表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

6/30

挿話 悪魔と軍医

 飛び交う怒号と溢れかえる血の匂い。入り乱れる魔力の流れ。俺の顔を見た相手の反応は絶望か諦観。


「悪魔だ......火の、あく......」


 言葉が終わるよりも、命が終わるほうが早く、『悪魔』と揶揄(やゆ)された男は微塵も反応を示さない。そして次の兵士が灰と化す。


 帝国暦598年、圧倒的な国土と兵士量の帝国軍と、高性能の魔術具により血を流さずして敵国の兵士を殺してきた共和国との戦争の1局面はまさに地獄となっている。


 怒号はいつしか悲鳴に変わり、戦意は微塵も残っていない。それでも、たった1人の殺意が戦場を地獄に変え続ける。


『フラウロ・クラヴェリ』


 いずれ、「鉄血公爵」の2つ名で畏怖と敬意を集め、娘たちを溺愛する。そんな男の名だ。



「クラヴェリ様、少しお休みになっては?」


 帝国軍の病室テントにて、戦場での行動から自軍人でさえ声をかけない男に一人の細身の女が声をかける。くすんだ金髪を肩まで伸ばしているが髪や顔、手など至る所が傷つき、せっかくの美人がもったいなく見える。


「うるせぇよ、指図すんな......!」


 男は立ち上がると、女の喉元を掴み、簡単に中に浮かす。10秒ほど持ち上げると、硬い作りのベッドに女を投げ捨てた。


「回復魔術しか使えねぇ女は寝てろ......」


 男は包帯を掴むと病室テントを後にした。




「く、クラヴェリ殿、共和国軍の軍隊が確認されました。旅団規模だと推定されています」


 赤茶けた髪の若い兵士が男のもとに情報を伝える。既に日付けは変わっている頃だ。


「こんな時間から楽しそうだな。どんな夜会がある事やら」


 わざわざ男に声をかける目的は上官からの指令を伝えることくらいしか考えられない。


「それで、お偉いさんはなんて?」

「は、夜明けまでに旅団を壊滅させろ、と」


 旅団の壊滅はこの男を除く、ここにいる全員で行っても恐らくは不可能に近いだろう。それを夜明けまでで、それは自らの死を持って敵軍に損傷を与えろということになる。


「出撃の規模は?」


 今にも喰い殺しそうな目で若い兵士を睨みつける。


「そ、それが......」


「なんだ?」


「出撃命令は貴殿だけに出されています......」


 1人で敵旅団に突っ込む。つまるところ死刑宣告とほぼ同義。


「お前は俺に死んでほしいか?」


 男は笑みを浮かべる。兵士はその意図が分からず答えることができない。


「俺は多分この戦争で1番人を殺してきた。その内の1人になりたくなかったら応援要請だせ。今すぐ」


「しかし、早くても次の出撃からになるかと......」


 今すぐに増援などできるわけがなく、男もそれは承知している。


「要請出せよ。いいな?」


 男の瞳に恐怖や絶望はなく、狂気じみた殺意だけが宿っている。若い兵士はただ頷くことしたできなかった。




「食いもんあるか?」


 男はまた病室テントに戻ってきた。先程の女はまだテント内にいて、流石の男も気まずい顔をする。


「ええ、缶詰ならあります。いくつ必要ですか? それと魔石もあります」


 男の表情を気にすることなく女は必要最低限の情報を伝える。


「おい女、怖くねぇのか? さっき殺されかけたんだぞ?」


 その他大勢とは異なる反応に男も戸惑いが隠せない。そんな男に女は逆に質問をする。


「いいえ全く。クラヴェリ様を怖いと思う理由がございますか?」


 まっすぐとした女の質問に男は答えず、鶏肉の缶詰2つと質の悪い魔石をいくつか持ってテントから出ていった。







「おい、どっちの方角だ。ついでに距離」


 男は先程の兵士に尋ねた。


「北東に50000mです」


「なら、5分後に魔車で全速力で追いかけてこい」


 男のとんでもない要求に若い兵士は目を見張る。しかし、兵士は断るという選択肢を持たなかった。断れば命はない、そう思えて仕方がなかった。


 兵士がいまある最高速の魔車の点検をしていると、服が投げつけられた。それは、所々に血のついたつい先程まで男の着ていたものだった。


「それも持ってこいよ。持ってき忘れたら命はないと思え」


 瞳には相変わらずおぞましいのが宿っているが、全裸では迫力にかける。


「それと、要請出したよな?」


「は、はい。しかしその格好は?」


