を多くの人間が馬鹿馬鹿しいと一蹴したが、少し世界人口が減り始めたところで世界全体が異変を感じ始める。出生率が極端に変わったわけでも死亡率が極端に変わったわけではない。

そこで一つの結論へと辿り着いた。

「人が消えている」

そう存在そのものが消去された人間がいることに気づいたのである。しかもそれは2度目の生を送っている人間の数と一致する。

つまり2度目の生を謳歌するために他人の存在を消すことで生の権利を得ていたのである。

このことに気づいた時には人口の2割が消えていた。そこからは世界的に実験が行われた。その結果消えた人間は生存欲が薄い人間であり、また2度目の生を望んだ人間と接触したことがある人物であることがわかった。このことに気づけたのは幸福度が低く生存への強い執着がない地域の人が多く消えていることから気づくことができたのだという。

そこからは地獄だ。2度目の生を望む人間を無くそうとする運動が起こるが、生存欲を人間から無くすことなどできない。誰もが死ぬ際には生きたいと多くの人が望んでしまう。

そんな中社会全体の雲行きが怪しくなる。

それは富裕層だけが2度目の生を謳歌できるようにすることだ。

ではどのようにするのか。それは簡単だ。金が払える人間と金が払えない人間を明確に区別し、金が払えない人間を奴隷的に扱い強制労働させる。それも生きていたいと思えなくなるほどだ。そうして生存欲をなくさせた上で消えてしまう人間を制限する。当然社会全体からの批判は多かったのだが、金の力というべきか富裕層は着々とそんな社会を築いていく。

何度かの戦争があり、人口がさらに2割ほど減ったところで、富裕層が望む社会が完成した。

富裕層はセレクト、奴隷的扱いを受ける人間をエンゲと呼び区別する。エンゲには首輪がつけられていた。

セレクトは肥え、笑い、エンゲを差別する。差別意識を根強く持たせることで、セレクトのやることの残忍さが増していきエンゲ達の生存欲を失わせる。

そんな社会の中が十数年続いた。なぜそんなにも長く続いたのか疑問に思うかもしれないが、たとえセレクトを殺しても奴らはタイムリープし蘇って歴史を変える。しかもそれと同時にどこかのエンゲが失われる。革命を起こそうにも捻じ曲げられるのだ。時代が。


そんな社会の中に俺は生まれた。俺はセレクトとして生を受けた。なに不自由なく生きていた。不満もなく、親からの愛情も多く受け、多くのエンゲが俺に気を遣い、世話をする。今思えばクソみたいな生き方だったろう。

そんな中俺はエンゲの少女に恋をした。最初はただの小間使いとして接してくる同年代の少女としか思っていなかったのだが、いつの間にか気になるようになり、気づけば目で追うことも増えていた。当然セレクトが望めばエンゲは答えるだろう。だがそれは俺が望むことではなかったのだ。彼女がエンゲ同士での会話の中で時折見せる花のような笑顔が自分にも向けられることを願っていた。


最初はどうしたらよいかわからないから多くの食べ物を買い与えた。

彼女は笑わない。


次に服を買い与えた。

彼女は笑わない。


次に装飾品を買い与えた。

彼女は笑わない。


次に…

次に…

次に…


何度目かの贈り物をしたところで彼女が俺に聞いてくる。

「どうして私なんかにこんなことをしてくれるのですか?」

彼女が少し怯えたような表情をしながら聞いてきた。今にして思えば、彼女からしてみれば恐怖でしかなかったのだろう。そんな顔をさせたくてこんなことをしていたわけじゃないのに。

どうしたらいいのかわからない。

(どうしたら君は笑ってくれるのか…)

わからない、わからない、わからない。

「君は何をしたら笑ってくれる?」

「え」

彼女は驚いた顔をしながら俺の話を聞く。

「俺は君が笑っているところを見たいだけなんだ。こんなことは初めてだからどうしたらいいのかわからない。だからこうして…」

与えてきた物の山を見ながら包装がどれも破られていないことに気づく。どれも彼女が望んだものではなかったのだ。渡されていたから受け取っていただけ…

「どうしたら笑ってくれる?」

セレクトがエンゲに向ける声ではなかったのだろう。もしこの場面を両親に見られたならば俺も彼女も手ひどく怒られていたと思う。それでも構わない。彼女の笑顔が見てるのならば。

そうして彼女の顔を見ると少し困った顔をしていた。また困らせてしまった。そんなふうに思っていると彼女が口を開く。

「私が笑ったところを見たいのですか?失礼しました。気をつけます」

そう言って彼女は笑う。

(そうじゃないんだ)

