004. グアム島の一戦
—沖縄の避難完了から数日。
「我が国は本日を以て、『異世界軍』に対し、自衛権を発動する事を宣言します」
「ここでの自衛権とは、武力攻撃によって国民の生命、自由および幸福追求の権利が根底から覆されるという急迫、不正の事態に対処し、国民のこれらの権利を守るためのやむを得ない措置としての、必要最小限度での『武力の行使』を意味します」
「この存立危機事態に対し、我が国は国民の生命、自由および幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険を排除するために他に適当な手段がない事を確認した上で、必要最小限度の実力行使を行います」
「まず沖縄県の奪還については離島奪還作戦の拡大解釈により対応するものとし…」
首相が直々に発表したこの声明は、日本国内のみならず世界を驚愕させた。『異世界軍』の勢力圏は南西諸島海域、東シナ海一帯に広がり、緊急の日米中韓4ヶ国オンライン首脳会議が開かれていた。翌日には台湾亡命政権・北朝鮮も参加し、『異世界軍』に対して6政権が一致して戦う事に合意した。
『異世界軍』は全部で5派に分かれ、それぞれ日本、中国沿海部、東南アジア、南洋諸島、太平洋を東進とそれぞれが別行動を取っている。軍事作戦についてはこれ以上民間には公開されず、早くも核兵器の協調使用も検討されているとの噂が広がった。
現在日本列島に向けて北上している『異世界軍』は、3日後に九州に到着する見通しだという。そのため九州の住民避難が緊急で行われ、代わりに自衛隊の全実力が集められた。上陸推定地を南九州、薩摩・大隅両半島とした官邸は自衛隊の集中展開を行った。
自衛隊内では総力を挙げてここを防衛する事には疑念もあった。何故ならここが陥落してしまえば、その後の防衛力は予備役のみ。こうなれば日本国は終わってしまう。しかし|文民統制《シビリアン=コントロール》の効いている自衛隊では、制服組が背広組に逆らう事は絶対にあり得ない。それに首相の示した「逐次投入を避ける」という方針には異論ない。そのため、この疑念が東京まで伝わる事は無かったのであった。
自衛隊の各師団に対し、南九州に防衛線を構築するよう正式に命令が出たのはその日の夕方であった。その頃『異世界軍』は、南西諸島から5方向に向けて進軍し始めた。戦力の分散は絶対的自信の表れともいえる。事実、仮称『大召喚陣』からは常時、大量の魑魅魍魎の類が湧き出ていたのである。
上海方面、東南アジア方面、グアム方面、九州方面、朝鮮方面の5方向に向いた『異世界軍』の進軍速度は非常に早く、九州到達は当初10時間もしないうちだろうと言われていた。しかし自衛隊が急ピッチで防衛線構築を間に合わせて2日、上海方面軍、朝鮮方面軍、九州方面軍の3軍は東シナ海上で停滞し続けていた。
一方この頃、東南アジア方面・グアム方面では『異世界軍』に対してグアムの米軍を始めとする国連軍が抗戦を試みようとしていた。
というのも、『異世界軍』の5方面軍体制化に危機感を覚えた日米中3ヶ国は連名で国連安保理に国連軍の結成を提案し、反対意見もなく全会一致で国連軍が結成された。これに際して国連と東アジア・東南アジア諸国・アメリカなどの国々で兵力提供協定が締結された。日本の国会では野党の激しい反対があったものの、条約の批准・締結の要領で兵力提供が開始され、国会では強行採決の形が採られる事となった。
これは本来国連が予期していた集団安全保障体制、いわゆる「制裁戦争」とは全く異なるものであったが、各国の結束は固かった。中でも日米中3国は『異世界軍』に対して共同戦争状態にあると確認する事により、各国間の情報や物資の融通を円滑に進める事が取り決められた。
―グアム北方沖
「見えてきましたね、人類最強国の空軍基地が」
「お前なら、どう遊んでやる?」
「油断は大敵ですよ、まだ戦力は測りかねてるのですから」
「お前は慎重すぎるんだよ」
『異世界軍』グアム方面軍は100万を超えるドラゴンとゴブリンの組合せで出来た空挺部隊を引き連れていた。これをレーダーで探知した米軍は、対『異世界軍』戦争に於ける「叡智の炎」の自国領域内における使用に関する合意を国連軍事参謀委員会に求めた。
「致し方ない場合は許容する」これが軍事参謀委員会の答申であった。
グアムの空軍基地からは、水素爆弾を搭載したステルス戦闘機B-21Cも飛び立った。
これは米軍最新鋭の戦闘機で、無人飛行が可能な点が特徴である。ステルス性能も人類史上最高。直前まで察知されない筈である。
勿論、核攻撃は最終手段である。沖縄米軍が一瞬で全滅した時のような場合にのみであったが、大統領は使用を許可した。
手始めに、B-21C戦闘機12機が敵軍に向けて一斉に中型ミサイルを発射した。敵軍中央部で炸裂した筈であるが、敵の数が多すぎる故か、話にならない。
