008. 世界情勢の一コマ
一方、魔王軍第5方面軍を名乗る部隊は朝鮮半島へと進軍しつつあった。
第4方面軍である日本攻略軍との兵種融通の結果。軍の兵種内訳はかなり変化していた。
航空兵力は殆ど日本攻略に充てられたため、オーク部隊やゴブリン歩兵隊の揚陸作戦が採られる事となった。
当然この程度の兵力ならば南北朝鮮が連携しなくても勝てる訳で、木浦周辺では韓国軍が敵揚陸艦を撃沈し、「大勝利」を収めた。
第5方面軍はこれを威力偵察として使っていた。
沖縄島北部に司令部を置く第5方面軍は南北両鮮の連合が未だ綻びのあるものと見抜き、開城・板門店の間を流れる軍事境界線を狙う事とした。
これを献策したのは沖縄戦を指揮した第5方面軍参謀のサチコ=サーシャであった。
しかし軍事境界線付近では、異例の警戒が南北両鮮の連合軍によって敷かれていた。
首爾沖に総攻撃作戦のために集結した第5方面軍は、殆ど朝鮮連合軍の集中砲火によって崩壊し、前代未聞の大損害を喫した。
作戦が漏れた事は自明であった。
北朝鮮と韓国は一時的に合同司令部を板門店に創設する事で合意し、将来的には平和条約の後に南北の代表が共同議長を務める統一評議会を中心とした「朝鮮連邦」構想にまで合意内容を広げつつあったのである。
第5方面軍の主力陸上部隊は両鮮連合軍のミサイル群により壊滅的打撃を受け、朝鮮半島侵攻を断念した。
これは、主力たる航空兵力の殆どを第4方面軍に吸収されて陸上戦力とその輸送手段程度しか残されていなかった第5方面軍の全兵力が、この一戦で全滅したためであった。
こうして第5方面軍は名ばかりのものとなり、『太平洋帝国』から沖縄島北部を譲り受ける形で、地方政権へと転落した。
一方で、中国軍と対峙し続ける第1方面軍の中では、次のような会話が為されていた。
「中国軍からは何の音沙汰もありませんね」
「そんな事よりも、第5方面軍の壊滅工作には成功したかね?」
「はい、実に計画通りに消えてくれました」
「現世界を征服すれば、5王の中で争いが起こるだろうね」
「その時に誰が最終勝者となるか、ですか? お好きですね、その話題。」
「流石、我が秘書サーシャ。話が早くて助かる」
「毎回仰ってる事じゃないですか」
「やはり、君の朝鮮半島統一政策には驚かされたよ」
「我々の目的は人類との敵対ではありませんからね」
「そうだね。我々の目的は、——————だからね。それを忘れちゃあいけない」
「恐らくそれを認識しているのは、第2方面軍くらいのものかと」
「あぁ、きっとそうだろう。でも油断は大敵だ」
「勿論です」
「ところで、ヤスはちゃんとやってくれたかね?」
「第3方面軍は先遣隊が壊滅しただけでした」
「おっと。それはまずいね」
「しかし、第3と第4は自滅するというお見積りですよね」
「あの奴等にはこれからの時代を生き抜けまい」
「第2は、どうするのですか?」
「奴は捨て置けんからな、それはその時に考えよう」
一方この頃、第3方面軍『太平洋帝国』では次の会話が為されていた。
「第5が壊滅したそうな」
「第1の動きが全く読めませんね」
「第2はローマを落とすらしいな」
「では、我々はもう1つの門を落としに行きますか」
「そうなるだろうな」
「第4はどうしますか?」
「放っておけ」
第2方面軍はこんな会話も「相手にせず」、全速力でローマへ向けて進軍していた。
「イラク政府に告ぐ。当方は貴国に敵対する意図を持つものでない事を理解して頂きたい」
「願わくは、レバノン政府にもお取次ぎ願いたい。何分、我々は急いでいるのでね」
この3日後、第2方面軍はローマに到着した。
「イタリア政府に対し、我々はローマから退去するよう求める」
当然イタリアの首都はローマなのだから、そんな要求を呑む訳がない。
しかし、抗う力はない。せめて時間を稼ぐ程度しか、方法は残されていなかった。
「目的を答えられよ」
「ローマの住民を巻き込まないためだ」
「そのように目的が明確でないのは、こんな要求は受け容れられない」
流石マキャベリズムの生地、このように交渉の場で少々痛い所を突いてくるのは『異世界軍』にとっても気に食わなかったのだろう。またこの時間稼ぎは、第2方面軍を最も苛立たせる要因であった。
「明朝までに回答がなければ、ローマを占領する」
こう脅して初めて、イタリア政府は真剣に交渉の場に出てきた。
しかし時は既に遅く、イタリア政府の対応は後手後手に回ってしまった。
これは、当時の首相の手腕が宜しくなかったのだろう。
翌日朝5時、ローマの空は『異世界軍』で覆われ、市民の多くは驚きでその場を動く事すら出来なかった。
首都ローマは一瞬で制圧され、イタリア政府はフィレンツェに追い出された。
『異世界軍』は各々の方面軍が世界中でやりたい放題で、最早誰にも止める事は出来ないように思われた。実際、「ラノベ作家が戦える」などという話は日本国内のデマの1つだと思われていた。
また実際、ヨーロッパやアメリカにおいてはラノベ作家が戦えるという話は存在しなかった。というのも詳細は後述するが、「当初は日本周辺だけの現象だった」からである。