4部 お嬢様の一言
前回のドラゴンくんの名前の案ですが、シグルズ、ゲオルギウス、ジークフリートから来ています。どれも竜殺しとして有名な人物です。
日下部部長は意外な知識も持ったんですね。それにしても意地が悪いですね、よく慕われるようになりましたね。
「起きてー、ご飯できたよー」
顔にざらざらしたものを繰り返し当てられている、しかもなんか湿ってるし……
いつの間にか寝ていたようだ、この感触はジークの舌かな......竜の舌って結構ざらざらしてる。
魔力の使い過ぎってかなり疲労感を感じるな。血が足りてないのと感覚が似てる。俺は自分の体調の悪化具合を確認して目を開けた。
『魔力は生命力の1部だからね、使い過ぎると意識を持ってかれて、使いきるとしばらくしたら死んじゃうよー』
使い過ぎには注意しないとな......
『そのためにも自分の魔力の最大値とコントロールの仕方を覚えておかないとねー』
さっきも全力が出せていないようだったし、最初の課題は全力の魔法を撃てるようになることだな。
「お嬢様、ご飯できましたわ」
食卓には鍋とご飯ができている。こっちの世界にも白米があったことに喜びを覚えつつ席につく。
「今日の鍋には魔力の補填効果や疲労回復など効果抜群ですので、沢山食べてくださいね」
見た目だけじゃなくて効能もバッチリとは! あとは味だけだが、クロエさんが作ってる以上は大ハズレってことはないだろうな。
「「「いただきます」」」
やっぱり家族で食べる料理って美味しいなぁ。ジークも美味しそうに食べられてるし最高に幸せだ。
一通りご飯を食べ終えると、お待ちかねの歯磨きタイムだ。
「はい、あーんしてください」
あーんと口を開けると、少量の水が口内を駆け巡り口がさっぱりする。これも魔法の応用で加減を間違えると口の中が大惨事になるため、庶民にはほとんど浸透していないらしい。
さすがはクロエさん。怪我をしないどころかとても気持ちいい。歯磨きサービスとかすれば儲かりそうだね。
『リリィちゃんはもう眠いかい?』
歯磨きの後にシロエさんに声をかけられた。寝る前にすることは全て終わったが、寝るには早い時間だしさっきまで寝ていたから眠いわけでもないな。
『それなら少し授業をしてあげよう。この国や世界のことはまだ理解できてないんじゃないかい?』
The勉強ってやつが来たな。正直勉強は苦手だけど、無知のまま学園に行くのは怖いから教えてもらうか。
『大まかな説明だけだから心配しなくても大丈夫だよ』
それならもう一人にも理解できるはずだよな。
「ジークおいでー、一緒にお勉強しましょう」
これから学園にもついてきてもらう予定だから多少は理解してもらわないと困るからな。
片付けられた食卓に、シロエさんと向かい合うように座る。卓上にはシロエさんが持ってきた本とあまり乗り気ではない竜が一匹。
「それでは、ちょっとした地理と歴史のお話だ」
シロエさんが本を開く、開かれたページには地図が載っている。
「これは世界地図で、真ん中にあるのが巨大な湖だよー」
地図の中心には学校のトラックみたいな形をした湖がある。この世界の広さは分からないが世界地図の3割は占めている。
そこから四方に曲線、おそらくは大河がある。
「これがヘルーロ湖、この4つが大河でほぼ国境だと思っていいよ。他の線は主な河川や運河だけど、小さいのは書いてないことも多いから見るならその土地の地図だね」
この世界の国は4つか、前世は200以上あったからとてもじゃないが覚えられなかったがこれなら大丈夫だ。
「湖を基準にして北が連合国、武力と権力の国だ」
もともと力を持ってた奴らが同盟を結びひとつの勢力になったのが起源で、治安はいいが差別も多いのか。武人の実力者が多いらしい。
「西側がミトロジニア、多くの伝承がある多種族国家だよ、旅行するならここがおすすめ!」
国内外通じて最古の文献にも国として存在している歴史深い国で、亜人やハーフも多く観光客に対しても偏見なく接する人が多い。知識と儀式的な大魔術が豊富な国か、留学とかもできそうだな。
「そして南に位置するのが、ここも含めたラシ帝国、残念ながら戦争大好き国家さ」
戦力増強の一環として各地に学園を設立し、幼少期からの戦闘思考を育む。現在は各学園によっては戦争の色を薄れさせ、社会の発展と人材育成に努めるところもあるのか。
「東は共和国、魔術具の開発が盛んだけど、機密主義でほとんどの情報がない。国名すら周りが付けただけだ」
帝国とは関係が劣悪でしょっちゅう戦争をしているらしい。その他はどこにも属していない飛び地がいくらか。
「今の世界はこんな感じ、リリィちゃんの学園はそこまで軍事的じゃないから安心してね」
戦争があるなら赤紙とかくるんだろうか......
