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007. 下関戦

 九州撤退から数日。『太平洋帝国』の建国に官邸が唖然としていた頃であった。

 魔王軍第4方面軍こと『異世界軍』が関門海峡に集結したのである。


 突然の事ではあったが、有力政治家の御膝元ということもあって、自衛隊の総力が注ぎ込まれる事は政治家らにとって暗黙の了解であった。

 本来は基地の留守番を担うはずの予備役までもが駆り出され、自衛隊30万の全てが下関の一戦に投下されたのだ。


 「戦力の逐次投入は軍略上一番のタブーであり、敵軍はそれを見越して一斉攻撃を仕掛けてくるものと思われるため」

 ある議員の質問に対する首相の答弁は、たったこれだけであった。

 何か質問されれば「不要不急」「機密事項」と突っぱねる有様。


 しかし国民の殆どは、疑問すら抱かなかった。民間の情報網の断絶により、そもそもこれを知る事すらなかったからである。


 首相を始めとする保守主流派は「自衛隊がどうにかする、そのための自衛隊だ」として戦局を見守る事とした。一方で与党反主流派の中では「有効戦力かもしれないラノベ作家の正式登用」を提唱していた。しかし所詮は反主流派。突飛な意見など相手にされなかった。


 この翌日。敵の下関での陽動に全力で対応したが故に、突如放たれた20発のミサイルには対応できず、瀬戸大橋を始めとする主要幹線などが標的にされた。


 「首相、急報です! 北備讃・南備讃両瀬戸大橋に着弾、破壊されました!」

 「他にも損害あれば、至急伝えよ!」

 「JR大阪駅に着弾し、1000人以上が閉じ込められました!」

 「姫路城大天守が爆散、小天守も炎上中です!」

 「川之江JCTが破壊されました!」

 「ポートアイランド一帯の建物が消失し、クレーターが出現!」

 「大阪城天守が崩落寸前です!」

 「厳島神社に着弾、詳細状況不明!」

 「天橋立が吹き飛ばされました!」


 何発かは迎撃に成功したとはいうが、殆どが命中し、西日本では政府への信頼は無化した。

 特に瀬戸内海沿岸地域では、3本の本四連絡橋が全て破壊され、少なくない心理的ショックを受けた。


 そのためミサイルの落とされた各地域では、自然と自警団が結成された。『異世界軍』に立ち向かうべく住民は立ち上がったのだった。


 丁度短編のネタ探しに岡山を旅していた御厨カイトは、この住民運動に巻き込まれた1人だった。

 「おめーも(はよ)う参加せられえ」

 こんな調子で巻き込まれたのであった。旅行に来ただけなのに。


 そうして岡山最大の住民自警団「備国民防会」に入る事となった御厨であったが、実はこの時、もう1人のラノベ作家も入っていたのである。


 ペンネーム・Gan、大手ブラック飲食店に勤める社畜のオッサン。

 彼もまた、数週間前に岡山に転勤になったばかりのラノベ作家であった。


 一方その頃、関門海峡では、門司の『異世界軍』と下関の自衛隊で睨み合いが続いていた。

 僅か800mの海峡を挟んで、両陣営の緊張は最高潮に達していた。

 自衛隊は本州上陸を恐れて、『異世界軍』は九州奪還を恐れて、両者が総攻撃に備えた体制を構築していた。

 暫く戦線は膠着したが、『異世界軍』の出現から1ヶ月が経つ頃、事件は起こった。


 —或る日の夜9時、下関側海岸にて

 「敵方より銃撃あり、至急持ち場に就け」

 同時にサイレンが鳴らされた。


 —同刻、門司側海岸にて

 「敵方より威嚇射撃を確認、九州奪還作戦の開始に備えよ」

 こちらでも、競うようにサイレンが鳴らされた。


 双方がサイレンを聞きつけ、関門橋や3本の関門トンネルには兵力が集中した。

 トンネル入口での防衛に不安を感じた両陣営は、トンネル内部に軍事境界線を設定しようと、そして境界線を少しでも向こう側に引こうと、トンネルに進入した。


 当然、両者はトンネル内で鉢合わせしてしまった。


 これまでの警戒態勢では800mという緩衝地帯が存在したが、トンネルの中でそのクッションは消え失せた。両者が衝突時のアドバンテージを少しでも確保しようとした事が原因である。


 対話無きまま、両者は押し合い()し合いに陥った。

 特に旧トンネル下部にあたる「人道」では、「車道」よりも狭い故に指揮がすぐに行き届かず、トンネル内で戦闘が発生した。


 現代兵装のゴブリン隊と自衛隊のどちらが先に発砲したかなど、今となっては分からないが、『異世界軍』が手榴弾を使用した事により、事態は悪化した。

 トンネル内での衝突は関門橋上にも波及し、『異世界軍』は重装フェンリル隊を前に進め、自衛隊の戦車隊を押しのけて前に進み始めた。自衛隊もそれに負けじと全力で押し返し始めた。


