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プロローグ

真夏の新幹線ホームは、まさに「うだるような」暑さでした。


容赦なく照りつける太陽は、ホームの屋根を突き抜けて駅全体を熱しているかのようでした。今日も更新したこの夏の最高気温に加えて、電車自体や、駅の設備から放たれる熱気、そして人々から放たれる熱気。

行きかう人々の表情は、あまりの暑さに頬が紅潮しています。心なしか、あなたの顔も紅潮しているように見えます。

それは、けしてこの暑さのせいだけではなく、新たな旅立ちへの期待と不安、

それに対しての興奮や睡眠不足からでもあるのでしょう。


あなたはホームの柱の陰に立ち、小ぶりなキャスターバッグを傍らに、携帯電話をいじっています。

二人でいるときは、携帯電話を使用しないで欲しいと僕が言って、困らせたり、言い合いをした少し前を、目の前のあなたを見ながら思い出していました。


ただでさえ少ない二人の時間。

せめてその時だけは、あなただけを見つめ、僕だけを見ていて欲しかったのです。


僕はじっとそんなあなたを眺めていました。以前のことを思い出していたら、子供じみていた自分が少し滑稽だったり、それでも何となく可愛く感じたりして、不思議と可笑しくなってきました。

微笑みながらあなたをじっと眺めていた僕に、ふと気付いたあなたが、少し笑いながら、小意地悪そうに言いました。


「なんか、うれしそうじゃんか。そんなに離れるのがうれしいかよ?」


そんなことない。ただ、いろいろ思い出してた。

僕が言うと、あなたは同じことを思い出したのか、携帯電話を見つめて、苦笑いをしました。少し遠い目で僕の顔を見つめてから、さりげなく携帯を閉じました。


「しかし暑いなぁ。あっちはもっと暑いんだろうな。

でも東京みたいな、変な暑さじゃないかもしれないな。」


紅潮した頬に、額からの汗がゆっくり流れるあなたの顔を見つめていました。

もうすぐこのいとしい表情が遠く離れていってしまう事は理解していながら、それでも、湿った話を一切しないあなたのそばにいると、何分後かにはあなたが遠く離れた町へ旅立ってしまうということが嘘のようです。あなたが明るいので、僕も今日まで明るく、湿った話をしたり泣いたりはしないと決めてきました。本当は、泣いて、わめいてみたかったのが本音かもしれません。

ただ、あなたが考えて考えて決めた決断を、くつがえす性格ではないとわかっていましたし、あなたの決断に泣いてわめくよりも、笑顔で応援しなくてはいけないと思いました。


それでも会話の端々に、あなたと離れてしまう寂しさを、弱い僕はのぞかせてしまいます。


福岡は、遠いね。

僕は一言言いました。あなたは、僕の気持ちをしってかしらずか、声に出さずに、

ただ、うん、と頷きました。

僕とあなたの間に、しばらく沈黙が流れました。在来線の発車メロディーが遠くで軽快な音色を響かせていました。



電車の発車時刻が近付いてきたのでしょう。ホームはだんだんと急ぎ足の乗客が増えてきました。

大きな、小さな荷物を持った旅行客、スーツ姿のビジネスマン、さまざまな人々が外の暑さから逃れるように、次々と電車に乗り込んでいきます。

この暑さの中、まだホームに残っているのは、しばしのわかれを惜しむ人々なのでしょうか。

あなたも本当は早く冷房の利いた車内で涼みたいだろうに。

とぼけた顔で、それでも僕に付き合ってくれるあなた。

そんなさりげなく気を遣ってくれるあなただから好きになったのです。


少し離れたホームの柱のそばには、恋人同士と思われるカップルが、固く手をつなぎ合ってひそやかにささやき合っていました。

おそらく彼氏と思われるほうが旅立つのでしょうか。大きめの荷物を足下に置いています。彼女と思われる女の子は、目を真っ赤にして鼻を時折すすりながら、彼氏に寄り添っています。

彼氏はもその彼女の肩を抱いて、少し切なげな笑顔で彼女をなぐさめていました。

その光景は、僕にとって、ほほえましく、優しく、そして少し切なく感じられました。


目の前でしきりに汗をハンカチで拭いているあなたに、僕だって出来るものならば、寄り添いたい、抱きつきたい、抱きしめられたいのです。

許されないわけではありません。それでも、少しの羞恥心と、あなたに抱きついてしまったら泣き出してしまいそうな自分がわかるのです。



ホームの端から、博多方面の線路が延びています。

けして行けない距離ではないのです。そして、この線路があなたが旅立つ博多へ繋がっていることもわかってはいるのです。

線路の先は、まるで鉄板が熱せられたように、ぐらぐらと陽炎が揺れています。


「お、そろそろ乗っとかないと、かな。」

あなたが乗る電車の発車案内のアナウンスが流れました。

あなたはキャスターバッグの取っ手を掴み、乗車口に向かってタイヤをガラガラとゆっくり転がし始めました。


あなたのその背中を見ながら、僕はすぐには足を踏み出せずに、まだ線路の陽炎をぼぉっと見つめていました。

陽炎の向こうはぐらぐらと揺れていて、その景色は今にも溶けてしまうかのように見えました。


もうすぐあなたが、あの陽炎の向こうへ行ってしまいます。


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