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ナイアガラ-3

「で、結局どうだったのよ?」

「なぁんかさあ、俺って駄目ね。ああいう店行くと、ついきれいぶっちゃってさ、いつも通り話せなくなんのよ。『〜だよな。』とかハルに話しかけたりしちゃって・・・自分で笑っちゃうわよ。そのうち何か騒ぎたくなってきちゃって・・・結局1時間いたかいないかよね、ハル?」

「うん。でも雰囲気が違って、僕はいいと思うけどね。」

「なに、またあんたはきれいぶってんのよ。」



僕とクニオは、タカシさんを交えながらそんな会話をしていました。「ZAPP」へ行ったはいいものの、僕らにとっては、あまりに洒落た雰囲気に耐えられず、1時間ほど粘ったあげく、僕らは結局JACKへやってきたのです。


「やっぱ飾らずに飲める店が一番だよね。落ち着くなぁ。」

僕はタカシさんに言いました。ZAPPも本当に雰囲気も悪くなく、客層も僕と同年代の人が多いように見えました。薄暗い照明の中にいくつものライトの光が射し、店内には最新のダンスミュージックビデオが流れていました。カウンターは広く長く、30卓ほどの席は満席で、壁際に備え付けられたテーブルで立ち飲みをしているお客さんもたくさんいました。一人で来ている人も、見た感じ半分くらいはいるようで、ある人は少しうつむいて、テーブルのキャンドルライトをじっと見つめながら、お酒のグラスを時々口に運んでいました。ある人は、ミュージックビデオに目をやりながら体を小刻みに揺らし、リズムを取りながらタバコを吸っていました。

4、5人いる店員は、「バーテンダー」といった感じで、JACKのように、お客さんに話しかけたりはしないようでした。ゲイスナックのように店員と客の会話を楽しむような店ではないようでした。まあ「ショットバー」というのはそういうものなのでしょう。


好きか嫌いかといったら好みが分かれるところだと思いました。クニオのように、とにかく自分を思い切り出せる店で騒ぎたいという人もいれば、店員と話したりするのがどうしても苦手な人もいるでしょう。

僕はまだ経験が浅いせいか、「ZAPP」は新鮮に感じていましたし、今度一人で行ってみようかとも考えていました。あまりお洒落な店の行きつけがない僕は、ショットバーでも、一つくらいお洒落な気軽に行ける店も欲しいと思っていました。


それでも、今夜のように、最後にはこの「JACK」にたどりつくんだろうな、と考えていました。僕にとっては、一番落ち着く「家」のようなものなのでしょう。



僕の言葉に、タカシさんが言いました。

「ハル、あんたは少し飾った方がいいわよ。この2年、あんた男出来たことないじゃないの。行きずりじゃなくて。・・・あんた落ち着くには若いわよ。アタシくらいの歳になったらイヤでも落ち着いちゃうんだからね。若くてかわいいんだから、あんたも出るとこでりゃモテるだろうに・・・。」


あまりにしみじみとした表情でそう言うもので、正直僕も考えてしまいました。僕が最近考えている一番「イタイ」所でもありました。

早く「彼氏」を連れて、このJACKに一緒に飲みに来たいとは思っているのです。僕がいま、一番叶えたい夢でした。ただ、そう簡単にはうまくいかないものです。


「やだ、ババくさい。てかママのどこが落ち着いてんの。」

僕は何でもないような感じで、冗談交じりにタカシさんに言いました。


「まっ!!この子は!口ばっか達者になって!」

タカシさんは軽く僕の頭をはたいて、笑いながらそう言うと、ボックス席にいる4人ほどの団体のお客さんにつきました。



「おはようー、ハル、クニオ。いらっしゃい。」

目の前のカウンターの先に、店の従業員のトモがつきました。トモは僕が初めてJACKに行った日の少しあとに入った子でした。お互い、立場は違えど「初心者」意識の絆があったのでしょうか。個人的に付き合いがあるわけではないのですが、かなり気を許して話せる相手でした。


「おはよう。また楽なところにさぼりにきたんでしょ。」

冗談めかして僕がそう言うと、

「いやー。怖い。そんなことないわよ。」

必要以上に大げさな身振りをしながらトモが言いました。それを見て、僕もクニオも笑いました。ふと、有線の音楽が途切れました。誰かがカラオケをリクエストしたようです。いつもと同じ夜が始まった、そんな感じでした。



他のお客さんのカラオケに拍手や合の手をしたり、ZAPPでの話や、たわいもない話をしながら時間が過ぎていきました。今夜入れた焼酎のボトルが三分の一ぐらい減った頃でしょうか、また一回りして僕らの前に戻ってきたトモが、ふと、何かを思い出したかのように、言いました。


「ハル、もううちの店来始めて2年でしょ。さっきママにも彼氏がどうのこうの言われてたみたいだけど・・・まあ彼氏出来ないってのはとりあえずおいといて、うちの店のお客さんでいいと思った人とかいないわけ?」