「それは心配ないよ、徴兵制度は無くしたさ」
無くした......?
「まー、それは置いといて次は国内の説明だね」
シロエさんがページをめくると新しい地図が出てきた。
「帝国内は国有地が5割、他の土地を複数の貴族が所有しているのさ。領地の広い順にクラヴェリ家、エクレラ家、ケプリ家あとは有象無象だね」
「もしかして私ってすごくお嬢様なのですか?」
「そうだよ? 国内一のお嬢様だ。お高くとまってないのがリリィちゃんのいいところだね」
まさかの国内一!? 学園で失敗とかできなくない? ジークはなぜか自慢気にこっちを見ている。
『我はリリィの高貴さにであった時から気づいておったぞ!』
まったく……調子いいんだから。だけど、やっぱり責任の方が重く感じるな……前世とか平民もド平民だったからな。
「大丈夫さ、公爵の地位はお父様の世代からだ。それまでクラヴェリ家は一般市民だったと聞いているよ」
お父様がとんでもない人だったのかよ……ただのイケメンじゃなかったのか。
「いずれは貴族間の挨拶もあるだろうけど、貴族の跡継ぎは学園にいるから先輩としての出会いが先だろうね」
先輩の貴族かぁ、嫌な奴じゃないといいけどなー。家柄だけで目の敵とかにされても困るよな。というかシロエさん学園のことまで詳しいな。
「それじゃ、今日はここまでにして明日からまた頑張ろう」
そういってシロエさんは本を片付けた。ジークも眠そうにうつらうつらしている。
「ではシロエさん、おやすみなさい。ジーク一緒に寝ましょ」
『わかったぞ。お布団はどこぞ?』
ジークはふらふら飛びながらベッドにダイブ。撃ち落とされたときもこんな感じで飛んでたんじゃなかろうな?
掛け布団の上のジークを抱いて布団に潜る。程よくあったかくてクロエさんよりも寝やすいな、ジークは布団の門番に任命しよう。
ジークのおかげですぐに眠気がやってくる、これならぐっすり眠れ、そう、だ……な。
「お嬢様、起きてください。朝ですよ」
一回眠りに落ちると、朝がやってくるのは早いな。今日からの特訓死なないように頑張らなくちゃな!
朝ごはんを手早く済ませると、庭では双子さんがウォーミングアップと称して凄まじい攻防を繰り広げている。
クロエさんが投擲した短刀をシロエさんが最小限の動きでかわす。クロエさんの足元から火柱が昇るが瞬間移動じみたスピードでシロエさんの背後にまわり短刀をキャッチ、短刀の刀身がみじん切りになったところで終戦。
ほとんど目に追える戦ではなかった……
「おはよう、リリィちゃんもジークもご飯食べた?」
「食べました……今のは?」
「大丈夫大丈夫、これについてこれる人なんて数えるほどだから!」
国内トップクラスの勝負を目の当たりにして俺もジークもリアクションがとれない。
「私も追いつけますか……?」
後々思えば、これが余計な一言はだった。この一言のせいで、忘れることのできない地獄のような5日間になろうとはこのときは思ってもいなかった。




