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003. 沖縄本島避難計画

 —沖縄県・沖縄本島


 少し前に起きた琉球フェリー漂流事件。これに沖縄県民は戦慄を覚えた。

 というのも新設移転された辺野古基地から飛び立つ爆撃機が次々と尖閣沖で撃ち落され、最早「異世界軍」に対抗する術がなかったからであった。


 日頃、カネの代わりに沖縄に邪知暴虐の限りを尽くす米軍ですらも敵わない相手。

 それが何を意味するか。


 1945年の事。沖縄は日本本土で唯一、本土決戦の地となった。

 「異世界軍」が沖縄北100kmの位置まで迫っている事は、沖縄戦の再来を予期させた。


 南西諸島部においては避難計画が立てられたものの、島外からどう逃げるかが問題であった。

 フェリーが襲撃されたのは奄美大島近海と推定された。本州側へは逃げられない。

 時の沖縄県知事は海外への避難も視野に入れた。

 しかし、台湾が陥落していた以上、沖縄は八方塞がりとしか言い様がない状況に追い込まれていた。


 県庁では連日のように国民防衛計画の基づく避難が検討された。

 150万の沖縄県民をどう逃がすか。これを論じるには時間が少なすぎた。

 周辺の島も次々と制圧され、そこからの避難民は那覇空港に殺到した。

 沖縄本島への上陸ももう間もなくかといった時、米軍が一大作戦を敢行した。


 東シナ海奪還作戦(East China Sea Recapture Operation、略称ECSRO)。

 この作戦はインド・太平洋統合軍の総力を結集した作戦であった。

 米軍は「異世界軍」が未知の兵器を利用しており、現在も召喚陣から大量にやって来ている事から、全兵科・全兵力を投入してでも異世界の扉を封じようとしていたのだった。


 結果は大惨敗であった。

 戦闘機や艦船は(ことごと)く沈められ、無尽蔵とも思われる敵兵力は米軍30万の8倍であった。

 米軍側の損害27万人、敵損害推定50万。残存敵兵力は増援と加わって300万を超えた。


 しかしこの間、国民防衛計画に基づき、沖縄県は東南アジア地方や南洋諸島各国に避難民の緊急受け入れを要請し、避難は着実に進んでいた。


 そして米軍が作戦を終了した際には、沖縄本島を除いて全島の避難が完了していた。

 しかし本島130万の人口のうち避難が完了したのは約30%の40万人。

 まだ90万人が本島には残されたままであった。


 沖縄県庁は米軍の壊滅、自衛隊の救援が間に合わない事を理由に、独自に県兵組織を結成する事とした。


 これは完全なる違法行為ではあったが、県民の大部分はこれに納得した。

 県知事の指導の下、本島北部で避難に遅れた者、中部在住者と合わせて約50万人の避難が進められた。またショートカットのため、米軍敷地を残存米軍の誘導の下で通過していった。


 こうして沖縄県兵と残存米軍の協力の下、僅か3日で中南部への全人口移転が完了した。


 —翌日。

 「異世界軍」の飛行ゴブリン隊が沖縄本島北部・国頭地区に着陸した。

 沖縄県兵隊は残存米軍から武器供与を受け、県南部と北部と繋ぐ最狭区間・石川=仲泊防衛線を基点に遅滞戦術を採る事を決定した。


 住民避難は各国の協力の下1日10万人ペースで進んだが、それでも1週間の時間稼ぎが求められた。


 「異世界軍」が次々と北部に到着していく中で、南部への侵攻は不気味にも始まらなかった。

 そうして3日が過ぎ去った後の事。北部に設置した監視施設が次々と破壊され、様子が窺えなくなっていた頃合いであった。


 「異世界軍」の先鋒が防衛線上に現れた。

 防衛線は北から県道104号線を基準とする第1防衛線、県道88号線を基準とする第2防衛線、県道73号線を基準とする最終防衛線に分かれており、残存米軍は第1防衛線、沖縄県兵は第2防衛線以降に配備され、総司令部が最終防衛線の背後にある体育館に設置された。


