挿話 へいき
本編と合わせて前回の挿話を見ていただけると話がわかりやすいです。
挿話は見なくても本編はわかります。
若干のグロ注意です。
いつからだろう......周りの他人の言葉に何も感じなくなったのは。
この痩せてる体は産まれてから八年とちょっとくらい、誰から生まれたかなんてもう覚えてないけど。
「両方とも今すぐ支度して、今日は遠出しましょう!」
『お母さん』が珍しく話しかけてきた、とっても珍しい事に心から嬉しそう......
「おねーちゃん?」
瓜二つのおねーちゃんを呼んでみる。
「うん?」
いつも話してくれるのはおねーちゃんだけ、投げつけられたちょっとキレイな服でその顔は見えなくなっちゃった。
「とっとと着替えろ」
「「はい」」
『お父さん』もちょびっと嬉しそう、どうでもいいけど。
連れていかれたのはかなり遠く、見たことない場所で魔車が一台用意されてた。男の人が一人。
「お勤めご苦労様です、約束のものは?」
『お母さん』はとっても嬉しそうに私たちの背中を押す。
「こちらに」
男の人が金色のコインを二枚あげてた。
とっても嬉しそうだなぁ、口の端がぷるぷるして誰が見ても嬉しそう。でもその中に私たちはきっといない。
「わ、私たちはなんなの......?」
おねーちゃんが珍しく『お母さん』に話しかけてる。そんなにびくびくするならやめとけばいいのに。
「は? あー、兵器よ兵器。双子なのに両方とも魔力が高いとか人間じゃないわ」
貰ったコインを手の中でくるくる転がしながら、面倒くさそうに言う。
「へい、き?」
『お母さん』はおっきなため息をついて何も言わずに、歩いていく。嬉しそうに、ほっとしたように。
「兵器なの?」
「ええそうですよ、あなた達はこれから戦場に赴いて、国のために戦ってもらいます」
「......」
それからは魔車におねーちゃんと乗せられて、長い時間揺られていた気がする。
『兵器』
その単語だけがずっと頭に残ってしまう。そうか、私たち双子はニンゲンじゃなかったのか。それなら、今までの生活も納得できるようなきがする。
本当に長い間、何度も寝て起きた後に魔車から降ろされた。原っぱにいっぱいテントがあってそこに入れられた。木とかの箱がいっぱいおいてある。
ちょっとしたら魔車の人よりももっと若い男の人が入ってきた。
入ってきたのはいいんだけど、すぐにどこかに行っちゃった。
すっごく驚いてた。驚いてる人を見るのはとっても久しぶりだったからこっちもびっくりしちゃった。
「私が守ってあげるから......」
「ぇ?」
急におねーちゃんがそんなこと言うからもっとびっくりしちゃった。
「......こちらです」
「これは......」
「なんの冗談だ」
さっきの男の人と、ちょっと怖い顔の男の人、それと金色の髪の綺麗な女の人がまとめて入ってきた。
みんなびっくりして変なの。
「あなた達、お名前は?」
女の人が聞いてきたけど、答えられない。
「......」
「大丈夫よ、傷つけたりしないわ」
とっても心配してくれてるのがわかるんだけど......
『おなまえ』ってなんだろう? おかゆよりもおいしいかな? わらよりもあったかいかな? 楽なお仕事かな? どんなものなんだろう?
「ない」
おねーちゃんは『おなまえ』がなんの事かわかってるみたい。私もおねーちゃんみたいにいっぱい本を読んだらわかるようになるのかな?
「え?」
「ないの......私たちは『イミゴ』だそうです、でも大丈夫です、白いのとか黒いので言うこと聞きます」
おねーちゃんが全部説明してくれた。
それより、みんなびっくりしちゃって変なの。さっきからびっくりしすぎて変だよ。
「じゃあ、今日から私があなた達の親よ!」
もしかしてと思ってたけど、また新しい「お母さん」かな? でも『兵器』に親なんているのかな??
「名前は......考えておくわ! そんな安直には決められないもの、それかあなた達が自分で決めてもいいわ!」
「名前があってもいいの?」
おねーちゃんが多分今までで一番びっくりしてるし、喜んでる! きっと『おなまえ』はいいものなんだ!
