5部 お嬢様の成長
それからの4日間は本当につらかった。それはもう年度末くらいの辛さだったわ。
初日は魔法の狙いを絞る練習とシロエさんにさんざんひっくり返されて終了。2人とも熱の入りようが異常で、かなりのスパルタ教育だ。
2日目は前日の鬼指導のおかげで5割は的を砕けるようになったが、シロエさんにはひっくり返されるだけじゃなくてすっ飛ばされるように。シロエさんに腹をたてたことがきっかけで心読を遮断し、心を読まれなくなる。
3日目は魔術で強化された的が全然砕けなかった、魔法に関しては恐ろしい勢いで成長していると思うが、それを越える勢いで目標が遠くなっていく。火をはいて軽々しく焼き尽くすようになったジークがうらやましい。
4日目はジークにバカにされた勢いで、魔力を体内に流して防御力と身体能力を向上させることに成功。鬼ごっこでジーク(5メートル以上を飛ばない)に圧勝。調子に乗って全力で魔法をぶっぱなし、意識もぶっぱなす。
そして迎えた5日目、
「では、リリィちゃん及びジークの模擬入試を始めよう」
俺達を囲むように10枚の的が設置されている。この4日間で物に込められた魔力量がわかるようになった。手のひらに魔力を込めて合図を待つ。
「よーい、始め!」
始まりの合図とともに無属性魔法「衝撃波」を2方向に放つ。努力の成果で拳大まで範囲を絞ったそれはどちらも的のど真ん中を貫く、続けて「衝撃波」を放つ。
6枚の的の真ん中に当て終わる頃には残りの4枚はジークが焼いていた。
「秒数も1桁だし、これには文句ないね」
このペースなら1人でやっても20秒かからないだろう。成長を実感出来るっていいな! 楽しいしやる気になる。
「次は機動力をみるよー。森をクロエちゃんより速く回ってね! けもの道を辿ればゴールに着くから頑張ってねー!」
昨日の鬼ごっこの進化系であるならトラップとかもあるだろうし、そもそも倒木やぬかるみで足場も悪いときた。
「ではお嬢様、用意はよろしいですか?」
クロエさんはいつも通りのメイド服だ。これに引き剥がされるわけにはいかないな。
指先からつま先まで全身に意識を張り巡らせ魔力を通していく。この細胞ひとつひとつがやる気をアピールしてくる感覚が最高だ!
「いつでもついて行けます」
言葉とは裏腹にかなりの緊張をしている。緊張を紛らわせる為にも大きく深呼吸。
次の瞬間、クロエさんのスタートとほぼ同時に飛び出す。
高速で森を突っ切るなか、視界の隅に魔力を検知する。挟み込むように打ち出される魔術を極限まで加速して振り切る。
「クソっ! 足場が悪い......」
森の中は地面がぬかるんでいて充分に加速できず、じわじわと差が開いていく。かと言って硬い地面を見定める余裕などない。
考えろ、クロエさんが速い理由はなんだ? 大きな違いは歩幅だよな?
「だったら、歩幅を合わせれば......!」
足跡に合わせようとして大きな謎が生まれる。
なんだこの足跡は? 距離もバラバラだしそもそも1歩が大きすぎる。まるで空でも飛んでいるかのようだ。
かなり差の着いてしまったクロエさんを見る。一体どんな動きをすれば1歩が大きくなる?
「そういうことか!」
重要なのは身体の使い方じゃなくどこを踏んで走るかだ。
地面の判断なんて出来るはずもない、登山じゃないんだから1歩に多くの時間は割けない。ならばどうするか。
「ぬかるんだ地面と木の幹なら......?」
そんなの木の幹を蹴る方が速いに決まってる!
これで格段に移動しやすくなった。しかしクロエさんとの差は縮まらない。
「当たり前だがな......」
木の幹を蹴りつけるのはリスクを伴う、この距離なら1度のミスでもゲームオーバーだ。
もう1つなにか加速できる要素はないか? 今までの特訓で活かせることは?
「しまった!」
足元に魔法陣が浮かび、トラップにより軽く身体が浮く。なんとか体勢を整えるとあることを思い出した。
「......賭けだな」
思い出したのはジークと出会った日のこと、初めての攻撃魔法体験だ。打ち出した魔法の威力に負け後方へと飛ばされた、あれの応用が出来れば......
「衝撃波!」
踏み込んだ木が音を立てて軋む。加速出来なかった上に木の耐久性を考えると細い木では使えないな。
まずい、もうゴールまでの距離がない......! だが幸いにも丈夫そうな大木が少し先にある。そこで全部出し切る!