 しかし抵抗むなしく、第1防衛線は最狭区間から大きく離れており、その長大さが仇となってキャンプ・ハンセン周辺を除いて突破されてしまった。


 「異世界軍」が第2防衛線に来襲したのは、敵影の報告から僅か5時間後。

 沖縄県兵隊は米軍の標準装備で戦うも、制空権を握られた状態での戦闘に苦しみ、第2防衛線と最終防衛線との間でゲリラ戦を展開するに留まった。


しかし、陸上戦力を停滞させるにはそれで充分であった。

 県兵隊は総数9000と兵力差が甚だしかったものの、山地部分や市街部分でのゲリラ戦の展開や、道路破壊戦術は功を奏した。



 こうして遅滞戦術は良好に進み、残り2日で避難が完了する見通しが立った。


 しかし「異世界軍」は防衛線に飛行ゴブリン隊を投入した。第2防衛線は殆ど無効化され、「異世界軍」が最終防衛線に到達した。


 作戦上の予定よりも1日早い最終防衛線到達。

 全残存兵力を結集した最終防衛線が突破されれば、沖縄は陥落する。

 総司令部は県知事の判断により、防衛線が崩壊寸前である事を避難誘導中の県庁職員に伝えた。


 避難誘導中の副知事は避難民向けにこれを公にした。

 それと同時に、避難民をそれぞれの避難港で一泊させる事とした。

 残り20万人弱の避難民の中には動揺が広がるも、驚く間もないほどすぐに全避難民のホテルから港へ向けた移送が始まった。

動揺は少し落ち着いた。港では緊急で避難民の野宿用設備が整えられていた。


 そんな中で、北へ向けて走り出す者があった。

 無人にして漆黒の街並みに同化した学生服からは、肌色の触手のようなものがはみ出ていた。

 彼は路上に放置された車に乗り込み、北へ向けて進み続けた。


 彼が最終防衛線に辿り着いた頃、そこには「異世界軍」が集結していた。

 小柄で、可憐ともいうべき少女が20mの高さはありそうな巨人の肩に乗っていた。

 彼女の命令と共に、彼の眼前の総司令部は蹴り散らされた。


 「わらわは魔王軍第5方面軍司令官参謀のサーシャちゃんなのじゃ」

 猫耳の彼女は更にこう語る。

 「この島はわらわが貰い受けたのじゃ」


 彼は困惑し、その場に突っ立っていた。

 「まだ人が残っておったか、それとも果敢に挑む勇者とやらかの?」


 ふむふむ。彼女がそう言ってこう続ける。

 「ギアというペンネームで活躍するラノベ作家である、か」

 「能力は皮膚の生成と操作、そして硬化」

 「お主、友人をイジメてた奴を殴り飛ばして留年になり、翌年にはコンビニ強盗を素手で意識不明にしてまた留年になったのじゃ?」

 彼女はナレーターの説明を奪ってしまった。


 というのもサーシャの能力は目の前の相手の記憶を読み取る能力。

 「ちなみにわらわ、本当はサチコというのじゃが、ロシア人にサーシャと勘違いされたのが気に入り、以後サーシャと名乗ってるのじゃ」


 「どれ、ギアよ、試しにこの巨人と戦ってみよ」

 彼は唖然としていたが、巨人からの攻撃を何とか回避し、状況を理解した。


 「巨人!……んーと呼びづらいから『ジャイアント1号』という名前をやる!そこの小人には本気を出して構わぬ!」

 「そこの少年、もしこの『ジャイアント1号』らを倒せたら、1日だけ進軍を待ってやろう、どうじゃ?」

 彼女にとって進軍は急ぐものでもないらしい。


 「本当だな?」

 「魔界貴族に二言はないのじゃ」

 この手のタイプは信用できる。彼はそう踏んで巨人に対し、本気で挑む事とした。


 彼は皮膚を延ばして一反木綿のようにして、それを重ねて巨人の下向き正拳突きを防ぎ切った。

 皮膚には痛覚神経の受容器があり、皮膚を延長すると激痛を伴う。

 彼の能力は、皮膚を自在に操る能力。代償として、大量の出血と激痛をきたす。


 彼は痛みに悶えつつも、巨人の蹴りを防ぐべく更に皮膚を展開した。

 このままでは防戦一方、倒せない。

 そんな事を考えていると、2体目の巨人がやってきた。

 彼はここには1体しかいないものと思っていたが、確かに彼女は「ら」と言っていたのだ。