「もちろんよ! でもその前にまずは仲良くならなきゃね!」
女の人は楽しそうにそうやって言って、私たちの手を引っ張って行く。
まるで私たちまで楽しくさせようと思ってるみたい。そんなふうな感じがひさしぶりだったからなんだか今日はびっくりしっぱなしだ。
「さっきの人はお父さん?」
って聞いたら、女の人はなんか不思議な感じになっちゃった。顔は赤いけど怒ってないし、やっぱり楽しそう。
「フラウロは......旦那さん、なのかしら」
「ふーん、そっか」
とっても楽しそうに笑う女の人を見てると、私もいつかはそんなふうに笑えるような気がしてきた。多分おねーちゃんも同じ気持ちだったと思う。
もう日が暮れそうになってたけどずーっと三人でお話してた。おねーちゃん以外の人と話すのなんていつぶりだろうか。
それから一年くらい、来る日も来る日も沢山おしゃべりしてとっても楽しかった。でも、おしゃべりだけじゃなくて色んな質問もした。
色んな楽しいこと、お名前のこと、好きな人の話とか、それからそれからお母さんのお腹の赤ちゃんのこととか!
「旦那さん! 旦那さん!」
日が昇るとともに全力で旦那さんのところに向かう。今日は私の担当の日だ!
今日もお母さんの旦那さんは朝早くから起きていた、今日から遠くにお仕事をしに行くからちょっとの間おるすばんしなきゃいけないみたい。
もうすぐ赤ちゃん産まれちゃうのに一緒に居られないのがとっても残念。
「旦那さんがんばる?」
「できるだけな、それよりも赤子とノエルのこと頼んだぞ」
手がすっと伸びてきて頭を撫でてくれる。今までの人はぐーか髪を引っ張るかだけだったのに旦那さんは全然痛いことしないんだよ!
「どんとこい! えへへ」
「最後に、これをおかあ......ノエルに渡してくれ」
渡されたのは真っ白なお花だった。ひっくり返したらコップになりそうな形をしている。
「コップだと下が尖りすぎかな?」
「んー、コップか、花の匂いがしていいかもしれないがちゃんと渡してくれよ」
旦那さんはあんまり笑わないけど、お母さんからすればかなり笑うようになったみたい。
「ちゃんとお母さんにね!」
「そうか......」
その後にみんなの頭を撫でに来てくれて、お礼にみんなで旦那さんを見送った。
―――――――――――――――――――
「がんばれお母さん!!」
「がんばれ赤ちゃん!!」
「っお、ぎゃーー!!」
お父さんと別れて数日してから赤ちゃんが産まれた! 誰かと出会うってこんなにステキなことなんだ! 人の命ってとっても感動する!!
産まれたての赤ちゃんは元気に泣いている。それをみて3人で目を見合わせてにっこり!
『――――?』
あれ? なんだろ? 急に嫌な感じ......赤ちゃんが産まれてとっても嬉しいはずなのに!!
『――――!!』
どうして? 聞こえちゃいけない悲鳴が聞こえる......!
「お、おお、おか......おか」
ちゃんと喋れない、歯が、かたかた。
「どうし――」
――――赤ちゃんを取りあげてくれた女の人、頭が飛んで......テントの天幕が落ちてくる。
「二人ともっ!! こっち」
お母さんが聞いたことも無い大声で私たちを呼ぶ、横になってたお母さんと私たちは大丈夫だったけど......
やだ、やだやだやだやだ! そんな悪意でこっちにこないで!
「みーつっけた、出世確定かな☆」
声と同時に天幕が燃え上がる、細い男の人が赤ちゃんを満面の笑みでみている。
しかし男は、笑みはそのまま目を開き、驚きの感情を浮かべる
「えー! 母親根性ですかぁ!? そんけーしちゃいますね! 大人しく殺されるだけでいいんだけどなー!!」
お母さんが......私たちと男の人の間に立っている、視界が揺らぐほどの魔力と怒りをこめて。
「おー、こわいこわい! 現地で見ないと思えば! 兵器までこんなとこに転がってるじゃないですか! なんで知ってるのかって――」
「薄汚い口を閉じなさい!」
ガギンッ! と大きな音をたてて魔力が爆ぜる。男の人には届くことなく、背後のテントが吹き飛ぶ。
「あっひゃ☆ 怪我したらどうするんですか?」
「......」
ニタニタと気持ちの悪い笑みを浮かべながら一歩近づいてくる。
「あはは☆ 殺すんですけど、冥土のお土産に教えてあげますよ! こんな命令出したの誰だと思いますぅ??」
「ペラペラと......」
「せーかいは......なんとお国でしたー!! もちろんあなた方のね! 『戦場の悪魔』に子どもなんてできたら、今はこちらが有利でもいつ戦況がひっくり返るかされるか分かりませんもんねー!」
男の人は楽しそうにタダが外れたような高音でわめき散らす。でも、すっと黙り込んで......
