二度目の出会い-3
「トオル!!あんた何デカイ声出してんのよ!!なに、お知り合いなの?」
店員のその声で、僕は我に帰りました。トオルは僕をまっすぐ見つめていたその目をやっとその声がした方向へとそらしました。
「ワリィ。うん、知り合い。ちょっと驚いちゃったもんで。ママ、俺とこいつ、ボックス席に移動。」
トオルは、僕の意見も聞かずにそう言うと、また僕の方を向いて、あっち、と声に出さずにボックス席の方向に首を振りました。トオルは持ったままのグラスを片手に、そのままボックス席へと歩いて行きました。
「じゃあ、彼も、そっち、ね。」
トオルが「ママ」と呼んでいた店員が僕にそう言いました。僕は軽くうなずいて、トオルの後をゆっくり歩いて行きました。
僕はボックス席に着くまでのほんの短い間、言い訳ばかり考えていました。トオルがゲイだとは思えないのです。「ゲイスナック」といっても、「男」であれば「ノンケ」でも入ることは出来るのです。
単にトオルにゲイの知り合いがいて、その関係で来てるだけかもしれない。
ノンケのちょっとした「観光気分」で、ゲイスナックに来てみたのかもしれない。
僕も興味本位で来たってことにしようか・・・。
ゲイスナックってことに気付かずに入っちゃったことにしようか・・・。
二丁目で飲んでいた時も、会社など、「二丁目以外の知り合い」に会うことなど皆無でした。それは、新宿という街の大きさもあったのでしょう。当時勤めていたコンビニの誰かに会ったら、見られたらどうしよう、そんな気持ちは持っていながらも、「会うはずがない、見かけても気づかない」とどこか安心していました。
それが、浜松で初めて行ったゲイスナックで、会社の同期の同僚、しかもいつも隣で仕事をしているトオルに会ってしまうとは、夢にも思っていませんでした。どうしよう、どうしようと思いながら、僕は丸椅子に座るトオルの真向かいのソファーに腰掛けました。
「ママ、グラス一個ちょうだい。・・・ハル、焼酎でいいよな?ウーロン割りでいい?」
トオルはママと僕に順番に話しかけると、ママが持ってきたグラスに焼酎を注ぎました。ボトルにはひらがなで、「とーる!!」と、トオルらしい大きな、どこかに飛んで行きそうなヤンチャな文字で書かれていました。焼酎の瓶の首にはボトルナンバーのかかれた札がかけられていました。
「ほい、おまたせ。」
トオルが、ウーロン割りのグラスの下にコースターを添え、そのままテーブルを滑らせて僕にさし出しました。
「あ、ありがとう。」
僕はそれだけ言うと、どうしたらいいのかわからず、溶け始めたばかりのグラスの中の氷がパチパチ立てる音を聴いていました。
トオルはしばらくテーブルに肘をついて、組んだ指の上に自分の顎をのせたまま、じっと僕を見ていました。
「・・・とりあえず、乾杯するべ!」
ほんの少しの沈黙の後、トオルがそう言いながらグラスを持ちました。
「そうだね。・・・とりあえず何に乾杯する?」
僕は何から話せばいいのかわからず、適当に会話をつなぐようにトオルに言いました。
「そうだなぁ・・・。」
トオルはしばらく考え込むように視線を宙に泳がせました。こうしてみると、いつも職場でくだらない話をしているいつものトオルでした。同じ24歳なのに、どこか僕より子供っぽい表情で、可愛い悪だくみをいつも考えていそうなトオルは、職場でも人気がありました。僕がもし同期でなく、席が隣でなければ、仲良くなれたとは到底思えません。
「よっしゃ、決まった。」
宙を泳いでいた視線をさっと僕の顔に戻し、いつものいたずらっぽい表情で笑いながらトオルは言いました。
僕はウーロン割りのグラスを持ちました。
「いいよ。じゃ、何に乾杯?」
僕がそう問うと、トオルは鼻で少し笑いながら、少し照れくさそうにして言いました。
「笑うなよ。・・・とりあえず、『二度目の出会い』に、乾杯っ!!」
ハハハっと笑ってグラスを鳴らした後、トオルはウーロン割りをグラス半分ほど一気に飲みはじめました。そんなトオルを見ながら、僕は、笑っていいのか、どうすればいいのか、何とも言えない気持ちでウーロン割りをちびちび飲み始めました。
店のママが、お通しやおつまみのスナックなどを運んできました。トオルは何やらママに小声で話していました。先ほどの会話や今の様子を見る限り、トオルが興味本位でここに初めて来たということはなさそうです。ボトルをチャージしていることからも、常連に近い客である可能性が高そうです。
僕はトオルが彼女持ちだと聞いていましたし、写真も見せてもらったことがありました。職場での女性に関する、ちょっと下劣な話にもジェスチャーを交えて話すほどでしたし、トオルが「ゲイ」だとはちょっと信じられないのです。
それでも、この店の「常連」であるということは、もし「ノンケ」でもゲイに理解があるタイプなのかもしれません。
僕の頭の中は、期待のような、不安のような、よくわからない気持ちが渦巻いていました。
目の前にいる「いつものトオル」に、気持ちはかなり落ち着いていましたが、これから先の「話」の展開がどうなるのか、僕は全く予想がつけられずにいました。