96 怪しい情報
「ちょ、ちょっと待ってくださいませ!そんな物珍しくて凄い物であれば、城の方で話題になっていないのはおかしいですわ!」
盛り上がるボクたち――エッ君は理解しているのか微妙だけど――を見て、慌てたようにミルファが叫ぶ。
余談だけど、料理長ことギルウッドさんが元騎士団長であり、その騎士たちに混じって訓練をしていたため、ミルファと『猟犬のあくび亭』のご夫妻とは顔見知りです。
というか二人にとっては知人の手のかかる娘という感覚みたい。
それにしても「もう、話題についていけなかったからムキになるだなんて、子どもっぽいところがあるんだから」なんて思っていたのだけど、その表情は真剣そのもので茶々を入れられる雰囲気ではなかった。
「最近出回り始めたばかりの物のようだからね。それに関係があるのがテイマーだけだから、城の騎士たちの耳にもまだ入っていないのかもしれないさね。『猟犬のあくび亭』でも一部の冒険者や行商人たちが話していただけだから」
うん?それにしても何か話の繋がりがおかしいような……。
「ミシェルさん、さっきボクにファームを使わない派なのかと聞きましたよね?それって、もう既に結構な数が出回っているっていうことじゃないですか?」
「そ、それですわ!ミシェル様、何か隠していることがおありなのではありませんこと?」
「……ふう。こんなに簡単に気付かれてしまうなんて、私の話術も錆び付いてきたものさね」
続けざまにボクたちに問い詰められて、苦笑しながらミシェルさんはあっさり秘密があることを白状した。
でも、思い返してみると今の会話、あらかじめ違和感を覚えるようにしていた気もする。
ちらりとギルウッドさんへと目を向けると、あちらもやっぱり奥さんと同じく苦笑い中。誘導されたのは間違いないもようです。
問題はどうしてそんなことをしたのかという理由だ。
……何となく予想はつくけど。
「あのお方から、ですか?」
尋ねるボクにニコリと笑みを浮かべるミシェルさん。どうやら色々と正解だったみたい。
しかし、それはそれで裏がありそうな話に思える。
なにせあのお方――ぶっちゃけ公主様だけど――は自分こそ多少は変装しているものの、護衛の人はいつも近衛兵や騎士の鎧姿のままという、本当に隠れ忍ぶつもりがあるのかと問い質したくなるような態勢でやって来ているらしいのだ。
そんな人がわざわざ出所を隠すような形で情報を流してきたとなれば、不安を覚えたり裏を勘ぐったりしてもおかしくはないというものでしょう。
「え?え?どういうことですの?あのお方というのは一体……?」
そんなボクたちのやり取りについて行けず、おろおろと視線をさ迷わせているミルファとエッ君。
……あ、エッ君はただミルファの真似をして遊んでいるだけだったね。
「はいはい。その話は後でしてあげるからね。……ところで、ミシェルさん。ファームの詳しい話が聞きたいんですけど、どこに行けば分かりますか?」
「そうさね……。冒険者協会か商業組合というところじゃないかい」
ふむふむ。使用することになる人や取り扱っている人を考えると、この二つの組織が関わってくるのは妥当かな。
そしてそういう人たちの話題に上る分には問題ない、と……。
「それじゃあ、朝ご飯を食べたらまずはそっちから回ってみようか」
「私もお客の噂話を聞いただけだからね。使用するかどうかで派閥ができてしまうほどの物のようだし、しっかりと説明を聞いておくんだよ」
怪しい点といえばそれもあった。一応どちらからも話を聞くとして、ここは付き合いの長い人が多い冒険者協会の方に先に立ち寄ってみるべきかもしれない。
「どうせ商業組合に行くまでの途中にあるし」
「身も蓋もない理由ですわね!?」
世の中そんなものです。時間は有限なんだから、効率よく動ける時はそうしておかないと。
ごちそうさまをしてさっそく出発。
ちょうど街が動き始める時間帯に当たったのか、宿の前の通りですら行き交う人の数はかなりのものとなっていた。〔警戒〕の技能を使って周囲に怪しい気配がないかを探ってみる。
「何か分かりまして?」
「……ダメ、反応なし。いきなり発見できるとは思っていなかったけど、相手のレベルが高くて見つけられないのか、それとも本当にいないのかすら区別がつかないっていうのは、気分的に辛いものがあるね」
「そういう時は、見られていると仮定して行動すれば良いのですわ」
発想の転換的なミルファの言葉だったけど、確かにそれが真理かもしれない。
まあ、ボロを出してしまう可能性はあるけど、油断して重要な情報をポロリしてしまうよりかは断然マシというものだろう。
「人通りが少ない所は避けるようにするね。襲ってくる可能性がないとは言い切れないから」
「了解しましたわ」
攫われちゃったら大変ということで、エッ君には専用キャリーバックの中へ入ってもらうことにする。
リーヴも普段は背負っている盾をあえて左腕に装着させる。これで隠れているかもしれない敵対者への牽制になるなら安いものだ。
てくてくと歩いて大通りに出た瞬間に、それは起きた。
ガキィン!
それまではボクたちの後ろをついて来ていたリーヴがいきなり前に躍り出て来たかと思うと、何か硬い物が弾かれたような甲高い音が響き渡ったのだ。
緊張感を維持するのは難しい。街のど真ん中ということもあって、その頃にはすっかり気が緩んでしまっていたボクたちはその様子を他人事のように眺めていることしかできなかった。
「きゃああああ!?」
「せ、戦闘だ!誰か衛兵隊を呼んで来い!」
それが何者かによる襲撃で、投擲用の刃物をリーヴが盾で弾いた音だと理解したのは、周囲の人たちが悲鳴を上げて逃げまどい始めてからのことだった。
そんな中、「チッ」と舌打ちをする音がやけに大きく聞こえた気がした。それは一見どこにでもいるような、目立つ要素が全くない男の人だった。
人々が慌てふためく中、その人物は場違いとも思えるように悠然とした動作で狭い路地へと体を押し込めていく。
「逃げられると思っていて!」
「だ、ダメ!ミルファ!追いかけちゃダメ!!」
ゾクリと粟立つような嫌な予感に慌てて制止を求める。
が、既に頭に血が昇ってしまっていたのか、彼女はその金髪をたなびかせて、人影が消えた路地へと向かって行ってしまったのだった。