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はじまりの鐘-3

「いらっしゃいませぇ〜。あら、可愛い。どうぞ〜。」


店に入った瞬間、カウンターの中の、まさにテレビなどでよく見ていた「ゲイ」といった感じの店員にそう言われて、僕は面喰らいました。

流行りの有線の歌が流れる店内は、週末のせいか、カウンター一杯にお客さんが並んでいました。といってもカウンター席は10席ほど、カウンターの後ろに5人ほどが座れるボックス席があるような感じの、こじんまりとしたお店でした。見た感じ、他に店員はいないようでした。


面喰らった理由はそれだけではありませんでした。その、カウンター一杯のお客さん、ボックス席に座っているお客さん、そのほとんどが僕が店のドアを開け、ドアのベルが鳴った瞬間、一斉に僕の方を向いたのです。大勢の視線にさらされている上、「可愛い」などと言われたもので、僕は恥ずかしくていたたまれない気持ちになりました。


「うちの店、はじめてだよね?ようこそ〜。どうぞ〜。ほら、あんたちょっとずれてあげて。ごめんね〜。こっちももう少しそっちに寄ってくれる?」

そういって、マスター?らしき店員が、カウンターの真ん中の席をかきわけるように、ひとつの席を用意して、僕に手招きをしました。


間接照明のライトが当たって、背もたれの銀のバーが光っているその空席は、狭くごったがえしたその店内で、不思議な光を放っているように見えました。そしてポッカリと空いたその空間が、自分のために用意された席だと思うと、うれしいような、でも本当に座っていいんだろうか、そんな気分になりました。今ならまだ後ろのドア開けて店出れるよな、などと、この期に及んでまだそんな事を考えたりする自分もいました。


「ほら、早く座って〜。お待たせしました〜。」

そんな僕の気持ちを見透かすかのように、マスターが急かしました。僕は覚悟をきめて、左右に寄ってくれたお客さんに、すいません、と軽く会釈をしながらゆっくりと席に着きました。


「はじめまして〜。JACKへようこそ〜。私、一応ここのママやってます、タカシと申します〜。よろしくね。えっと、お名前うかがっていいかしら?」

あ、そうか、マスターじゃなくてママなんだ、と、妙に冷静に考えながらも、次の瞬間には戸惑っていました。名前。よくゲイは本名じゃなく、違う名前を使うらしいのです。かといって、何も考えていなかった僕は、どうしようと一瞬考えてしまいました。


「えっと・・・春彦です。」結局、自分の名前をいつまでも言わないのもおかしく思われそうで、僕は普通に自分の本名の名前を告げました。


「ハルヒコ、ハルちゃんね。可愛い名前じゃない。見た感じ結構若いみたいだけど、お酒大丈夫な歳かしら?何にします?」


「20歳なんで大丈夫です。えっと・・・ビールください。」

本当は18なのですが、スナックに来てお酒を呑まないのも変なので、20歳ということにしようと前々から決めていたので、言葉はスムーズに口から出ました。


「20歳!!ちょっとアタシの半分だわ!若くっていいわね〜。」

突然、左隣のお客さんが僕とタカシさんを交互に見るようにして話しました。僕は少し驚いて、それでも左を向いて少し会釈気味に微笑むと、そのお客さんは少し酔っているのか、うれしそうな笑顔でニッコリ僕に向けて笑いかけました。「アタシ」といっても、見た目はスーツをビッチリ着こなしていて、短髪をたたせた精悍な「いい男」の顔立ちでした。その下の体もかなりがっちりしていそうです。外で出会えば、普通に結婚して、子供もいて、仕事もバリバリこなす男性としか思えない感じでした。40歳と言っていましたが、まったくそうは見えず、30歳でも通用しそうに若々しいのです。


「アタシ、カズ。よろしくね。今日はもう帰らなくちゃだけど、また会ったら話しましょうね〜。」

「ほら、カズ子、ちょっかい出してないで帰りなさいよ!・・・はい、おまたせ、ビールで〜す。」

そう言うと、タカシさんは、僕の前に置かれているコースターにグラスを置いて、ビールをゆっくり注ぎ始めました。僕は控えめにそのグラスに手を添えました。

「カズ」さんは、もう会計も済んで帰るところのようでした。タカシさんとカズさんは、ちょっかいなんか出してないわよ、とか、四十路は恥じらいがないのね、など、傍から聞けば喧嘩のような、でもお互い笑顔で言い合いをしていました。、最後は僕に、じゃあねぇ〜、と笑いながらカズさんは帰って行きました。