確かに彼女は笑った。でもそうじゃない。俺が見たい君の笑顔はそんな辛そうな笑顔じゃないんだ。そう伝えたくても言葉が出てこない。誰かに心から懇願したことなんてなかったからだろう。

「そうじゃないんだ」

口から出てしまった。また彼女が怯えたような表情をする。それでも笑顔をなんとか保っているのは俺がセレクトで彼女がエンゲだからか。

「本当にすみません。私ではあなたのご期待に添えそうにありません」

彼女が申し訳なさそうに言う。

「ですので他のものを呼んできます」

彼女が他の人を呼びに行こうとこちらに背を向ける。その背中をなんとか止めたくて彼女の手を取ってしまう。

「あの…」

彼女がまた怯えたような表情をする。ああ、またこんな表情をさせてしまった。それでも伝えなければ…たとえ伝えるのが下手でも…言葉にしなければ…

「君じゃなきゃダメなんだ…君だから俺は…」

「どうして私なのですか?」

「好きだから、今まで怖い思いをさせたなら謝る。でもこの気持ちだけは嘘じゃないんだ。本当だ。君に贈り物をしたのも、君の笑顔を見たいと言ったのも、全部君のことが好きだったから」

生まれて初めて言葉に自分の感情を全力でのせた。感情を表面に出すなと言われていたのだ。感情を見せればそれは弱みになるから。それでも彼女に想いを伝えるために感情を全面に出して訴えかける。

彼女の方に目をやると彼女の頬を涙が一筋垂れ、それから溢れ始める。

ああ、また泣かせてしまった。やはり自分では彼女の笑顔を見ることはできないのだ。そう思い彼女に「ごめん」と短く伝え、今度は自分が姿を消そうとする。

「あの…違うんです。これは…怖いとかじゃないんです。ただ嬉しくて…私は今まで必要とされることなんてなかったから…」

涙を拭いながら彼女は続ける。

「でもごめんなさい、あなたの気持ちに対してどうしたらいいのかわからないんです。本当にごめんなさい」

「うん、大丈夫、大丈夫だから…」

彼女の頭に優しく触れながら、できる限り優しく語りかける。

「どうしたら君が笑ってくれるのか俺にはわからない。俺には君を笑顔にすることはできないのかもしれない。それでも…


君を幸せにする


君が笑えるくらい俺は君を幸せにする。たとえその笑顔が俺に向けられなかったとしても…」


本当ならば彼女の笑顔を見るのは自分がいい、でもその資格が自分にないと言うのならば仕方がない。彼女の力になりたい。彼女を幸せにしたい。それが自分の望みなのだから…


「ありがとうございます…」

そう言いながら彼女のはにかんだ笑顔は今までのものとは少し違っていた気がする。


それからは毎日が楽しかった。彼女と接している時間が何よりも幸せに感じられた。彼女とずっと一緒にいたいとすら思うようになった。彼女も少しずつ感情を見せてくれるようになり、自然と笑うようになってきた。


そんな幸せもこんな世界では長くは続かない。

ある日彼女はセレクトに連れて行かれた。理由は幸せを感じていたから。エンゲのつけていた首輪は人間の幸福度を測るものらしく、一定以上幸福度を感じると、働く場所をより過酷なものに変えられてしまう。幸福度が高ければ生存欲も高くなってしまうからだ。そんなことを知らず彼女を幸せにすると誓い、今まで努力してきた自分が馬鹿らしい。自分の手で自分の好きな人を苦しめてしまった。連れて行かれる時に俺は何もできなかった。大人に押さえつけられ叫ぶ、惨めな子供に彼女は笑いながら言った。


「私は幸せでした」


その言葉を言えばより辛い場所に行くことが分かっていながら最後に俺にそう告げた。また彼女にあの笑い方をさせてしまった。あの顔を見るために俺は…。無力感と喪失感に満たされた。


数年後、その無力感と喪失感も自分の中から突然消えた。そう彼女が消えてしまったのだ。存在ごと。それからの人生は特に特出して書くことはない。あるセレクトが2度死んだことによって存在ごと失われた人間が戻ってきたと言うニュースが社会を賑わせた程度だ。


15才を超えたくらいからお見合いの話が度々上がるようになり色々な女性と顔を合わせ、話をする。

どの女性も話の中でよく笑う。


違う。


自分が見たい笑顔はそんなんじゃない。

どの女性の笑顔を見ても自分の中のモヤモヤした感情が解消されることはなかった。


ある日家の中をなんとなくぶらついていると物置の中で大量の贈り物の山を見つける。

(誰がこんなもの、用意したんだ?)