 2体目の巨人は彼を掴もうとした。

 彼は皮膚操作により巨人の腕にマフラー状の皮膚を巻き、それを絞める事で掴もうとしたその腕を引き千切った。


 巨人は文字にならない声を出しつつ悶え苦しんでいた。

 「この少年の痛みの方が重い筈なのじゃが…。ひ弱な巨人よの」

 そう言って彼女は巨人から降り、腕を失った巨人に飛び乗ったかと思えば、首から上を消し去った。


 「残り4体か…念の為、身体強化でも施すかの」

 彼女がそう言うと、巨人の周りに緑色の環が現れ、巨人を包んだ後に消えた。

 「ちと強くし過ぎたかの。『1体でも倒せれば』という事にするのじゃ」


 彼はその言葉に嘘が無い事を信じたが、一方で1体を倒す事すら困難なように感じた。

 防戦一方に追い込まれた彼は、切断した皮膚を手裏剣型にして目を狙い、片目に命中した途端走り出した。


 向かったのは波止場の先端。

 4体の巨人は行儀よく一列に並び、彼を追い詰める。


 波止場から皮膚を向こう側の波止場まで延ばし、それを巻く事で高速空中移動を可能にする。

 彼は巨人が水に入りたがらないのを見て、水が弱点と見た。


 「ほぉ……気付いたか。中々早いのじゃ」


 彼は海に浮かぶ波止場まで移り、皮膚から作り出した苦無を巨人に向かって投げつけた。

 苦無は4体全ての巨人の両目を貫き、堤防の所で倒れた。

 しかし全て水には浸からず、海とは真逆の方向へと歩き始めた。


 作戦失敗か。彼が落胆していると、巨人の進む先に少年が見える。

 まさか生存者か。

 彼は急いで皮膚で架橋し、巨人の進路上の少年を守るため、4体全ての足をまとめて引き千切った。


 巨人は足を失って倒れた。

 彼が少年と思って助けたのはサーシャであった。


 「これは驚いたの」

 「しかしまだ勝負は終わってないぞよ」

 サーシャがこう呟くと、巨人は這い回って建物を破壊しながらも、着実に迫って来ていた。


 「お主、()ってあと4回かの」

 サーシャが言及したのは皮膚操作の限界。あと4回も行えば、皮膚操作に伴う出血多量で彼は死んでしまう。


 「面白い。4回以内に倒せば良いという訳か」

 彼は一言、こう言い放って4体の巨人を誘導するため、音を立てつつ堤防沿いに向かった。


 堤防といっても、実際は海よりも少し高いだけの所。道路との高低差は鉄柵1つだけ。

 彼は堤防の前に立って巨人が襲い来るのを待った。


 4体の巨人が海岸沿いに辿り着くと、彼はプレハブ倉庫の上によじ登って音を立てた。


 巨人が一斉にやってくると、彼は皮膚を使って電柱の上へと移り、右手からは皮膚で作った剣を、左手からはトライデント(三叉槍)を延ばし、飛び降りた。


 左手の突き刺さった槍を手放すと同時に飛び上がり、右手の剣で襲い来る巨人を切り裂く。こんな曲芸を可能にしたのも皮膚操作のお陰である。


 海岸まであと一歩という所まで退いた彼は、襲い来る巨人の上に飛び上がり、彼を掴もうとした巨人の手は海に浸かる。

 水を含んで溶けていく巨人を前に、サーシャが一言。

 「お主の勝ちのようじゃの」


 「しかし…お主も限界なのじゃ」

 そう彼女が言うよりも前だったかもしれない。彼は地面に倒れ込んだ。

 (うむ……口約束でも約束は約束なのじゃ)


 気付くと彼は避難船の中であった。

 「……!?」

 驚く彼に説明する。


 あの後、魔王軍から人類の平和的退去が申し入れられ、魔王軍第5方面軍は避難中に攻撃をしない代わり、沖縄を接収するという和議が成立したのだった。


 彼は全身の皮膚が剥げてしまい、血液量も依然危険な状態であり、暫くは絶対安静が必要だという。とはいえ命に別状はなく、暫くはマニラの病院に入院する形に落ち着いた。


 これは、人類が初めて成功した「撤退戦」であり、非戦闘員の損害がゼロであった事からも、双方の戦略的勝利が果たされた戦いであった。

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