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はじまりの鐘-2

新宿駅に着いたのは、19時を回る頃でした。

週末の新宿駅は、平日の同じ時間ほどではないにせよ、やはり人でごった返していました。東口の駅ビル付近の特設ステージでは、あまりよく知らないタレントが何やら大げさな口調でマイクを持って話していました。僕は、それを眺める余裕も無く、ただ陽の落ちた新宿の、色とりどりのネオンを見つめていました。


初めて訪れようとしている「二丁目」の場所は、事前に地図で調べていました。

東口を出て、新宿通りをまっすぐ東に向かい・・・駅に着いてそのまままっすぐ向かえば10分くらいで着くはずです。行こうと考えているショップは昼から開いているはずでしたし、スナックはたしか20時から開店と広告にあったような気がしました。今から二丁目に行き、適当にブラブラしていれば、そんな時間になるだろうと考えていました。



ところが、いざ新宿の街に立つと僕の緊張は最高潮に達したようでした。

特別買いたい、読みたい本があるわけでもないのに、まず有名な大型書店に入りました。大して興味のない雑誌や、その気もないのに資格コーナーの本を立ち読みしていました。もちろん内容が頭には入っていません。どうしよう、どうしよう、その言葉だけが頭の中を駆け巡るのです。


意味のない立ち読みに区切りを打ち、さて、向かうぞ、とまた大通りをしばらく歩くのですが、いつも早足なはずの僕の歩幅は今日に限って狭く、またゆっくりとしたものでした。歩きながら考えることはまた、どうしよう、どうしよう、それだけです。


結局、緊張して喉が渇いたということにして、実際乾いてもいないのですが、僕はコーヒーショップに入りました。窓際の席で外を歩く人々を見ながら、二丁目の方向に歩いて行く男性がいると、あ、この人も二丁目行くのかな、などと勝手な想像をしていました。それでも自分自身はまだためらっていたのです。どうしよう、どうしよう、いつまでたってもそんな言葉だけがずっと頭の中を回っていました。


来慣れているはずの新宿なのに、いつもとは全く違う街のような気がしていました。

ここまできて、僕は尻ごみをしていたのです。



それでも、立ち読みにしろ、コーヒーにしろ、いつまでも間が持ちません。それに、グズグズしていたら夜はあっという間に過ぎてしまいます。

僕は深く深呼吸をしました。決意した日の気持ち、自分を否定し続けていた高校時代を思い返しました。

決して軽い気持ちで決めたんじゃない、自分で変えなきゃ始まらない、心の中で自分に言い聞かせました。


軽く自分の頬をぺしん、と叩いて、僕はコーヒーショップの席を立ちました。


伊勢丹、丸井、デパートの立ち並ぶ大通りを進んでいきます。途中いくつかの大きな交差点があるのですが、青なのに渡らず、ひとつ信号をやりすごしたり、相変わらず僕はちょっとした時間潰しを続けていました。それでも確実に、目指す「町」へと歩みを進めました。


そのうち、僕は地図で調べていた目印である、大型のオフィスビルを通りの反対側から眺めていました。

この信号を渡ったら、「住居表示的には」新宿二丁目に入ります。

ここから眺めてみる分には、居酒屋があったり、メガネショップがあったり、花屋があったり、普通の町と何も変わらないのです。僕が考えすぎていたのでしょう。まるで「異国」のようなイメージを抱いていた「二丁目」は、いまここから見る限りは全く普通の街並みでした。

あまりにも緊張しまくっていた僕は、少しほっとしました。


ただ、目指す場所は外周ではないのです。信号を渡り、路地を歩き、町の中心にある、

いわゆる「ゲイショップ」がまず最初の目的地でした。ここから見る分には「普通」の町でも、僕が目指しているのは、世間一般的な考えからしたら「普通ではない」場所なのでしょうから。


二丁目を目の前にして、少し何故か落ち着いた僕は、地下鉄の階段の横にある信号待ちをしていました。横に並んだ若い二人の男性が、女性のような言葉遣いで話していました。

僕は少し驚きましたが、なんとか平静を装っていました。その二人は見た目は全く「男性」で、むしろノンケの中に入っても男性らしい風貌だったのです。口髭をたくわえ、大きめの体をスポーティーなファッションで包んでいました。それなのにテレビで見ていたいわゆる「オカマタレント」と同じような口調で会話をしているのです。


ああ、そういう町に来たんだなあ、と驚きながらも、変に当たり前な感覚になっていました。それは、けして心地いい感覚な訳ではないけれど、どこか落ち着く感覚でもありました。


信号を渡り、僕はそのまま路地を中に入って行きました。先ほどの二人と並ばないように、なるべくゆっくり歩いていきました。



いわゆる「メインストリート」までの町並みは、思いのほか「普通の町並み」でした。

ほっとした反面、少し拍子抜けに感じたりもしていました。もっとも、僕があまりに考えすぎていたからなのでしょうが。あんなにどうしようと考えるほど怖くはなかったな、と変なことを考えたりしていました。