「だから、暗殺と引き換えに今のうちに休戦するんですって。よかったですね、これで救国の英雄☆」
「......なるほど、下衆にとっては大義やも知れませんね」
地面が揺れ、細かい砂が舞い上がる。お母さんの怒りが爆発する。
「お気になさらず......こちとら出世したいだけなので☆」
「では尚更! この子達が死んで良い道理も理由もないっ!」
お母さんが言い切ると視界が覆われる。これは、風でできたドーム?
「かわいい妹を、将来のある女の子を、守ってあげてね、おねーちゃんたち!」
「「お母さん!!」」
それだけ言って呼び掛けには応えてくれず、後は爆発する大きな音が響くだけ......
どのくらい時間がたっただろうか、突然私たちを覆っていた風が止むが......視界は開けない。
「なんで......なんで!!」
見えてきたのは、たくさんの怖い大人と、片膝をついた―――いや、着く膝のないお母さんの後ろ姿。
「あなた方の兵器は人間みたいな質問をするんですねぇ」
ニタニタと笑いながら、さっきの男はつま先をお母さんの鳩尾に突き刺す。
「ぉお......」
「やめてよ! なんでそんなこと!!」
お母さんの口からは悲鳴も出ず、ただ赤く染まるばかり。男はおねーちゃんの叫びも聞こえていないかのように笑っている。
「なんで......? あぁ! なんでこのタイミングかと言うことでしたか! そちらの国が教えてくれたんですよぅ? 兵士連中は遠征に出かけるってね☆」
意味がわからない! 答えの内容も! 笑ってる理由も!!
「あなた達、兵器らしいことできないんですか? 使えるようなら拾ってあげますけど☆」
一歩、また一歩と近づいてくる......
「まぁ、こんな得体の知れないモノに情なんか移すから馬鹿みたいに死ぬんですけどねぇ......」
こわい......
こわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわい――――
「......て」
「お、かあさん?」
「生きて......そ、れで、あなた達はいっ、ぱい、笑って?」
確かにそこにはあったのだ、気丈に立ち、儚げに微笑む母の姿が。無い足を魔法で補い、再び私たちを守るように。
「大人しくしとけば、ゆっくり死ねたのに、馬鹿なんですねぇ。ここには、『戦場の悪魔』とか居ないんですよ?」
「確、か......あく、はいな......しょう。いる、のは『父親』......ですから! 最高に格好いい英雄が!」
ほとんどかすれてしまって、聞き取れなかったけど。父親、それだけは聞き取ることが出来た。
「だーかーらぁ、ここにはいないってわからないんですか☆」
「なら! 来る、まで待つ!!」
だめ! お母さんがしんじゃう!! 逃げなきゃ!! お母さん!!
「慌てないで二人とも、必ずお父さんが助けてくれるから。だから、ちょっとお昼寝」
お母さん、行かないで......や、だ......よぅ......
で、も、なんだか......ふわふわして......
目が覚める、そうだ! なんで寝ちゃってたんだろうか!
「お、かあ......」
目を開けたらすぐ横にお母さんの顔があった。ぼろぼろで、血だらけで......すぐ側におねーちゃんもいる。
「ふた......ぉき、ちゃったか......」
声にならないかすれた音が届く、手が伸びてきて頭を撫でてくれる。
「ふふ、もう平気よ......お、とう......」
だめ! 目をつぶっちゃだめ! もっと見ててよ! 赤ちゃんだっているんだよ!
「やっと死んだ☆ 最後まで戯言ばかりだったな☆」
死んだ? 誰、が、おまえが? うそ! そんなのは......
「じゃあ赤ちゃん殺しまちゅからねー☆ 邪魔しないでねー☆ 英雄も来ませんでしたー☆」
すぐに、標的が赤ちゃんになる。
「だめ! 赤ちゃんは、だめ!」
おねーちゃんと一緒に赤ちゃんに被さるように抱き抱える。三人とも泣き叫んで......
