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ナイアガラ-2


「何食べる?・・・ほっけ焼きと、串焼き盛り合わせ・・・あと適当に頼んで。」



クニオはそう言って僕の方にメニューを向けて渡しました。

最近は、JACKやFUTUREに行くにしろ、まずは普通の居酒屋で飲んでから、その後店に向かうのが僕とクニオの定番コースになっていました。


ゲイスナックでワイワイやるのも楽しいのですが、最近の僕はこういった居酒屋で飲みながら話したりする時間の方が気に入っていました。JACKなどではなかなか真面目な話は雰囲気的に出来ないし、いわゆる「酒場の会話」だけでは何か物足りない部分もあったのです。

居酒屋で、テーブルを挟んで向かい合って、お互いの顔を見ながら話す、それだけでも、お互いがお互いをわかりあう速度は、スナックで飲むより数倍早いのではないかと感じていました。実際、僕とクニオが親密になっていったのは、バレーボールの試合を観戦した後に、初めて「普通の居酒屋」に二人で行ってからでしたから。



「ハル、何かさっきからボケっとしてない?大丈夫?」

「・・・相変わらず待ちくたびれて疲れちゃったよ。」

「そんなことないでしょ・・・てか本当に疲れてるの?」

「ウソウソ。なんかさあ、待ってる間いろいろ考えちゃってねぇ・・・」


僕とクニオは、僕がさっき思い出していた、「初体験」や、「その経緯」について、話していました。最初のうちは、普通の居酒屋で「ゲイに関する話題」を口にするのは、やはりためらいがありました。そのうえ、クニオが当たり前のように少し「オネエ口調」の混じった話し方をするもので、初めて一緒に行った居酒屋では、周りの目が気になってしょうがありませんでした。


ただ、慣れというのは恐ろしいもので、二回、三回と会って、居酒屋へ行ったり、普通に街を歩いていると、周りの目はあまり気にならなくなっていました。というよりは、「周りは、自分が思っているほど他人の事には興味がない」という事に気付いたのでしょうか。新宿という大きな街、知りあいとすれ違っても気づかないかもしれないこの街で、もし居酒屋で隣り合わせたサラリーマンたちが、「この二人、ゲイだな。」と気づいたところで、せいぜい一日か二日、僕とクニオが、彼らとその周りの人々の間で「オカマがいた」だとか、そんな感じの好奇的な話のタネにされるだけなのです。しかも、僕らが全く関与しないところで。


他人の目を気にしなさ過ぎるのも問題でしょうが、今まで僕は気にしすぎていたのではないかとも思いました。そういう意味ではクニオは僕とは正反対の性格で、もう少し他人の目を気にした方がいいんじゃないかと思うくらい、あけっぴろげな人でした。

自分と真逆な性格のクニオだからこそ、僕は友達としてクニオのことが好きなのかもしれません。



「ハルもデビューしたてなのに、よく簡単についていったよねぇ。あんまハルにそういうイメージなかったなあ。・・・ま、ハルも男で、やりたかったわけだ、ハハ。」

「・・・なんか変な言い方・・・。でも、そん時はそうだったのかも。」

「で、その人の名前、教えてもらったの?」

「うん。そのあとすぐ聞いてみた。・・・ヒロシさんって人だった。」

「・・・アリガチな名前。本名じゃないんじゃない。」

「多分。でもわからないけど。」

「連絡先、交換しなかったの?」

「僕は初めて会った人には自宅のは教えられないし・・・でもあっちは教えてくれた。」

「その後連絡しなかったの?タイプだったんじゃないの?」

「うん・・・何でかわからないけど、出来なかった。会いたいような、でも会いたくないような。若かったから性欲の勢いでこうなっちゃったけど、なんか・・・。」

「・・・若かった、ってあんたまだ20だろうが。・・・腹立つわ。・・・若いのに考えすぎなのよ。勢いでもいいじゃない。それから何かまた始まるかもしれないんだし。俺の20の頃なんて、あんた、見せてやりたいというか、見せたくないというか・・・すごかったよ。遊びまくりで・・・今は多少落ち着いたけどさ。」


