a dog
人も車っ気もないまばらな住宅街と新幹線の陸橋に挟まれた抜け道を、
いつものようにあたしは速度制限無視しまくりで、いつものROCKを
ガンガン鳴らしながら車を走らせていた。
すると突然、
すぐ目の前の右脇の細い道から黒い大きな犬が飛び出してきた。
「…こいつっ…自殺する気っ!?」
その犬は明らかにこの車を確認して走ってきていた。犬は挑戦的な
鋭い眼差しをあたしに向け「轢けるもんなら轢いてみなよ」とこの
運転席からも嘲るのがわかった。
ああ。
そう…
そんなに死にたいんならこのままアクセル全開でゴム玉みたいに
弾き飛ばして楽にしてやるよ。
瞬時にその選択肢を選んだあたしは、ためらうことなくアクセルを
踏み込んだ。
「仕留めてやる!」
なかば半笑いであたしは叫んでいた。
タイミングは完璧に思えた…
が、犬はグンと後ろ脚の筋肉を使い、まるでチーターから逃げ回る
ガゼルみたいに跳躍して車を擦り抜けた。
と、同時に、もうひとつの影がまた右側から倒れ込んできた。
すっかり犬に気を取られていたあたしは、その影を犬の代わりに
ゴム玉みたいに弾き飛ばしてしまった。
ボムッと、柔らかいような硬いような、なんとも言えない、それ
こそゴム毬を思いっきり蹴飛ばしたような音が辺りに響いた―――。
あたしの鈍い脳みそは影の正体を理解出来ていないかと思えた。
でも、あたしの眼球は、影の正体をしっかり映像として映して
いたみたいだ。
あたしの見た映像は、禿げてやせ細った爺さんが、恐怖に眼を
見開き、まるでマネキンみたいに不自然にポーズ止められたまま
弾き飛ばされていったものだ。
「嘘…」
訳がわからないまま、遅すぎた急ブレーキで斜めに停まった
車の中、あたしはあの黒い大きな犬のいるはずの方を振り返った。
その黒い犬は全力疾走後の身体全体の呼吸をしながら、だらしなく
耳元まで口を裂き、よだれを滴らせて舌を出していた。
そして首元には、誰かの所有物であることを証明する革の古びた
首輪と、そこからだらりと垂れ下がる途中でちぎれた紐―――――
その犬のだらしない口元とちぎれた紐が、さっきまで勢いづいて
いたあたしを嘲け笑っていた。
¨お前、人殺し。¨
止め忘れたROCKの大ボリュームで何も聞こえないはずなのに、
あたしの頭の中で、何度も何度もその言葉が響いていた―――――。