 これに業を煮やした『異世界軍』の先鋒は総攻撃の号令を掛けた。

 名前すら記録されていない彼は、侵攻軍の中では上流階級に位置し、士官学校もコネで入学し卒業したような奴で、戦争屋だったという。横柄な振る舞いが日頃から目立ったというが、この暴挙は決して彼1人によって起こされた訳ではなかった。


 『異世界軍』には封建的性質が残っており、上げた功績の分だけ先祖代々の土地に加増があったのだ。既に九州戦役で九州内部に封土を獲得していた騎士階級は、より多くの土地を得るべく戦争を望んでいたのだ。

 暫くの間、現地の最高司令官らの偉大なる暗黙の了解によって言葉1つ交わさずに実現していた「無言の停戦」は、こうして破られた。


 『異世界軍』は数に任せて関門海峡を突破してきた。自衛隊30万の実力は関門海峡以西への進軍を何とか阻んだ。

 防衛司令部を四王司山の勝山御殿跡に設置していた陸上自衛隊は、下関ICで自動車道を爆破した。

 その間、『異世界軍』は数的優勢に任せて火の山公園を占拠した。


 航空自衛隊が関門橋を破壊し、海上自衛隊が関門海峡に複数の艦艇を派遣して総攻撃を仕掛けるも、『異世界軍』は巨人兵に加えて20m級の装甲火竜(ファイヤードラゴン)を戦線に投入したため、関門海峡トンネルまでは破壊し尽せなかった。

 その上ミサイル攻撃により航空基地が相次いで損害を受けたため、航空機は一時撤退せざるを得なくなった。


 航空優勢を失った自衛隊は新下関まで後退し体制を立て直したが、相次ぐ艦艇の沈没に加えて宇部・防府・周南からの上陸を聞きつけた。

 更には山口市内にも『異世界軍』落下傘部隊が降下したため、関門防衛線の死守を成し遂げても、他からの侵入を許してしまう事態となりつつあった。

 このままでは孤立してしまうため、日本海側の海上自衛隊の支援を受けつつ長門市までの撤退を余儀なくされた。


 突如戦闘に巻き込まれた山口県下の住民は山の中や橋の下などに隠れたが、殆どの住民が攻撃に気付いたのは着陸後であり、逃げる事も出来ずに市街は制圧下に置かれた。


 1日が終わる頃には、人類側に残された山口県の主要市街は長門と萩の2市のみとなっていた。

 夕方、首相は緊急声明を発表し、山口・広島・島根3県の住民避難を至急進めるよう指示した事を明らかにした。


 『異世界軍』の進撃は夜も止まず、撤退して防衛線を再構築しようとする自衛隊を上回る速度で侵攻を行った。

 そのため後方に控えていた部隊が構築した防衛線に撤退中の部隊が保護される形で何とか対処した。


 翌朝、津和野から北広島にかけての山中で巨人兵やフェンリル、ガーゴイル、サラマンダーやバシリスク、グリフィン、巨大蜘蛛が目撃されたという一報が入った。

 勿論これらは外見から勝手に名付けられた呼称で、実際の所は性質や見た目が大きく異なるものもあったが、識別の都合上そう呼ばれるようになった。


 広島の防衛作戦本部では背後を取られた形となり、急いで対応策が練られた。

 しかし『異世界軍』の侵攻の方が早く、侵攻先地域にサイレンを鳴らす程度の対応しか出来なかった。

 広島沖では瀬戸内海側の海上自衛隊と『異世界軍』が激突したが、双方が大損害を被り、勝敗は付かぬまま消耗してしまった。


 これらの大損害は首相官邸を震撼させた。

 陸海空自衛隊の総力を全て山口に結集させたが故に、ここから先の本土侵攻が容易になってしまったのだ。この判断ミスは後から考えなくても自明なものであったが、世襲議員による派閥政治が行われた日本国では誰も言い出せなかったのだ。


 不眠不休のまま対応していた首相は遂に反主流派の声を取り入れ、「ラノベ作家の軍事的登用」の同意を国会に求めた。法制化しなかったのは、法律の体裁にすると手続や反対意見への対応が面倒であったからである。

 とにかく、それだけ緊急を要していたのである。


 国会では全会一致で同意が承認され、内閣への協力姿勢が見られた。

 こうして中国地方の一部を損じた頃、やっと挙国一致体制が確立しつつあったのであった。

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