漫才のように、言い合いを楽しんでいるようです。ゲイスナックで、見ず知らずの人と、ほんの少しでも会話したことで、僕の気持ちは少しほぐれました。


「カズ子・・・カズ、やかましくてごめんなさいね。でも人懐っこくていい人なのよ。40歳とか言ってたけど、本当は45歳なんだけどね。」

そう言ってタカシさんは笑いました。


「え?45歳?・・・30歳くらいにしか見えないと思ってました・・・」

僕は驚いて言いました。30歳でも通用しそうな見た目なのに、45歳には本当に見えなかったのです。オシャレでしたし、普段接する45歳に、あんな若く見える人はいなかったのです。

すると、タカシさんはいっそう大声で、手を叩いて笑い出しました。他のお客さんも、暗闇乙女だのなんだの言って楽しそうに笑っています。カズさんは、JACKのコメディーキャラクターのようです。


「今度カズに会ったら言ってあげて。相当喜ぶわよ。」

ひとしきり笑い終わった後、タカシさんは言いました。



「ハルちゃんはどうしてうちの店来てくれたの?」

「あ、雑誌の広告見て、一人でも気楽に、とか書いてあったんで・・・」

「本当、雑誌の広告って効果あるのねえ。」

「でもあの広告詐欺だよな、メッチャお洒落っぽいけど、本当はこんなジャン。」

「あんた、こんなってなによ。失礼ねえ。ねえ、ハルちゃん。」

「・・・あ、いい店ですよね・・・。」

「遠慮しないで言っていいんだよ〜。汚くてびっくりしたって。」


タカシさんと会話してるつもりが、ほかのお客さんが会話に入ってきたりして、言葉が右往左往しています。さっきのカズさんもそうでしたが、言葉は罵っているようでも、みんな笑顔で、笑い声が何度も起りました。みんな、この「JACK」がすごく好きなんだなと感じましたし、僕のような初めての客にも気軽に優しく接してくれるのが、本当にうれしかったのです。狭い店だけに、みんなで話をしている感じで、入って間もないのにとても居心地がよい店だな、と感じていました。


「で、ハルちゃんはどんなのがタイプなの?」

タカシさんが僕に聞きました。

「タイプ・・・」

今まで、男性はどの人がタイプか、という会話をしたことが無かったので、僕は少し言葉に詰まりました。高校時代やバイトのコンビニの客で、少し気になる人はいたりしたけれど、いざ「タイプ」と聞かれると、少し悩んでしまいます。


「そんな悩まなくっていいのよ、例えば芸能人とかさ。」

お客さんの一人が言いました。

そうは言われても、なかなか難しかったのですが、とりあえず、いま流行りのドラマに出ている俳優の名前を告げました。


「あぁ、いま「月9」出てるよね。なかなかいい男だよね。」

他の誰かが言いました。すると、話題はそのドラマの話題に移り、僕はすこしほっとしました。

すっかりぬるくなったグラスのビールを、一息ついた僕は一気に飲み干しました。


慣れない雰囲気に、楽しいながらもまだ戸惑いを少し感じていました。居心地はいいんだけど、いったん少し落ち着きたいという感じでしょうか。もちろん他のお客さんも、僕に気を遣って話しかけてくれたり、話の輪に入れてくれているのですが。


そんな気持ちを察したのでしょうか。タカシさんが、僕の目の前の空のグラスにビールを注ぎながら、言いました。


「うちの店ね、たまにお花見したり、みんなで花火大会行ったりして、たまにイベントやるのよ。その時に撮った写真あるから、よかったら見てみる?・・・ま、そんなにいい男くるわけじゃないけど、もしかしたらタイプのお客さんいるかもしれないしね。気になる人が写ってたら、言ってね〜。」


そう言って、タカシさんは僕に3冊ほどの薄いフォトブックを手渡しました。一冊一冊の表紙に、日付と、その時のイベント内容が書かれていました。表紙の角は、何度もめくられたことがパッと見でわかるほど外側に丸まっています。タカシさんは「ちょっと失礼。」と言って、カウンターの外に出てボックス席の片づけを始めました。



少し時間を持て余した僕は、そのうちの一冊を、めくり始めました。


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