「大衝撃!!!」
大量の魔力を消費し足裏から魔法を放つ。
「あぶなっ......」
超加速した身体は制御などできず、一直線にクロエさんに向かいそのまま背中に頭突きをかました!
「いだっ!」
頭突きはそのままクロエさんを押してゴール。胸一つの差(物理的)だけ及ばず、負けた......。
「いやー、惜しかったねー!」
すぐにシロエさんとジークが寄ってくる。激突したクロエさんは大丈夫だろうか?
「大丈夫、リリィちゃんのかわいい事故くらいで怪我したりしないさ」
嘘でしょ?! 吹き飛ばされて向こうで伸びてるのが見えるけど?
「あれはリリィちゃんの成長と唐突なリリィちゃん成分に驚いてるだけ、ちゃんと受け身も取ってたから」
リリィちゃん成分って、完全にヤバい人じゃん。
「なにはともあれここまでできれば入試もなんとかなるねー、魔力の扱いも身体の使い方も土壇場の頭の使い方もよくできてるよ」
『疲れたぞ......』
ジークが話を割って入ってくる。ジークも魔力を纏えるようになっていて初めて会った時よりもかなり強そうに見える。
「ジークはやっぱり竜種だねー! 単純な魔力量なら私たち全員でも勝てない、あとはもっと吐き出せるようになると1人前だねー!」
『頑張るぞ!』
始めは怖がっていたけど、シロエさんにも懐いてくれてよかった。それにかなり前向きになってくれたな。
「じゃあ使い魔の契約をしようか」
「契約ですか?」
「そうそう契約がないと学園に連れて行けないからねー」
契約ってやっぱり魔法っぽい! どんなことするのかな?
「契約にも種類はあるけど今回のは簡単だよー、魔力を交換するだけ! お互いの魔力が体内にある内は契約が成立するの」
契約の段階で自分の魔力が抜けるし魔力を使い切った瞬間に契約が切れるのか......沢山契約すればいいってもんじゃ無さそうだな。
「今回のはお互いがほぼ対等の条件だ。相手の体内にある自分の魔力を使う事で相手の行動を強制できる、これが互いの抑止力になる契約だよ」
相手を強制させすぎると相手の中の魔力が無くなって、契約が切れると自分の身が危ないということだな。
「ジークとは仲良しだろう? だったら大丈夫さ!」
「魔力以外の結び付きがあれば襲われないのですね」
納得する俺の横でジークは難しそうな顔をしている。
『トモダチ......友達なのかぞ?』
「友達というか家族のような気もします」
あ、ジークが照れてる! 照れてくるくる旋回してる。
「形式ばって面倒だけど、塔で契約をしよう」
シロエさんはクロエさんを担いで、俺はジークを頭に乗せて党まで到着。中に入るとこれまでとは違い本が全て片付けられていて、床には魔法陣が書かれている。
「どんな契約であっても神聖なものでないといけないからね、中心に向かい合うように座ってくれるかい?」
シロエさんに促されるままに中心にすわる。陣の外には双子さんが向かい合うように立っている。
「不実、反逆は死を以て罪を滅ぼす」
「傲り、優越、隷属には崩壊を」
「「博愛と信頼を以て契りと為せ」」
双子さんの詠唱が終わると魔力が抜かれる感覚と暖かいジークの魔力の感覚が同時にやってくる。
「これで契約完了だよー、どうだった?」
少ししてシロエさんが声をかけてくれる。ジークの魔力は胸の中で存在を訴えている。
「詠唱は初めて見ました......契約も初めてだったのですけれど、不思議な感覚でした」
「契約中の言葉には一種の強制力があるからね、ちなみにさっきの詠唱の意味は裏切らない事と、対等である事をはっきりさせるためのものだよ」
ちょっと物騒だった気もするけど、ちゃんと意味があるんだな。ジークは大丈夫だろうか?
『リリィの魔力は凄く優しいぞ。これからもよろしくだぞ』
ジークの魔力に温かさを感じたように、魔力にも性格とか反映されてるんだろうな。
「それじゃ、学園に行くまでの最後のリリィちゃんとの会食をしよー! 飛びっきり豪華にしたから期待しててね!」
そうか、明日には学園に向けて出発しないといけないんだった。名残惜しいけどしっかり楽しまないとな。
「ジーク行きましょう。沢山食べましょうね」
双子さんを追って俺達も塔を後にした。