完全に金の無駄遣いだな、なんて思いながらその贈り物に触れるとどれも未開封だった。

自分の中の喪失感がまた蘇ってくる。これを買ったのは自分だ。どれもこれも昔の俺が包装してくれと頼み買ったものだ。ああ彼女はもういないんだ。存在ごと消えてしまっても、物が消えることはない。だから自分が買った贈り物もこうして残っているのだろう。こんなにも喪失感が自分を満たすのならば何も思い出さなければよかった。全て忘れて少しのモヤモヤを抱えて生きていけばよかった。でもダメだ。思い出したんだ。彼女に送っていたものもこうして記憶を取り戻す鍵になってくれたなら意味がなかったわけじゃない。どうしたら彼女を取り戻せる。彼女を取り戻すために生きよう。そう考えていろんな文献を漁った。存在を失った人間を取り戻す方法を求めて。

その方法は案外あっさり見つかった。新聞に書いてあったからだ。一時期社会を賑わせていた事件の記事だ。犠牲となった人間の存在を取り戻すには、2度目の復活を遂げた人間を殺せばいい。


探し出そう。彼女の存在を犠牲に2度目の生にしがみついている人間を。そんなセレクトを。そもそも彼女が幸せを願うことすらできないこんな世界の支配者など死んでも構わない。


それからは何人殺したかわからない。全員セレクトなので殺すのは骨が折れたが近くにいたエンゲに協力してもらった。どのエンゲも主人であるセレクトを殺すのには躊躇いはなかった。2度目の生を謳歌しているセレクトを見つけては殺す。そうしているうちにいつの間にか札付きとなり、どんどん殺しのハードルが上がっていく。体の傷も増えていく。


何人か殺したところで彼女が消えた時期と近い時期に復活したセレクトの情報を手に入れた。もっと早くに情報が手に入っていればこんなに苦労することはなかったのだが…


最後の仕事になるかもなと思いながら、情報のセレクトを殺しに行く。もう随分と手慣れたもんだ。護衛についていたものも全員殺し、目的のセレクトの老人に刃を向ける。

「恨みはないけど、彼女のために死んでくれ」

「彼女?もしやわしの代わりに存在を失われた少女を生き返らせるためにわしを殺すと言うのか?」

「そうだ」

「そうか、あの子のためにな」

接触をした最も幸福度の低い人間が存在を失われるのだからこの老人が知っていてもなんら不思議ではない。

「少し昔話をしようか」

老人が続ける。

「この家に来たばかりのあの子はどことなく幸福感を感じさせるような娘でな…仕事をしている時に時折笑うこともあったくらいじゃ。だがそれではまずい。わしにとって存在が消えては困る人間に消えてもらうわけには行かなかったからな。だから…」

老人がニヤリと笑って言葉を続ける。

「毎日拷問してやったよ。2度と笑えなくなるくらいにな。最後には殺してくださいと懇願してきて、全く生存欲なんて感じさせない立派なエンゲになっていたよ」

もういい、殺そう。なぜだか知らないがこいつにはあの子の記憶が残っている。ナイフを再度この男に向ける。

「じゃあなクソジジイ」

「身代わりとなったエンゲの存在は、その犠牲によって生き返った人間にだけは残るんだ。だからそのうちお前がくるであろうこともわかっていた」

また老人がニヤリと笑い、当たり一面を爆発と閃光が包み込んだ。


爆発に巻き込まれながらもなんとか生き残った俺は目を開ける。どうやら下半身と右腕が吹き飛んだようだ。よくこれで生きてるなと自分のしぶとさに驚く。近くから声がする。ずっと聞きたかった声だ。誰よりも愛おしいと感じていた人の声だ。

「あの、私です。覚えてないかもしれないけど」

ああ、よかった。存在を取り戻したんだな。これで自分がしてきたことも少しは報われる。

「死なないで!あなたに、私は何も返せてない!お願い死なないで」

どこか遠くなってくる彼女の声を聞きながら、最後の力を振り絞って言葉を紡ぐ。

「あ、会えて…よかった。愛してる。俺は…セレクトだから…また会える…」

そう言って彼女の方を見るとまた彼女は泣いていた。つくづく自分は彼女を笑わせることができない人間だな、なんて思いながら目を閉じる。もう何も聞こえない。彼女が重ねてくれた左手の感触とそれを涙が伝う感触が少しあるだけ。そうして俺の意識は途切れた。


俺の意識がまた戻ることはない。だって彼女を取り戻すために生きると決めたのだ。彼女を取り戻せた自分に今更生存欲なんてものが残っているわけがない。こうして俺は長い眠りについた。







稚拙な文章かと思いますが感想等頂けたら嬉しいです

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