2部 学園生活の雲行き
散歩を始めて十五分ほど、一向に人に会う気配がない。
特にアテもなく歩いているだけだからということと、ここが職員棟なのが理由だろうか? この学校は先生がほとんど居ないらしいし。
またひとつ階を上ると続く階段はなかった。どうやらこの四階が最上階のようだ。
「おっと、なんか用事かい?」
「あなたは......」
階段を登りきって数歩、突然背後から声をかけられた。
ジークが気づかないどころか、心読ですら感知できないほどに気配がなかった。
「お、リリィさんだったか? 公爵家の」
「そうです、あなたは確か......頭領さん?」
そういえばこの顔には見覚えがある。入学試験の面接官で頭領と呼ばれていた人だ......。
「ははっ! そうそう、頭領で構わんよ。なにか用件があるのか?」
「いえ、特には......少し散歩を」
作業着のようなものの上からローブを羽織るという何とも奇抜なファッションだが、顔だけは渋く、かっこよく決まっている。
「そうか、ちょっと見てくか? いや、御覧になりますか? お嬢様」
「あ、あの! そんな身分の前にここの生徒ですから、かしこまらないで頂けると......」
急に思い出したように丁寧な口調になるもんだから、少し慌ててしまう。
元のリリィちゃんならどうするかは分からないが、超絶庶民派の俺からしたら、年上から敬語を使われるのは少し居心地が悪い。
「そうかい、なら見てくか?」
「お願いします」
頭領はコートを脱ぎながらガハハと豪快に笑う。
「そんなかしこまられるほどの物はねぇがな! あんのは俺が丹精込めた小道具部屋さ」
『案外とっつきやすい嬢さんだな、暴君がでるか愚君が出るかと思ったが』
あまり過大評価されても困るが嫌な気分にはならないな。
てくてくと歩き、立派なドアの前にやってきた。小道具部屋と呼ぶには豪華すぎるような気もするが。
「そっちは執務室だ、俺が好きなのはこっち」
指を刺されてみる方にはこじんまりとした木のドアがあった。なるほど、これはいい。質素だが安心感のある使い込まれ具合だな。
『......』
しかし、気になったことが一つ。
「この部屋、誰かいらっしゃいますか?」
「......いいや、誰も居ないはずだ」
『............』
おかしいな?
この能力は例えば相手がぼーっとしていたら、ぼーっとしていることが分かる。
逆に言うなら、ぼーっとしている誰かがそこにいるはずだ。
「ちゃんと鍵もかかっているしな」
頭領がガチャガチャとドアノブをひねるが空く気配はない。珍しく思い違いでもしただろうか?
「ま、そんなふうに感じる時もあるさ、入るかい?」
「はい、お願いします......」
頭領さんがガチャリとドアを開け――
『とうりょーう!!!』
『今日も決まってんねぇ!!』
『待ってたぜぇえ!!』
『磨いて! いや、抱いて!』
『おかえり頭領!!!』
『ヒャッハァァァァア!!!』
――た瞬間に脳内に響き渡る大歓声。
「これは?」
足の踏み場もないほど道具に溢れ、壁の至る所に刀や服が飾られている。
「全部手作りさ、工具から手頃な武器まである」
感じ取ったのはこれだったのか! 物に感情が宿るなんてそんなことあるのか!?