オネエ言葉を使うのに、一人称は「俺」な、独特な不思議な口調で、クニオは言いました。今年24になるクニオは、「落ち着いた」とは言っていても、僕とは違いファッションも髪型も、全体的な雰囲気も「派手」な印象でした。数えで3つ歳が離れているクニオですが、見た目は僕より若々しいくらいです。

小さい頃から外が嫌いで「内弁慶」だった僕は、同年代の子供が外で元気よく遊んでいるときもテレビや雑誌ばかり見ていました。3歳離れているクニオとも、そういった理由からか、テレビ番組や芸能人の話題など、話が非常に合ったのです。



「クニオは、初体験の時のことって覚えてる?たしか16の時とかいってたよね。」

「そう。相手はその時,18って齢ごまかして働いてたバーのママ。別に会っていきなりでもなかったし、嫌いじゃなかったし、・・・まあいい思い出ね。・・・でも、そうなった二人が一緒に働くと、なにかと問題が出てくるのよ。嫉妬とかさ。・・・だからすぐその店は辞めちゃった。」

「ふうん。難しいんだね。」

「・・・まぁ、当時は好きだったのかとかあまり考えてなかったのよ。でも、営業とはいえ、相手が客に色目使ったり使われたり、俺が使ったり使われたり、仕方ないことだけど、目の前だからね・・・。」

「スナックで働くのもいろいろ大変なんだ。」

「大変なわけじゃないけど、俺のその時の場合はね。・・・でも今でもやっぱ忘れないよね。初めての時のことは。ハルだって、忘れないと思うよ。今は複雑な思い出かもしれないけど、もう少し年取ったら笑って言えるような思い出になるわよ。そんなもんだから。」




お互いが、何となく当時の事を回想したのか、ふと二人の間にセンチメンタルな空気が流れたような気がしました。自分よりずっといろんな経験が豊富なクニオにも、「はじめて」の時がもちろんあって、僕も何年か後には、こんな風にいろんな思い出を笑いながら語っているのでしょうか。



「でさ、ハル。今日さ、ショットバー行かない?何かたまには気取って飲んでみるのもいいんじゃない?」

少し湿った空気を入れ替えるように、グラス片手に串焼きをついばみながら、クニオが言いました。


「ショットバー、って聞いたことあるけど、ZAPP?」

僕は、JACKに貼ってあったフライヤーに、そんな感じの店があったことを思い出し言いました。


「そうそう、ショット一杯700円位かな。結構いい男集まってるらしいよ。」


僕は考えました。居酒屋でクニオとひとしきり喋ったあとは、大抵JACKというのがお決まりのコースなのですが、たまにはちょっとシャレたショットバーに行ってみたい気もしていました。

最近、楽しいわりには「マンネリ」感が否めないのは、慣れのせいもあるでしょうが、JACKへ行ってもFUTUREへ行っても、大抵知っている顔ばかりだというのもあるのでしょう。もちろん楽しい大好きな人たちですが、会って「ドキドキ」するという感じではないのです。


恋がしたい、新しい出会いが欲しい、胸がドキドキするような出来事が欲しい、最近の僕はそう思っていました。それは、初めて二丁目に出る時の感覚にも似ていたかもしれません。


「別にいいけど。」僕は短い思案のあと、出来るだけそっけなく言いました。


クニオは、串焼きを頬張りながら、きょとん、と顔をあげて

「本当?よかった、あそこ、俺が一人で入るのにはなんか綺麗すぎてさ。・・・じゃ、ちゃっちゃと片づけて行くわよっ!」


そう言って、まだ半分くらい残っているつまみなどを、猛烈な勢いで食べ始めました。


「え?まだ入ったばっかなのに・・・ちょ、ちょっと、僕もまだ食べたい。」


僕はあわてて自分の割り箸を手に取りました。相変わらず決意から行動が遅い僕は、決めたとはいえ、もう少しここで心の準備をしたかったのです。



「あんたの、その心の準備が無駄な時間なのよ。」


クニオが、まるでそういうかのように、次々と皿を綺麗にしていきました。


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