1部 お嬢様のこれから
暑い。暑いし重い。朝なのに暑い。まだ春なのにこうも暑い。原因は白髪メイドさんことクロエさんにある。
「クロエ、暑いです......」
白髪の美人メイドさんと金髪美少女が大きめのベッドで抱き合いながら朝を迎える。
シチュエーションだけ聞けばそこは天国だろう。気温と湿度を無視出来ればの話だが......。
クロエさんは新しいお嬢様との親睦を深めるなんて言ってここの所、毎日のようにベッドに侵入しては抱きついてくる。
「2人はアツアツだなんて、お嬢様ったら!」
......そんなことは欠片も言ってない。
先日心が読める能力が発覚してから、クロエさんはとうとう思ったことを我慢せずに言うようになった。
言うだけならまだしも積極的にベタベタしてくる。段々と気温も上がってきたこの頃、暑いのはどうしても耐え難くなってくる。
「朝ごはんの準備はすんでいるのですか?」
「もちろんですわ。30分前には全て作り終えましたので、いつでも美味しい朝ご飯がお召し上がり頂けますわよ。」
ちくしょー、変なとこでスーパー有能ぶりを発揮してくれる。
「暑いです、それにメイド服にシワがよりますよ?」
何とかして離さねば!
「それならご心配なく。それに暑いならお嬢様も脱いでしまえば良いのですわ」
も? お嬢様『も』って言ったな。
「クロエは痴女なのですか?」
「まぁ! どこでそんな言葉をお覚えになったのです?」
『まぁ!』じゃねーよ。離れろ暑苦しい。
「私はリィお嬢様の専用ですので、こんなことをするのもリィお嬢様にだけですわ」
それ聞いて安心したよ。ってバカ! なんの現状打開にもなってねぇよ! 仕方ない、最後の手段だ。
「クロエ、もう嫌い......」
その一言で、クロエさんはするするっとベッドを降りてあっという間にメイド服を着た。体感5秒ほど。
「さぁ、お嬢様、朝ご飯食べますわよね?」
万能メイドモードになったな、やっと。
「食べます。それよりも明日も同じことしたら本当に嫌いますからね」
これ言うの、かれこれ3回目。そろそろ本気で1日シカトとかしないとダメな気がしてきた。
食堂に入ると、父親がすでに待っていた。
「おはようございます、お父様」
「おはようリリィ、もう慣れたかい?」
実は父親も転生のことを知っていたらしく、シロエさんとも面識があるらしい。
「はい、お陰様で」
「じゃあ、今日は家族会議だな」
ほえ? なんで? お父様顔怖いっす。
ガチャンと奥で皿が割れる音がする。クロエさんが皿を落としたのか? 初めて見た。
「旦那様、本気ですか?」
瞬きする間もなく、クロエさんが父親とまつ毛が着くくらいまで接近してガンを飛ばす。この雰囲気は、塔でシロエさんがうっかり『脳死する』なんて言った時以来だ。
「これもリリィのためだ。お前にも協力してもらう」
すげぇな親父。瞬き1つ動じないな。
「頭沸いてんのか? あぁ?」
クロエさんがナイフを首に突き立てようとするが、刃が父親に届く前に溶けてなくなった!
訂正しよう、過去一ブチ切れてます。
「2人とも! 私抜きで喧嘩しないで!」
俺が止めに入ると、2人とも席に着く。すぐに2人分の食事がキッチンから運ばれてくる。
2人分の食事......
「ク、クロエ? お父様の食事は?」
「そんな人は存在しませんよ? 私たちは2人家族です」
クロエさんなんで笑顔なの? そして父親からの負のオーラ半端ないんだけど!?
「クロエ、お前もいつかこうなることは分かっていただろう?」
な、なに? 俺はどうなっちゃうの?
「私は命を懸けてでも反対致しますわ」
「私はリリィを個人として尊重することが1番重要だと思っている。クロエはそこに反対するか?」
「......いえ」
こうして、2人の喧嘩はとりあえず休戦したようだった。クロエさんが渋々もう一人分の食事を運んでくる。
「さて本題だが、リリィは学園に通う気はないか?」
「学園......?」
やっぱりこの世界にも教育機関はあるよな。魔法ありの学校ってかなり興味がある。実技テストとかあったら嫌だけど......
「学園には6歳から通えてな、実力によって階級が設定されている。お前の夢や進路はまだ分からんが、勉強しておくのと同年代の知り合いを作るのもいいかと思ってな、どうだ?」
なるほど、前世では部活漬けでほとんど勉強も青春もできなかったからな! もう一度学校に行けるなら行ってみたい。
テストと宿題は嫌だけど......
というか学園の入学ごときでクロエさんは人殺そうとしてたの? 実は相当やばい場所だったりする?
「どうしてクロエはそんなに反対するのです?」
「学園なんて行かなくても、お嬢様は社交性を持ち合わせていますし、勉強も魔法も私が教えれば充分かと」
『お嬢様と離れ離れなどあってたまるもんですか!』
それが反対の理由か......