流石にうるさいので能力を使わないようにした。ジークには悪いが少し黙っててもらおう。
「手作り......なにか特別な加工していたりするのですか?」
「そうだなぁ......特にはねぇが、強いて言うなら俺の魔力を流してある。記名ぐらいの感覚でな」
魔力......そういえば謎の知的(?)生命体(?)ことガッコさんもそんなことを言っていたような。
「どうしてです?」
「理由、理由かぁ、なんとなくだ。昔気まぐれで魔力を流してみたら手に馴染むっつうかな、まぁそんな感じがしたのさ」
それ以来続けているとの事だった。そしてさらに頭領は続ける。
「気のせいだとか、迷信だとか、そんな風に言うやつも多いが俺はそうは思えんな」
「私も、そう思います!」
実際、魂みたいなの宿っちゃってるし、なんか凄い好かれてるっぽいし。
「そうかそうか! お前さんもそう思うか!」
言いながら、先程脱いだローブを広げて見せてくれる。
「こいつは渾身の出来でな、しかもなぜか気配まで消せる」
さっきのもそのせいか、それにしてもなぜか、ね......。
『頭領の魔力は漏らさず食べる』
ローブに意識を集中させてみると案の定意思を持っていた。
ほーら......そんなことだろうとは思った。思ってたけどちょっとこれはやばい。
クロエさん然り、このローブ然り、この世界には好きになったら加減とかないのか?
「ま、こんなもんだな! そういえば今日はアレか......」
そうだった! なんか訳の分からない謎イベントがあるんだった。会長さん全く喋ってくれなかったし。
「アレってなんですか......」
「研究会の勧誘、通称『新入生争奪戦』。アイツから聞いてなかったか?」
「あまり具体的には......」
なんかヤバいことがあるとしか聞いてなかったけどな。
「ここでは基本的に教師から学生に教えることは無ねぇんだ、逆はあるがな」
そんな話はどっかで聞いたな。
「そのための研究会、全員何かしらに加入して先輩から学ぶ。教師に教えを乞うのもいいが、基本的に教師連中は自由人だからな、足取りが掴めん」
頭領さんの話によると、教師も自分の研究やらで出払ってることもあるらしい。教師があまり居ないって言うのはそういうことか。
「気をつけな、リリィさん。初めの方は逃げ回るだけでいい」
「に、逃げ?」
「通称の通り、入会の権利を握ってるのは新入生じゃないのさ、捕まったら強制入会、半年はそこで活動せにゃならん」
そんな無茶苦茶な!
「逃げ回れば、それだけでより強く、より賢い研究会が残るからな」
それで逃げろか。
「が、頑張ります......」
「おう! 気張れよ!」
ニッと白い歯を輝かせて激励してくれた。どうなるかは分からないけど、とにかく頑張ろう!
軽くお辞儀をして振り返ると、部屋を出たところにいたのは......。
胸。いや、言い方が悪いな。男が追い求める二つの夢とロマンの塊。
「おっp......こ、こんにちは!」
豊満な女性の豊満な魅力はこっちの世界で見た中では最大級だった。クロエさんの三倍くらい?
その女性はまじまじと顔を覗き込んだあと、部屋の中の頭領を呼びつけるなり
「なんだいなんだい? こんなちっちゃい女の子連れ込んで! 場合によっちゃ出るところに出るよ?」
なんてことをずいずいと距離を縮めて言った。
出るとこ出てるのはそっちだろ!! なーんてね?
でも正直、出るとこが出すぎて目のやり場に困る......。
いや待てよ、この体なら見たい放題なんじゃ......?
『リリィ! 顔が気持ち悪いぞ!』
くっ! ジークめ、なぜ思考がわかる! 後頭部を尻尾でぺちぺち叩くな! わかったから!
「なんかされなかったかい?! いつでも訴えて来ていいからね!」
おっ! おっ! 近い! も、もう一歩踏み込めば!
と思った瞬間に、尻尾の高速ビンタが始まる。くそぅ! ジークめ!!
「は、はい!」
「また縁があったらね、アタシはここで教師やってるから」
悪くない! 悪くないぞーっ!
「これから、よろしくお願いします!」
妙に鼻息が荒くなってしまったが、問題ないだろう。
「頑張りなよ! 新入生!」
「はい!」
ニヤける口元と荒くなる鼻息をなんとか抑えながらその場を後にした。
最後までジークは後頭部をぺちぺちしていた。
いたい。
今回も読んでいただきありがとうございました! 次回も楽しみにしていただけるとありがたいです!
新入生争奪戦、どうなる事やら......