 兵士の質問に男は行動で答えた。男の体が炎に包まれたかと思うと、男は炎を纏ったネコ科動物のような姿に形を変えた。


「クラヴェリ殿、そのお姿は?」


「俺の魔法だ、魔力使えば姿が変わる。こっちの方が動きやすいんでな」


 男はそれだけを告げると旅団がいるとされる方角へ走り去っていった。30秒ほどで姿は地平線に消えて見えなくなる。発せられた熱だけがその存在の証明になっていた。




「敵襲ー! てきっ......」


 約5分で敵地まで駆け抜けた男は既に3つ目の死体を生み出す。若い兵士が点検していた魔車であれば後20分あればたどり着くだろう。故にタイムリミットは15分。


 敵地には魔道具が多数あるものの、そこまでの兵は確認できない。見える敵兵を片っ端から灰に変えながら、男は敵の中心部を目指す。





 本部との連絡室だと思われる部屋に軍服姿の男が入っていく。


「敵襲です! 敵は火の魔術師かと」


 男の報告に、禿頭の太った中年は大きく取り乱し、手に持っていたワイングラスを落とす。


「どういう事だ?! 数は?! 今すぐ殺せよ?!」


 男は中年の言葉には耳を貸さない。


「それができてたら俺はここまで来てねぇんだけどな」

「は?」


 ハゲは理解することく地獄に呑まれた。


 男の到着から14分、200人を殺した辺りから敵兵と合わなくなった。それと引き換えに膨大な魔力が少し離れた場所にあることを感知する。


 魔力量だけで考えるなら対軍用クラス、決して自陣のド真ん中から撃つようなものでは無い。自滅覚悟で男を殺す予定なのだろうが、


「それじゃあ、足りねぇなぁ」


 ハゲの持っていた魔石で自身の魔力を回復した男は退屈そうに欠伸(あくび)をする。


 ほとんどの魔力を注ぎ込み、右手に火の玉を出現させる。火の玉は中に地獄を内包するかのような赤黒く醜い色をしている。


「『全てを無に(ヘルファイア)』ァァ!」


 叫びとともに男から放たれた火球は魔力源であった魔術具を直撃、陣地内の敵兵も魔術具も全て含めて火柱へと変えた。







 遠くで火柱が上がった。ありえないくらいの大きさで。


「なっ......」


 若い兵士はとっさに術を展開し爆風と熱波を相殺する。少ししてから瓦礫(がれき)が降り注ぐ、ついでに全裸の男。



 細心の注意を払い、キャッチするとなんとか生きていることを確認できた。


「クラヴェリ殿、大丈夫ですか?」


「......大丈夫に見えんのかよ? 魔力全然残ってねぇわ」


 お姫様抱っこされている状況からは想像もできないような恐ろしい目をしている。


「とっとと、魔車出せ。疲れた」


 魔石を使い、ある程度の魔力を回復させてから、兵士は自軍の病室テントへと急いだ。







 男は目を覚ました。


 目を覚ませたということはまだ死んではいないのだろうと確信する。


「クラヴェリ様、体の具合大丈夫ですか?」


 金髪の女が顔を覗き込むと、男は不快さを前面に押し出して顔を歪ませた。


「体内魔力が少なすぎて、動けねぇ。それよりもなんでてめぇが俺の看病してやがる」


 男が睨みつけると、女は平然と答える。男はその対応に更に不快感をあらわにする。


「これが、私のお仕事ですから」


「そうじゃねぇよ、患者も医者も他にいんだろ? なんでお前が俺の看護をしてんのか聞いてんだよ」


 ここは戦場なのである。いくら前線ではないにしろ、負傷者も軍医も山ほどいる。


「それは......」


 女は少々躊躇った後に、男の目を真っ直ぐ見て、


「好きな人の近くにいたいから。でしょうか?」


 そう、言い放ったのである。


「なんの冗談だ? 殺されてぇのか?」




「――――覚えてない?」


 女の口調が変化する。そして、その態度には見覚えがあった。


「ノエル......か?」


 綺麗な金髪にやや傲慢な態度。人より回復魔術が長けているが故に軍医として国に連れて行かれたお隣さん。


「ええ、久しぶりね、フラウロ」



 後にリリィの両親となる2人が再開した瞬間だった。

 リリィのお父さん情報が書きたいが為に挿話という形で無理やりねじ込みました。これからもちょくちょくねじ込むかも......


 何はともあれ、今回もありがとうございました。次回からはリリィ(おっさん)視点に戻します。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