それでも道を歩くと、いたるところに、ゲイの男性を対象とした店やスナックなどの看板が所狭しと掲げられています。

ちょっとしたゲイショップが並ぶメインストリートらしき通りには、やはり男性の姿が目立ちました。

カップルなのでしょうか、友達なのでしょうか、二人組や、楽しそうに談笑しているグループもいました。その反面、一人でショップの前に立っている人も結構いました。

誰かが通ると、ほとんどの人がその人の顔、体つき、服装などを見定めするかのように観察しています。それはあくまでも「さりげなく」のようです。僕は何となく、視線で「ゲイ」かどうかってわかるかもしれないな、と思いました。全員がとは断言できませんが、ここに立っているほとんどの人は「ゲイ」だな、と何となく感じたのです。僕と同じ「ゲイ」が、こんなにいるんだ、と改めて感じました。


うれしい気持ちもありましたが、ちょっと傍から眺めていると、なんとなく「少数派」の中の「独り」を感じて、さみしくなったりもしてきたのです。周りは楽しそうに話してる人々が多く、僕も一人で立っている人の真似をして、少しだけ店の前で立っていたりしてみたのですが、やることもなく手持無沙汰で、周りの楽しそうな会話ばかりが耳についてきました。「クラブ」「パーティー」など、あまり僕には縁がない単語ばかり聞こえてきて、何となく僕は自分がここに立っているのが場違いのような気分になってきました。



ちょっといたたまれない気持ちになって、僕はなるべく人が多く集まっていない方向へ歩いて行きました。


町のほぼ真ん中にある信号を超えると、小さめの公園があるはずでした。地図で調べていたのでわかっていたのです。ちょっと落ちた気持ちを回復させるために、休憩しようと思いました。


ところが、その公園もたくさんの人々が集まっていました。僕が缶コーヒーを持って公園内に入る時、どの人も僕の姿を上から下まで見定めしてきました。僕が通り過ぎた後、ひとつのグループの中から大笑いが起きました。考えすぎかもわかりませんが、何となく僕は自分が笑われているような気分になって、僕はそそくさと反対側の出口から公園を出てしまいました。


気分は少しずつ落ちていっていました。居場所がないというのでしょうか。どこに行けばいいのかわからなくなってきました。


僕は缶コーヒーを飲みながらそのままさりげないふりをして歩いていましたが、この道をそのまままっすぐ進めば、二丁目から出てしまいます。


どうしようかな・・・と考えながら、ゆっくり歩いていた僕でしたが、とりあえず適当な路地に入っていろいろ歩いてみようと決めました。何となく人とすれ違うのが怖かったのです。細い路地ならあまり人もいないだろうと思いました。


まるであみだくじのように、右に曲がっては進み、左を曲がっては進みを繰り返していました。スナックの看板がどの道沿いにも目立ち、時折店の中から楽しそうな歓声が聞こえてきます。週末だからか、小さな路地にも時折グループやカップルらしき二人組が立ち話をしていました。それらを横目でながめては、うらやましくもあり、それでもその分さみしい気持ちが重なって行きました。


何しに来たんだっけ・・・

あぁ、雑誌買いにきたんだ。そのあと飲みに行こうと思ってたんだよね。


勇気を出してきたはいいのですが、いざ来るとどこかやはり気が引けてしまっていました。

雑誌を買うだけ。スナックで一杯のむだけ。そう言い聞かせるのですが、その一歩がなかなか踏み出せずにいたのです。

ドラマや映画なら、こんな時、だれかが声掛けてきたり、何かが起こったりするのでしょう。でも現実はそんなに甘くはありません。ゆっくりゆっくり、あみだくじの散歩は続いていました。



気持ちはじょじょに落ち込んで、悲しくなってきました。

二丁目きても、結局一人だなぁ・・・

みんなどうやって友達出来たんだろう・・・

誰か声かけてきてくれないかなぁ・・・

帰ろうかなぁ・・・



考えも消極的な方向に向かっていきます。

ふと空を見上げると、上弦気味の三日月が、まるで僕を嘲笑うように輝いていました。


僕はふぅっ、とため息を吐きながら目線を下げました。その瞬間見覚えのあるロゴで装飾された文字の看板が目にとまりました。


あ、「JACK」だ。


今夜、行ってみようと下調べしておいたスナックの看板があったのです。

行こうとは考えていたものの、住所までは記憶していませんでしたし、同じような路地が多く、なかなか発見できずにいたのです。こんなにたくさんのスナックが軒を連ねるこの町を、適当に歩いていて見つかったのは本当に偶然でした。


青地に黄色の抜き文字で灯っているその看板を、ゆっくり歩きながら、見つめていました。

少しずつ近づくと、だんだん気持ちが落ち着いてきたようでした。他にも似たような店はいくらでも周りにあるのに、そのときの僕には「JACK」以外は目に入っていませんでした。


ドアの前に立つと、中からは、ぼそぼそと、話し声が聞こえてきます。


このまま帰っても意味ないし。

「一人でも気楽に」って書いてあったし。

いやだったらすぐ帰ればいいし。

・・・やっぱり友達や恋人、作りたいし。


どうしよう、と思う前に、そんなことを自分に言い聞かせていました。

雑誌で下調べした分、自分の中で「JACK」に親近感を感じていたのかもしれません。


ちょっと重そうなドアのノブを握り、その扉をそろりそろりと開きました。

ドアにつけてあるベルの音が、チリンチリンと鳴りました。



それは僕にとって、自分らしい人生の始まりの扉であり、はじまりの合図だったのです。


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