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二度目の出会い-4

「・・・ぷぅ、これ、酒濃かったなぁ。」


トオルはグラスのウーロン割りを半分ほど一気に飲み干してから、そのグラスをテーブルに置きました。僕の顔をちらりと一瞬見たかと思うと、すぐにタバコにせわしなく火を点けました。

トオルが吐き出した白い煙を見ながら、僕は、いつものトオルに見えていたけれど、やはりどこかいつもとは違うな、と感じていました。どこか落ち着かない感じで、足や肩を小刻みに揺らしていました。

そんなトオルの姿を見ていると、僕の気持ちは何となく落ち着いてきていました。僕がほのかに抱いている期待が裏切られる可能性は、限りなく少ないような気がしてきていたのです。そう思い始めると、僕は早くトオルといろいろ話してみたくなってきていました。


「・・・さっきさ、『いつか会うと思ってた』って言ってたけど・・・何で?」


僕がそう尋ねると、トオルはまだ三口ほどしか吸っていないタバコを灰皿に押し付け、僕の方に体を乗り出すようにして話し始めました。



「・・・そりゃあ、ネクストの事務所で初めて会った時からさ、・・・んー、何となく俺らってわかるじゃんよ。視線っつーか、相手を見る目つきっていうか。ハルは俺より後に事務所に入ってきたんだよな。目が合った瞬間、なんとなく、な。おまえ、わかりやすかったっつーか。ハハ。

おまけに、苗字が一緒だねって話しかけたら、『夫婦みたい!!』って・・・おまえ、ノンケの感覚じゃ言えないっつーの。目ェキラキラさせて言うもんだから、俺、おかしくて大笑いしちゃったけど、あ、こいつも多分ゲイだなって思ったんだよね。・・・でもうれしかったんだぜ。」


僕はなんとなく恥ずかしくなって、赤面していくのが自分でもわかりました。


「ていうか・・・目ェキラキラさせてなんて言ってないよ!話しかけられて嬉しかったことは事実だけど!!」


「キラキラしてたぜぇ。可愛いっつーか、笑えるっつーか。」


僕がちょっとムキになって否定すると、トオルはまた思い出したのか、クッ、クッと笑いだしました。僕はそんなトオルを見ながら少しむくれていましたが、頭の中では今トオルが言った言葉を思い返していました。


て、ことは・・・。

あ、そうなんだ。

トオルもゲイなんだ。



あっさりとしたものでした。確かにゲイスナックで偶然出くわしたのですから、そういう展開が当たり前と言えば当たり前だったのかもしれません。さっきまでぐだぐだと、自分を取り繕う言い訳を考えていた自分が、少し恥ずかしく思えました。


トオルはひととおり笑いがおさまると、今度はちょっと真顔になってつづけました。


「まあ、だからって、なかなか聞けないじゃん。お前ってゲイ?とか。俺だって自分のこと、会社では言えないし、・・・だって、「聞くこと」は「言うこと」にもつながるから。一方的に聞くだけじゃ、度を超えたからかいになっちゃいそうだし。自分は素直に確かめたいだけでも、周りはそう思わないだろ。かと言って二人きりの時は余計聞けない。それで、もし違ったらと思うと、今度は俺が怖い。俺だってやっぱ会社ではノンケで通してる訳だし。

俺もハルも、別に見た目とかがそれっぽいわけじゃないしさ。それこそ毎日顔突き合わせてて、そんなこと聞いてぎくしゃくするのもイヤだったし。だからあんまり会社ではそういうこと考えないようにして。

それでも、ゲイスナックとか行ってんのかな、とかは思ってて。・・・だから、ここ、DUBって浜松で唯一若いゲイが集まる店だからさ。ここに通ってれば、ハルともしかして会うかもしれないな、って思ってたんだよね。・・・したら、今日、やっぱり、な。」


トオルの、まるでずっとこの店で僕を待っていたかのような言葉に、僕は何だか胸が熱くなっていました。トオルは本当にうれしそうに僕を見つめて話していました。



「この人はゲイだろうな」と、見極める事が出来る能力は、おそらくほとんどのゲイが持っているのではないかと思います。言葉で言い表すのはとても難しいのですが、ゲイ同士のインスピレーションなのでしょうか。目を合わせただけで、何故か「わかる」部分があるのです。僕が二丁目に初めて行った時も同じことを感じましたし、以前働いていたコンビニのお客さんでも、そう感じる人が何人かいました。すべてが当たっているとは言いませんが、ほとんどそのインスピレーションは外れないと、僕は思っています。


ですから、トオルの言った言葉の意味が、僕にはとてもよくわかったのです。ゲイ同士でしか共感出来ない思いかもしれません。3年半も前に僕がゲイだろうと思いながらも、聞けない、言えない気持ち、聞かないでくれる思い。すぐそばに同じゲイの仲間がいるかもしれないのに、たった一言が切り出せないその気持ち。その一言で、確実に何かが変わる可能性があるのに、「万が一の誤り」に対して、自分が抱えるリスクはあまりにも重いのです。


「俺のことは気づかなかった?・・・まあ俺、会社ではおちゃらけだしな。」


トオルのその言葉に、僕は、うん、と頷きました。


初めてトオルに出会った頃、僕は正直、あまりにバタバタと決まった出来事に追われていて疲れ切っていました。初めて事務所で顔を合わせた時も、新たな生活への緊張で、誰がゲイだとか、そんなことを考えている余裕は全くありませんでした。そんな中で始まったトオルとの職場での同僚生活でした。

僕は、かたくななぐらい「職場に出会いなんてあるはずがない」「職場で僕が恋などできるはずがない」という意識を持っていました。もっともそんな事を考えられるようになったのも、ここ1年くらいのことです。気づいた時にはトオルは「当たり前に隣の席にいる同僚」という存在になってしまっていたのです。「男」として意識する時間も無く。


