6部 お嬢様の門出
食卓に並んだ料理たちはいつにも増して美味しそうだった。それにしてもこの大量の食材は、初日みたいに狩ったものなのだろうか?
「そうだよー、この量なら普通に狩っても1時間あれば終わるけど基本はトラップにかかったやつだね」
森生活っぽいな! そう言えばこれまでの狩りはどうやったんだろうか? 銃声は無かったから弓矢とかだよな。罠で取ってたりするならイノシシとか食べてみたかったな。
「弓矢使いもいるにはいるけどおねーさんが使うのは魔法だよ。次に来た時に教えてあげるねー」
「長期休暇までお預けですか、残念です」
その長期休暇もいつになることやら。日本みたいに夏と冬と春であればいいんだけどな。
「お嬢様、入試をキャンセルすればよいのでは?」
クロエさんはここまできても食い下がるのか......
「ダメだよクロエちゃん、リリィちゃんは私が学園一の魔術師に育てるんだから!」
「そんな根暗な事させるわけがないでしょう! お嬢様は可愛らしさと強かさを兼ね備えた世界一のお嬢様になるのですわ!」
まーたこの双子さんは当人抜きで喧嘩するし......だけど俺はそんな肩書きがなくたってもっと幸せな事に気づいたからな。
「みんなで幸せに暮らせればそれでいいのです」
久しぶりに大勢で食べた料理は最高だった。地位とか関係なく、これが続けば幸せだよな。
「リリィちゃん......」
「お嬢様......」
「ぐるる......」
双子さんが机に倒れた、ジークは落ちてきた、揃いも揃って鼻血まで。今までの態度から双子さんが倒れるのはなんとなくわかるけどジークまで倒れるのかよ!
「ジーク起きて! ジークまで倒れたら収集つかないから!」
立ち上がってから、お皿に倒れて活け造りみたいになったジークを起こして体を拭く、それにしてもジークの様子が変だ。
『この前の話だが、日取りはいつにするぞ?』
「日取り? なんのことですか?」
『この前、家族になろうって言ってたぞ。だから結婚の日取りぞ』
な、何言ってんだこのポンコツ竜!? やっぱり頭おかしくなってる! この前のは弟的な意味だよ!
「その席は譲れないなー、それはおねーさんの籍だよ! さぁ! いつ入籍する?!」
シロエさんまで壊れてる! じりじりと距離を詰められ、次第に壁際に追い詰められていく......トンっと背中に何かが当たる。壁にしては柔らかい??
「やっぱりお嬢様は私を選んでくださるのですねぇぇ! 愛の巣はどこに構えましょうか?!」
背中に当たったのはクロエさんだった。クロエさんは恍惚の表情を浮かべて体に手を回してくる。
「く、クロエ! 正気に戻って!」
「新居に籠って? お嬢様は私にどこまで求める気ですの? いいですわ、不肖クロエ、お嬢様に心身を捧げますわ!」
ちっともそんなことは言ってない。もはやここまでか......ごめんねリリィちゃん、この体守れそうにないや......
「みんなやめないか、リリィが困っているだろう」
唐突に渋い男性の声が挟まれる、低くてとてもいい声だ。そしてこの声には聞き馴染みがある。
「お父様......?」
玄関の扉を開けて、クラヴェリ家の大黒柱ことフラウロ・クラヴェリが入ってきた。
「クロエとシロエが最後の宴会をすると聞いて、急いで用事を終えて来たけど君たちは理性を保てないのかい?」
苦笑しながら語りかける父親に駆け寄る。最高の救世主だよ! さすがお父様!
『全くこの子達はすぐ見境がなくなるんだから......いくら二人でも私ができないことを許可するはずがないのに』
あれ? 父親もおかしなことを言ってないか? 止めてくれるのはありがたいけど理由おかしくない?
「それにしてもリリィ、竜を仲間にしたんだってな。クロエから聞いたぞー」
「どうやってですか?」
この五日間で誰かが来た記憶はないし、ポストも見当たらない。
「小荷物くらいここからお屋敷までなら片手間で運べます。お嬢様をひっくり返しながらでも簡単ですわ」
お父様来た途端に真面目モードかよ......やってることはすごいけど。
態度の変わり様に辟易しながらもう一人と一匹の様子を伺う。シロエさんとジークは何事もなかったかのようにご飯食べてやがる、俺のローストビーフ的食べ物が......
「では仕事も一段落ついたから私も食べさせてもらおうかな」
お父様もにこやかに食卓に着く。清潔ダンディめ......イケメンすぎるな。
『ほうほう、リリィちゃんはこっちがタイプか......今度までに磨いておくね!』
清潔感のあるちょっと渋めの大人は大好きだけど、ダンディは求めてないなぁ......