そう言われて、ほんの少し僕は身構えました。


「そうよね。あんた一応若いし、見た目悪くはないんだから、まあ俺にとってはブスだけど。作ろうと思えば作れるんじゃない?彼氏。この店だってそれなりにいい男来るしさあ。あんた理想高いんじゃないの?」


「あんた、ブスって・・・!」


クニオの毒舌に半分笑って半分怒って、僕は言いました。笑ってクニオをはたいて、この会話も終わるような感じの流れだと思っていました。。


すると、少し声をひそめる感じで、トモが言いました。


「これ、ここだけの話よ。」


僕とクニオはきょとん、としてトモの方を向き、次の言葉を待ちました。


「・・・名前は絶対秘密って言われてるから言えないんだけどね。ある常連のお客さんで、ハルのことすっごく気に入ってる人がいるのよ。これ、酒場の会話にもしてほしくないって言ってたから、ママにも言わないでよ。・・・でもさ、そこまで言ってるってことは、結構本気なのかな、って思ったのよね。」



僕とクニオは、顔を見合わせました。

僕はと言えば、うれしいのですが、何しろそう言ってくれてる人の正体がわからないので、複雑でした。


「へぇ、その人、キモイ専かしらね。てか、トモ!教えな!」


クニオは相変わらずの毒舌の後、トモに詰め寄っていました。


正直、僕にも苦手なお客さんや、タイプじゃないお客さんもいましたし、そういった人にそう言われているとしたなら微妙な感じでした。それでも、こんな僕を気に入ってくれているという事は素直にうれしいことでしたし、もしその人の名前を知ったら、もし次にその人に会った時、その人の事を少し好意的に見てしまいそうな、そんな現金な自分もいました。


「ダメダメ、本当にダメって言われてんの。」

トモが、相変わらず大げさな身振りで、クニオに首を振っています。

「でも、なんであんたにだけ、そんなこと言ってんの?その人。」


クニオの疑問は、僕の疑問でもありました。酒場の会話にもして欲しくないって事を、なぜトモには言うのだろう、もしかして、個人的にトモと付き合いがある人なのか、それとも、冗談で言ったのを、トモが大げさに言っているだけなのか・・・、努めて冷静なフリをしながら、その実、僕は、その人が誰なのか、心の中で考えをめぐらせていました。



「・・・もう、これ以上言わないわよ!・・・私が入ったばっかぐらいの時かな。その人めっちゃ酔っ払ってね。・・・あ、普段めったに酔わない人ね。なんか、彼氏と別れる云々でもめたらしく、割と荒れてたのかな。でも、最後の方は泣きがはいってきたのよ。

ちょうどお客さんも他にいなくて、ママも外出中でね。酔った勢いだったのか、そのうちいきなり、ハルちゃん可愛い、ハルちゃん可愛い言い出すのよ。私もお互い「初心者」ってことで仲良くなってたし、ハルの話になると何か聞きたくなるじゃない。・・・したらさ。彼に別れ話したのは自分からなんだって。何回か店でハルと話して、すっごく好きになっちゃったんだってさ。・・・ここまでよ。そうとうヒント言っちゃったわ。あとは二人で想像してよ。・・・あんたらだから話したんだから、絶対口外しちゃだめよ!」



へぇ、とでも言うかのように、クニオが僕の方を向いて少し笑いました。


僕は、そんな風に自分を見てくれている人がいたとは思っていませんでしたし、正直意外な気持ちでした。トモが入ったばかりという事は、もう2年前の話になります。なんでその時言ってくれなかったんだろう、と僕は思いました。



「でもね、その話はその時っきりしてないのよ。私もその人と個人的にお付き合いあるほど仲良いわけじゃないし、お店に来てくれた時に仲良く喋るくらいだから。まだ来るお客さんだけど、あっちもその話してこないし、私も『言わないで』ってその時言われたもんだから、あっちがしてこない限りはその話に触れないようにするしさ。もう2年も前のことだから、今はどうなのかはわかんないの。」


トモが僕の気持ちを静めるように、そう言いました。

それを聞くと、現在進行形だったような気持ちが、急速に萎えていくような感覚になりました。もう2年も前の話なら、この先、その人の気持ちがどうあれ、この話が進行することはないように思えたのです。自分で言うのもなんですが、2年前、僕はJACKに来たてで、右も左もわからない「ウブ」な少年だったわけです。誰かしらが「可愛い」と思ってくれたとしても、不思議はないと思えました。


