8部 来たれ!! 外部講師!!
「来月新人戦あるけど、でるかにゃ?」
入会から一週間、すっかり落ち着いたところでミヌ会長が猫耳を揺らしながら聞いてきた。まだルディさんは来ていないようで部屋には二人。
「新人戦って何をするんですか?」
新人用の大会は前世でも部活動等であったが、この世界のものとなるとやることに見当もつかない。
ミヌさんに質問をすると、すぐに返事が返ってきた。
「模擬戦にゃ、研究会に入ってからの成果を試すのが目的にゃ」
「成果......」
成果と聞いて渋い顔をすると、ミヌさんは深くうなずく。
「言いたいことはわかる、だってそんな練習一回もしてないもんねー」
実はその通りで......。
今日までにやってきたことといえば、見回り、散歩、休憩してお昼寝。ろくにトレーニングなんてしていない。
「さすがに少し、厳しいですかね」
「そう言うと思って外部講師をよんだにゃ、みんなでいっぱい特訓しようねー」
ミヌさんは大きなリアクションはとらないが、これは割とすごいことではないのだろうか。外部講師がいる部活と聞くと、強豪校というイメージがある。
まだ見ぬ外部講師に思いをはせつつも、あらかたの特徴を知るために抽象的な質問を投げかける。
「その方はどのような方なのですか?」
「ルディちゃんのツテを最大限利用したにゃかで最強格らしいにゃ」
聞くとルディさんは良い身分の出身らしく、方々につながりを持っているとのこと。今回はその中でもめったに会えない人物だという。
『最強格』という単語が男の子心をくすぐる。実際のところ、体は女子であるのだが男の子心は残っている。加えて心身ともに若くなったため、余計にそういった単語に惹かれてしまう。
「早く会いたいです!」
「でもでもー、来るのは明日から! 流石にすぐってわけにはいかないのにゃー」
残念だが、それもそうか。最強格と推される以上は予定も込み合っていることだろう。
「では今日は......」
何をしましょうか。と、たずねようとした時だった。少しだけ嫌な予感が、背筋を走ったような気がした。自然と半歩距離を置きたくなるような......。もう諦めて嫌な予感を受け入れるしかないような......。
『リリィ、この感じは』
流石はジーク、主従ともども同じことを思ったらしい。愛情全開で叩きつけてくるこの感じ、ここまでの愛情を感じた人といえば三人といない。
そっとドアに張り付いて聞き耳を立てる。
「到着は明日と聞いていましたが」
「迷惑でしたかしら?」
ドアの向こう、廊下の奥から男女の話し声が聞こえた。男のほうはルディさん。
「いえ、できるだけ多くのことを師事していただこうと思っていたので」
「よい心がけですわ」
女性のほうは鈴の音のような綺麗な声と、よそ行き用の丁寧な言葉遣い。きっと白髪が似合う美人さんなんだろうなー。きっとメイドさんとかやってるような人なんだろうなー......。
そんなことを思っている間にも、だんだんと声は近くなる。
「移動の疲れなどは本当に大丈夫ですか? 一日休んでも問題はありませんが」
「ええ、折角の機会ですもの。最大限活用しない手はありませんわ」
『おっじょうさまっ! おっじょうさまっ! 制服姿のおっじょうさま!』
女性がこの部屋に近づいてくるにつれてだんだんと心の声が聞こえてくる。一人と一匹、お互いにまだ幼いながらも感じ取った嫌な予感、それはものの見事に的中したのだった。
「おや? 明日って聞いてたんだけどー、もう来ちゃったみたいかにゃ?」
ミヌさんは自分用のお茶を入れながらだったが、外の音に気付いたようで追加のカップを用意しはじめた。そしていよいよルディさんによってドアが開け放たれる。
「初めまして、外部講師として招かれたクロエです」
ピンと伸びた背筋といつも通りのメイド服。『お嬢様溺愛系』という修飾語を取り払ったメイドさんの挨拶ははたから見ると完璧で、ひいき目抜きにしても相当の美人だろう。
『あ゛あ゛ぁぁあ、眼福っ!』
この微妙に残念な頭の中さえ見られなければ。
「はじめまして、生徒会長のミヌ・ケプリです」
漏れ出た、というより最早隠す気すらない心の声にドン引いて挙動の遅れた私にかわり、こちらも超よそ行き用のミヌさんが応対する。
外部講師なのだから当たり前といえば当たり前だが、両者の素顔を知っているだけに何となく面白い。
「ケプリ家の......」
「次女です、ご指導よろしくお願いします」
家名に反応したクロエさん、悪い印象ではなく単純な興味といった内心であったが、ミヌさんの返す言葉は非常に素っ気ない。
「はい、こちらこそ、それでそちらの方は?」
それを聞き、クロエさんも簡素に返す。
次にこちらへ話をむけた。
『ひっじょーに残念ですが、初対面ということで』
「リリィ・クラヴェリと申します。こちらは愛竜のジークです」