「いや、実はだな......」
父親が少し申し訳なさそうに口を開く。学園はまだ問題を抱え込んでいるのだろうか? と言っても1つ目も大したことじゃなかったけど......
「1番の問題は学園が全寮制なんだ、だからしばらくリリィは家には帰って来れない。と言っても長期休みもあるから卒業まで1回も帰って来れないわけではないんだが......」
そこまで言って、父親はクロエさんを見る......
『お嬢様と24時間以上会わないなんて考えられませんわ』
それかぁ......でも、さすがに寮生活くらい大丈夫だよな?
「......行ってみたいです」
「お嬢様?! 本気ですの?」
クロエさんは驚いて、悲しんで、涙を流して、倒れ込んだ。そんな今生の別れみたいなリアクションしなくても。
「そうか! 行きたいか! 1週間後に入試があるんだが、それまでに持ち物の準備や挨拶できるか?」
「1週間あるのなら大丈夫です」
挨拶ってシロエさんの所くらいでいいよな? 入試もちょっと緊張するけど6歳から通えるならなんとかなるだろう。
『だめ、お嬢様! 行ってはだめ......』
まーだ言ってるよ。本当にリリィちゃんのこと大好きだな。というか依存症レベル......
「クロエ、私は学園に行きたいと思っています。卒業した時に胸を張ってただいまと言えるように、家族の一員になれるように、必ず成長してきますからどうか認めて頂けませんか」
「お嬢様がそう仰るなら、別の手を考えます」
一応認めてもらったからよかった。けど大丈夫だよな? すごく引っかかる言い方したけど......
というわけで、家族会議は学園に入学してもいい、という結果で終了した。
「学園にも幾つか種類があるんだが、1番近いとこでいいか?」
全寮制ならどこでも変わらない気もするが、もしものために家にはできるだけ近い所がいいだろうな。
「はい」
「よし、じゃあ入園志願書を書いておくぞ」
「よろしくお願いします」
いやー学校生活か......考えただけでもワクワクするな。まだ見ぬ友達や授業に心を踊らせつつ、朝食を平らげた。
コンコンと2回ノックをして建物の中の人物に声をかける。
「シロエさーん、いらっしゃいますかー?」
すると呼び掛けに反応してドアが開いた。
「いらっしゃいリリィちゃん。数日ぶりだね」
前回と変わらず、大量の本とともにシロエさんが迎えてくれた。
「クロエちゃんと喧嘩でもしたのかい?」
「いえ、実は私学園に入ろうと思ってまして......」
シロエさんに今日の朝の様子と会話の内容を伝えると、軽くいじけたクロエさんが魔車から降りてきた。
「貴女は学園に賛成ですか?」
ここでもまだ粘ろうとするのかよ!
「んー、賛成」
「そうですか......」
クロエさんは再び魔車に戻っていった。後ろ姿が凄い落ち込んでるけど、学園にはいくからね!
「それで、どの学園にしたんだい?」
「家から1番近いところだと聞いてます」
その瞬間、シロエさんの顔が曇る。あれ? もしかして本物のやばい問題を抱えてたりする?
「その心配はないんだけどね......」
ないんだけど?
「かなり優秀な学園なのさ。もしかしたら、入学できないなんてことも?」
言葉とは裏腹にシロエさんはすごい笑顔。ということは多分大丈夫だよな?
「鍛え甲斐がありそうだねー。入学試験まであと何日?」
「1週間後ですけど、何かするのですか?」
シロエさんはニヤリと笑って、
「特訓、する?」
「脳死、しませんか?」
「安全なやつだから大丈夫!」
『脳死』という単語には以前問題があったため、俺とシロエさんに緊張が走る。今回はセーフ......
「じゃあ1週間魔法の特訓をしよう!」
シロエさんはなんとも魅力的な提案をしてくれた! できれば泊まり込みで特訓後に晩酌なんて......
『リリィちゃんはなんて素晴らしい提案をするんだい! 泊まり込みでみっちり特訓しないとね!』
「それなら、私も泊まります」
クロエさんいつの間に! それに泊まることはまだ口に出てないのに!
「ただでさえこれからお嬢様と会えなくなるのに、これ以上お嬢様を奪おうなんて許しませんよ。それに、魔法を使った体の動かし方は私の方が教えられるでしょうし」
「クロエ、着替えがないでしょう......」
「お嬢様のお着替えは常備しておりますので、私の着替えは......貴女のを借りますわ」
泥などの汚れの為に服は魔車の中に常備されてるらしい、さすがクロエさん。
「それじゃあ特訓しよう!」
「おー!」
こうして1週間、シロエさんの塔での特訓することが決まった!
今回も読んでいただきありがとうございました!
新章に突入し、これからはリリィちゃんの行動範囲が広がります。ぜひこれからも読んで頂けるとありがたいです!