そう思うと、何故か気持ちは楽になったような気がしました。


「なあんだ。2年も前だったら、ハルも本当に初々しくて可愛かった頃でしょ。しかも18の頃だもんね。そりゃ可愛いわ。今じゃねえ・・・。」


クニオがちょっとガッカリしたような口調で言いました。


「今じゃ、なによっ!!」


僕はちょっとおどけた感じでクニオの肩をはたきながら笑いました。


「トモ、カラオケ本貸して。」


僕はほんの少しの落胆も感じながら、それでもそう思っていてくれていた人がいた事に喜びを感じて、少し浮かれていました。


「ちょっと、ナミエの新曲、あんたもう唄えるの?」


さっき入れたカラオケの前奏が流れ始めるとクニオが驚き気味に言いました。


僕は、画面を見ながら声に出さずにうなずいて、歌い始めていました。いつもの楽しい夜が、またいつもの楽しい夜に戻った、そんな感覚でした。




煙草やお酒の匂いがなんとなく染みついたような気がして、朝帰りの家路は少しだけ肌に不快感を感じます。疲れもあるのでしょう。


あれから何度同じような朝を迎えているでしょう。早朝なのにごった返すJRの新宿駅、茶髪に染めた髪と、黒いスーツを着た若いホストや、そのお客さんなのか、若い女性がやけに目に付きます。眠そうな目をしたサラリーマンもすでにいますが、なんとなく早朝の新宿駅には、まだ夜の続きのような雰囲気を感じていました。


僕はその雰囲気があまり好きになれなくて、いつも出来るだけ空いた車両に乗り込んでいました。


山手線を池袋で降り、地下通路をそのまま西武線の乗り場に向かいます。新宿ほどではないにせよ、下り方面からの電車が到着すると、通路はこんな時間でも人があふれます。


見なれた風景になっていました。これから出勤する人々を横目に、僕は下り方面の空いた電車に乗り込みます。多少まだお酒が残っていて、座席に着くと、けだるい気分が僕を襲います。練馬まではそんなに駅数は無いので、眠らないように、通路の上に掲げられた広告を見るともなしに眺めていました。


練馬の駅に降り立つと、僕は南口の目の前の大通りを右に進みました。途中あるコンビニで、寝る前に食べる軽い弁当と飲料を買うのが朝帰りの常になっていました。いくつか目の十字路を左に折れると、僕の住むマンションはすぐでした。


この時間だとまだ両親とも起きてはいない時間でした。

別に朝帰りをとがめられる訳ではないのですが、それでも何となくうしろめたいような気持ちがありました。最近は二丁目に出れば朝までというのがあたりまえになっていました。毎週朝帰りをする息子に、何となく何かを言いたげな雰囲気も、最近の会話の中に感じていました。



エレベーターが開き、僕は部屋の鍵を取り出しながら廊下を歩きました。早朝は鍵を開錠する音すら響きます。僕は出来るだけひそやかに自宅のドアに鍵を差し込み、回転させました。


すると、いつもなら「パチン!」と開錠音がするはずなのですが、その音は無く、また指先にも開錠された感覚を感じませんでした。つまり、鍵はかかっていませんでした。


「なに、危ないなあ。」


僕はそう呟きながら、ノブを回しドアを開けました。


いつもなら、まだ薄暗い玄関が、今日はなぜか電灯が点けっぱなしになっていました。それだけではなく、玄関も何となく靴が散乱しているような感じです。


短い廊下を進んで、居間への扉を開けると、まだ誰も起きている気配は無いのにカーテンは開け放たれていました。というよりは、昨夜から開けられたままのような気配を感じました。



変な感じがしました。見なれた朝帰りの自宅なのに、何かがいつもと違うのです。


僕は、就寝している両親の部屋に行くことなどほとんどないのですが、今朝ばかりは何か嫌な感じがして、そっとそのドアをノックしました。


「おはよう、春彦だけど、朝からごめん、ちょっといい?」


返事はありませんでした。もう一度声をかけても、同じように何の返事もありませんでした。


「ごめん、ちょっと開けるよ。」


僕は、何となくドキドキしながら、そっと両親の部屋のドアを開けました。



いつもならまだ寝ているはずの両親の姿はありませんでした。


旅行行くとか言ってなかったよなあ・・・

こんな朝から出かけてるなんて、珍しいなあ・・・



そんなことを考えていた矢先でした。居間にある電話が鳴りました。


「はい、内田です。」


僕は受話器を取り、言いました。

言うが早いか受話器の向こうの相手は、せきをきった様な勢いでまくしたててきました。



「春彦?あんたどこ行ってたのよ!夜中も何度電話しても出ないし!

どこほっつき歩いてんのよ!!

ていうか、それはそれでいいわ。大変なのよ。お父さんとお母さん、交通事故に遭ったの。谷原近くの交差点で・・・自傷事故だから相手はいないんだけど、二人とも全身を強く圧迫されたとかで、危篤なのよ!

詳しいことは病院来てから。とにかく早く来て!板橋の日大病院だから!」



僕は、涙交じりで怒りながらも心細そうに、受話器の向こうの姉が話す内容をまるで現実とは思えずにいました。

受話器を置いた後も、早く行かなくてはいけないのはわかっているのに、いざ病院に着いてしまったら、両親の事故が本当の本当に「現実」になってしまうのが怖くて、開きっぱなしのカーテンを閉めたり、玄関の靴を揃えたりしていました。


再度身支度を整えた後、コンビニで買った弁当が、テーブルの上で袋からはみ出て逆さまになっている姿を、少しの間ぼんやりと眺めていました。



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