入ってきたときの表面上の態度から何となく察していたが、初対面という体で通すようだ。
そのことを読み取ったためこちらも表面上の態度には困らなかった。
「クラヴェリというと公爵家の?」
「はい、父はフラウロです」
『態度も受け答えも十分ですわね』
以前、屋敷で教わった丁寧な挨拶に、クロエさんからは合格点が出た。初対面を装っているのはこうした礼儀などを見るためなのかもしれない。
「それでは早速指導をお願いしたいのですが」
ミヌさんは、簡単な挨拶が終わるとすぐに手合わせを申し込んだ。言葉遣いは丁寧だが、内心早くやりたくて仕方がないというのが表情に出ている。
「いえ、言葉遣いはどうぞ楽に。いまから必要になるのは言葉より強さですから」
丁寧な言葉づかいで指導を仰ぐミヌさんに対し、クロエさんは薄い微笑みと共に、ほんの少し挑発的な視線を送った。
「そーですかそーですか、それじゃ運動場にでましょうか」
それにあっさりと乗っかったミヌさんは、言いながらクロエさんを見ることはなく、長い尻尾を左右に揺らしながら部屋をあとにする。
「それでよろしいですか?」
笑みを崩さず、残された二人と一匹に質問を投げかけるクロエさんだが、その質問を断るという選択肢は持ち合わせていない。折角の機会、思う存分に活用させてもらう。
想いは胸中に秘めたまま、これから再び師となる可憐な背中を追い、部屋を出た。
「では殺す気でどうぞ?」
全員が運動場に出そろって開口一番でこれだ。語尾の上げ方といい、今回はがっつり挑発してきている。
「ふーん、ほんとに死んじゃうけど? いいのかにゃ?」
「ええ、かすり傷ひとつつかないでしょうから、たとえ全員がかりでも」
台詞も仕草も安い挑発であるのはわかっている、しかしそこまで言われたら買うしかない。そのことを口にはしないが、まさに一触即発、険悪を通り越して圧迫感さえ覚えるムードへ。
『最悪止めに入らないとな......』
気の優しいルディさんには申し訳ないが、きっとそんな余裕はない。すくなくともこちら側には。
会話中、次第に青白い閃光がミヌさんの体の周りを廻っていく、入学試験時に使用していたものと同じ、魔法による雷だ。
ミヌさんよりも二、三歩退いた位置で軽く足を開いて重心を落とし戦闘態勢をとる。魔法を組み合わせた近接技、クロエさんから教わった戦い方であり、練度は十枚も二十枚もあちらが上手だ。しかしそれはそれでこれはこれ、今ある全力で当たるだけだ。
全員が素手で相対す。しかし生前とは異なり魔法による身体強化も遠距離攻撃だって可能で、素手のみでも容易に凶器足りえる。
生身一つでいとも簡単に相手を殺すことができる力、恐ろしくはあるが、同時に男心をくすぐる浪漫に満ち溢れている。
そんなこちらの感慨は一切考慮せず、眼前の敵を打ちのめすことだけに集中したミヌさんが重心を低く構えなおした瞬間。
「ふッ......!」
わずかな呼気だけ残してミヌさんが消えた。
「ガぁッ......」
そしてその一瞬後、背中から地面に叩きつけられていた。
姿を消してから突然現れたようにしか見えなかったが、クロエさんはしっかりと片腕を掴んでいた。争奪戦で使った投げの完成形を思わぬ形で披露された。
「貴女は速い、ですがそれだけ」
仕上げと言わんばかりに頸部を正確に打ち抜く、一寸の無駄もない打撃。当然立ち上がることはおろか、意識を保つことさえ今のミヌには不可能だった。
「軽過ぎる、攻めも守りも」
一言だけ言い残しすぐさまこちらに向き直ろうとするクロエさん。しかしその一言だけの隙を学園内準最強は見逃さない。
砂礫、火球、風刃、水槍がほぼ同時に襲い掛かる。致死とまではいかずとも、並大抵の魔法使いであれば軽傷では済まされない、高威力の魔法である。
向き直った時点で眼前まで迫った魔法、既に退くことすら許されない間合い。高威力の魔法を前にクロエさんは。
「多彩、良いことですが練度が低い」
それを説教交じりに全て躱しきって見せたのだった。
「なっ!」
ほぼ同時の攻撃、その合間を縫って急接近。人間離れした戦闘感覚にルディさんからは驚愕の声が漏れる。
一度の攻防で立場は逆転し、今度はルディさんの退く権利が消失した。驚愕した分だけ体も止まり、その間に守るという選択肢すら選べなくなる。
「予想外からの立て直しも遅い」
「ぐッ、ハぁ」
鳩尾への掌底。たったそれだけで意識を刈り取られ、倒れこんだが最後、ぴくりとも動かなくなる。
開始十秒も経たずして、最強と準最強が負けた。油断をつき、多勢で攻略した入試の時とはわけが違う。
上級生二人とクロエさんの間に横たわる、大きすぎるほどの実力差。圧倒的な実力を前に、一人取り残された私は......。
戦闘姿勢を崩し、棒立ちでゆっくりとクロエさんの方へと足を向けた。
今回も読んでいただきありがとうございました! 次回も楽しみにしていただけるとありがたいです!