ですから、トオルに対しては「この人はゲイだ」というインスピレーションが全く働きませんでした。完全なノンケだとしか思っていなかったのです。この店で、いきなり叫んだお客さんが、トオルだということに気づいた時も、「もしかしてトオルもゲイなのか?」という気持ちよりも、「なんでこんなところにトオルが?」と思ったぐらいなのです。うれしいよりも、ヤバイかな、という気持ちの方が強かったぐらいでした。



僕はトオルにいくつか尋ねました。

「だってさ、前、会社で彼女の写真、見せてくれたじゃない。」

「あ、あれ地元の仲いい女友達、それだけ。会社のやつが見せろ見せろうるさいから、適当にくっついてる写真を一度持ってって見せただけ。てか、よく覚えてるな。」

「・・・たまにエロ話になるとノリノリで話に参加してるじゃない。変な話だけど、あそこの形がどうとか、こうとか・・・。」

「俺、高校ん時は女と付き合ってたからね。おぼろげな記憶を何とか思い出して話にノッてるふりしてんのよ。カァーッ、泣けるね!」


あらためて聞けば、あっさりとしていて、それでいて納得のいく答えでした。



「ふうん。・・・でもトオルはすごく男っぽいね。僕はトオルがゲイだなんて思いもしなかった。たとえば、僕なんかは細いし見た目が弱っちいから、よく『オカマ』とかからかわれてたけど、トオルは見たまんま『男』って感じだもんね。話し方も野郎っぽいし。なんだかまだ信じられない。トオルが・・・ゲイだなんて。」


僕は、あらためて目の前のトオルを見ながら、言いました。

トオルは昔野球をやっていただけあって、肩幅も体の厚みもがっしりしています。涼しげな一重まぶたに大きめの鼻、厚ぼったい唇、もともとなのか野球部の部活のなごりなのか、色黒の肌に短めの髪をワックスで立てています。パーカーに袖なしのダウンを重ね、ダボついたジーンズを引きずりながら歩く、その見た目もしぐさも「男」そのものでした。


僕はと言えば、最近肩幅も少しは広くなってきたとはいえ、幼い頃からスポーツにはまるで無縁の生活でしたから、筋肉というよりは「筋」のような、「生きていくのに最低限必要な筋肉」しか持っていませんでした。胃腸が弱いせいで贅肉や脂肪もほとんどついていませんでしたが、それが僕の貧弱さを一層際立たせていたのです。体の厚みもなく、まるでハンガーのような体型でした。トオルのような「スポーティー」なファッションは似合わず、どちらかと言えば体にフィットする「モード」系の服装を好んでいました。

トオルがさっき言っていたように、僕は、見る人が見たら確かに「わかりやすい」タイプなのだと思います。さっきトオルは「見た目でわかる感じじゃない」とは言ってくれましたが、浜松に来たばかりの頃は、職場でも一部の人が僕の事を「オカマっぽい」と噂していたことは知っています。言われ慣れた言葉ですから、今さら気にはしませんが、幼い頃から「オカマ」とからかわれていたわけですから、僕は多分そう見える雰囲気を持っているのでしょう。


トオルのように、いわゆる「ノンケっぽい」ゲイは、僕の理想でした。こうなりたい、という意味でもあり、こういう人と付き合いたいという意味でも、です。



「そうかあ?・・・まあ『オカマ』っぽくはないと思うけど。でもバリバリのホモだぜぇ。・・・俺さ、あんまり『ゲイだけ』の世界って好きじゃないんだよ。ノンケでもゲイでも、いいやつはいいやつだし、イヤなやつはイヤなやつじゃん。だから結構ノンケの付き合いの方が多かったりするし。だからいわゆる『ノンケっぽい』のかもな。

まあ、ハルも職場で付き合ってる限り、まじめでまっすぐでいいやつだなと思ってたし。・・・多少細いから、なよって見えるかもしんないけど、しょうがねえよ。・・・どっちにしろ、俺もハルも同じ『ゲイ』なんだし、見た目なんてどうでもよくねえ?

・・・てかさ、うれしくねえ?こんな風に話出来るの。な、ハル、うれしい?」


トオルは、そう言って、楽しそうな表情で僕の顔を覗き込んできました。それが顔と顔の距離をかなり近づけたので、僕は一瞬ドキリとしてしまいました。


「な、どうよ。メッチャいろんな話出来るんだぜ、これから。」


僕の心臓の鼓動はまだおさまっていませんでした。そんな僕の動揺に、トオルは気づいてか気づいていないのか、そう問いかけてはさらに顔を近づけてきました。


目の前には、見なれたはずの、それでも僕の中では、昨日までとは確実に違うトオルの、いたずらっぽい笑顔がありました。



「う、うん。メッチャうれしいよ。すっごくうれしい!

これからたくさん話したいし、ヨロシクね。」



僕はそう言って、まだグラスにほとんど残っているウーロン割りを一気に飲み干しました。自分が言った言葉がなんだか大げさで、照れくさく恥ずかしかったのと、目の前のトオルの顔があまりにも近すぎて、何だか変な気持ちになってしまいそうだったのです。


それでも言った言葉は大げさでも何でもなく、本音でした。僕はトオルがゲイであったこと、そして今夜やっと「ゲイとしてのお互い」でまた出会えたことを、本当にうれしく感じていました。



これからもっともっとたくさん話して、トオルの事をわかっていきたいな。



初めてのゲイの友人である、クニオと、出会ったり仲良くなっていった時とは何か違う、初めて感じる気持ちが僕の中に生まれていました。それはどこか甘酸っぱいような、胸が苦しいような、不思議な感情でした。





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