「よーし☆ みなごろっ......」
男の言葉は途中で分断され、聞こえなくなる。
「......逃げるなら、今すぐ逃げるのならば、追わん」
代わりに低く、今まで感じたことの無いくらいの怒りの感情。
「おっと、時間切れか☆」
......おとうさん?
「物量で押せッ! ころ――」
どこかから声が上がるが、号令は紡がれることなく強制終了させられる。尻もちを着いたままのニヤニヤした男だけが灰にならず、この場を去っていく。
「ノエル......」
お母さんの胸の辺りに光が当てられる。すると、お母さんは目を開き微笑んでくれた。
「「お母さん!!」」
「みんな、平気?」
「うん、うん! それよりもお母さんは!!」
ふふふ、と優しく笑いながら続ける。
「大事なお話があるわ......聞いてくれる?」
そう言って私たち三人を並んで座らせた、赤ちゃんはお父さんの腕の中に。
「お名前、決めてなかったからね......三人の名前を聞けないと死にきれないわ」
そんな事言わないで......それじゃあまるで、名前を聞いたら死んじゃうみたい......
「私はね......みんなに色んなものを好きになってもらいたい」
「......うん」
本当は好きなものなんかいらない......お母さんだけいてくれたらそれでいい。
「だから......ね、好きなものを名前にするのがいいと思うの」
「ない、お母さん以外に好きなものなんかないよぅ! だから、死んじゃダメ......」
ひっく、ひっくと涙が出てきてしまう。お母さんを奪った人も、この世界も、いいことなんて、好きなものなんてあるはずがない。
「ある」
お母さんは短くだけどはっきりとそう言った。
「だってあなたたち、お互いのことは好きでしょう?」
「え......?」
「あなた達がどんな風に育ってきたのかは分からないわ......でも、それでも、どんなに辛くても、ずっと一緒にいたんでしょう?」
隣にいる自分と瓜二つの姉を見る。そうだ、おねーちゃんだけはずっと一緒にいたんだった。
「私は......妹のことが、すき」
「ふふ、あなたはどう?」
おねーちゃんが先に答えた。お母さんは私にも質問をしたけど、そんなの答えは決まってる。
「......すき。私もおねーちゃんが、すき!」
今まで、悲しくても、痛くても、さびしくはなかった。それはきっとおねーちゃんがいたからだ。
「それならよかった」
そういえば、とお母さんは続ける。
「この人ね、私の事、ノエって呼ぶのよ」
「ああ、そうだったな......」
旦那さんがお母さんに微笑む。それは薄かったけれど、こころから。
「だから、それっぽく『シロエ』と『クロエ』なんてどうかしら? 双子らしいし、お似合いだわ」
「あり、がとう! 大切にするね......」
「おがあさんのことも、だいすきだよ!」
「私の分も、この子を好きになってあげてね」
最後まで笑って......満面の笑みを見せてから、お母さんは目を瞑った。
その顔は傷だらけで、その体は泥と血で汚れてしまっていたけど、本当に綺麗な人だった――――。
――――あれから、何年経ってもその姿を鮮明に思い出す時がある。今日みたいに石碑の前に立てばなおさらだ。
それからの生活で、お母さんの言葉の影響かは定かではないが、自分でも驚くほどリィお嬢様にぞっこんだ。
だって可愛いんだもん、お淑やかなんだもん、可愛すぎるんだもん。
思い出したくないほど酷くて、目を背けたいほど悲しくて、自分さえも死にそうだった。けれど今のリィお嬢様にお話しする時はきっと、
『戦火の中に散ってしまった、最も可哀想な女性』
ではなく
『気高く、最後の刹那まで美しく、強かな世界最高のお母さん』
そんなふうに言えると思う。
「だから、もう私達は『平気』ですわ、お母さん」
最後にしっかり拭きあげて、笑顔で挨拶をする。
快晴の暖かい日、頬を撫でるように吹いた風に、美しく揺れるブロンドを思い浮かべた。
今回も読んでいただきありがとうございました! 本編もご覧いただけると嬉しいです!
入学試験に合格したリリィちゃんの行く末はいかに! 次話から学園編スタート!