『いつでも婚姻届持ってきていいんだよ? なんなら持ってこようか?』
キラキラの目と赤らんだ頬が怖い、女性の好意に負の感情を抱くのはこの世界に転生してからだ。前世で渇望したものに恐怖を感じるとか世の中わからんな。
「「「「ごちそうさまでした」」」」
「くるる」
みんなで合掌して挨拶を終えるとお皿洗いにチャレンジする。集大成がこれでは若干締まらない気もするが難易度は最難関だ。
「まずはお皿を空中で固定して、色んな角度から水をぶつける。基本は上方向から下だよー」
クロエさんのアドバイスに従ってやってみるもなかなか汚れが落ちない、超一流になると操る風や水にも触覚があるらしいけど......まだまだ精進しないとな。
『いやいやこの期間だけでリリィちゃんはよく成長したよー、皿洗いのできる大人は少ないんだよー?』
「まだできるのは皿洗いもどきの水遊びですけれど、それでも嬉しいです」
『達成感と充実感はいくらあっても困らないからね、これからも頑張って!』
最後のお皿を片付け終えるとシロエさんは引き出しの一つから、青い宝石の着いたペンダントを取り出した。
「すごく大きな宝石ですね」
『これは持ち主の魔力を増幅させて、組み込まれている術式に通す魔石だよー。使えるのは一度きりだから本当に命の危険を感じたときだけ魔力を込めてねー』
シロエさんの口調は普段と変わらないが、先程の血迷ったトーンとは違い、話の内容が真剣なのでこのペンダントがいかに貴重かわかる気がする。
『少し待ってねー、これでよしと』
シロエさんは手際よくペンダントをつけてくれる。魔石が淡く光り輝くのが見えた。
『瞳の色ともよく似合ってるよ』
そういって髪を梳くように撫でるシロエさんの目が酷く優しくて、とても儚くて。
なんかお母さんみたいだ、そう思ったことは悟られないように必死に心を遮断したけれど。
「リィお嬢様! そろそろ出発しますわー!」
玄関でクロエさんが呼んでいる。もうお別れか......短い間だったけどまた会いたいと思えるいい人だった。
「いつでも見守ってるからね」
シロエさんが口に出したその言葉は俺を安心させるようにも、自身の決意であるようにも聞こえた。
ならばこちらも言葉に気持ちを込めて......
「それでは、行ってきます」
「うん、行ってらっしゃい! いつでもおねーさんは応援してるからね!」
玄関を出ようとすると、クロエさんが入ってきた。
「リィお嬢様は先に魔車に乗っていて下さい。少し姉とお話してきますので」
こういうのって普段はダメなんだろうけど盗み聞きさせて欲しいな。どうしても仲がいいのか悪いのか分からない双子さんの会話が聞きたいから。
『おねーちゃん、わたしちゃんとできてるかなぁ?』
『大丈夫クロエちゃんはきちんとできてるよ。今回のことだって愛想を尽かした訳じゃないと思うし』
『ほんとに......?』
『だから今回も公爵家のメイド長として胸を張って行ってきなよ。ちゃんとリリィちゃんはクロエちゃんのことが大好きだからさ』
『うん、わかった。リィお嬢様が頑張ってるんだからわたしも頑張る』
『頑張れ、リリィちゃんと同じくらい期待してるし応援してるから』
『なさけないなぁ、もう立派な大人なのにね......』
『いくつになっても私の前では可愛い妹さ』
『ありがと、元気でたから頑張るね』
『じゃあ最後に、行ってらっしゃい』
『行ってきます、おねーちゃん!』
止めるに止められなかったな......だって泣いてるとは思わないじゃん。
出てきたクロエさんには泣いた跡も弱気になった痕跡もなくいつも通りだった。
「お嬢様お待たせしました。それではお二人共準備はよろしいで、すか?」
あれ? なんでだろうか、お父様が意気消沈してる。
「クロエぇ、リリィに反抗期かなぁ......さっき無視されたんだが」
しまった、全然気が付かなかった。二人の会話を聞きすぎた!
「どうせ、奥手な男子みたいにぼそぼそ喋りかけたんでしょう? あなたはいくつですか! それに相手は娘ですよ!」
「我が子とは言っても、女子と狭い密室で二人きりだ。緊張しないはずがないだろう」
「その男らしい顔立ちで何を仰っているのですか! それにジークだっているでしょう!」
ぎゃあぎゃあと珍しく二人が騒いでいる。三人の意外な一面が分かってちょっとキャパオーバーだけど、これはこれでよかった。
「もう! みんな大好きだから落ち着いて下さい」
「聞いたかクロエ!」
「ええ、聞きましたわ! それでは入学試験の会場まで半日以上かかりますが元気よく出発しましょうか!」
今のところの関係者みんなリリィちゃん大好きだな、これは覚悟を決めて頑張らないとな!
クロエさんの合図に合わせて魔車は一歩一歩踏みしめるようにゆっくりとしかし確実に加速していった。
今回も読んでいただきありがとうございました! 次回も楽しみにしていただけるとありがたいです!




