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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

おかしな貴婦人とシャルキュティエ

作者: 若松ユウ

 えー、師走も押し迫り、風も冷たければ、懐も寒くなる季節がやって参りました。

 こんな日は心温まる人情噺を、と思っていたのですが、チラとお題目を確かめれば、大きく「冬のホラー」と銘打たれております。

 日本人の感覚としては、いささか季節外れでございますが、ちょいと血潮が凍るお噺をいたしましょう。


 さて、みなさん。

 世間には数多の職業がございますが、シャルキュティエというお仕事をご存知でしょうか。

 ご存知なければ、この機会に覚えて帰ってくださいな。


 なんとなく洒落た響きから分かりそうですが、シャルキュティエというのは、かの美と愛の国おフランスの言葉ざまして、食肉加工を専門とする職人さんのことを差します。

 シャルがお肉で、キュティエが火を通すという意味だそうです。

 要するに、お高いハムやらソーセージやらテリーヌやらを、熟練の技を駆使して丁寧に作り上げる人たちのことだと思っていただければ、ひとまず結構でございます。


 あー、枕はこれくらいにして、そろそろ本題に入りましょう。

 そんなシャルキュティエをお屋敷に専属で住まわせている、一人の貴婦人がおりました。

 庶民には縁遠いことですが、お金持ちは身の回りのことを世話してくれる人間を雇うのが常でして、シャルキュティエも、その中のお一人でした。


 その昔に何で財を築いたか存じませんが、貴婦人のお屋敷はたいそう豪奢で、週末には決まって盛大なパーティが開かれておりました。

 落としたフォークを自分で拾わないくらい、何不自由ない贅沢な暮らしをしていることもありまして、貴婦人は、常に鬢のほつれもないほど完璧に着飾り、年齢を感じさせない美麗さを誇っておりました。

 パーティのゲストたちは、決まって貴婦人の変わらぬ姿を褒めちぎり、羨望の眼差しを送ったものでした。


 ですが、その美しさの陰にとんでもない秘密か隠されていることを知っているシャルキュティエは、複雑な思いでパーティの様子を遠巻きに眺めておりました。

 はたして、舞台裏にどんな事実があるのかしら。

 事の真相に迫る前に、少しだけ寄り道いたしましょう。


 日本の総人口は、およそ一億二千万人あまり。

 そのうち、連れ去りや徘徊などで失踪してしまった行方不明者数は、届け出で確認されているだけでも年間八万人以上と言われております。

 単純に平均しても、全国で一日にだいたい二百二十人近くが行方不明になっているということになります。


 英米圏に比べますと、人口あたりの失踪者数は格段に少ないとはいえ、看過できない社会問題でございますね。

 年齢別に見ますと、若者と高齢者に偏っているようですので、どうも誘拐事件と認知症とに相関関係がありそうですな。

 まー、行方不明というものは、現代でも意外と身近な存在だとお分かりいただけたところで、本筋に戻りましょう。


 社交界には噂話が付きものでして、たいていは嫉妬や憎悪に端を発する法螺なのですが、貴婦人とシャルキュティエに関することだけは違いました。

 その噂とは、パーティの出席者に若い女性がいると、貴婦人は必ず二人きりになれる場所に誘導し、それっきり女性が姿を見せないというもの。

 そして必ず話のオチが、女性はシャルキュティエに連れられ、薄暗い地下室へ案内されたと締めくくられるのでございます。


 にわかに信じ難い内容ですが、天網恢恢疎にして漏らさずと申しまして、悪事をはたらけば最後には露呈するように出来ているもの。

 高齢になったシャルキュティエが亡くなったあと、後任に選ばれた若いシャルキュティエが屋敷を脱走して情報をリークしたことで、事件は発覚いたしました。

 貴婦人は、刑事に逮捕される直前に事の次第を察して自ら命を絶ってしまったので、動機などは藪の中ですが、次のような状況だったそうです。


 それは深々と雪が降り積もる日のこと。

 私服の刑事は、道に迷ったという口実で屋敷に潜入し、お手洗いを借りると告げてゲストルームから退席しました。

 そして、シャルキュティエからの事前情報を確かめるように、コツコツと底冷えする石階段を慎重に降りて地下へと歩みを進めました。


 階段の先には素手で触ると体温が根こそぎ奪われそうなくらい冷たい鉄の扉があり、刑事はシャルキュティエから預かった鍵で開け、ギィと金属が軋む音を響かせながら中へと一歩踏み出しました。

 そこは厨房になっており、広々としたステンレスの什器類が備え付けられ、清潔な調理器具が整頓されて並んでいました。

 刑事は、厨房の中央にある調理台やシンクを迂回し、業務用の冷蔵庫の脇へ移動すると、キャスターの付いたラックを手前へ移動させました。


 ラックの後ろには、一メートル四方ほどの小さな引き戸が隠されていました。

 引き戸を開けると、刑事はハンカチで口を覆い、持参したライトで奥を照らしながら部屋へ入りました。

 部屋の中には、まるで牛か豚でも下処理したように加工された女性の遺体が、壁際にズラリと並んで吊り下げられていたそうな。


 遺体の数は、この屋敷で消息を絶った女性の数より少なく、一部にはパテか何かのように加工する途中の状態のものもあったため、警察は喫人目的の猟奇殺人が行われたものとして、事件を処理したそうでございます。

 以上、おかしな貴婦人とシャルキュティエのお噺でした。

 多くの謎が残ったままでございますが、語られなかったことに関しましては、炬燵で蜜柑を食べながらでもお考えくださいな。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 企画より拝読いたしました。 最初、タイトルのお洒落な雰囲気から内容を色々と想像しましたが、こうきましたか^^ ただの殺人ではなく、カニバってたとは猟奇的です。 喫人という言葉は知らなか…
[良い点] コワイ……。 語り口調がいいですね! 他人事のように話す淡々とした感じが、恐怖感を増大させていると思いました。 この独特な感じが若松様らしいですね。 他の作品とは一味違って、面白かったで…
[良い点] ∀・)うん、これは若松さんの確立されたスタイルですかね。他の皆様方も言われているように、この怪談噺スタイルはなかなか真似できないといいますか、オリジナリティのあるものだと思いました。そして…
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