すると敵軍からも応酬があった。
敵の航空兵力はドラゴンだけではなかったのだ。
空に浮かぶ2つの人影は、手を水平に向けると、全ての戦闘機を撃ち落とした。
これを観測していた司令部は、すぐさま海軍による攻撃も試みた。しかし空中戦ほどの戦果も挙げられぬまま艦橋中央部に大穴が空き、抗戦むなしく2撃目にして船は真っ二つにされてしまった。
「我こそは魔王軍第3方面軍司令・ロナルドである」
「そして私がその参謀総長を務めております者です。名乗る程の名はございません。ヤスとでもお呼び下さい」
司令部に届いた2つの音声は、降伏を勧告してきた。
しかし天下の米軍に引き下がる事は出来なかった。台湾島への侵攻に対して何もせずに放置した事は国内でも強い批判に晒されており、低下する支持率を食い止めるため、グアム死守は至上の任務であったのだ。
「……致し方あるまい」
これが核兵器使用の隠語であった。
戦闘爆撃機の他、グアム島の基地からミサイルでもバックアップ体制が採られた。異例中の異例であり、世界中に反対意見も飛び交っていた。爆発後の後始末はどうするのか、広域海洋汚染の影響は、等々。
核攻撃による敵軍阻止作戦は、最強の戦術核兵器として開発されていたモンロー型爆弾にちなんで、マリリン作戦と呼ばれた。
マリリン作戦は、失敗した。
爆撃機は突如鹵獲されたのであった。搭載したミサイルを無効化され、残骸は捨てられた。また基地から発射したミサイルは、敵の頭上で旋回してグアム島の基地へと着弾した。現地の司令部は壊滅した。
グアムの住民の避難は比較的進んでいたとはいえ完了しておらず、周辺の島々も次々と強襲着陸を受け、米軍主体の国連軍に為す術はなかった。司令部が壊滅し、原因不明の通信妨害を受けていたからであった。有線や信号弾による連絡も試みられたが、そんな事をしていると、敵の投下攻撃を食らった。
投下爆撃とは、パラシュートを付けたフル武装のゴブリンの群れである。ゴブリンの知能は人間程度で、歩兵、騎士、魔術師などの職業に分かれており、ゴブリン歩兵隊が残存米軍と戦う間に、フェンリルに乗ったゴブリン騎兵が連絡網を寸断し、ゴブリン魔術隊が認識阻害や呪詛攻撃を仕掛けて支援していた。
人類側は丘の裏側の陣を張り、丘を越えようとする敵を撃退する「反斜面陣地」を形成して抗戦したが、上空からの投下爆撃によって殲滅された。その一方で、逃げ遅れて降伏した市民については収容所に連行されるなど、比較的丁重ともいえる扱いを受けていた。
「魔王軍第3方面軍はグアム島周辺の制圧を完了した」
敵によるこの発表のすぐ後、グアム島は閃光とキノコ雲に包まれた。
何があったのかは分からないが、核兵器が使用されたらしい。アンダーセン基地は焼け野原となった。魔王軍第3方面軍の殆どの兵力は残ったが、この爆発により敵将ロナルドは焼死したとされる。
しかし参謀総長・ヤスは生き長らえていた。彼は山影に隠れており、直接爆風を受けていなかったのだ。とはいえ方面軍全体の損害も大きかったらしく、第3方面軍のこれ以上の進撃を食い止める事には成功した。
台湾居民の安全、社会や経済の制度を脅かすいかなる武力行使または他の強制的な方式にも対抗しうる防衛力を維持し、適切な行動を取る
こう定めてあった台湾関係法の条項に反した事で3割を切っていた大統領の支持率は、グアムでの「勝利」を喧伝する事で、何とか上昇傾向へと入りつつあった。
―2日後、日本国・首相官邸
「米軍は助けてくれないのか」
「グアムの一戦で『異世界軍』との和平交渉を模索しているようです」
「つまり、日本を見捨てる、と?」
大統領にとって、台湾関係法を無視した行動は批判に晒されたとはいえ、グアムの戦いで国民は厭戦ムードに陥っており、有利な状況で何とか和平に持ち込もうという雰囲気になっていた事からも、自国軍をなるべく喪失しないような政策へと舵を切ったのであった。
在日米軍を率いるインド太平洋軍司令官は猛反発したが、大統領は『異世界軍』に対してグアムからの撤退を条件とした和平交渉を開始し、その態度を在日・在韓米軍の撤退で示した。
国内でも異論は少なくなかったが、大統領は撤退を強行した。
しかし『異世界軍』は和平のテーブルには全くつかないまま、時間だけが過ぎていった。
撤退完了の2日後の深夜、九州へと向かう第4方面軍、朝鮮半島へと向かう第5方面軍が動き始めた。
アメリカでは同盟国を見捨てる事への反発と、自国の安全を最優先すべく兵力温存と和平交渉に賭ける意見とが激突していた。デモ活動は過激化し、連邦議会への放火事件や大統領狙撃事件、両者の間での銃撃戦などが繰り広げられた。やがてネット上では後者が優勢となり、大統領はこの世論に従って日韓2ヶ国を見殺しにした。但し表向きは。一方で秘密裡には、日韓両国とアメリカ軍は、絶対防衛線を九州に定めて共同防衛作戦を開始した。